【 万聖燈 −ジャク・オー・ランタン− 】




 あたしがこのお屋敷に来て、もう三度目の秋。
 あっという間だね、時間が経つのって。


 あたしがここに来た最初の半年は、事故のショックで頭がぼぅっとしていてよく覚えていないんだ。だから、三度目の秋って言っても、なんだかまだ二度目くらいな感じ。

「あの、りんさん。よろしかったら、今週末の私の家で開かれるハロウィン・パーティーにいらっしゃいません?」

 あたしが教室でそんな事をばんやり考えていたら、あたしの一番の仲良しの可憐ちゃんがすっと招待状を差し出した。
 殺生丸様のお屋敷に引き取られてから通うようになった、この学校。
 あたし以外はみんな本当に家柄の良い、お嬢様の中のお嬢様といった感じの生徒ばかり。伝統のあるミッション系の幼稚園から大学まである名門校。小等部までは男女共学で、中等部からは男女別々の校舎で学ぶ。

 この可憐ちゃんも、幼稚園の頃からこの学園に通っている正真正銘のお嬢様。
 そんな可憐ちゃんが、どうしてあたしみたいな一般庶民の娘を構ってくれるのか……。
 初めて招かれたクリスマス・パーティーも可憐ちゃんの家のパーティーだった。
 勿論、とっても嬉しいんだけどね。

「いいのかな? あたし、あまりマナーとかお祭りの中身とか知らないんだけど」
「大丈夫ですわ。りんさんはりんさんのままで。このお祭りは子どもの為のお祭りですもの。それぞれお好きな仮装をして、『Trick or Treat』と言ってお菓子を頂くんですの」
「え、なっなに? トリッ オ トリ? って」
「呪文ですの、お菓子を頂く時の。お菓子をくれなきゃ、悪戯するぞ、って意味らしいですわ」
「……そんな事言って、怒られないの? 大人の人に」
「それを楽しむお祭りですもの。大人の方も仮装はなさいますし」

 ミッション系の学校だけに、七夕やお月見などの和風なイベントより、バレンタインやクリスマスの方が盛り上がる校風でもある。

「うん、判った。家に帰ったら、相談してみるね。返事はそれからでもいいかな?」
「はいv 良いお返事をお待ちしてます」

 にっこり微笑んで、可憐ちゃんは自分の席についた。
 可憐ちゃんを見ていると、自分が本当にどうしようもないガサツな女の子だと思わずにはいられない。あたしと殺生丸様が並ぶとどこか不釣合いだけど、可憐ちゃんならきっとぴったりだろうね。

 ……そう思ったら、なんだか気分が落ち込んできた。


   * * * * * * * * * * * * * * * * * * *



「あのね、邪見様。りんね、可憐ちゃん家のパーティーにお呼ばれされたんだけど、行ってもいいかな?」
「……可憐ちゃんの家? うむ、確かクリスマスにも呼んでくれた家じゃな。こんどのパーティーは何のパーティーじゃ?」
「ハロウィンだって。子どもがお菓子をもらうお祭りなんだって」

 夕食の前の食堂で、りんは邪見を相手にその話をしていた。
 イベント事に関心のない殺生丸とともに長く過ごしてきた邪見にも、そんな子どもが主体の祭りなど、いまいち良く判らない。

「それでね、なんだか仮装していかなきゃならないみたいなんだけど……」
「仮装!? なんじゃ、けったいな祭りじゃな!」

 その声を遮る様に、奥の台所から若い少女の声が聞こえた。

「あら!? ハロウィンを知らないの?」

 メイド服にフリル付の長いエプロン。
 そこにいたのは ―――

「かごめお姉ちゃん!」

 りんの顔がぱっと明るくなる。
 この屋敷に住んでいるのは、殺生丸とりんと邪見の三人。他の使用人は皆、通いの者ばかり。その中で長年この屋敷に勤め、この屋敷の主のような存在のメイド頭がこのかごめの祖母の楓であった。

「なんでお前がここにおるんじゃ、かごめ?」
「なんでって…、アルバイトよ。アルバイトv 楓お祖母ちゃん、ギックリ腰になっちゃって暫く動けないから、学校が終わって夜8時までのバイトって事で私が来てるの」
「うわぁぁ〜〜〜vvv じゃ、暫くはりんが学校から帰ってきたら、かごめお姉ちゃんが居るんだ!!」

 ……不思議なもので。

 この屋敷に祖母の楓を訪ねてきたかごめを一目見るなり、りんはすっかり懐いてしまった。
 もともとこの屋敷にはりんの相手をしてくれるような年の近い者はそう居らず、学校から帰ると殆ど邪見を相手に寝るまでを過ごす。

 そう…、今でも殺生丸は屋敷を留守にしがちであった。

「そのりんちゃんのハロウィンの衣装、私が作ってあげるわv どんなデザインにしようかしら♪」
「おい、かごめ! 殺生丸様のお許しも得てないのにそんな勝手な事をしおっては、ワシがお叱りを受けるわっっ!!」
「いっつも留守にしてるんじゃ、聞きようもないでしょ!? 今から用意しなくちゃ、衣装だって間に合わないじゃない!!」
「あの、かごめお姉ちゃん…、りん、あの……」
「大丈夫よ、りんちゃん。こういうお祭りは子どもの時だからこそ、大切なのよ。楽しい思い出をいっぱい作らなくちゃね」

 と、かごめはその強い光を湛える黒い瞳で、見ているりんさえドキっとするようなウィンクを投げた。

「そのお家は、前にもパーティーに呼ばれた事があるんでしょ? その時、なにもあいつが言わなかったんなら、今度だって大丈夫よ!!」
「あ、かごめっっ!! 殺生丸様を指して、『あいつ』とは何と言う口の利き方かっ!」
「ふ〜んだ! だって、なんだか私にはそんな感じなんだもの!!」

 強気のかごめに押し切られ、りんは可憐の家のハロウィン・パーティーに出席する事となった。
 場所をりんの自室に変えて、早速衣装の採寸をするかごめ。

「ねぇ、かごめお姉ちゃん。それで、ハロウィンって何のお祭りなの?」
「ん〜、簡単に言っちゃえば『西洋版お盆』ね。向こうじゃ、11月1日から冬になるって風習があるの。西洋じゃ冬って季節は『死』を意味するんだって」
「死…?」
「死者の国から、悪霊が出てくるって。それに対抗して生きてる人間もお化けの格好をして、脅かして追っ払っちゃうのね。今じゃ皆で騒いでお祭りになっちゃってるけど。。この場合のお祭りは、『冬』に対しての『春』って事らしいのね。良く私にも判らないけど」
「うん、りんも良く判んない」

 りんを下着姿にして、手にしたメジャーで採寸を続けながらかごめはさらに説明を続ける。

「後ね、季節的には収穫を祝う収穫祭の意味もあるのね。お化けカボチャでランタンを作ったりして、それを玄関先に飾ったり抱えて歩いたりするの」
「りん、大丈夫かな…。そんな、良く判らないお祭りに参加しても」
「それは大丈夫でしょ。日本でやるハロウィンなら、『トリック オア トリート』って呪文さえ覚えておけば、沢山お菓子をもらえるわよ。これは子どもだけの特権なんだから」

 かごめはそう喋り続けながらも、手にしたメモ帳にりんのサイズをきちんと書き留めている。
 胸囲に胴囲、肩幅・袖丈に着丈の長さ。首の付け根から足首までを計っていたから、ロング丈の衣装を考えているのかもしれない。

「さぁ、これでよし!! 楽しみに待っててね」

 メモ帳を片手に、かごめは創作意欲満々でりんの部屋を引き上げた。
 そのかごめの背中を見送りながら、ふとりんは思った。

「……りん、前に殺生丸様にドレスを作って頂いた時は、こんな事しなくてもぴったりのドレスを作って頂いたけどな」

 りん自身、呟いた言葉の意味を判ってはいなかったけど……。


   * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


 そして、週末。
 お昼頃から、りんではなく邪見がそわそわと落ち着きが無い。

「どうしたの、邪見様。動物園のクマさんみたいだよ?」
「どうしたもこうしたもあるかっっ!! あんなに自信満々な顔をしておったくせに、かごめの奴! まだりんの衣装を届けにこんではないかっ!」

 そう邪見が叫んだ瞬間、その小柄な体は見事にべちゃ!! とかごめに踏み潰されていた。

「あら? ごめんなさいねぇ〜、あんまり小さいもんだから踏み付けちゃったわ。そうじゃなくてもあんたの背中って、蹴り飛ばしたくなるんだけどどうしてかしら?」

 にこやかに微笑んでいるように見えるが、その実は……。

「はい、お待たせりんちゃん。りんちゃんってばどちらも似合いそうだったから随分悩んだのよ」
「かごめお姉ちゃん……」
「魔女風で行こうか、黒猫風にしようかってねv で、両方ミックスしちゃった♪」

 そう言いながらかごめが取り出したりんの衣装は、黒ベルベットの表地に真紅のサテンの裏地をつけたマントと魔女のドレス。このドレスがまた、りんが身に着けるには少し大人び過ぎているように邪見の目には映った。

「じゃ、ちょっと着替えさせてくるわね」

 そう言って、かごめはりんの自室に移動した。
 大人用のイブニング・ドレスを原型にしたそのデザインは、肩なし袖なしの胸から下をぴたっとタイトに合わせたデザイン。ドレスの裾はわざとギザギザに切り裂いたような、右側と左側のヘムラインの高さがひどく違うように仕立ててある。左側は少し高さのあるヒール付の靴を履かせても裾を引き摺るほどあるのに、右側は膝上10センチのところにある。

 くるりと後ろを向くと、フワフワの黒のファーで作った猫の尻尾が揺れている。
 いつも結んでいる片方の髪束を外し、赤いカチューシャに取り付けた黒猫の耳で頭を飾る。
 それに足首、手首に尻尾と同じ素材の黒のファーのリストバンドを付けさせる。
 首には首輪と銀の鈴。
 その上から、吸血鬼のマントをお手本にした黒いマントを羽織らせた。

「どう? なかなか良いでしょv」

 りんの目から見ても、その衣装はどこか大人っぽすぎて恥ずかしいような気がする。
 確かに可愛いんだけど…、でも……

「なんか…、ちょっと恥ずかしい……」
「なに言ってるの、りんちゃん。と〜〜〜っても似合ってるわよ。折角の仮装なんだもの。このくらいやらなくちゃ!!」

 それから仮装の仕上げとして、ほんの少しりんの顔にメイクを施す。
 目元と唇に紅を差すだけの、シンプル・メイク。

「はい、それからこれとこれを持ってね」

 手渡されたのは、魔女のほうきと持ち易いように取っ手を付けたカボチャ・ランタン。

「はい、出来上がり! さぁ、パーティーを楽しんでらっしゃい!!」

 元気なかごめの声に見送られて、りんは邪見の運転する車で可憐の屋敷へと出発した。


   * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


 可憐の屋敷についてみると、りんは自分の仮装がそう場違いでも恥ずかしいものでもない事に気がついた。りんを招いてくれた可憐は天使の仮装をしていた。ふわふわの真っ白なドレスはバラの花を逆さまにしたようでスカート丈がとても短くて、背中も大きく開いていた。特殊な接着剤で直接肌に付けた本物の鳥の羽を使った天使の羽が、可憐が動くたびに自然と羽ばたく。
 他にもりんよりももっと魔女らしい仮装をした友達や、吸血鬼になった友達も居た。
 そして、何故か訳の判らない仮装の友達も。

( えっと…、あれって、もしかしてカボチャ? こっちのはお芋かなぁ…? )

 大人たちもそれぞれ、魔女だったり狼男だったり色々なお化けに化けている。
 りんも一生懸命覚えた呪文で、たくさんのお菓子を集めた。

 楽しい時は、あっという間。
 パーティーの終わる時間が来て、邪見が迎えに来る。
 りんはクリスマス・パーティーの時とはまた別の興奮状態で、家路に着いた。


「りん、早くその仮装は落としておけよ」

 りんが自分の部屋に上がろうとしているその後ろ姿に向かって、邪見がそう言い付ける。その言葉がりんの胸になぜか冷たく響いた。

「邪見様…。りんのこの格好、似合わない?」
「いや…、似合う似合わないではのうて…、その、なんと言うか……」

 邪見は、上手く言葉が纏められない。
 確かに可愛いのだ、この仮装は。実にりんに良く似合っている。似合っているのだが、その……。

( 危ういような色っぽさを感じる、なんて言おうものなら、即 変態扱いじゃな、ワシ )

「ほ、ほら! 今夜の事は殺生丸様にお断りしとらんからな。もし、ここでお帰りになってお前のそんな姿を目にしてご機嫌を損ねてはならんじゃろう?」
「あ、そうか……」

 殺生丸はこの1週間は特に仕事が忙しかったのか殆ど会社に泊り込みで、いつ屋敷に帰ってきて、いつ出掛けたのかもりんには判らなかった。
 この楽しいお祭りも、殺生丸には関係ない事。そう思うと楽しかった気分が目減りする。

「うん、判った。じゃ、りん着替えてくるね」

 少し力の抜けた足取りで、りんは自分の部屋に戻った。


 りんは自分の部屋に戻り、手にした魔女のほうきやカボチャのランタンなどを机の上に置く。
 すぐお風呂に入るつもりで、部屋着には着替えずそのままパジャマを着込む。そして ―――

「このランタン、どうしようかな? このままお部屋に置いてちゃ、きっとダメだよね」

 その時、かごめが衣装の採寸をしながら話してくれた事を思い出す。

( カボチャのランタンを玄関に飾ったりしてね ――― )

「そっか! 玄関において置けば、大丈夫だよね。お部屋の中と違って、玄関は石造りだもん。間違っても火事になんかはならないし」

 そう気付いたりんは、パジャマの上にガウンを羽織ると蝋燭の明かりがゆらゆらと揺れるランタンを抱えて、自分の部屋を出て行った。


   * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


 その日、殺生丸は数日振りで少しだけ早く仕事を切り上げる事が出来た。
 気が付けば、もう週末。たまにはゆっくりと屋敷で休んでも良いかと思い、自分のオフィスを後にした。会社の建物の地下駐車場まで足を運んで、ある事を思い出した。

「……そうか、今日の昼過ぎに車は車検に出したのだったな」

 勿論、上得意の顧客である殺生丸の為に車のディーラーは代車を用意してあるのだが、その車には乗る気になれず表に出ると営業で流していたタクシーを捕まえて帰宅する事にした。
 屋敷の前まで乗り付けるような無粋な真似はせず、少し離れた場所でタクシーから降りる。そこから正確な足取りで広い敷地の生垣を回り込み、玄関へと向かう。

「ん? なんだ、あれは……」

 何事にも鋭敏な殺生丸の瞳が、生垣の葉の影からちらちらと揺れ動くオレンジ色の物を見咎める。
 訝しげな表情のまま玄関を見ると、そこには ―――


 白地の着物に、橙の市松模様。森の奥の焚き火を囲んだ時の様な朱橙の炎に照らされたその顔は……


( りん!! )


 その『声』が、己の身の内に響く。
 それを自覚した瞬間、殺生丸は強く頭を振り、もう一度その状況を見つめ直した。
 改めて見直した殺生丸の瞳には、前合わせのガウンを羽織ったりんとその手の中にあるオレンジ色のカボチャ。カボチャは細工され、中に蝋燭の火が灯されている。カボチャの細工から漏れた光が無地のガウンの上に光の市松模様のような物を描いたのだろう。

「そこで何をしている」

 いきなりの殺生丸の声に、びくりとりんの身が竦む。

「あ、あの…、カボチャ・ランタンを外に出しておこうと思って……」
「カボチャ・ランタン?」
「今日は、その…、ハロウィンだから……」
「………………」

 邪見が玄関灯のスイッチを入れるのを忘れたのか、暗いままの玄関先でりんが抱えるランタンから漏れる灯かりだけが揺らめく。その薄暗さで、りんが落とすのを忘れた紅化粧を目ざとく殺生丸が見つける。

「……どこか出掛けたのか。唇に紅が付いている。子どもらしくもない」

 殺生丸の言った『子どもらしくない』の一言に、りんの胸がきゅうっっと縮まる。
 確かに邪見の言った事は正解だった。
 あんな大人びた衣装を見られたら……

「あのね、可憐ちゃんのお家のハロウィン・パーティーに呼ばれたの。仮装をしなきゃいけなかったので、少しだけかごめお姉ちゃんにしてもらったの」
「……ふん、下らん事を」
「……かごめお姉ちゃんを怒らないで。りんに楽しい思い出を作って上げたいからって手伝ってくれたんだから ―――」
「楽しい…、思い出……」

 風もないのに灯かりだけが揺れる。ざわついていた物音がすぅと遠くに消えた。

「りんもね、ちょっと行ってみたいなって思ったの。ハロウィンって西洋のお盆なんだって。死んだ人達と、って本当は悪霊なんだけど同じ仮装をして遊ぶお祭りなんだって」
「だから?」
「だから、もしかしたら死んだお父さんやお母さん、お兄ちゃん達もその中にいるかも知れないって思って。あたしが気が付かなくても一緒に遊べたら嬉しいなって……」
「馬鹿な事を ―――」

 りんの手の中の灯かりが大きく揺れる。風ではない何かが二人の間を吹き抜けた。りんの瞳に映る灯かりがゆらゆらと、遠い想いを誘っている。

「会いに来てくれたら嬉しいなって……」

「……『りん』も、そう思った事があるから ――― 」


 ねぇ、殺生丸様 ―――

 殺生丸様は、あの世の使いが見えるのでしょう?
 なら……

 りんが死んでも、殺生丸様にはりんの姿が見えるかもしれないね。

 約束するよ。
 りんが死んだら……
 必ず、りんは会いに来るよ。
 必ず ――

 だから、殺生丸様。
 りんを、見つけて……


「殺生丸様……」

 いつの間にか、手にしていたランタンを下に置き、りんはその両手を殺生丸に向かって差し伸べた。
 細い子どもの腕で殺生丸の首を抱きしめ、その冷たい頬に ―――

 落とされた、柔らかな唇の感触。
 囁く、あの声。

「会いに来ました、殺生丸様……」


「りん!!」

 そのままりんの体を抱きしめそうな己の腕を、ぎりぎりの精神力で踏み止まる。
 思わず発した強い呼びかけに、はっとしたようにりんの瞳に焦点が戻る。

「あれ…? 今、一瞬、りん何をしてたか忘れちゃった」

 それと同時に、玄関燈の灯かりもぱっと瞬き先程までの暗さは追い払われる。

「お、お帰りなさいませ! 殺生丸様!! お出迎えが遅くなりまして……」

 『いつもの』時間が流れ始める。
 人知れずほっとした心境を、玄関灯を点け忘れた罰のような顔をして邪見に蹴りを入れて落ち着かせる。玄関先に二人を置いたまま、殺生丸は自分の自室へと入っていった。
 蹴られた鬱憤を晴らすかのような、邪見のりんにさっさと風呂に入れという怒鳴り声がドア越しに聞こえた。


 スーツの上着を脱ぎ、ネクタイを緩める。
 二階の部屋の窓から、邪見が庭に移動させたのだろうオレンジ色のランタンの小さな灯かりを見つめる。顔に見立てて細工されたそれがこちらを見上げてあざ笑うように、灯かりがゆらゆらと揺れる。


 万聖節の前夜には悪霊が徘徊する ―――

 ふん、どんな悪霊も、『あいつ』の比ではない!
 私の過去世と言う、あの『人で無いもの』 ―――

 オレンジの灯が殺生丸の眸を金色に染める。



 ――― お前を求める『あれ』の手を、お前は振りほどけまい。



 いつまで、そうしておれるだろう……
 あれの唇は柔らかであろう?
 吐息の甘さも、そのままに……


 ほとんど闇と化した窓ガラスに自分の顔とあいつの顔が重なって映る。

「……りんの中の『りん』を呼び覚ますな!! 悲惨な思いを今生でも味合わせる気か、お前はっっ!」


 ……それは、お前次第。

 お前は、『私』。
 私があれを抱いたように、お前もりんを抱くだろう。
 あの時終わらせてしまった『時』を紡ぎ直すため ―――

 お前は、逃れられない。


 『りん』から……
 この『私−前世−』から


 そして、運命から……


 逆らうな、この『私』に ―――
 この、『殺生丸』に ―――



 ガシャーンと激しくガラスの割れる音。
 その音に驚き、邪見とりんが殺生丸の部屋に駆けつけた時には、殺生丸の左手は血まみれになっていた。


 その光景に、りんの中の何かが凍る。


「りん! 何をしておる!! 急いで、救急箱を持って来い!!」

 邪見に激しく叱責されて、あわてて部屋を駆け出すりん。
 殺生丸は流れる血もその痛みにも気付かないほど、ただ一つの事を考えていた。


 己の『心』はどこにあるのだろうと ―――
 りんを愛しく思う、この気持ちさえ『あいつ』の物なのだろうかと……


 そして、りん。
 りんもまた、何を想うのか……



 思い出してしまうのだろうかと ―――




 りんを責め殺してしまった、『あの時』の私を………





【終】
2006.10.25





突発ハロウィン小説です。4〜5日前まではまったくその予定はなかったのですが、そう言えば二次創作の基本を原作よりにしているので、なかなかこの手のイベント事を二次創作に反映させる事が出来ないよねぇ…、と思いまして。それで書けそうな設定はこの殺りん現代版の方かなと書き始めた訳です。
ハロウィンの起源を検索してみると、作中のかごめが話したような事が出ており、ああそれならかなりぴったりじゃないv と、こう言うラストにしてみました。またカボチャは南瓜とも書きます。りんちゃんと瓜は切っても切れない関係なんですね。


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