【 野の花は… 】



 ……どうしよう。

 やっぱり、痛い。
 ずきずきして、手も足も痺れているような気がする。

「んっ? どうしたんじゃ、りん? 食べておらんじゃないか」
「邪見さま…」

 少しだるさを感じる体を気力で起こして、邪見さまのお顔を見る。
 殺生丸さまはお留守。
 あたしと邪見さまはお留守番。

「ど、どうしたんじゃ、りん!? 腹でも痛いのか? それとも熱でもあるのか?」

 邪見さまの、もともと青黒いお顔がもっと青くなったような気がする。
 痛いのは、お腹じゃないんだけど…。
 でも、体中がこわばって痛いような気がするし、ちょっと熱っぽい気も……。

 りんはワシの用意した朝餉に手も付けず、ただだるそうな表情でワシの顔を見る。
 こ、これはただ事ではないぞっっ!!
 元気の塊のようなりんが、物も食わぬとは!!!
 殺生丸さまのお留守中に、りんの身に何かあってみろ!
 このワシが、どれほどの責めを受ける事かっっ!!!

「…ごめ…ね、邪…さま。りん…よ……わから…いの」

 あれ、どうしたんだろう?
 口までよく回らないよ。

「りん、りんっっ!! しっかりするんじゃ! りん!!!」

 邪見さまの、真ん丸い大きな目がもっと大きくなってりんを見てる。
 いっぱいいっぱい、心配そうに。




 ふわっ、とかすかな風の音がした。

「…どうした、邪見」

 上から降りてくる涼やかなお声に、邪見さまの小さな体が面白いほどに飛び跳ねる。

「せ、殺生丸さま…。あ、あの〜、その、りんめが…」

 邪見の言葉もそこそこに、気だるげなりんの許へ。
 この場に降り立つ前から気になっていた、この臭い。
 りんの右手を取り、その指先の小さな傷を診る。
 傷口は小さいが、刺し傷の為か深い。
 膿黄色に膿んで、熱を持っている。

「…この傷はどうした?」
「…お花…摘……だの。野…原で……」
「その時、か。いつだ?」
「殺…丸さ……ま、お出……け、す…ぐ……」
「…三日前、か。邪見っっ!!」

 珍しい事に、そう本当に珍しい事にその声には、微かな焦りが含まれていた。

「はっ、はいっっ!!! 殺生丸さま!!」
「…りんは、いつからこんな具合だ?」
「はい、夕べはいつもと変わりなく、今朝起きましたらすでにこの有様で……」

 邪見の言葉を聞く殺生丸の表情に、険しさが浮かぶ。

「せ、殺生丸さま。一体、りんは何の病で御座いますか?」
「…土の毒(破傷風)、だ。早過ぎる、始末が悪いな」
「し、始末が悪いとは…、殺生丸さまっっ!!」

 人間に取って土の毒(破傷風)の怖さがどれほどのものか、邪見には見当がつかなかった。破傷風にやられる妖怪など、どれほど下等な下司な妖怪にもいなかったからである。
 この戦国の世、傷つけ合う人間達の死に行く理由の何割かにはこれが含まれていたのだ。切り殺される訳でなく、出血多量で死に行く訳でなく。傷を負ってから発症が早い程、予後は悪く重篤化する。致死率も高い。

「ま、まさか 殺生丸さまっっ!! りんは手遅れなのでございますかっっ!!!」

 もうすでに、転げ落ちそうな大きな金壷眼には『涙』が盛り上がってきていた。

「…毒を持って、毒を制す。そう簡単には死なせはせぬ」
「殺生丸さま…?」
「邪見、お前は薬草を集めて来い!」
「はっ、はいぃぃ〜っっ!!」

 邪見は主を乗せて帰りついたばかりの畸獣である阿吽に飛び乗り、その場を後にする。

 後に残るは、りんと殺生丸の二人だけ。

「…ご……さい。せ…、殺…生……さ…ま」

 傷ついたりんの手を取り。

「…もう、喋るな」

 傷ついた指先を己の口に含み、その傷口を鋭い牙で噛み切る。

「…つっっ! 痛…い……」
「このくらい、我慢しろ。」

 太刀使いの殺生丸は小太刀など携えてはおらず、まさかりんの華奢な指先を切開するのに、闘鬼神を使うわけにもゆくまい。
開いたりんの指先の傷口を舌で綺麗に舐めあげて清めると、己が身裡(うち)の『毒』を変化させ、傷口から流し込んでやる。

( …あっ。熱…い。なんだか、体がじんじんしてくる )

 破傷風菌の生成する神経毒素と、殺生丸が血清化して流し込んだ毒がりんの幼い体内でせめぎあっている。後は、りんの体力次第。

「…野の花は、野におけ。摘んでしまったら、始末が悪い」
「殺生丸さま…」

 体はだるいけど、先程までの痺れたような感覚は薄れてきた。
 何よりも、りんの為に殺生丸さまが手当てを施してくれた事が嬉しくて。

( 殺生丸さま、りんは… )

 りんの体内に流された殺生丸の『毒』のせいだろうか?
 ひどく、眠い。

 だけど、殺生丸さまがお側に居てくださるのなら、大丈夫。

( りんは…、りんは殺生丸さまが…… )

 安らかな思いで眠りに落ちるりんの視界には、唯一無二の存在。
 今だけは、りんだけの。



 …施した手当ての予後を良くする為に、邪見に薬草を取りに行かせた。
滋養を付け、強壮で気を高めれば問題はないだろう。

 二つの毒が体の中で争っていたのも、だいぶ鎮まってきたようだ。
 私の腕の中で眠るりんの呼吸も、規則正しくなっている。

( ふっ、私らしくもない )

 自嘲めいて、内裡(うち)に呟く。


 ――――― 始末が悪い。


 誰に向かって言ったものか。

 土の毒ごときに果敢無くなる『野の花』を、迂闊に摘んでしまった己を省みてか。
 摘んでしまった為に、萎れてしまっても手放せぬ、そんな始末の悪さ故。


( 今なら、まだ間に合う )


 ――――― 野の花は、野の原に。
             人の子は、人の中に ―――――


 本当に手折ってしまう、その前に。

 己の腕の中に眠る『人の子』を、この戦国一と謳われた大妖がどのような表情で見つめていたか、知る者はいない。



【完】
2004.1.22




【 あとがき 】

あははっっ^^; 2004年 初っ端の書き下ろしが『殺りん』、ですよ私。
昨年秋口から、かな〜り『殺りん』には傾いていたのですが、第3弾の映画を見てからは、もうもうっっ〜vvvv、って感じで(^^)

下手に書くと、兄様が犯罪者にもなりかねない設定ですし、単なる『ロリコン』にはしたくないし…。
基本的には『犬かご』よりも切ない二人かもしれません。
『犬かご』だと、拠り所とも言えるかごめちゃんの実家だとか、楓ばーちゃんの小屋とかあるんですけど、『殺りん』だと漂泊の身ですからねぇ、私の設定では。
兄様、帰る所ないんですよ。と言うより、自分から捨ててきた、と言う方が正しいかな。ちょっと訳ありで。
まぁ、それは追々書いて行きますね。

これはかなり煮詰まっていたので、正味二時間半であがりました(^^)
やっぱりイラスト描きの方が時間かかりますね。


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