【 そっとふれた 】




――― ざわざわざわ


頭の上で大樹が啼いている。
吹き突ける疾風(かぜ)に ―――

遠くで雨の降る音が聞こえる。
遠く近く
激しく、緩やかに…

夜は明けたのに、陽は差さず
あたしの瞳も、夢と現(うつつ)の境を迷う ―――

( ああ、野分だ )

半分眠りに落ちそうなあたしの頭の中で、その言葉が浮かぶ。
遠くで強風になぎ倒された樹木の悲鳴が聞こえる。
殴りつけるような雨が、樹と言わず岩と言わず全てのものを洗い流してゆこうとする。

くす、とあたしは笑う。

野に棲むようになってもうどのくらい?
でも、どんな嵐もどんな猛獣も、恐くはない。


そう、あの時から ―――


思い出す小さな小さな、あたしの手。
初めて触れた、あの時を。


あれから…

少しは大きくなったよね?
今、こうしていられるくらいに。

絡めたままだった掌に、少し力を入れてそれを確かめる。

「…起きたのか、りん」

その手を大きな手が包んでくれる。

「うん、外 嵐だね。殺生丸様」

りんが目覚めたのは、殺生丸様の結界の中。
何時ものように、昨夜の宿りの大樹の根元。
りんの為に張って下さった、その結界。

素肌に触れる優しくて暖かな、白銀の妖毛。

「邪見様もどこかで雨宿りしてるのかな?」
「だろうな、多分」
「次の塒はどこかな?」
「その前に、蹴りを入れる」

そっとりんを抱き寄せながら、そう仰る。

「どうして? ちゃんと殺生丸様のお言い付けを果たしてらっしゃるのに…」
「間に合わねば、意味が無い」

りんは殺生丸様の胸元に顔を埋め、くすくす笑う。

「でも、りん… こうしてるのも好きだよ」
「りん…」

結界の外は、季節変わりの野分の嵐。
あたしの中にも甘くて熱い風が吹く。

「まだ、結界から出る訳には行かぬな…」

その後は ―――

外の嵐の音は、あたしの中の嵐の音にかき消された。



…覚えてるよ。

初めて殺生丸様が、りんの頬に触れてくれたあの時を。
初めてりんが、そのお手に触れる事を許されたあの時を。

いつまでも、離したくなかったあの温かさを ―――

あの時と、ちっとも変わらない優しくて大好きな殺生丸様の手。
あの時のりんの手は、ちょこんととっても小さかったよね?


今は…

今なら…

こうしていられる。


殺生丸様…
どうか、このまま離さないで ―――



このまま、ずっと…



【終】


2006年夏・原作での「殺りん祭り」の後日談。
冥道石で二度目の蘇生を果たしたりんちゃんの、
あの「帰還」の回の殺生丸とりんちゃんの触れ合い
のワンシーンから。
あれから数年後の二人、今も野に棲むりんちゃんの
後朝の幸福感。

「白雪香」のもえ子様主催の殺りん萌え祭りに投稿
させて頂いたSSです。


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