【 夏ごろも 】
数日前の大雨が、梅雨のあがりか空の色は一気に夏色に変わった。
そんな夏の夕暮れ時。
夕涼みに楓の村近くを流れる川原を、こちらに遊びに来ていたかごめと珊瑚がそぞろ歩く。
あの奈落との闘いから数年。大切なものが何かを教えられた日々だった。
だからこそ、大切にしたい『今-いま-』がある。
その二人の前に、川原の横の茂みから飛び出してきた緑色の小さなもの。それは…
「邪見!?」
「あんた、どうしてこんな所を…?」
びっくりしたように口々にかけた言葉はそれ。
びっくりしたのは声をかけられた方もそう。
「な、なんじゃっっ!! どうして、お前らがここにおる!?」
「どうしてって、ここはあたし達の村の近くだよ?」
「そうよ、邪見。そーゆーあんたこそ、どうしてこんな所を?」
以前からだが、どうにもこの二人の前に出ると自分の主の前に出た時とは別の意味で小さくなってしまう。それと言うのも、この二人が『りん』の姉代わりであるからで…。
「いや…、ワシは殺生丸様に使いを頼まれ、この先の機織り名人の蜘蛛婆の所まで行った帰りじゃ」
「機織り名人?」
「うむ、それはもう見事なものじゃぞ。人間の織る絹織物など目ではないわ!その艶やかさ、身に纏った時のしなやかさに軽さ。夏は涼しく、冬暖かいという、それはもう極上の織物じゃ」
「ふ~ん、でもそれってあんた達には必要ないわよね?」
二人の目がきらりと光る。
「あっ、えっと、その…」
「それ、りんちゃんのでしょ? 違うかなv」
「ちょっと心配してたんだ。ここから西国はあまりにも遠いからね。あの唐変木がちゃんと面倒を見てるのかってね」
我が主の事を、あまり良くは思っては居ない風なこの二人。
まぁ、それも判らないでは…
特にりんの『扱い』に置いては、大きな声で言えない事もある。
しかし、それでも主がりんの事を大事に思っている事もそれは確かで!!
「何を言う! この反物にしても、りんの身なりを気にかけておられるからこそ、ご自分で見立てられたもの。りんは殺生丸様に大事にされておるわい!!」
さらにかごめと珊瑚、二人の目が獲物を見つけたが如くきらきらと光る。
「へぇ、あの殺生丸の見立て。どんな反物を選んだか、ちょっと興味があるね」
「ホントにね。殺生丸がりんちゃんにどんな着物を着せたいのかって、私たちも見てみたいわよねぇ~♪」
「あっ、こら! お前たち…」
二人は言うが早いか、ひょいと腰をかがめると小柄な邪見の腕からその包みを取り上げた。
「こら! やめんか!! ワシが殺生丸様にお叱りを受けるっっ!!!」
足元でジタバタしている邪見を珊瑚が片手で押さえ、気をつけながらかごめがその包みを開いた。
中には ―――
夏の装いに相応しい、絽や紗の着物。(どちらもともに目の粗い、透け感のある夏の絹生地)
水深き淵の色合いを持ってきたような、濃紺地。裾から肩にかけて水の揺らぎのように濃淡が程よく織り成されている。水面に浮かぶ花びらのように繊細な淡い色合いの小花の刺繍を施し、それを濃赤の帯で締める。生地そのものの透け感がまたその水の感じを良く表していて、別れた時のりんにはまだ早い柄のようにも思えたが、あれから数年。
きっと美しく着こなす事だろう。
その下の一枚は、また趣を変えて夏の深山の緑陰を思わせる彩り。天蚕(てんさん)の生成りの色を生かした柔らかな金の色の上に、裾に千歳緑の枝葉を置いて、伸びやかさを表すように腰から上は瑞々しい新緑と一重の山花の柄を織り込んでいる。染めではなく、織り込んでいるところがまた見事。これには翡翠(かわせみ)色の帯を合わせ。太陽の光を思わせるりんの笑顔には良く似合う柄だろう。まるで光を纏ったような…
「ふ~ん、なかなか良い趣味をしてるじゃない。ちょっと、見直したわ」
「そうじゃろ! 判ったなら、その包みを返せ!!」
かごめが手にしている包みをあわてて取り上げ、急ぎその場を離れようとしたその時、くすくすくすと小さな笑い声。声の正体は、珊瑚。
「邪見、あんたそのまま帰っても、やっぱり殺生丸に怒られると思うよ」
「んんっ!? なんでじゃっっ!」
「だって、その包み。足りないものがあるからね」
「足りない物?」
聞き返す声は、かごめと邪見。
「ああ、その手の着物って下に白妙を着るのが決まりだよ。それを見落としたのが殺生丸でも、あんたのせいになるんだろ?」
そう言った珊瑚の言葉を鼻で笑うように、邪見が小さな胸を張る。
「そんな事は、殺生丸様もご存知じゃ! 西国は暑いところでな、りんもまた暑がり。今 着ておる単でさえ暑い暑いと言うほどじゃ。なれば、重ねて着せるまでもなかろうとおっしゃっての。着て涼しく、目にも涼しいのが一番じゃと…」
邪見が言った一言に、ぴくりと反応したのはかごめ。
「…着て涼しいは判るけど、目にも涼しいって……、あ~っっっ!!!」
「かごめちゃん!?」
「もうっ! なんて奴なの、殺生丸って!! りんちゃんにシースールスタイルをさせるつもりなんだわっっ!!!」
そう言うなりかごめは邪見の手からその包みを引ったくる。
「こら! かごめ!! それを返さんか!」
「りんちゃんの着がえが要るなら、私が用意するからそこでちょっと待って頂戴!!」
急ぎ村に取って返し、戻ってきたかごめに手の中の包みを押し付けられる。
「いい!? これは直接りんちゃんに私からだって言って渡すのよ。で、殺生丸には、この着物は私が預かっているから、りんちゃんに着せたかったら、りんちゃんと一緒に取り来てって」
「そうだね、そしたらちゃんとした着方を教えられるからね」
…そう、こーゆーところがりんの姉代わりたる所以。
後は用事は済んだとばかりに、邪見だけを残して二人はそこを立ち去った。それから邪見がどうしたか?
目論見外れて、夢を見損なった御仁が一人いる事は確かである。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * *
―――― 待たせてあった阿吽に乗り、邪見が帰ってきたのは暑さも厳しい西国の館。
その腕には、目的とは違う包みが一つ。
( いい!? 私からだといってりんちゃんに渡すのよっっ!! )
( 殺生丸が作らせたりんちゃんの着物が欲しいなら、二人でここまで取りに来なさいってね! )
う~ ぶるぶるぶる。
りんへの言付けは果たせぬ事はないけれど、その後の言葉を主に伝えようものならば、この身はどうなるものであろう…?
良くて、お空のお星様。
下手すりゃ、爪の毒で溶かされてしまうかも…
折角館に帰り着いたとて、命の縮む思いの邪見にはまるで地獄を覗く心地である。
「お帰りなさい! 邪見様v」
待ちわびていたのか、元気な声で迎えたのは事の原因の片割れでもあるりん、そのもの。
「あ、ああ。りん、か。うむ、今 戻ったぞ」
「遠くまでお使い、ご苦労様v りん、すっごく楽しみにしてたんだ♪ どんなお着物を殺生丸様が用意してくださったのかなぁってvvv」
「ああ、うむ…。その事なんじゃが……」
言い淀むのは、続く言葉がないからで―――
「殺生丸様ね、今 お出掛けなんだ。邪見様が戻られたら、新しい着物に着替えておけって」
「ぁぁ、そう…」
…多分、あのかごめの言葉がそうならば、きっとりんの「しぃするぅ・すたいる」とやらを楽しみに帰ってこられるのかも ――――
こんな事で、邪見は自分の人生が終わるのかと思うと、たまらなく遣る瀬無くなってきた。
「邪見様? どうかしたの? 顔色、悪いよ」
拾った頃から、あの性格の捻じ曲がった殺生丸の側にいて、どうしてここまで無邪気に育つ事が出来るのかと思うほど無邪気な瞳で青ざめた顔の邪見を覗くりん。
ふと、邪見の頭に浮かんだ一縷の望みは他ならぬこのりん。
「あの、な…。お前の新しい着物はあのかごめが預かってるんじゃ」
「かごめ様が?」
「うむ、ちょっとした手違いがあってな…、足りないものがあったのでそれを揃えてもらう手筈になっとる。それまでの、お前の着替えじゃとそのかごめから預かってきたものがあるんじゃ」
「かごめ様からvvv」
りんの目がキラキラと輝いた。
殺生丸と共にある事を選んだりんの、唯一「人界」との架け橋のような、姉のような存在のかごめ。
かごめがりんを妹のように思っているように、りんもまた、かごめを姉のように慕っている。
邪見が持ち帰ったその包みは、こうして無事りんの手に渡ったのだ。
* * * * * * * * * * * * * * * *
「…で、邪見からその包みを取り上げたって訳か」
外から戻ってきたかごめ達を、仏頂面とそんな言葉で迎えたのは今では楓の小屋の居候と化した犬夜叉。
「そうよ! 今まででも年端も行かないりんちゃんによからぬ事をしてきたあんたのお兄さんの企みを一つ潰したってバチは当たらないわよね!!」
「けっ! あいつの事を『お兄さん』なんて呼ぶな!!」
…犬も食わない何とやら。
その一方で、その包みを開けた弥勒や楓の賞賛の声は犬夜叉の耳には入っていない。
「ほぅ、これはまた見事なもんじゃな。どうなる事かと思ったが、それなりに大事にされておるようじゃな」
手にした着物の見事さに、それを贈る者の贈られる者への心遣いを汲み取る楓。
「で、これをりんの肌に直に着せようとした殺生丸殿の目論見に、かごめ様が激怒された訳ですね」
…判らない訳ではない、と弥勒は思う。
そう、男であれば!!
「ああ、それでかごめちゃんが自分の着替えを邪見に持たせてね…」
「かごめ様の衣を、ですか…?」
「うん。ほら、かごめちゃんがこちらで寝泊りする時に着ているあの涼しそうな衣だよ」
…そう。
あの時、邪見に持たせたのはかごめがこちらで寛ぐ時に着ていた半袖・短パンのTスーツ。
だから…
「あ~っっ!! しまった! もう、私ったら!!!」
かごめが地団駄踏んでも後の祭り。
* * * * * * * * * * * * * * * *
密かにりんの艶姿(?)を楽しみに屋敷に戻ってきた殺生丸は、見慣れぬ風体の、そう あの不肖の異母弟の周りに張り付いている娘のような格好をしているりんを見て、いささか機嫌を損ねた。
「…邪見、どういう事だ」
尋ねる声にも、冷ややかな怒りが含まれている。
「あ、あの… その…… 」
蛇に睨まれた蛙の如く、もともと青ざめた顔色はさらに青くなり、体は硬直しかけている。
「あのね、殺生丸様。新しく作ってくださったお着物ね、足りないものがあるんだって。途中でばったりあったかごめ様が気が付いてくださってね、ちゃんと整えて下さるって」
「………………」
「でね、今度一緒に取りに来てね、って。それまでは、この衣を替わりにって邪見様に持たせてくださったの」
無邪気なりんの手前、殺生丸は目論見をかごめに潰された怒りをその眸に込め、使い物にならぬ邪見を睨みつける。
「この衣も、とっても涼しいよv 殺生丸様♪」
そう言って、りんは殺生丸の足元に近づき下から上へと笑顔を向けた。
その様子を見て ――――
殺生丸の眸から、怒りの色が消えてゆく。
「…ふん、下賤な着物だ。長く着せておくつもりはないからな」
「はいv 殺生丸様vvv」
殺生丸の怒りが解けたその訳は ――――
只でさえ小柄で華奢なりんの体格と、現代人で豊満なスタイルのかごめの差。ましてや戦国時代のりんが、『下着』など着けている訳もなく…
そう、チラリズムの極致。
健康的なエロチシズムv
それも、悪くないと ――――
男とは、今も昔も変わらない。
【おわり♪】
* * * * * * * * * * * * * * * *
これも、殺りん萌え祭りに投稿した1本です。
殺兄がなんだかなぁな性格で^_^;
あまり「壊れもの」系の話は書けないので、精一杯崩してもこの程度ですね。
りんちゃんに甘すぎる兄も、殺生丸を手玉に取る口のたつりんちゃんも「壊れもの」では定番ですが、やっぱり私には書けませんでした。
ブカブカのTシャツを着た、鎖骨や胸元が覗けそうなりんちゃんって結構美味しそうかもv なんてイメージです。
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