【 チャットでリレー小説 】
挿 絵 : 時子さん
writer : 愛美さん・まるねこさん・さよりさん+管理人 杜
楓様の村に来て、何度目かの冬。
りんがお花を見たいなとぽつりと言ったら、殺生丸様は大きなお犬様姿に変化されて、何
も言わずにりんを背に乗せ、連れて来てくださったのがこの場所だった。
空高く翔けてくる間は、ひゅうひゅうと冷たい風があたしの頬に当っていたけど、ぎゅっ
と背中にしがみついていたら、そんなに寒さは感じなかった。
きっとここはとても遠く、人が来れる様な場所じゃないんだろう。
急いでりんを連れて来るために、このお姿になってくださったのだろうとあたしは思った
。
殺生丸さまの白い毛は、ふわふわでとても気持ちがいい。
大きな背中で揺られているのに体が慣れてくると、りんはその心地よさにうっとりとして
しまった
( ……撫でても、いいかな… )
りんは、片手でしがみつきながらももう片方の手で、白い毛を透いてみた。思わず、村に
いる子犬を思い出した。りんが撫でると、すごく喜ぶ子犬。
( ……殺生丸さまも、気持ち良いって思ってくれるのかな…? )
子犬と一緒の扱いを、この大妖怪が喜ぶはずはないとは思うが、あまりの触り心地の良さ
に、りんはその背に乗せられたまま殺生丸を撫でつづけて、この小高い丘の上の木蔭へとや
ってきてしまったのだった。
りんを下ろすと、いつもはすぐに人型へ戻る殺生丸なのに、今日はなぜか無言のまま、化
け犬の姿のままだ。
「……殺生丸さま?」
りんは見上げて首を傾げる。
変化したままの姿ではりんからはあまり殺生丸の表情が見てとれないほど、高い所に顔が
ある。それよりも高く、この桜の木は聳えており、盛りを迎えた桜の大木は、ひらりひらり
と花びらを宙に舞わせていた。
顔を上げたまま、暫く沈黙がおち、りんの胸の鼓動は心なしか少し早足になる。
あたりは一面の花びらで埋め尽くされていた。
冬の時期に花がみたいという無理な願いをいったのに、殺生丸は、りんの願いを聞き遂げ
たのだ。突然に赤い目がりんの目の前にあった。殺生丸が頭を下げて、風を巻き起こし、桜
の花びらがりんのまわりを舞った。
時期ならぬ花吹雪が収まった時、りんの目の前には大人くらいの背丈になられた、やはり
お犬様姿のままの殺生丸様が。
切れ長の獣の眸でりんを見て、くいと首を横に振り、そして桜の木の根元にゆくとゆった
りと座り込んでしまった。
りんもつられる様に側に座り、ぼぅと降りしきる桜の花びらを見上げる。
いつもより濃い桜の花の香りに、軽いめまいをりんは感じた。
ふと隣をみると、お犬様姿の殺生丸様の目元もほんのりと薄紅のような気がした。
妖の桜は、見るものを酔わせる。
否、酔いたいものを酔わせる、妖の桜。
りんは人の背の高さまで小さくなったお犬様の姿を見るのは、初めてだった。
殺生丸ほどの妖ともなれば、姿形の大きさなどは自在に操れるのだろう。
ゆったりと座ったその姿は、優美そのもの。
「殺生丸さま…、綺麗」
あどけない少女の口元は、ふわりと笑う。
降り積もる桜の花びらも美しければ、傍に座った犬の姿の殺生丸もまた、美しかった。
目元をほんのり赤く染めた大きな犬は、まるで本物の犬のように、その頬をそっとりんへ
と擦り寄せた。
ふわふわの白い毛が、りんの頬をくすぐる。
by 時子様
村ではやっと梅の花が綻び出したところで、まだまだ冬だというのに、ここは春のように
あたたかい。りんの頬を撫でる優美な白銀の毛はそれ以上に温かく、優しく包んでくれるよ
うであった。
りんは、思わずその柔らかな美しい毛並みにそっと手を触れてみた。少しでも殺生丸様が
見動かれたり、その視線でりんを咎めたら、その場で飛び離れて頭を地面にすり付け、謝る
つもりだった。
( あれ? )
触れた瞬間、見動かれたので思わず手を引きかけたのに、殺生丸様はその頭をりんの前に
下げ、そのまま膝の上に預けてしまわれたのだ。
それは、楓様の村で可愛がっている仔犬の様に。
( いいのかな? このまま、触り続けていても…… )
普段なら考えられもしないこと。
膝に乗せられた頭の重みが嬉しくて、柔らかな毛並みの手触りがりんを虜にして、いつま
でもこうしていたいと思ってしまった。
幼いりんでさえ酔わせる妖の桜の香り、降りかかる桜の花びらに染まる夢空間。
桜の天蓋を越して、暖かな柔らかな陽がぽかぽかと気持ちの良い眠りを運んでくる。
ちょっとの間かもしれないけど、りんは眠っていたみたい。
ふっ、と気付いて膝の上を見てみたら、いつの間にか人型に戻られた殺生丸様。
だけど、りんの膝の上から降りようとはなさらない。
そのままりんの膝に顔を埋めたまま、微かに寝息を立てておられる。
by 時子様
「殺生丸様?」
あたしは小さく呼んでみた。
すると殺生丸様はりんの身体に腕をまわし、敵を射抜く鋭い瞳を閉じられて、ただただり
んの膝の上で寝顔を見せられる。
あたしは殺生丸様の流れるようなお髪を、そっと撫でてみる。
お犬姿の時は、とても気持ち良さそうにされていたけど、いまもこうして触れていても大
丈夫だろうかと思いながら、そっと、そっと。
「良い匂いだな、りん」
りんの膝の上に微かにかかる殺生丸様の吐息。
くすぐったい様な、不思議な気持ちになる。
りんも思う。
( 本当に良い香りだねぇ。すごいなぁ、妖の桜って )
りんの心の中は、この暖かく綺麗で大好きなものでいっぱいになっていた。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * *
りんは、鼻先を掠めた懐かしい香りで目を覚ました。
気持ちの良い温かさも、ひんやりとしたすべらかな手触りも変わりのないまま。
「目が覚めたのか」
りんを包む温かな腕の主が、そう問い掛ける。
「夢を、見ていました。初めてここを訪れた、子ども時の事を」
あの時は思いもしなかった。
この妖の桜の側に、住まう事になるだなんて。
「ああ。あの時の事か」
「はい。あの時、殺生丸様はこの桜の香りがとても良いと、りんの膝の上で呟かれました。
りんもそう思って、大好きな香りになりました」
殺生丸の許に嫁いだばかりの初々しいりんが、頬を桜色に染めそう告げる。
何を思ったのかいきなり殺生丸がりんの腕を取り、自分の方へ引き寄せた。
「……桜ではない」
「え?」
愛する夫の腕の中。
小首を傾げる新妻の耳元に、殺生丸はさらに言葉を繋ぐ。
「私を酔わせたのは、お前だ。お前の匂いが――」
みなまで言わずに、その唇を妻の桜色の唇の上に重ねる。
by 時子様
―――― 蕾は蕾のままで、いつまでも浸っていたい快い匂いだった。
―――― 花開いた今は、手折らずには入られないほどの物狂おしさで魅了する。
あの時りんが思った事を、今また殺生丸も思うのだった。
いつまでも、こうありたいと桜の花の儚さにも似た想いを……。
2010.12.5
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