【 三度目のクリスマス −2004− 】

 =パラレル現代版=


 
 * ―――― そんなことくらい わかってけれど
            夜が明けるまでは そばにいて欲しい ―――― *

 

 ……最初、あいつに惹かれたのは、あの寂しげな瞳だった。

 高校二年の秋、季節外れの転校生として私の目の前に現れたあいつ。
 色々、噂は流れた。もう既に亡くなった母親が、有名な政治家の愛人だったとか、母親の死後、父親の許に引き取られたが、腹違いの兄との反りが合わなくてその屋敷を飛び出し、独りで暮らしているとか。

 そんな噂に始まって、あまり良くない噂ばかり。

 粗暴で、喧嘩ばかりしている。
 確かに喧嘩は強いけど、一匹狼でグループに入らないから、それを面白く思わない連中としょっちゅうやり合っている。
 迂闊に、近付くととばっちりを食うのは目に見えている、と。

 ここに転校してきたのも、前の学校で何かとんでもない事をやらかしたせいで…、とまことしやかに噂されていた。


 ……私も、近付くつもりはなかった。


 まさかこんな関係になるなんて、あの頃は ――――

 

 * ―――― 白いシーツの その海で 愛を見失ってしまった
            漂流者たちが 眠れずに 空を 見上げて過ごすように ―――― *

 

 転校してきて間もなく、何故か訳も判らずあいつに避けられているのが、面白くもなく気になって、つっかかっていったのは私の方だっけ?
 悪縁は転校したくらいでは切れるものではないらしく、何を誤解したのかあいつと敵対する連中に私は襲われて…。

 確かに強かったけど、それでもボコボコにされたのはあいつで。
 私を助ける為に。

 ……本当なら、きっとこんな風にやられる事はない。

 もう、何もかも終わりにしたくて……
 『自分』さえ、嫌っていたあいつ。


 死んでも良いと、思っていたのかも知れない。

 
「……俺のせいで、もう誰かが傷つくのは嫌だ!!」

 
 本当は本当は…、不器用なくらい優しいあいつ。

( ……お袋は俺を産んだ所為で、不幸なまま死んだ )
( 俺が『存在−いた−』ばかりに、仲の良かった親父と兄貴は憎み合うようになっちまった )
( それに…… )

( お前は、あいつに似てる…… )

 堰を切った様に、あいつの想いが溢れてくる。

 転校する事になった本当の訳を、私は聞いた。
 家を出て、荒れて荒れて仕方のなかったあいつを、何とか立ち直らせようとしてくれた【人】がいた。
 教育実習でその学校に来ていた女性(ひと)。

 名を、『桔梗』。

 何の偏見もなく、真っ直ぐにあいつを見据えて。

「いつまで、自分で自分を虐めるつもりだ」
「はっ!? 何、寝惚けた事を言ってやがる!!」
「……それが、お前の本当の姿ではないだろう」

 年の若さに似合わない厳しい口調で。

 その凛とした姿に縋りたいようなものを感じたと、あいつは言った。
 反発を感じつつも、惹かれるものも感じて。
 実習期間が終っても、時々会っていたと言う。

 ……でも、それを面白く思わない奴がいた。

 そう、以前から桔梗に言い寄っていたイヤな奴。
 そいつを袖にして、そのくせ年下のそれも実習先の評判の悪い生徒を構うものだから、「可愛さ余って憎さ百倍」と言う事だったらしい。

 そいつに、二人は嵌められた。
 お互いの名前で呼び出されて、あいつは敵対していた複数のグループが待ち伏せしている所へ。
 桔梗は隠れて見ているそいつの指示で何人もの男達にレイプされ、あまつさえその顔を剃刀で切り刻まれた。
 最期まで本当の事は教えずに。

 桔梗はあいつを恨みながらその姿を消し、あいつはやってもない『罪』で退学させられた。
 あいつが本当の事を知ったのは、偶然だったらしい。
 その時までは、あいつも全て桔梗が仕組んだ事だと思い込み、やっぱり恨んでいた。

 不良どもの溜まり場で偶然耳に入ってきた、桔梗の名。
 話してる相手は自分を襲ったグループの一人で。
 下卑た笑いを立てながら、あいつを殴るよりは年上の美人女子大生を犯る方が良かった、などと。

( ……俺なんて、存在(い)ない方が良かったんだっっ!! )
 
 そう言って、慟哭。

 
 ああ、なんでこんなにもあいつの事が気になったのか。
 あの瞳に秘められた、この影のせい。

 
「バカっっ!! あんた、そのままじゃ本当に負け犬じゃない!」
「おまえ……」
「だって…、その人、桔梗さん? その人がそんな目にあったのは、あんたのせいじゃないじゃない!!」
「だけど……」
「いじける前に、する事があるんじゃない!? まだ桔梗さんが本当の事を知らないのなら、誤解を解く努力はするべきでしょう!!」
「 ………… 」
「それにっっ!! そんな悪い奴をそのままにしておくのも、どうかと思うわ!」

 私、何を言ってるのかしら?
 これじゃまるで、あいつに喧嘩を勧めているようなものじゃない。
 
 瓢箪から駒のような、これが『きっかけ』 ――――
 私達は、やはりそいつのせいで酷い目に合っていた数人の仲間と共にそいつを法の裁きの場に引き摺り出した。そこに至るには、色々な事があったのだけど。


 そして……


 私はあいつを好きになっていて。
 あいつも、私の事を。


 『桔梗』の事を忘れた訳じゃないけれど……


 
 私が、初めて好きになった人。

 私が、初めて愛した人。

 私の、初めての男(ひと)。


 
  * * * * * * * * * * * * * * * * * * *



 あれから、三度目の冬。

 あいつに出会ってから、凍えた事はない。
 一度目の冬は、あいつを嵌めた奴への憤りで!
 二度目の冬は、仲間と奴を追い詰め
 三度目の冬…、私はあいつと結ばれた ――――

 
 これからは、ずっとこんな時間が続いて行くと思っていた。
 
 そう…、あの少女が現れるまでは。



 『楓』。
 桔梗の、妹 ――――


 
( お願いです!! 姉に…、姉に会って下さい! )


 あの事件以来、姿を消していた桔梗。
 最初の内こそは、あいつを恨んでもいたようだが、桔梗は桔梗なりに真実に辿り着いていたらしい。
 私達が奴を追っている時も、時折誰か知らない存在が介助してくれているのを感じてはいた。


 それが、桔梗 ――――


( …今まで、どうして桔梗は…… )

 あいつの声が掠れて

( 姉は…、あの事件以来すっかり身体を壊してしまって…。顔の傷も何度も形成手術を繰り返したのですが、どうしても大きな傷跡が残ってしまって…… )

 もし私がそんな姿になったなら…、わたしもあいつの前から姿を消すだろう。好きであれば、あるほどに!!

( 姉は…、今でもあなたの事が好きなんです。でも、姉はあんな性格ですから ――― )

 その言葉は、あいつの胸に深く響く。
 
 桔梗は、きっと毅然とした人なのだ。
 泣き言など言わない、弱音を吐かない、甘える事を善しとしない、きっとそんな人なのだ。
 
 だからこそ…、哀しい。
 
( 私がこんな事をしたと知ったら、きっと姉は怒る事でしょう。でも!!  姉には、もう時間がないんです!!! )

  悲痛な、楓の声。

( 時間…、が? )

  不治の病。

 何が原因か、判らない。
 あの事件のせいか、それともそう運命付けられていたのか。
 四肢の筋力が急激に衰えて体を動かす事も出来なくなり、いつか心臓もその鼓動を止める。

 それが、いつのなのか。

 残された時間は、自分の身体の衰えの向こうに『死』を見詰めて過ごす。
 それも、さほど長い時間ではないのだろう。
 
( 桔梗…… )
 
 そう、小さく呟いて。
 その顔には、大切なものを無くしかけた少年のような表情。

 
 ―――― ああ、判ってたわ。

 
 あなたが、まだ桔梗の事を好きだって。
 それは、仕方のない事。
 
 だって、先に出遭ってしまったのは、あなたと桔梗。  
 私じゃ、ない。
 
 でも、あなたは私を愛してくれた。
 私も、あなたを愛してる。

 
 だから…、良いよね?

 
 ……いつだって私が肩を押してやらなきゃ、あんたって動けないんだから。

 
「……行ってあげて」
「良い…、のか?」

 ……あいつのびっくりしたような、どこか不思議で複雑な、そんな顔。
 
「うん。きっと私が桔梗さんだったら、最初は怒ると思う。でも、嬉しい。ありのままの桔梗さんを受け入れてあげて」

 
 ……私の、馬鹿。

 
 何でこんな事、言ってるの?
 本当は……

 
( 行かないで!! ここに、私の側に居てっっ!!! )

 
 でも……

 
 言っちゃったら、負け。
 私の、負け。

 
 桔梗に。

 
 それは、三度目のクリスマスの少し前の事。
 私が、自分で決めた事。

 

 

  * ―――― 三度目のクリスマスは  もう二人は会えないのね
            私たちは別の場所で  ジングルベル聞くのね ――――  

         そんなことくらいわかってたけれど   あふれる涙は聞きわけがなくて
         あなたの背中に顔を埋め  ”愛してよ もういちど” …………
 
         波に揺れていた長い髪  胸のすき間にこぼれ落ちて
         思い出だけが引き止める 時の痛みに震えながら


    三度目のクリスマスは  いつもみたくできないのね
    あのお店で騒ぐことも もうきっと無理よね

    そんなことくらいわかってたけれど 何も言わないで抱きしめてほしい
         あなたの背中を忘れないわ

 
 ”愛してよ もういちど” ………… *

 

  * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
 


 あれから、また三度目のクリスマス。

 
 今朝、郵便受けに届いた差出人のない、女学生めいた表書きの封書。
 中には、震える文字で認められた一枚の便箋。
 そして、一言。

 

      ” ありがとう ―――― ”  と。

 

  今。

 

 私の耳は、愛しいあの人の声を聞いていた。

 

 

現代版パラレル「犬夜叉」? 【完】
2004.12.10

 


【 あとがき 】

あはは〜、思いっきり遊んでしまいました^_^;
この楽曲で、昨年もDLF小説を書いたんですけど、その時は出来るだけ現行設定に添わせようとして、少し未来設定で歌詞のイメージを半減させて仕上げたんですね。
で、その時から歌詞のイメージを優先させた現代版を書きたいなv とは思っていたんです。

しかし、歌詞のイメージを優先させると、これはもう完全に【戦国御伽草子犬夜叉】の世界から離れてしまいますので、敢えてこの話の中ではそれぞれの固有名称は避けました。

桔梗さんと楓ちゃん(…この話の設定では、楓は中学生くらいのつもりなんです^_^;)だけは、どうしようもなかったので使いましたが。

本当に何かの話の粗筋のような話ですが、これはこれで完結してます。
と、言うか… この歌詞に相応しいバックボーンを入れる為だけの設定だったりして(汗)




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