【 三度目のクリスマス -2003- 】
* ――― そんなことくらい わかってたけれど
夜が明けるまでは そばにいて欲しい ――― *
……誰が、こんな結末を予想しただろう?
宿敵・奈落を倒したのは犬夜叉でもかごめでもなく、『桔梗』その人。
憎しみでも、恨みでもない、『慈しみ』の心で。
最終決戦の、まさにその時。
窮地に立たされた犬夜叉たちを助けたのは、全ての想いを込めた一本の破魔の矢。
その破魔の矢は狙い違わず、「四魂の珠」を手にした奈落の右腕を消滅させる。
が、奈落の攻撃も破魔の矢の射手の右半身を打ち砕いていた。
「桔梗っっー!!」
「いやーっっ!! 桔梗、桔梗ーっっ!」
犬夜叉とかごめの声が同時に響く。
その悲壮な声を聞きながら、桔梗は今にも崩折れそうな人器(からだ)を圧し、壮絶な笑みを浮かべた。
残った左手には、奈落から奪い返した四魂の珠。
「かごめっっ!! 私に力を!」
桔梗の呼びかけに、かごめの内裡(うち)に潜む『力』が共鳴し始める。
二人の身体は聖なる光を発しながら、『邪』に染まっていた四魂の珠を、瞬く間に浄化した。
四魂の珠が、今まで封印されていた真の『聖』なる力を発揮し始める。
圧倒的なその光に、辺りを埋めていた奈落の配下の妖怪どもはかき消されていた。
「くっ、桔梗……」
忌々しげに、奈落がうめく。
「もう、終わりにしよう。奈落…、いや 鬼蜘蛛」
桔梗は笑みを浮かべたまま、四魂の珠を掲げた左手を差し出した。
四魂の珠から発せられた光に射抜かれ、「新生」奈落を形作っていた数多の妖怪たちが浄化してゆく。
「……何を、馬鹿な!! もう、鬼蜘蛛など、ここにはおらぬっっ!!」
「……認めたくは、ないのだろう? 『奈落』、と名乗る者の『心』がどこから来たものかなどは、な」
「うっっ…」
「お前の『心』は、お前が取り込んだ妖怪どもの集合体ではない。ましてや、もともと『奈落』、と言う者が存在していた訳でもない」
「や…めろ…。それ以上、その減らず口を叩くなら、容赦はせぬぞ」
「…つまり、お前は『鬼蜘蛛』そのものだと、言う事だ」
桔梗の言葉を遮ろうと振りかざす無数の触手も、四魂の光に触れる端から消滅してゆく。
「お前が生み出した、白童子ももう一人のあやつも、鬼蜘蛛が姿を変えただけの事。もとより『奈落』、と言う者は『無い』のだ。だからこそ、『無』の妖怪である『神無』を真っ先に切り離したな」
「…き…きょ…う、お前…は…、」
「…お前は、鬼蜘蛛。少しばかり、余分なモノをその身に纏ってはいるが」
四魂の珠の光に晒されて、変化し続ける奈落の姿を、ただ声もなく犬夜叉もかごめも、周りの者も見つめていた。
その姿は、『新生奈落』から蠱毒で身体を再生させた頃の姿に、さらに人見城の若君に成り代わっていた頃の姿にまで戻っていた。
四魂の珠の光が脈動する度に、奈落の身体からは取り込まれていた者たちが浄化されて行く。
もう、すでに白童子もその片割れもなく、神楽も神無もその姿を消していた。
長い間囚われていた「本物」の人見の若君が、桔梗に微かな会釈を返して昇天してゆく。
そして……
「…見、見る…な。この姿を、見るなっっー!!」
そこには ――――
「鬼…蜘蛛…… 」
絞り出すような、犬夜叉の声。
散々悪行を重ね、その因果に業火で己が身を焼かれ、廃人同様になった、哀れな男。
そんな身でありながら、生前の桔梗に浅ましい想いを抱いていた男。
全ての始まりは、この男の桔梗に対するこの想いから始まった。
身動きも叶わない鬼蜘蛛の側へ、桔梗は崩折れそうな自分の身体を寄り添わせる。
「……私は、あの時 取るべき『手』を間違えたのだろうな。自分の『欲』を優先させ、あれ程に私に助けを求めていたお前の声を、私を想う声を黙殺してしまった」
「き…桔梗……」
桔梗の左手から四魂の珠がふわり、と浮かび上がり中空に停止する。
「この五十年に渡る悲惨な出来事は、全て私とお前のせい。どれほどの時間が掛かろうとも、償わねばなるまい」
「ふん! 俺のような極悪人に、倫理(みち)を説くとは、お前もとんでもない馬鹿だなっっ! 桔梗!!」
ふっ、と それは犬夜叉でさえ見た事のない、優しい笑みを桔梗は浮かべた。
「……私が、望むのだ。お前に、『人』としての安らぎを与えたい、と。自分の欲の為ではなく、ただお前の為に」
桔梗のその言葉に反応したのか、辺りの影と言う影全てを消し去る程の強烈な『御光』が、四魂の珠から発せられる。
と、次の瞬間。
四魂の珠は内側から弾けた!!
砕け散った四魂の欠片からは「新星」を思わせる閃光が迸り、鬼蜘蛛の身体を貫いて行く。
犬夜叉たちの見ている目の前で、鬼蜘蛛の廃人同様の身体が再生していった。そう、桔梗の身体も。
溢れんばかりの光の奔流に、視力を失っていた瞳がようやく通常の色彩を映し出し始めた頃、そこにはもう何もなかった。
あの二人の姿も、四魂の欠片も。
「…い、犬…夜叉。」
「いっちまっ…の……か?」
誰に問うでもなく、犬夜叉の口から言葉が零れ落ちる。
「…多分、きっと」
かごめも、そう答えるのが精一杯だった。
桔梗の取った行動に、誰よりも動転しているのは犬夜叉本人。
桔梗の言った、「取るべき『手』を間違えたのだ」と言うあの言葉は、犬夜叉への決別の言葉に他ならない。
「…桔梗」
そっと、かごめもその名を呟いた。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * *
それから、二・三日後。
『奈落』が完全に消滅した事は、弥勒の右手が如実に物語っていた。
まだまだ戦乱の世は続くのだけど、世を覆う空気にほんのりと明るさを感じるのは、かごめが『歴史』を知っているからだろうか?
「取り敢えず、私 一旦は実家に帰るわ」
「ああ、そうだな。こっちは決着(ケリ)が着いたけどよ、お前ぇの方はまだまだなんだろ? そのー、ほら、なんてったか…?」
「…? 『受験』、の事?」
「そーそー、その『じゅけん』って戦(いくさ)はよー」
「うふふ、そうね。これからが本番だもんね」
かごめを送ってゆく道すがら、取り止めもないない会話が妙に心地良い。
楓の小屋から、骨食いの井戸までの距離なんてあっと言う間で。
井戸の側で立ち止まり ―――――
「…ねぇ、犬夜叉。四魂の珠、無くなっちゃったけど、いいの? 願いたい事があったんでしょう? それに、桔梗も……」
犬夜叉が空を仰ぎ、きっぱりと言い切った。
「…あれは、自分の『欲』の為に使っちゃいけねーんだよ。桔梗が身を持って教えてくれただろ。俺が持ってても、使えないシロモノさ」
「犬夜叉……」
「それに、桔梗も…。あいつはどんなに辛くったって、『道』を踏み外さなかった。それが、あいつの意思なら、それを大事にしてやりたい」
冬にしては穏やかな夜で。
冴え冴えとした月明かり、星明かり。
「……私たち、このままでいいの? 桔梗、許してくれるのかな?」
かごめの呟きに、犬夜叉の手がそっと答える。
肩を寄せられ、抱きしめられて。
月明かりに恋人たちのシルエットが重なる。
ぎこちなく重ねた唇を外し、かごめの耳元で犬夜叉が囁いた。
「……桔梗、光の中で笑ってただろ? だから、俺たちも……」
「うん、そうだね。一生懸命頑張ったんだもん! これがきっと、答えだよね」
涙を滲ませ、微笑むかごめが愛しくて ―――――
そして、もう一度
『時』が止まる ―――――
顔が熱い。
胸がドキドキして。
もうずっとこのままで居たい ――――
でも、その『時』を動かしたのは、かごめ。
「……帰らなくちゃ。私、まだやらなきゃいけない事あるから」
名残惜しさを振り切って、犬夜叉から身を離す。
「お前らしいな、かごめ。周りに流される事ってあんまりねぇし。そこがお前の強さだしな。家まで送ろうか?」
「ええっっ!! いいわよっ! もう、ここまで送ってもらったんだし、後は井戸に飛び込むだけだもの!」
かごめは慌てて、断った。
送ってもらうのが嫌なんじゃない。
だけど、犬夜叉と一緒だと顔は赤いまま、胸のドキドキも止まらなくて……。これじゃ、家族の前に顔を出せない。
「そっか。また、とーぶんこっちには帰っちゃ来ねぇーんだろ?」
「…そうね。最低でも遅れてる分、取り返すまではね」
「ふ~ん…」
「どーせ、また邪魔しに来るんでしょ?」
「へん! お前ぇが来るなってんなら、行かねーよっっ!!」
……そう、『いつもの』会話。
この井戸の側で何度も繰り返してきた、何気ない会話。
「……別に良いわよ、来ても。邪魔さえしなければ、ね」
「ああっっ!! 行かねぇって言ったら、行かねぇ! お前ぇも、さっ
さっとその『じゅけん~』とやらの戦を終わらせて来い!!」
こんな所はまだまだ、子供で。
だけど、だから、こんな犬夜叉が大好きで。
「じゃ、またね」
私はそう言い残して、井戸の中に身を躍らせた。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * *
時空の狭間を抜けて行く時の、あの感覚。
『時の流れ』が光の粒子になって、私の周りを流れてゆく。
そう、丁度大きな『河』を泳いで渡っているような……。
「 ――――― ? 」
いつもなら感じない、『違和感』。
いつもならどこまでも続いているような感じがする光の粒子の感触が 過ぎた途端に立ち消える。
まるで、そこにはもう何もないかのように。
それが何か、確認する間もないうちに、私の足は井戸の底の土を踏んだ。
ザワザワと遠くから聞こえる騒音や空気の感触に、私は自分の時代に戻って来た事を自覚した。
「……なんだったのかしら、あの感じ?」
井戸の外に出ようと縄梯子を登り、井戸の縁に手をかけて井戸の底を覗き込む。
あの時代へ、犬夜叉の待つ時代へ続くこの井戸の ―――――
どきんっ!! とした。
まさか、まさか、まさか ――――――
身体が震えてくる。
いや、そんな筈はないっっ!!
そんな筈は…。
私はそれを確かめる為、もう一度井戸の底に身を躍らせた ――――
どしん!!
固い土の感覚。
私は何度も何度も、その無為に思える行為を繰り返した。
膝や掌が擦れて、血が滲んでも止め様とはしなかった。
祠の異常に気付いたママが止めに来るまで。
――― そう、判っていた事なの。
こんな事、ずっと続く訳がないって。
だけど、ずっと側に居たかった ――――
* * * * * * * * * * * *
―――― あれから三度目の冬。
よくあの状態で、志望校に合格出来たものだと思う。
そう、あれから……。
もう、『向こう』の世界へ行けなくなったと思い知らされて、一週間くらい泣き明かした記憶はある。
だけど、他の記憶はひどく曖昧で、ただふと思い出したようにあいつの声が耳に蘇って……。
( ん~、なんだ。まぁ、とっとっとその『じゅけん~』とやらをやっつけて、ここに戻って来い! )
( 大丈夫! お前ぇならやれるさ!! )
その声に励まされて、ここまで来れたような気がする。
カラン、カラン。
ちょっとシックな喫茶店のドアベルが鳴る。
中学時代とはまた違って、時にはこう言うお店で待ち合わせをする事もある。今日は進学で別々の高校に通う事になったけど、明日の終業式を前に絵里達との待ち合わせ。
私は、目を通していた参考書から顔を上げた。
ドアの所には、懐かしい女友達の顔。
「ひっさしぶり~、かごめ!!」
「わぁ、元気にしてた?」
「あっ、ねぇねぇ聞いたわよ、かごめ!」
三人はテーブル席に着くやいなや、口ぐちに声を掛けてくる。
「みんなも、元気そうね」
近づいてきたマスターにそれぞれ注文を伝え、絵里達はこれからの計画について話し始めた。
いつの間にか、この店で過ごすようになった気の置けない女友達とのクリスマス。今年は大学受験も控えているのでどうしようか、と言う事だったのだが…。
「本当、今年は受験がらみだからどうしようかと思っていたんだけど……」
と、言ったのは自分はエスカレーター式の女子高に通っているあゆみ。
「ん、私も推薦通ったし……」
と、これは絵里。
「あっ、私はもう専門学校の手続きだけだから」
お気楽発言は由加。
「そうそう、かごめの身の振り方が一番気になっていたんだけど、かごめも推薦通ったんでしょ? それなら、いつも通り終業式の後にここでクリスマスでいいんだよね?」
今だ参考書を手にしている私に、ずいっと三人が迫ってくる。
「……ええ、それでいいと思うけど」
……推薦は通ったものの、センター試験も受けようとしているとは何か言い出しにくかった。
ふと、耳に飛び込むハスキーな女性の歌声。
* ―――― そんなことくらい わかってたけれど
夜が明けるまでは そばにいて欲しい
白いシーツの その海で
愛を見失ってしまった
漂流者たちが 眠れずに
空を 見上げて過ごすように
三度目の クリスマスは
もう二人は 会えないのね
私達は 別の場所で
ジングルベル 聞くのね ―――― *
「あっ、ねぇこの歌、去年も今ぐらいの時期にかかってたよね?」
そう指摘したのは、由加。
「でもぉ、この歌 失恋の歌みたいだよ。それを今の時期に、ねぇ?」
「……マスターに何か思い入れがあるんじゃない? 去年もかけてたんでしょ」
……去年だけじゃない。
私が初めてこの店に入った高校一年の冬にも、マスターはこの曲をかけていた。
きっと、その前の年も、その前の年も……。
この曲を初めて聞いた時、まるで自分の事を歌われているような気がした。犬夜叉、あんたに逢えなくなった私の心を。
「……ねぇ、かごめ。もう三年くらい経つから聞いてもいいかな?」
先程から顔を見合わせていた三人を代表するように絵里が、口を開いた。
「…………」
「かごめ、あんた 『例』の彼とはどーなったの? ここ三年くらい、あんたの口から聞いてないんだけど」
「…それは……」
「…もしかして彼、元『彼女』のとこに戻っちゃったとか?」
私は頭を横に振る。
「…彼女、他の人と逝っちゃったし、あいつはそれを受け入れてたし」
「それじゃ、もう全然問題ないんでしょ? それともかごめ、あんたの方が嫌いになったとか?」
私はもっと激しく頭を振った。
「そんな事ない! そんな事!! でも、もう逢えないのっっ!!」
この三年間、心に押し込めていた想いがポロポロ零れて、もう止まらない。私は鞄とコートを掴むと、店を飛び出した。
* ―――― そんなことくらい わかってたけれど
あふれる涙は 聞きわけがなくて ―――― *
そう、判っていた。
だって有り得る筈ないじゃない!
五百年の時空(とき)を越えて、二つの時代をいつまでも行き来できる訳なんてないって!!
『私』があの時代に呼ばれたのは、私の中に眠っていた四魂の珠をあの時代で消滅させる為。それが、私の使命だった。
それを果たした今、もう時の扉が開く事は二度とない。
……それでもそんな事、誰かを好きになるには関係なくって ――――
寒さが増した、冬の公園。
誰もいない公園のブランコに腰を下ろし、貴方を想う。
冬空に冴えた光の星々を数えながら。
―――― 愛を見失った訳じゃない。
今でも、こんなにあんたの事を想ってる。
出来る事なら ――――
* ―――― あなたの背中に顔を埋め
”愛してよ もういちど” ………
波に揺れてた長い髪 胸の隙間にこぼれ落ちる
思い出だけが引き止める 時の痛みに震えながら ―――― *
「ふふ、馬鹿みたい。もう、どんなに想っても手が届く訳ないのにね。 でも、想い続けるのも私の自由よね? ねぇ、そうでしょう? 犬夜叉」
すっかり身体は冷え切って、ぶるりと小さく身震いすると私はブランコから立ち上がった。腕時計を見るともう九時を指している。
「早いものね。明日はもうイブなのね」
神社に続く長い石段を登り切る。
あの祠を、横目でちらりと眺めて。
もう、二度とあの井戸が私を犬夜叉の許へと運んでくれないのを思い知らされてからは、近づこうとはしなかった骨食いの井戸。
何かに呼ばれたのか?
それとも気の迷いか?
ぽうっ、と祠の中が光ったような気がした。
―――― まさかっっ!! ――――
慌てて私は祠に駈け寄ると、格子戸を開けた。
そこには ――――
「…き、桔…梗……」
在りし日の姿のままに、いやあの頃よりもはるかに穏やかな表情で彼の巫女が佇んでいた。その背後には……。
「あ…あなたが、どうしてここ…に?」
「…私もこやつも、『この世』の者ではないからな。時空の壁など無いに等しい」
そう言って、桔梗は背後の者に視線を投げた。
光の中でチラリとだけ見た、かつて『奈落』と、そして『鬼蜘蛛』と呼ばれていた者。
微かに笑みを湛えたその姿からは、あの邪悪さは一片たりとも感じられなかった。
それだけに……。
「……私から言えば、あの時、光に包まれて消えてしまったあなたも、その後ろに居る鬼蜘蛛も、それに五百年前の犬夜叉たちも同じ事。みんな、この世の者じゃないわっっ!!」
……そう認めたくなかった、そして紛う事無き真実。
いくら犬夜叉が半妖だとて、五百年もの時を生き長らえる事は叶わないだろう。大妖怪であった、犬夜叉の父でさえ三百年を超えるしか叶わなかった。ましてや、ただの人間である弥勒や珊瑚、楓などはもう疾うに。
「……幽霊でも、幻でもいい。もう一度、犬夜叉に逢いたい!! 皆に逢いたい!」
ずっと、ずっと願い続けてきた事。
さよならも言わないで、きっとまたいつもの様に『あの場所』へ帰って行く事を信じていたから。
私の心を、あちらに置き去りにしたままここに帰って来てしまったから。
「……逢いたいのか? かごめ。犬夜叉に、あの者たちに?」
「き…桔梗……」
桔梗の白い腕(かいな)がすっと伸び、その指先が井戸の口を指し示す。井戸の底から、透き通った金の光が溢れて来る。
「……お前の為に今一度だけ、井戸が道を開いた。行けば戻る事は適わぬ旅になる。お前はお前の時代であるこの世界のもの全てを振り捨てて、飛び込む事が出来るのか?」
神意を秘めた、桔梗の声。
「……戻って、来れない?」
「そうだ、片道だけの道行き。それでも、構わぬなら……」
……ママの顔が浮かんだ。
それからじいちゃんや草太の顔。
それから、友達の顔や学校の事。
これから先、色々やろうとしていた事や、友達と交わした約束や…。
「……あまり、時間はないんでしょ?」
「ああ、この光が輝いている間だけ。もう、間もなくこの光は消える」
「そう、判ったわ! ねぇ、一つだけお願いしてもいいかしら? もし桔梗が私のママに逢うような事があったら伝えて。『貴女の娘は、どこに行こうとも、貴女の娘である事を誇りに思います』って」
「…伝えておこう」
井戸の側に鞄とコートを置き、私は躊躇いもなく光の中に飛び込む。
チクリ、と微かに胸が痛むけれど。
* ―――― 三度目の クリスマスは
いつもみたく できないのね
あのお店で 騒ぐ事も
もう きっと無理よね ―――― *
ねぇ、犬夜叉。
私が、私の時代のもの全てを捨ててあんたの所に来た、って言ったらあんた、どんな顔するかしら?
なんて馬鹿な事をって、言うかしら?
それとも無茶しやがって、って?
* ―――― そんなことくらい わかってたけれど
何も言わないで 抱きしめてほしい ―――― *
* * * * * * * * * * * * * * * * * * *
やがて愛娘を包んだ光は消え、道標(みちしるべ)の『この世』の者ではない二人も掻き消えた。
この世ならざる情景を、一人静かに見つめている人影。
全てが終わり、通常の『時』が流れ始めた頃、その人は娘の残した鞄とコートを拾い上げた。
まだ残る、娘の若草のような香りと温かさ。
愛おしむように、そっと胸に抱きしめて。
( ……子供はいつか、親の元から巣立つもの。早いか遅いかの違いだけ。後は見守る事しか、親には出来ないのだから )
冬の澄み切った夜空を、願いを込めた星が渡る。
( それに…、かごめの事はもう、疾うにあなたに託してますからね、犬夜叉。どうかあなたたちに幸多かれと、この母には祈る事しか出来ません )
―――― それは一日早い、聖なる夜の奇跡。
【完】
2003・12・14
【 あとがき 】
突発で~す。お友達に妄想用BGM集を編集して、その歌詞カードを作
っていたら、今回編集には入れなかったこの曲の歌詞が目に飛び込んで…。
タイトルも丁度『クリスマス』だし、使えるかなぁ~と頭の中で捻って
いるうちに、こーゆーものが出てきてしまいました。(^^;
ただ、ネタ的に奈桔ネタも考えていたので、冒頭部分があんな形になっ
てしまい、ちょっとバランスの悪い文章になってしまいました。
一件落着後も、骨食いの井戸で現代と戦国時代が出入り自由だなんて、
あまりにも都合良く過ぎない? と思っていたので、かごちゃんに二者
択一をさせてしまいました。可能性があるのに、その選択肢を狭めるよ
うな事はさせたくないのですが(…つまり、最初っから、これ1つ!
みたいなやり方ですね。)、それでも『選ばないと』いけない事ってあ
りますから。
かごちゃんなら、迷う事なく犬君を選ぶだろうな、と。
後、この曲でもう1本書きたいんですよね。今回はあまりコラボっぽく
ならなかったので(…普通の妄想文と変わらないくらい長いですよね、
これ)、もう一本はいかにもコラボで。ただし現代版になっちゃうし、
三角関係のアダルティな感じでv 時間を見つけて書きますねvvv
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