【 月待姫 −比翼連理外伝1− 】



 夏の暑さも過ぎ去り、野分け後の空は日に日に深みを増してゆく。
 宵のうちからそのその姫は、自室の御簾を上げ、中庭の築山越しに昇り来る月を待っていた。

「二の姫、二の姫。またそのような人待ちの顔をして…」
「お姉さま…」

 揶揄(からかう)ような、軽妙な声音で姫の部屋を訪ねてきたのはこの姫が最も敬愛する姉姫であった。

「いつものお顔よりも、さらに憂いを含んで…。姫に気のある殿方がその様を眼にすれば、尚一層恋心を募られましょうぞ」
「お姉さま…、冗談はおよしになって。私の顔が曇っているその訳は、お姉さまもご承知の筈」

 都でも噂の美貌の姉妹姫。
 凛々しい気品と強気な美しさの姉姫。
 たおやかさと儚げな美しさの妹姫。

「…あの話を気にしていたのか?」
「此度の入内の話。私(わたくし)までお断りしては父君のお立場を危うくしてしまうのではと…」
「ふん、そのような話。帝にしても口(くちさ)のない公達どもにしても、男の都合。帝においてはこの私かお前か、手筈が整えば両方ともの入内を望むという欲の張りよう。話にならぬ」
「お姉さま…」

 凛々しいというよりも、むしろ貴族のやんごとなき身の上であろう姫君にあらざる男勝りなその気性。事を荒立てる姉姫に、それを宥める妹姫という図式が何時しか出来上がっていた。

「…お前には迷惑を掛けると思う。私が先だってのご内示を受諾すれば、お前にまではこの話は来なかったであろうからな」
「貴族の姫であれば、女御入内は女として一番の出世。これが帝の御子を授かる事にでもなれば、行く行くは先の帝の御生母様として、栄耀栄華を極める事も出来ましょう。それをどうして…?」
「ふっ、生臭い話よの。私は男が嫌いだからな。嫌いな男にこの肌を触られるかと思うと、虫唾が走る」
「まぁ、お姉さまったら…」
「ふふ、私は私の前世が男ではなかったかと真剣に思うのだよ。男が嫌いと言っても色恋沙汰の上の事だけ。筋の通った、まこと男らしい男の言動は、見ていても聞いていても胸がすく。恋情ではなく、友情を感じるのだ」

 宵も深まり、夜が更に濃くなる。
 月の光が清浄な光を庭にも築山に投げ掛ける。
 姫付きの女房が、灯かりを点そうとするのを姉姫が制した。

「美しい月の光よ。蝋燭の光を交えずに、そのまま今しばらく愛でていよう。私が声をかけるまで、お前たちは下がっておいで」

 さり気なく人払いをした姉姫に、妹姫ははっとしたものを感じた。

「…そう、私が男でお前が異母妹であれば、私がお前を娶ってこんな馬鹿らしい騒動にけりをつけるのだがな」
「お姉さまっっ!!」
「本気だが、安心おし。相思相愛な仲を引き裂くほど、無慈悲でも蒙昧でもないつもりだ」
「お…、お姉さま……」
「…待ち人が来たのであろう? お前が幼い時から待ち続けていた者が」

 姉姫の言葉に、妹姫の面に桜の花のような色が浮かぶ。

「…いつの頃よりかは知りませぬ。もしかしたら生れ落ちる前よりの約定ででもあったのか……」
「お前は幼き時より今のように、月を見上げては誰をか想う風情であった。人がお前の事を何と言ってたか知っているか?」

 小さく頭をふる妹姫。

「…【人待ち顔の姫】、だそうだ。お前のその憂いに満ちた顔の虜になり、我こそ姫の想い人だと、自惚れる公達の多い事。滑稽な話だな」
「どこのどなたか、どんなお姿をしておられるのかも私には判りませんでした。でも、きっと一目見たらその御方だと、判る自信もありました」
「今、お前は幸せか?」

 はい、と小さく、そして尚 面を赤く染めて答えを返す。

「判った。例の女御入内の件は私に任せよ。出来る限り、波風立たぬよう処理してやろう。他に方策がなくば、この私の身を好きでもないが帝にくれてやろう。お前の幸せには代えられぬ」
「お姉さま…」

 話す事は話した。
 長居は、この人目を避ける二人には申し訳なかろう。
 だが、これだけは言って置かねばと。
 築山の影に、きらりと光る金の色。

「女の身で、この妹を娶るは叶わぬ話。また好いた者同士の中に割り込むような野暮でもない。お前が人であろうとなかろうと、この私の大事な妹を幸せにしてくれるなら、何も言わぬ。誓えるか!」

 誰に向かっての言葉なのか。
 夜の気の中にその言葉は吸い込まれてゆき、そして ―――

( 気の強い姫よ。その気概に感して、我が命に掛けても誓おう )

 くぐもった、獣の唸り声のようなその応え。
 姉姫は、その答えを聞くともう後を振り返る事もなく妹姫の自室を退出した。それから間もなく、あれほど入内を嫌がっていた姉姫の内宮入りが整い、姉姫は長年住みなれた、また最愛の妹の居る屋敷を後にした。


 男がこの姉姫との約束を守り、生れ落ちたばかりの我が子と妻を燃え落ちる屋敷の中から救い上げ、己はその炎の中に滅して行くのはそれからそう遠くはない、将来(さき)の事であった。


【終】



…えっと、このエピソード。
3333番キリリクの際に考えた、多分描かれる事はないだろう犬夜叉誕生前の話を考えた時の物です。まだこの頃は犬母にも、犬父にも【固有名詞】がありませんでした。で、十六夜さんはエピソードの設定から【二の姫】(…上にお姉さんがいるから^_^;)若しくは【人待ち顔の姫】、闘牙王は犬の大将か御大将。まるっきりのオリキャラである姉姫は今でも私の中では【一の姫】なのです。

このお姉さんの存在で、十六夜さんは犬夜叉を生む事が出来たのです。お姉さんのたっての願いで都の外れに産屋としての屋敷をあてがわれた十六夜さん。帝側の希望では、妖怪・半妖である父子は滅して十六夜さんだけは助けるつもりだったのです。そこを猛丸が先走ってしまって…。
闘牙王にしても、赤子が生れ落ちた瞬間が一番危ないと考えてはいたんですね。生れ落ちた瞬間に犬夜叉は殺される予定。それを十六夜さんが許す訳もなく、もしそんな事になれば殺された我が子の後を追いかねないと。

闘牙王、頭に血が上ってたし自分の命は尽きそうだし、なにより【人でない者】 周りが見えなくなっていたから、かな〜り屍ルイルイにしちゃってますね。それだけ必死だった、って事で。

その後、十六夜さんがそれだけの大騒動を起こしたにも関わらず都でしかも貴族の屋敷で犬夜叉ともどもそれなりに暮らせたのは、ひとえにこのお姉さんの庇護があったからです。

まぁ、直接【犬夜叉】には関係ない裏設定でここまで遊んでしまう変な管理人なのでした。


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