【 比翼連理 4 】



 いつの間にか姿をくらませた闘牙の留守を守る冥加は、ひどく困惑していた。その手元には…。

 はぁぁ〜、と深い溜息をつき流麗な文字の文を小さな身体で読み下した。その美しい文字の主は、闘牙の妹の冴姫。
 書かれている内容は、日増しにしつこくなってくる異母兄・闘鬼の計算づくな求婚の事。
 更に追い討ちをかける様に、一族の長老連の何人かがその尻馬に乗ってこの話を勧めてきて、いよいよ身の置き所がなくなって来たとの、哀訴であった。

 が、冥加を悩ませているのは、その文末にほんの数行認められた文章。その文章こそが冥加に溜息をつかせている、もっとも大きな原因だったのだが。

『 ―― 近頃の闘牙お兄様におかれては、しばしば領国を離れ何処ぞに参っているとの噂。お兄様のなさる事、努々(ゆめゆめ)疑うなどとは致しませぬが、今 このような状況に甚だ心細うございます。どうぞこの件が落ち着くまで、この愚妹の側に居ては下さらないでしょうか』

 …確かに、最近の闘牙は気が付けば、いつの間にか姿を消している。二・三日留守にして、ひょっこりと何食わぬ顔をして帰ってくる。
 冥加とても形(なり)は小さくとも、男である。それが何を意味しているか判らぬほど、野暮ではない。また、自分もつい先ごろそう嗾(けしか)けたばかりであるから、それはそれで大変結構な事だと思う。

 戯れや捌け口で女妖を抱く事はあっても、それはほんの一夜限りの関係。
この件に関しては、闘牙は随分と悪食扱いされていた。一族の並み居る美姫の誘いを断わり相手に選ぶのは、性質の悪い男を食い殺しそうな淫魔のような女妖達ばかり。そんな女妖ばかりだったから、たとえその女妖達が闘牙に責め殺されてもその非を咎める者はいないが、聞こえの良いものではない。闘牙に秋波を送って寄越していた姫君達の数が自然減っていったとしても、仕方がない事。

 いや…、それを見越しての事だったのかも知れないが。

 それだけに、闘牙が通う程の女妖であるとすればそれは、それだけでどれ程素晴らしい女妖であるか自ずと知れると言うもの。
 ただ、かなり闘牙の事は裏も表も知っているつもりの冥加でさえ、何処の誰かと言うのが判らないでいる。そして、あの冴からの文面。抑えてはいるが、あれは明らかに闘牙の陰に『女』の匂いを嗅ぎつけた、妬心の色が滲んでいる。
 異母兄妹の婚姻は許されているこの時代でも、実兄妹のそれは最大の禁忌である。それは取りも直さず、女親の【血】を色濃く受け継ぐ生物としての危機回避能力のようなものである。

 特にもう、今の一族のようにここまで血が濃くなってしまったのならば。もしその禁忌を犯せば、闘牙や冴は有無を言わせず一族から抹殺されてしまう事だろう。それを承知で、闘牙への恋着を隠そうとはしない冴はすでに一線を越えかけていた。

「はぁぁ〜、どうしたもんじゃろ。闘牙様が良き妻女を娶られたようなのは吉兆じゃが、それに関しては冴姫様と闘鬼様から、なにやら一悶着ありそうな気配じゃし…。おお、そうじゃ! その前に、闘牙様の妻女殿を見分せねばなるまい。一体何処ぞの姫君であろうか?」


 小さな身体を白い文の上で跳びはねらせながら、あれこれと思案に暮れる冥加であった。


 二・三日、館で所在無く過ごしていた闘牙が、何気ない風を装っていても何処となく落ち着きがないというか、明らかに足が地に着いてない風と見て取った冥加は、その小さな身体を生かし、こっそりと闘牙の衣の端に潜んだ。闘牙が人目のない事を確認すると素早く変化し、疾風(かぜ)のような脚力で領国内を駆け抜ける。
 そこで妖雲を呼び、東へと疾く空を駆け抜けてゆく。領国内で妖雲を呼ばないのは、行く先を知らせない為の策であろう。

( ほぅ、そこまでして行く先を隠さねばならぬとは…。まさか、人間の女の所ではるまいな!? )

 今まで頭に浮かびもしなかった考えが冥加の頭を過ぎり、冥加は慌ててその考えを振り捨てた。確かに人間と妖怪の間でも、子を成す事は出来る。
 だが、大抵に置いてはどちらか片親である妖怪の力の方が強くなり、生物としては非常に均衡を欠いた、言わば【畸形】になるのが常だった。そうでなければ、非常に虚弱になるか…。

 極々稀に、父にも母にも良く似、虚弱でもなく、妖怪の力を持ち、人の心を解する【半妖】が生まれる場合もあるが、それは本当に奇跡に近い事であった。闘牙のように強大な妖力を持った者を受け入れた場合、大抵なんの力もない人間の方がその力に中てられ、儚くなるのが関の山。

( …昔々の御伽噺の話ではないからのぅ、妖怪も人も問わぬ話などは――― )

 昔、それも冥加でさえ昔話として聞いたそれほどに昔の話。

 その頃は、妖怪と人間が交わって生きていた場所が、時代があったと言う。人間がまだ、自然や天の声が聞けた時代。人間も含め全てのものに、畏敬の念を抱いていた融和の時代。
 力ある【妖】は身を慎んだが、そうでない者は己の伴侶として、また愛慕う者として人間を選び、人間もまたその手を取り歩み寄り新たな種として半妖を生み出していた、そんな時代もあったという。
 しかし、それも今は伝説。
 種の異なりは、互いに異端であるとの認識を生む。
 それは増大してゆくうちに憎悪や蔑み、恐れや忌まわしい者としての埋めがたい、亀裂を作って行くこととなった。一族の【血】に行き詰まりを感じた闘牙が、危険を承知でそんな愚行に走るだろうか? と。

 しかし、その考えは杞憂に過ぎなかった。


   * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


 どの位、空を翔けたのか。半分目を回しながら必死で闘牙の体毛に縋っていた冥加の身体に受ける風の衝撃が徐々に弱まり、一旦中空に停止したように感じた。
 変化を解いて、人形(ひとがた)に戻って行く闘牙が、目を回している冥加に気が付いているのか、一瞬思わせぶりな顔をして見せたのだが、それに気付く余裕もない冥加。身なりを整え、出来るだけ静かに白砂が綺麗に掃き清められた境内へと降り立つ。

 地に着いた、と思った次の瞬間には冥加は大きく袖を払われ、白い砂の上にぽとりと振り払われてしまった。砂の上でジタバタしている冥加を横目で見捨てて、さっさと闘牙は梅の花が終り、木蓮花やこぶしの花が咲き競う庭園の中を勝手知ったるように通り抜けて行き、社殿の影に隠れてしまった。

「うう、ヒドイ! 闘牙様っっ!! っと、まぁ、それにしても大層な造りじゃな。ここの姫君であれば、申し分なかろうな」

 社殿のそこここに咲き誇る花々の賑わいだけではなく、何故かしらこの辺りを包む空気のようなものが皆、生き生きと精彩と躍動を秘めて明るく、心が浮き立つような場所である。その雰囲気を感じ取り、冥加も悪い気はしなかった。
 そんな事を考えていると、伽羅と白檀を焚き染めたような何ともいえない芳香が辺りに漂い、ふわりと薄絹の裳裾を曳いて上代の大陸風な巫女装束を纏った女人が冥加の前に立っていた。その気丈な美しさ、溢れ出る妖力の強さ。これは! と冥加は思う。

「お初にお目に掛かります。貴女様を闘牙様の奥方様とお見受けいたしまして、ご挨拶申し上げます」

 その女人の足元で、一生懸命ぴょんぴょん跳ねながら口上を権上する冥加。その冥加を認めて…

「…お前が、冥加か? 闘牙から聞き及んでいるぞ。口煩い年寄りだとな」

 かちん! と来る冥加。この女人、美しさは極めつけだが、口の方はそうとう悪そうだ。いや、こんな性格でもないとあの闘牙とは渡り合ってゆけないかも知れない。なんだか良く似た雰囲気の、それこそ似たもの夫婦、と言う所だろうかと、冥加は思った。

「挨拶を受けたところで悪いのだが、私はあれの妻女などではないぞ。この大社(おおやしろ)で巫女達の束ねをしている宝子と申す。まぁ、闘牙とは飲み友達だがな」
「はぁぁ?」

 気の抜けた声を出す冥加。ここまで来て、考えたくはないがただ酒を飲みに通っているだけなら、あの思わせぶりな抜け出し方は一体何だと言うのだろう。
 冴姫を諦めさせる為の、芝居なのか? そう考え始めた冥加の思考を遮るように、宝子が言葉を繋いだ。

「我ながら、中々良い縁組だったと思うぞ。これで妖犬一族も安泰だろう」
「えっと、それは一体…」

 そう問いかけた冥加に答えるように、視線を庭園の花木の向こうへと向けた。社殿の影から闘牙が一人の女人の手を取って現れる。
 それはもう、仲睦まじさが如実に現れていてこれ以上の説明は要らないほど。いつも闘牙の側にいる冥加でさえ、あんな表情の闘牙は見た事がない。今まで欠けていたものを手にした、満たされたようなその表情の明るさに、冥加まで気持ちが明るくなるようで。また闘牙に手を取られた女人の美しさと言えば、今、この社の束ねの巫女で宝子と名乗ったこの女人も尋常ならざる美しさだが、それをふまえても更に美しい。

 むしろ儚げでその実、凛とした気品と気高さに満ちた美しさ。ある種の威厳のようなものを感じさせた。

「あの姫君は一体、どちらの姫であらせられるか?」
「冥加、お前は物知りだと闘牙から聞いている。ならば、『金毛九尾狐族』の名は知っているか?」
「あっ、はい。その昔、天竺から唐を経て、この大和の国に伝来したそれは美しい狐妖の一族ですな。それぞれの国を滅ぼすほどの、強大な妖力を持つと言う。しかしその一族は、この前最後の一人が人間の陰陽師に封じられ絶えたと聞いた覚えがありますのじゃが…」
「…国を滅ばす、か。それもあまりに強大な妖力を身に蔵するが故。あれはすでに高潔な一族からはぐれたものの仕業よ。本当の最後の一人は、あの姫じゃ」

 そう言って、宝子はその姫・玉藻を指し示した。

「あの暴れん坊を納めておくにはそのくらい力のある姫でなくては務まらぬだろう。ようやく抜き身だったあいつが鞘に納まった、と言うところだな」
「はぁ、しかし、こう申してはなんですが、確かに美しい姫君であらせられるが、何と申しますか妖力のようなものを感じません。本当に闘牙様の妻が務まりましょうか?」
「…訳あってな。あの姫の妖力はわが父上が封じておる。妖力の均衡も大事だろうが、もっと大切なのは『心』の均衡ではないかな? 闘牙が求め、姫がそれを受ける。その心の寄り添いこそが、奇跡を生むのではないかと私は思うのだが」

 自信に満ちた、宝子の言葉を胡散下に冥加は聞いていた。
 やがてその宝子の言葉は後々、形(かたち)を変え冥加の目の前で実証されてゆく事になるのだ。

 東の方から数人の巫女が駆け寄り、宝子の前に跪いた。その表情は皆、一様に喜びに溢れこの社を満たしている気とも共鳴している。

「宝子様! とうとう次代様のご誕生でございますっっ!!」

 跪いた巫女の一人が嬉しそうに、そう宝子に告げる。みるみる宝子の相好が綻び、ぱぁっと花が咲いたような笑顔になる。冥加はここに来た時から感じていた、何か弾むような生き生きとしたものの正体に気付いたような気がした。

「何が、どうしたんじゃ?」
「私の弟、つまりこの社を継ぐ者が今、生まれたのだ。我が一族が長い間切望していた、系統男子の誕生だ」

 全ての命が始まる春の陽の恵みを受け、活気付く大社の境内。新たな命の誕生。伴侶を得、共に歩み出した闘牙と玉藻の未来。そのどれもが、光り輝いていた。

 

 今はただ、糾(あざな)える縄の如き、この吉事を享受して ――――


   * * * * * * * * * * * * * * *


 ――― 季節を邪法で狂わせた庭でも、やはりこの春の陽気の恩恵を受けるのか、尚 一層に花々が咲き乱れる。


 そう、あれから。


( …乱れているのは、この女も一緒か。 )

 組み敷いた夾華の体を醒めた眸で見据えながら、闘鬼は腰を入れた。他にも女は数多いる闘鬼だが、ここ暫くはこの夾華に入揚げていると言っても良いほど通い詰めている。夾華自身が、『毒の華』なのか妖怪である闘鬼と激しく交わっても、並の女妖よりもよほど手応えのある体をしている。

 夾華の眸の奥に燃え盛る淫火に照らされると、その気のない男でも身体に芯が入ってくるのがわかるだろう。赤くぬめぬめと濡れ光った肉厚な唇は、下腹で男を銜え込もうと淫乱な蜜を零している秘花と同じ。甘い息を吐き、誘うように男を呼べば、そのままその唇に己の雄根を捻り込みたくなる。そして、この女はそれをも望んでいる。

 あの時、闘鬼の女になれと言われた、あの時。

 夾華は素早くそれがどんな意味を持つのか、自分にとって益になるのかを計算した。普通の人間の女なら、いきなり妖怪の子を孕め、などと言われれば、その恐ろしさに身が竦むばかりだろう。

 女としてそれだけは、受け入れがたい屈辱。人外のモノに陵辱され、穢され、孕まされる。
 胎(はら)の子は、自分とは似ても似付かぬ妖怪の子。
 母体に掛かる負担の大きさだけではなく、忌まわしい、汚らしいモノが自分の身の内で大きくなってゆくそのおぞましさに、心が病んでゆく。普通の女であれば。

 激しく突き上げられ、大きく身体を揺すられ、自分の身体の奥の奥まで入り込んでいる闘鬼のモノに、夾華は狂喜していた。
 闘鬼がそうであるように、この夾華にしてもこれほど美味い男もいなかった。大抵の男ではもう満足出来ない身体の夾華。

 すでに夾華の性技は人間の域を突出しており、闘鬼が夾華を見た時に、『何人もの男を食い殺した身体だな』と言ったその言葉通りに、夾華と寝て命を落とした者もそう少なくはない。かなりの剛の者でも、夾華の毒の秘花に銜え込まれると、たった一晩で精も根も搾り取られ一挙に十も二十も歳を取ったような、老いさらばえた姿に変わる。
 無事、夾華のもとを去る事が出来ても、もうその者は早晩果ててしまうのだ。中には夾華との性交中に心の臓が止まった者もいる。そんな男達の精を浴びて、夾華の今の美しさがあり若さがあった。

 その反面、夾華自身は一度も満たされた事がない、つまり達した事がなくそれが次々と男を銜え込む理由にもなっている。どんなに男と寝ても、一度として孕んだ事のない夾華。夾華の身体に注いだ男達の胤さえも、夾華に食い殺されてきたのだ。

( ふ…ん。子を孕む、か。確かに一人児(ひとりご)持ちの時が女は一番美しいと言うな。今まで私を孕ませるだけの気根のある男はいなかった。面白いかもしれんな。 )

 そう言う思いも働いてか、常にないほどに夾華は乱れていた。もともとが淫乱な性質、それに加えて黒巫女として極めてきた性の秘儀をも用いて、闘鬼に挑む。
 どちらが抱いているのか抱かれているのか判らぬ程に、それこそ喰らい合う獣のような壮絶な組み合い。そこには肉の悦びはあっても、魂の喜びはなかった。

「…人間にしておくには惜しい女だな、夾華。ここまで俺を追い上げた女はお前が初めてだ」
「ふふっ、お前もな。私が抱いてきた男の中では一番骨があるよ。もっと私を感じさせてくれたら、お前の子を孕んでやってもいいぞ」
「欲の深い女だ。もうどのくらい俺の精を搾り取っている?」
「まだ、だ。まだ、足りぬぞ、闘鬼。どうせお前もまだ物足りぬであろう?」

 妖艶に微笑んで、汗にまみれたぞっとする程の淫美な顔を闘鬼に向けた。二人の絡めた足の間を、夾華の秘花から溢れる淫蜜と白濁した精液とが幾筋も流れ伝い落ち、闘鬼が腰を動かすたびに濡れた音を立てる。
 半信半疑ながら、夾華が闘鬼の言葉に乗ってみようと思った一番の理由。
 それはこの男を喰らいたいという、熱く滾る様な肉欲に他ならなかった。

 闘鬼の言葉どおり、もし闘鬼の子を孕んで自分が不老不死の身体を手に入れられるのならそれでも良い。だがその言葉に偽りがあり、胎(はら)の子が我が身に禍(わざわい)なすなら、それこそ黒巫女の奥義をもってその子を始末するまで。
 それを生業(なりわい)の一部としてやって来た夾華である。妍を競い合う妾どもの、主の寵愛を得んが為、自分以外の女の腹の子を人知れず始末してと欲しいと言う話はそれこそ日常茶飯な事であった。


   * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


 ――― ぼぅぉ〜と、冥加は宝子の大社に滞在していた。

 社の中は、世継ぎが産まれた事で、お祭り騒ぎ。
 併せて闘牙と玉藻の披露の宴も執り行われた。ただ、一族内の不穏な気を察して闘牙側の参列が冥加だけと言う、寂しいと言えば寂しいものであったが、それも仕方がない事だと冥加も納得している。
 おそらく闘牙の正妻である玉藻の存在は、妖犬族の長老たちにも極秘にされる事だろう。闘牙達の披露宴に立ち会ったのは先の花見の宴での面子に冥加が加わっただけの小じんまりとしたもの。玉藻の存在そのものがこの社内でも隠された存在であると、冥加は気が付いた。


「ほう、とうとうお前もこっちの仲間入りか? 冥加!!」
「刀々斉! なんでお前がここにいるんじゃっっ!?」
「ワシかぁ? ワシゃ、犬の大将とも付き合いが長いが、この宝子とも懇意でな。目出度い事が重なりゃ、顔を出さずには居られめぇ」
「…それに、宝仙鬼殿まで。これは一体…?」
「うむ、まぁわし等は先代からの頼まれ物をされた同士でな。そう言うお前もその一人じゃろうが」
「あ〜、後もう一人居るんだがよぉ、あいつは動けねぇからな。後でここの神酒でも持ってってやろう。折角の祝い酒だしよ」
「もう、一人?」
「そう、冥加。お前ぇも知っているはずだぜ。朴仙翁のじーさんだ」


 神聖な社の中で、どうにも奇妙な面子の取り合わせ。知らぬ間に、自分もその仲間に引っ張り込まれているらしいと、冥加は気が付いた。闘牙もそのつもりで、冥加を付いて来させたのだろう。

「冥加、お前のこれからの役目は闘牙のアラを一族の目から誤魔化す事だ。その時期が来るまでな」

 茶目っぽく、ぐいぐいと神酒を呷りながら宝子がそう機嫌良く言い放った。

「…その時とは、一体、何時までの事で…?」
「うむ、あの二人の間に嫡子が産まれるまでの間だな。なぁに、そう遠い話ではないさ。そりゃもう、あの仲睦まじさだ、子など直ぐに出来よう。なれば、お前たちも安心だろう? 我が一族のように」
「なるほどっ!! 動かしがたい既成事実を持って、一族のお歴々方を黙らせる訳ですな。それまでの時を、ワシに取り繕えと」
「まぁ、そう言うこった。ワシゃ、先代・先先代…、いやもっと前か…? から妖犬一族を知っとるが、いつの間にか純血種でなければ、一族の恥みたいな馬鹿な風習に凝り固まっちまったからな。ここで釣り合いが取れるからと、別の種族である玉藻を入れるとなりゃ、相当の反発は覚悟しなきゃならんだろう」

 同じくぎょろ目を大きく動かしながら、直接酒器から酒を呷っている刀々斉。大酒飲みの二人に比べれば、宝仙鬼のなんと上品な飲み方である事か。

「…何にしても、吉宝様に妖力を封じられている今の姫を、妖犬一族の中に連れて行くのは危険じゃろ? 闘牙が長に納まらぬでも、それなりに一族内の不穏な気を払わぬうちは、な」

 長の年月をかけて丹念に、そして繊細なまでに心を配って妖の宝玉を生み出す宝仙鬼。人柄と言うか、妖(あやかし)柄? が出ているようだ。

「おお、そうじゃ。のう、宝子殿。なぜに姫はその妖力を封じられておるのだ?」

 冥加の問いかけに、一瞬 周りの座に緊張が走った。それに気付かぬように、冥加が話を続ける。

「…確かに、闘牙様の妹君である冴姫も似たような境遇。か弱き女人の身に余りあるほどの、妖力。だが、即 封じてしまわねば成らぬ程強大な妖力を身に蔵しておられるとは…。その力、何か禍々しきものではないでしょうな?」

 冥加の頭には、どうしても闘鬼の事がある。闘牙も敵わないかも知れない程強大な力を持ってはいても、その力はただ禍を呼ぶだけのもの。もしそうであるなら…。

「…私の口から、お話しましょう」

 そっと闘牙の側に控えていた玉藻が、静かに口を開いた。

「…玉藻」

 心配気に闘牙が玉藻を見やる。

「わたくし達の味方になってくれる者に、隠し事をしたくは御座いません。わたくしの話を聞いて穢らわしいと思われるのでしたら、それもまたわたくしが受け入れねばならぬ試練なのでしょう」

 そう話した玉藻は何処までも気高く、口にした『穢れ』からは程遠い所にあるように思われた。

「…わたくしの身に蔵してるこの妖力は、実の姉弟を父母としたわたくしが受け継いだ、金毛九尾狐族全ての妖力なのです。つまり…、このわたくしこそが一族のもっとも濃い血脈を引いているのです」
「な、なんと…っっ!!」


 …生物の禁忌を犯して生まれてきた姫。それは取りも直さず今、冴が闘牙に寄せる思いの具現のように思われ、この姫の存在を認めるなら、冴の思いもまた認めざるを得なくなる。

 玉藻の存在を隠さねばならない本当の理由を、ここに見たように思った冥加であった。

 冴の文を読んだ冥加には、この玉藻の存在を知った時の冴の心中を察すると、嵐の前の空を見上げるような途轍もない不安を感じるのだ。薄々は感づいているようだが、それを冥加は隠し続けなければならない。冴が闘牙を諦めるまで。

「俺は前にも言ったな、冥加。一族の長など、やりたい者がやれば良いと。闘鬼が相応しくないのは俺にも判る。だが、闘鬼の子もそうであるとは限らぬだろう?」
「闘牙様…?」
「この俺のように、闘鬼にも添うに相応しい相手が居らぬとも限らぬ。その者が産んだその子を一族の長老連が認めるまで、俺は玉藻との事はここだけの話にしたいのだ」
「おい待て、闘牙! お前ぇ、長になる気も無ぇのに玉藻を娶ったのかっっ!!」

 ぎょろ目を剥いて、刀々斉が喚く。自分達の思惑外な事を口にする闘牙に、その場に居た者皆が驚きの視線を向けた。

「ああ、そうだ! 一族の行く末を案じている事には変わりは無い。だが、だからと言って玉藻とこの先産まれて来るだろう我が子を、あの中に入れるつもりもないのだ」
「闘牙…」

 その声の響きに並々ならぬ闘牙の意思の固さを思い知り、次の言葉が継げない出ない宝子。

「…一族を離れるつもりか、闘牙」

 その中で、しんと落ち着いた声音で尋ねたのは、宝子の父・現「倉稲魂命−うかのたまのみこと」である吉宝。

「離れるのではない、吉宝様。中に居ては出来ぬ事も、外からなら出来る事もある。その為には、却って【長】と言う立場は邪魔になる」
「…何を考えていやがる、闘牙。お前ぇ、まさか……」

 普段、飄々とした刀々斉の表情にも張り詰めたものが滲む。

「刀々斉、そんな怖い顔をするな。必ずしも、そうするとはまだ言ってはおらん。折角の祝いの宴が台無しだ。さぁさぁ、俺達と、吉宝様の嫡子誕生を祝ってくれ」


 …ゆっくりと回り始めた、運命の輪。それがどんな轍(わだち)を刻むのか。そして尚一層冥加の心を重苦しく押しつぶしそうな冴の存在。

( …闘牙様。貴方様は合い添われるお方を得られ、それはそれで良いかも知れませぬ。しかし、それでは冴様の身は…? あの方をたったお一人で取り残してしまわれるおつもりか、闘鬼様に狙われている冴様を )

 今までの状況を考え合わせてみれば、次代の【長】になれそうな闘鬼の子を産めるのは冴だけだろうと、冥加は思う。冴が闘鬼の事を、実兄・闘牙を慕うように恋慕えば、また闘鬼が冴の事を心から愛しいと思うようであれば、それも可能な話。

 そうでなければ…、闘鬼の陵辱の果てに孕まされた子を、冴がその父を或いは自分を見捨てた闘牙を恨み、憎悪の念で育んでしまったら……



 産まれ出るのは、この世にとって最大の【禍】となる ―――


【5へ続く】

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