【 識 闇 −しきやみ− 】


リレー小説 : 参加者 梓弓様・なおみママ様・ぶーにゃん様 + 管理人





……暦は、五月。

 

さみどりの、真澄める空。
旅をする者には、しのぎ易い季節だ。
街道を行く犬夜叉一行にも、どことなく和んだ雰囲気がある。

その中で一人、かごめだけは訳の判らない気だるさを感じていた。


( ……ん〜、何か調子悪いなぁ。風邪でも引いたのかしら? )

 
しのぎ易いとは言ってもこの季節、朝晩の気温の変化は大きい。
旅で鍛えられてきたものの、やはり現代人のひ弱さが出たのだろう。
皆に気づかれない様に、無理して笑顔で歩いていたが、背中に粘つく嫌な汗が噴出してくる。
爽やかな風が一行の間を吹き抜け…、ふと、犬夜叉の顔が顰められる。

「……かごめ、お前どこか具合悪いんじゃねーか?」
「えっ? どうして?」
「病人が熱出してる時のような、汗の匂いがする」

犬夜叉の言葉に、皆の足が止まる。

「……やだ、私は大丈夫だか…ら…」

そう言って皆に笑いかけようとして、すうっと目の前が暗くなり、そのまま犬夜叉の腕の中に崩れ落ちた。

 

気が付くとかごめは、闇の中に一人立っていた。
一筋の光もない、草や木々の陰もない、真の闇。
周りには誰が居る気配もない。

 
( 私、どうしちゃったんだろう? …そうだ。今日はずっと気分が悪くて、我慢していて…、それが犬夜叉に分かってしまったんだっけ )


かごめは辺りを見回す。

 
( でも、それからどうしたんだろう? みんなは…、犬夜叉は何処にいるの? )

 

ただ呆然と立ち尽くすかごめの前方に、何かが居る気配がした。

 
「日暮…かごめ」

 
その気配に、突然名を呼ばれた。

 
「誰っ?!」
「また、足を引っ張ったな…」
「え?」
「また、仲間に迷惑を掛けたな…」
「何言ってるの? あんた、誰なのよ?」

男とも女とも判然しない、くぐもった声。
いくら目を凝らしても、姿は見えない。
かごめは得体の知れない恐怖に震えた。

「お前は仲間にとって、ただの足手纏いでしかない…。皆、お前を守る為に思うように戦えない…。お前の大事なあの男もそう思っている…」
「 ! やめて…、みんながそんな事思ってる訳ないじゃないっ!」

微かに笑いを含んだようなその声は続く。

「日暮かごめ…、お前も本当は分かっている筈だ…。自分では、あの男の役になど立ちはしない事を…」

かごめの声が弱いものに変わってゆく。

「やめてよ…そんな事…ない」
「日暮かごめ…。お前も本当は分かっている筈だ…。あの男の隣に居るべきは自分ではないと…」
「やめて…」

 
涙で滲んだかごめの目の前に、闇の中から濃い影が浮かび上がる。
それは、だんだんと形を露にし最後には、一人の美しい巫女の姿になった。
巫女の赤く濡れた唇がゆっくりと開く。

「かごめ…、犬夜叉を…返せっっ!!」
「いや ―― っ!!」

 

 
「おい、大丈夫か!」

闇の中から、私を呼ぶ声。
犬夜叉の、声。

「あ、私…、どうしたの?」

薄闇の中で、私を心配そうに見つめる金の瞳。

「…お前、覚えてねぇのか? 歩いている途中でぶっ倒れたんだぜ」

言われて周りを見渡すと、どうやら自分はどこかのお堂の中に寝かされていたらしい。
時間も随分たったのだろう。
お堂の格子ごしに弱々しい夕日の赤い色が差し込んでくる。
堂内の四隅に薄闇がわだかまる。

 
( …あれは、夢? )

 
「ごめんなさい…」

身体はまだ気だるく、熱っぽい。

「ったく、無理しやがって。弥勒の野郎が、多分疲れだろうってさ」

その言葉で、気が付いた。
いつも一緒に居る仲間達の姿が見えない。

「…弥勒様や、珊瑚ちゃん達は?」
「ん、ああ。お前の熱を下げる薬草を探しに行っている。七宝は沢まで水汲みだ」
「そっか、また皆に迷惑かけちゃった…」

…夢の中の言葉が強く、かごめを捕らえている。


「ばーか。んな事気にするな。お前は俺達とは違うんだからな」

慰めてくれる犬夜叉の言葉も、今のかごめには何故か胸に突き刺さる。

 
( 私、本当に犬夜叉の側に居てもいいのかな? 私なんて… )

 
自分でも、らしくないとそう思う。
やっぱり身体の具合の良くない時って、弱気になるものだと。

 
 ―――― でも、本当にそれだけ? 病気だから、弱気になってる?

 
突き詰めると、かごめは自分でも認めたくない事実を想い知らされる事を怖れた。

 
 ―――― 犬夜叉達の邪魔になるとか、足手まといとか言う前に、私は本当に『ここ』に居ても良いのだろうか、と。

 
その思いは、心の隅にずっとあったもの。
犬夜叉に出会ってからは、出会う為に『ここ』に来たのだと、そう思い込もうとしていた自分。


だけど…。

 
 ―――― カエシテモラウゾ ――――

 
不意に何処からともなく『声』がする。
かごめの背中に悪寒が走り、思わずお堂の四隅の『闇』を見つめた。

 
「どうした、かごめ! 何かあるのかっっ!?」
「犬夜叉、聞こえなかったの…」

かごめの表情から何事か察し、犬夜叉は闇に眼を凝らす。
その姿はますます濃くなる闇の中で、輪郭が曖昧になってゆく。

 
まるで、闇の中に溶けて行くように。


黄昏時。
またの名を、逢魔が時 ――――

 
かごめの心を、戦慄が襲う。

 

 
「珊瑚、どう思います?」
「え? 法師様、なんのこと?」
「かごめ様の様子ですよ。ただの疲れからくる発熱とは思えないのです。」

解熱の為の薬草を探しながら、弥勒は考え込んでいた。

 
幻影網離(ゲンエイモウリ)――――

 
【心の闇】に憑りつく”もののけ”

 
「かごめ様が己の意思で【心の闇】に打ち勝たねば,発熱は続き、これからも意識を失う時間がだんだんと長くなっていく…。そして、やがては”もののけ”に心を捕り込まれてしまう…」
「ゲンエイモウリ…、かごめちゃんを助けるにはどうしたら…?」
「かごめ様の意思にお任せするしかありません。そして、それを助けることが出来るのは、あの鈍感な二股男だけですよ」

弥勒は溜息まじりに珊瑚に呟いた。

 

「や…やだ…」

視線は『闇』に促われたまま、いやいやをするように捩るかごめの体を犬夜叉はしっかり抱き留めた。

震える肩、見開いた目に溢れ出る涙。

それを止めてしまいたくて、抱く両手にまた力を込めた。
胸元に感じるかごめの唇が微かに動いて、何かを伝えようとしている。
彼女のちいさな顔をその手で包んで、『闇』を凝視する瞳を自分に向けさせた。

「おい! かごめ、しっかりしろよ!!」
「い…ぬ…やしゃ…行かない…で…」

喉の奥から絞り出すような声は、確かに自分を呼んでいる。

「かごめ、俺を見ろよ!! 何処にも行ったりしねぇ! ちゃんとおめぇの前にいるだろう!!」

かごめの耳には、犬夜叉の声が届かない。
かごめが見ているのは、闇の中に消えて行く犬夜叉の姿。

 
その姿を留めようと手を伸ばしても、かごめの手は空を切るだけ。
べっとりとした、有機的な闇が犬夜叉の姿を完全に包み込み、かごめをも包む。
あまりに濃密な闇に、息が苦しくなる。

 
( いやっ―――!! 置いていかないでっっ!! )

声が、した。

闇の中でもがくかごめの耳に、囁くような、内心(うち)から滲みでるような、声がした。

 

 ―――― イカセタク、ナイノダナ。

 ―――― オマエダケノ、「モノ」ニシタイノダナ?

 

 ―――― ナラバ…

 
ガラスのように空ろな瞳に、心配そうな表情で覗き込む犬夜叉の顔が映る。
何故か、心が凍り付いている。
ノロノロと、持ち上げられたかごめの指先に、冷たく光る破魔の光。
まだ、その事に犬夜叉は気付いていない。

 
( …「心」を食らわれおって、たわけめ )

 
そんな二人を、どこともつかぬ場所より眺め下ろしている者がいた。
美しい顔、冷めた表情。
その手には、破魔の矢が。

 
( …お前には、殺させぬ。そんなものか、お前の力は )

 
二つの破魔の光がきらめきを増した。

犬夜叉がそれに気付いたのは、破魔の光が炸裂する寸前だった。
かごめの指から放たれる光の奔流が、犬夜叉の目の前で更に倍に膨れ上がる。

「かごめっっ!!―――」

犬夜叉の絶叫が光に呑み込まれてゆく。
破魔の光を逆光に、輪郭も朧な「誰か」が立っている。
髪を爆風になびかせ、身につけた巫女装束は大きくはためく。
その手には、いまだ光を収めぬ破魔の矢。

( 誰…? き…桔…梗? )

ゆっくり振り返った、「その者」の顔は ――――!!

( 私っっ!! あれは、私なのっっ!! )


誰にも渡さぬと、犬夜叉を滅した巫女姿の私。

 
あれが、私?
あれが…、わ…たし?

あれが、私っっ ――――!!

 

 ―――― いやっっー!! ――――

 
違う、違う、違うっっ!!
こんなのじゃないっっ!!
私が望んだのは、こんなのじゃ…。

そう私が望んだのは、犬夜叉、貴方に生きていて欲しいと言う事。
貴方に色んな事を知ってもらいたくて、感じて欲しくて、そして笑って欲しくて…。

 
…私の「心の闇」

 
桔梗の姿をした、私の醜い嫉妬心。
貴方を殺してまで自分のものにしたい独占欲。

何時の間にか、そんなモノに心を侵されていた。

 
…なくしてみて、今ごろ気付くなんて。

 
貴方が「在る」だけで、よかったの。
貴方が「在る」って感じられるだけで、きっとどれだけ離れていようと。

たとえ声が聞こえなくても、その暖かい腕がなくても。

 
辺りを圧した、光の奔流が収縮してゆく。
辺りを「絶望」と言う名の「闇」が包む。

振り返って私を見ているもう一人の私の姿が、彼の巫女にすり替わっていた。

闇に浮かぶ、赤い唇。
音なき声が、告げる。

( そう言う事なのだ。よく覚えておくがいい )

その声と共にふわっ、と闇に落ちてゆく浮遊感を感じた。

 

 

…誰かの声が聞こえる。

 
私を包む、この腕は誰?
暖かい ―――

 
「かごめっ、かごめっっ!!」

 
痛いほどに抱きしめられて…。

 
「…? 犬夜叉っっ!?」
「やっと気がついたか。まったく、びっくりさせやがって!」

犬夜叉の言葉に周りを見回すと、そこには弥勒や珊瑚、七宝など仲間達の顔が揃っている。

「…私、どうしたの? なんだか、とっても怖い事があったような…」

身体はまだ小刻みに震えている。
つっと、弥勒の手がかごめの額に触れた。

「…発熱の為の震えではないようですね。眠ってらっしゃる間に、よほど恐ろしい『夢』でもご覧になったのでしょう。あの「妖」の特徴ですからね。でも。もう「魔」は去ったようです」

念の為、と先程二人で取ってきた薬草を煎じたものを珊瑚がかごめの手に渡す。

「かごめちゃんね、『幻影網離』って”もののけ”に憑かれてたんだよ。身体が疲れてる時や心が落ち込んでる時に、「心の隙間」に取り憑くんだ。実体がないから、あたしには手も足も出せないんだけどね」
「…それじゃ、弥勒様が?」

そう言いながら、傍らの弥勒を見上げる。

「いいえ、私でもありません。かごめ様ほど霊力の高い方の心に、私などの力の及ぶ訳がありません。この「妖」のやっかいな所は、取り憑いた相手の心で己を防御することです。かごめ様ご自身が退治せしめたのですよ」

弥勒はそう返すと、未だかごめを抱きしめたままの犬夜叉にチラリと視線を送った。


( ふ…ん。まっ、こんな奴でも、かごめ様の幾ばくかの力にはなったのだろう )

 

 ―――― 私の力…?  ううん、違うわ! あの時…。

 

「…ねぇ、犬夜叉。私、どんな風だったの?」
「へっ? どんな風って…?」
「私が熱でうなされている間。何か変わった事はない?」
「お前…、何にも覚えてないんだな? 随分うなされて、突然起き上がるなり暴れ出して、慌てて抑えつけたら、今度はお前の全身が光りだして…。さすがにびっくりしたぞ、あれは」

ああ、やっぱり。

私を助けてくれたのは桔梗、貴女でしょう?
私が見たあの光景は、貴女が五十年前犬夜叉を封印した時のもの。
同じ間違いを犯さない為に。

貴女が流した後悔の涙を、私が流さないようにと。

 
そう、私が『ここに居る訳』


犬夜叉に出遭う為。
この仲間達とも。

 
…そして、桔梗。

きっと、貴女を知る為に。

 
今の私に何が出来るか判らない。
でも、「何か」成す為に私はここにいるのよね?

 
それは貴女の想いに応える事にもなるのでしょう?

 
『闇と光』のように、『私と貴女』
まるで犬夜叉と言う恒星(ほし)の回りを廻る、連星のようね。
どちらか一つが欠けると、もうそこには居られないバランスで。

 
私達は、廻りつづける ――――

 
輪廻の輪を。

 
宿命の輪を。

 
新たな奇跡を描きながら ――――


 
【完】
2003.9.30

 
【  あ  と  が  き  】

…5月からリレーを始めて、9月でようやくゴール出来ました。
まぁ、それと言うのも管理人がしばらく様子を見る為と、ほぼ2ヶ月近
くも放置状態にしていたせいで、早くから参加頂いていた梓弓さん・な
おみママさん・ぶーにゃんさん、こんなにも遅くなってしまいましたが
どうにか完結させる事ができました。

お力添え、ありがとうございました。




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