【 小夜曲 −おもいをこめて− 】
「あー、かごめっっ!! ひっさしぶり〜っっ!!!」
……もう、何日休んだか判らない学校への登校途中。
そう声を掛けて来たのは、絵里を初めとする例の3人組。
―――― 私の大事な女友達。
「ねぇねぇ、今度は随分長かったのね。お祖父さんに聞いたら、三毛猫みたいに全身に三色のブチが出る慢性の皮膚病にかかって、人目の付かない所で湯治してるって聞いたんだけど」
相変わらず、ほんわかとした口調であゆみが話かける。
( う〜、もう、じいちゃんったら!! なんでふつーの病気にしとかないのよっっ!! )
「…え、ええ。まぁ、お陰様で」
ひきつり笑顔で友人たちに返す。
もう無駄な言い訳で貴重な時間を潰したくはない。
こちらの生活や学校での授業も大切だけど、向こうの時代には私の帰りを一日千秋の思いで待っている人達がいる。
だから、限られた時間で精一杯の事をやる!!
それが今の私に出来る、唯一の事。
……そんな悲壮感溢れるかごめの決意も知らぬ気に、ぬおぉぉぉと絵里が顔を近寄せた。
と、それに気付き ――――
「な、なによ、絵里。そんなに人の顔覗き込んでっっ!!」
「ねぇ、かごめ。あんたに聞きたいんだけど、あんた、二股なんてかけてないわよね?」
「はあぁぁ?」
思いっきり、不審気な顔をするかごめ。
( ……? なんで私がそんな風に言われなきゃならないの!? )
「え〜っ、かごめ、北条君とヤンキーな彼の他にまだ誰かいるの?」
この時点で、すでに『二股』ではあるまい。
「……見た娘がいるのよ。かごめ、あんたがビジュアル系の時代劇コスプレ野郎と歩いてるのをっ!! ええいっ! ネタは上がってんのよ!! きりきり正直に白状なさいっっ!!」
まるで大岡越前か遠山の金さんのような形相でかごめに詰め寄る。
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( やっば〜、やっぱり誰かに見られてたんだ。まぁ、犬夜叉目立つもんね。どうしよう…? )
「ビジュアル系コスプレ野郎…? かごめが好きなのは二股ヤンキーな彼なんでしょ? でもどっちにしてもかごめの趣味って、変わってるのね」
グサッ
……言われたくない一言だった。
絵里たちが私のように犬夜叉の事をありのままに受け入れてくれるなら、本当は紹介したいくらいだ。
でも、もし ――――
( ……傷つけたくないのよね。だけど誤解されたままって言うのも、私にとっても犬夜叉にとっても面白くないわ。そうだっっ!! )
パシン、と手を叩く。
( そうよ! もういい加減、誤解を解かなくちゃ!! )
かごめの頭には、あるプランが浮かんでいた。
* * * * * * * * * * * * * * *
学校の帰りにかごめは、カジュアルファッションのチェーン店の一角でなにやら品定めをしていた。
「え〜と、あんまり熱さ寒さは関係ない奴だから、Tシャツは半袖でいいわよね。大きさは、と……」
そう言いながらいつも負ぶさる犬夜叉の背中の大きさを思い出すように、両手を広げる。
「ん、まぁ、このくらいかしら? えっと、それから…」
上はTシャツで良いとしても、ボトムをどうするかでかごめは悩んだ。サイズの合わないボトム程、始末の悪いものはない事をかごめは知っている。サイズが大きければ格好悪い事この上なしで、小さければこれまた『痛い』のだ。
衣替えのシーズンに、何度か目にした草太とママのやり取りを思い浮かべる。
「…腰周りはこのくらいよね。あ、でも股上ってどのくらいかしら? 足も長いわよね。う〜ん」
思案しつつ店内を眺め回していたかごめの目が、ある一点で止まった。
「そうよ、これよ! これなら、多少大きめのサイズでもちゃんと着こなせるわ。それからこれも、と」
それの横にあった赤いものも、あわせて選ぶ。
「うふふ、なんだか楽しくなってきたわ」
その店を出たかごめはその足でまた別の店に入り、大きな荷物を抱えて出てきた。大きさの割りには重量はなさそうだ。それらの戦利品を抱えて、満足そうにかごめは神社である自宅へ戻った。
そして、二・三日後。
「おいっっ! かごめっっ!!」
何時まで待っても帰ってこない私に業を煮やして、犬夜叉が怒鳴り込んでくる。
よし、計画どおり。
「あっ、丁度良かったわ。今から向こうに持って行く品物の買出しに行こうと思っていたの。犬夜叉が来てくれたら、早く終わるんだけど」
と、上目遣いでちょっと甘えたような表情を作る。
「へっ、ああ、いいけどよ〜、お前、あんまり俺に外歩くなって言ってなかったか?」
「時と場合よ。急いだ方がいいんでしょ?」
「ああ、まぁ、な」
怒鳴り込んできた時の勢いの腰を私に折られ、不承不承首を傾げつつ私に背中を見せながら階段を降りて行く。
私は犬夜叉の背後から、『あるもの』をふり掛けた。
パシャパシャパシャ ――――
途端に広がる甘ったるい、合成香料のバラの香り。
流石の私でも、ちょっと頭が痛い。
これが、『鼻』の利く犬夜叉なら……。
ずででででっっっ、どっす〜んっっ!!!
…とーぜん、目を回す。
「大丈夫? 犬夜叉」
きゅう、と目を回した犬夜叉の顔を覗き込む。
犬夜叉は必死で衣の袖で鼻を覆い、冷や汗を流していた。
「…一体、何が起きたんでぇっっ!! 何なんだよ、この臭いっっ!!」
「うん、ゴメンね。私が下に持って行こうとしたお部屋の香水のボトル、落っことしちゃって……」
……勿論、ウソである。
「うっわぁ〜、くっせー!! 頭がクラクラすらぁ」
「どうする? 匂いが消えるまで暫くかかるよ? その間、それを着てるのは辛いんじゃない?」
「ったく、鼻が曲がりそうだ!!」
「取り敢えず、着替える?」
「ああ、そうだな」
そう、狙いはそれ。
私はいそいそと用意した着替えを取り出した。
「へー、なかなか様になってるじゃない。私の見たても満更じゃないわね」
目の前には、半袖のTシャツに片方の肩を外したデニムのオーバーオール。(両方止めてしまうと、若干ボトム丈が寸足らずっぽくなるので。やっぱり犬夜叉って足、長いんだ)、頭には赤のバンダナ。
「なぁ、かごめ。この着物、なんかゴワゴワするぞ」
「大丈夫、直ぐ慣れるわ。それから、これ、と」
私は鉄砕牙を納めたギターケースを渡した。
「…ん? なんで俺の鉄砕牙をこんな箱に入れんだよっっ!」
「その格好で鉄砕牙を持ち歩いていたら、すぐ警察に捕まっちゃうわよ」
犬夜叉だって大事な守り刀。いつも手元に置いておきたいだろうし、ケースは小道具にも丁度良い。
「さ、遅くなっちゃうわよ。出掛けましょう」
私は浮き立つ心を抑えきれなかった。
―――― そう、こんな風に犬夜叉と一緒に街を歩く事。
誰かに見られて、犬夜叉を見る他人の視線で犬夜叉が気を悪くしないだろうかとかとそれがいつも心配だった。
でも、今日は大丈夫。
これで私に掛かっている在らぬ噂も晴らせるわ。
向こうに持って行く品物なんて、救急箱の中身以外近所のディスカウントスーパーで事足りるんだけど、それだけじゃ勿体無いもの。
犬夜叉にも色々見て欲しいし、楽しんで欲しい。
一番楽しんでいるのは、やっぱり私かな?
「おい、かごめ。買い出しはどーなってんだっっ!!」
あら、そろそろ感づかれたかしら?
向こうに持って行くものなら良い物がいいわよね、とあちらこちらウィンドーショッピングで引っ張り回した。
男の子に、それも犬夜叉みたいな朴念仁に、私の好みのお店や花やファッションを見せても意味ないかもしれないけど、それでもそんな私を知って欲しかった。
あ〜あもう少し、こうしていたかったのにな。
仕方がないわね、目的はもう一つ有る事だし。
「犬夜叉、お腹空かない? 何か食べに行こうか?」
「お、おう! いいぜ、何食わせてくれるんだ?」
「うふふ、内緒」
そう、これからが本番なんだから。
ワイワイと私達とあまり変わらない年頃のお客で賑やかな店内の一角で、目の前に積み上げられたハンバーガーの山を嬉しそうに犬夜叉が平らげている。
ふと、気が付いたように犬夜叉が声を掛けた。
「かごめ、お前食わねぇのか?」
「うん、私はいいわ。あんたが美味しそうに食べてるの見てるだけで、お腹いっぱいだから」
……まぁ、実際そのあまりの量に見ただけで胸焼けがしそうになった訳で。
通りから良く見える、この席。
そろそろよね。
三人組の女の子達がこっちに気付いたみたい。
ほら、こちらへ駆けて来る。
「かごめっっ!! あんたねー!!」
そう言って駆け込んで来たのは、絵里。後ろに続くあゆみに由加。
「……やだ、かごめ。また別な人とデートしてる。信じらんない」
「そうよ、かごめ! あんたもヤンキーな彼の事、責められないじゃない!! あんた、二股どころか三股じゃないっっ!!」
「そうよ、そうよ。これに北条君が入ったら四股よ、かごめ」
……いや、別に入れなくてもよいのだが。
友人達の聞き捨てならない台詞に、ピクリと犬夜叉が眉を顰める。
「……二股、三股ってのはどーゆー事だ、かごめ」
だけど私は余裕の笑み。
そうよ、ここではっきりさせとかなくちゃ。
私は二股・三股なんてかけちゃないし、趣味だって悪くはないわっっ!!
「ん〜、なんだかね、皆が誤解しているようだからはっきりさせておこうと思って」
「かごめ…?」
皆の視線が集まる。
「ここに居るのが皆の言っていた、ヤンキーでビジュアル系コスプレの彼よ」
「えええっっ〜!!!」
犬夜叉はどうやら自分の事を言われているようだとは気付いたが、かごめの言った、『やんきぃ』だの『びじゅある』だの『こすぷれ』の意味が判らず、取り敢えず黙って聞いていた。
「確かに喧嘩っ早いけど、ヤンキーじゃないでしょ。バンドをやっているからビジュアル系コスプレって言われたら返す言葉もないけど……」
と、ちらりと鉄砕牙の入ったギターケースに視線を走らせた。
犬夜叉はハンバーガーをパクつきながらも大事そうにギターケースを抱えている。
絵里達が改めて犬夜叉を見つめている。
「…そうね、かごめの言う通りヤンキーじゃないみたいね。そこらの男の子より迫力はあるけど」
「だからなのね? あの髪の色も瞳の色もバンドをやってるからなのね」
「あ、でも時代劇の衣装だったんでしょ? そんなバンド聞いた事ないわよ」
かごめはここぞ、と何枚かの写真を取り出した。
「まだインディーズだからね。あのね、これバンドのメンバーなんだけどバンドのポリシーが『和風ビジュアル』なのよ。洋風のビジュアルバンドは沢山あるでしょ。そーゆーのは嫌なんだって。だから普段でも着物着てるし、言葉遣いだってちょっと古風なの」
そう言って見せた写真はいつの間に撮ったのか、弥勒に鋼牙、殺生丸の写真まである。勿論、犬夜叉の写真も。
この面子でこんな写真を見せられれば、現代っ子の絵里達がそーゆーバンドだと信じてしまうのも無理はなかった。
「ねぇねぇ、この髪の長い人。すっごく綺麗ね。ちょっと彼に似てるかしら?」
そう言って絵里が指差したのは、殺生丸の写真。
「ああ、その人ね。お兄さんなの」
涼しい顔をして、かごめが説明する。
「ふ〜ん、こうしてみるとお坊さんの格好って、なかなか素敵のものね。なんだかストイックな感じがいいじゃない」
…ストイック(禁欲的)、弥勒様には縁のない言葉だわ。
「私はこっちの彼がいいわぁ。野性的でどんどんひっぱって行ってくれそう」
ほわぁんと、あゆみが顔を赤くして鋼牙の写真を抱きしめている。
「ね、これで判ったでしょ。私は二股なんてかけてないし、趣味も悪くないって」
あゆみ達の視線に羨望の色が混じる。
女の子の姦しさ迫力に押され、犬夜叉はただひたすらハンバーガーをパクついていた。
「ねぇ、あなた。名前、なんて言うの?」
一瞬、かごめはしまったと思った。
犬夜叉、では流石にマズイだろう。
「は? へっ? ああ、犬夜叉だ」
「犬夜叉?」
「ああ、い・ぬ・や・しゃ、だ」
念を押すように一言一言そう言い切る。
「へぇ〜、犬夜叉。和風ビジュアルバンドには相応しい名前ね」
やはり現代っ子。
すっかり芸能界なれしているので犬夜叉、と言う名もすんなり納得してしまう。
まぁ、それはそうだよね。
○ーモンだとか、飛○ 了とか、そーゆー名前がまかり通っているんだから。
「で、パートはどこなの?」
さらに瞳を輝かせながら、質問してくる。
言われた意味が判らないので、きょん、とする犬夜叉。
「えっと、あの、ヴォーカルなの。それからベースも」
「えー、ヴォーカル!! いや〜ん、カッコイイ!!」
慌てて替わりに答えたが、そろそろ限界だろう。
「じゃ、ごめんね。彼、そろそろ練習だから」
まだハンバーガーにかぶりついていた犬夜叉を引っ張り上げ、店を後にする。
これでいつもの格好で犬夜叉が街を歩いても、少なくとも友人たちはそーゆーものだと思ってくれるだろう。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * *
日が暮れて、黄昏時の茜の色も夕闇に紛れて来る。
抱え込んでいたハンバーガーの最後の一個を食べ終えて、犬夜叉が言った。
「なぁ、かごめ。買い出しはどーすんだ?」
……ははは。
律儀と言うかゆーずーが利かないと言うか…、とっても犬夜叉らしいけどね。
「う…ん。今日はもう遅いから、家に帰りましょ」
「お〜い、かごめっっ!!」
犬夜叉の呼び止める声を無視して、すたたたたっと、家路を辿る。
仕方なさ気に、犬夜叉も後を付いて来た。
自分の部屋に戻り、一息つく。
出掛けにママに洗ってもらうよう頼んでいた火鼠の衣も、もう乾いていた。それに着替え、どうにか人心地ついたような犬夜叉。
それでもまだ臭いが気になるのか、クンクン鼻をうごめかしている。
「…結局よー、何だったんだ、今日は?」
すっかり私のペースで動かされた事で、少しお冠な感じ。
いいじゃない、いつもはあんたのペースで引っ張り回されてるんだから。
「ねぇ、こんな日もたまにはいいじゃない、ね?」
夕闇に顔を向けた犬夜叉の表情が、少し強張っているような気がする。
( ……ちょっと、やりすぎたかしら )
不意に不安になる。
「……嫌なんだ」
「えっ、何が?」
ドキッ、とする。
やっぱり、怒ってる?
「お前が何を話してるか判らないなんて、俺は嫌だ!!」
「犬夜叉 ……」
「……お前と俺の世界が違うような気がして、お前を遠くに感じちまって嫌なんだ」
……私、馬鹿だ。
こんな事で『五百年』の『刻』の重みを感じさせちゃうなんて。
犬夜叉を傷付けちゃうなんて。
「……ごめんね、犬夜叉。私、一人で浮かれてた」
犬夜叉の前で、視線を落とし項垂れる。
そんな私を、犬夜叉はふわりと抱き寄せ ――――
えっ、やだ。
心臓が別の意味でドキドキしてくる。
「なぁ、かごめ」
「う、うん」
しばしの間。
「…『ぼうかる』って、なんだ?」
カクッ
「えっ、えっと〜、歌を歌う人の事」
「んじゃ、『べえす』ってのは?」
「…楽器を弾く人の事」
「…そっか」
私の心臓の音、犬夜叉に聞こえてないかな。
「…俺、楽器なんて弾けねーぞ」
「うん」
「歌も、歌えねぇ」
「うん」
「いいのか? それで」
「うん」
私の肩に置かれた犬夜叉の掌から伝わる、優しくて暖かいもの。
なんだか涙が出そう。
それを隠したくて、犬夜叉の胸に顔を押し付けた。
犬夜叉の心臓も、すごくドキドキしている。
それはどんな楽器の演奏より、私を蕩かせる。
「かごめ」
それはどんな歌声よりも、私を虜にする。
「かごめ…」
お願い、もっと聞かせて。
もっと、呼んで。
その声で ――――
「かご…め……」
古(いにしえ)の、恋人達の窓辺で流れたどんなセレナーデよりも、もっと甘く ――――
今、二つのリズムは一つのメロディを奏(かな)で始める。
【終】
2003.11.15
【 あ と が き 】
なおみさん、お待たせ致しました。杜風、現代版犬かごです。
…が、ほんっとに二次小説化していますね。かろうじてTVのオリジナ
ルテイストが微かに漂う程度で(^^;
元ネタが丁度今から一年ほど前の事だったので、犬君の現代版ファッシ
ョンは頭に野球キャップ、TVと同じで設定していました。
しか〜し、あの45号をみてしまってからは、やはり『バンダナ』です
よね!!
甘さ加減もお砂糖の足りないぜんざいみたいですが(え〜ん、杜には甘
々は書けませんでした (>.<)、どうぞお受け取りくださいませ。
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