【 かよい文(ふみ) 】




……今にして思うと『あれ』は、御伽噺だったような気がする ――――


 
 「ねぇ、ママ。この写真にママと一緒に写ってる女の人、誰?」

 
 ……そう言って娘の美冴(みさ)が持って来たのは、古い古い一枚きりの写真。
セピア色に変色しても、中に写っている凛々しいまでの笑顔は変わらない。過ぎてしまった『時』の跡を、そこに留めて。

 私の宝物。

 私の親友 ――――
( 珊瑚ちゃん…… )

 
 あれからもう、二十年。
 娘の美冴が十二歳。
 もう少しで、あの頃の私と同じ年頃になる。

「ん、この人はね、ママの大事なお友達なの。とても大切な……」
「それって、時々家に遊びにくるあゆみさんや絵里さん達とは違うの?  私、一回も逢った事ないけど」

 隠しようのない表情を訝しく思ったのか、美冴は首を傾げながら私の顔を覗き込んで来る。

「……そうね、彼女 とっても遠くにいるから…。ママも逢えないのよ」

 そう言ったきり、私は黙り込んでしまった。

 

 

 私、日暮美冴。

 家は古くから続く神社で、『由緒』好きなひいおじーちゃんが神主を、ママが巫女さんをやっている。
 あとぶきっちょなパパと、年の離れた弟と大好きなお茶目なおばあちゃんと。

 私が小さい頃、ママはよく不思議な冒険談をしてくれた。
 色んな妖怪や化け物を退治した話や、楽しい旅の仲間の事や、そして……

 だけど、最後には必ずこう付け加えるのを忘れなかった。

 
( でもね、これは『御伽噺』なのよ )と。

 
 そんな話も何時の間にか聞かなくなって、ふと気付くとママが時々ひいおじいちゃんが入っちゃダメだと言っていた『祠』に入って行くのを見かけるようになって…。

 ママ、何をしてるんだろう?

 
( ねぇ、珊瑚ちゃん。今日ね、美冴にあなたの事を聞かれたわ。ふふ、あの頃の私に似て好奇心が強いみたい。後、私よりも無茶かもしれないわ。血は争えないものね。珊瑚ちゃん、弥勒様と仲良くしてる? 子供は何人くらいになったのかしら? 逢えたら話したい事、沢山あるのにね )

 深夜、家族が寝静まった頃にこうやって取りとめもない事を、珊瑚ちゃんへの『手紙』と言う形で書くようになったのはいつからかしら?

 不思議と心の満たされる時間。

 もう、逢えないと解っているのにこうして手紙を書いている時は、『同じ時』を過ごしているようで。
 切手も貼れない、住所も書けないこの手紙はあの『井戸』に投函して、お終い。

 ねぇ、珊瑚ちゃん ――――

 

 
 * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

 


  村外れ、『骨食いの井戸』

 
 あまり人の近付かぬその場所に、一人の人影。
 手にした『なにか』を投げ入れた。

「珊瑚、こんな所に居たのですか? いくら慣れた事とは言えもう陣痛も始まっているのに出歩いたりして……」

 声を掛けてきたのは、長年連れ添ってきた愛しき伴侶。
 歳経た分、お互い熟した感はあるが若々しさは少しも損なわれていない。

「うん、かごめちゃんに文を。こんな時、女同士でいろいろ話したい事があるからね。かごめちゃんもどうしてるかなぁ、って」
「……そうですね、どうしていらっしゃるやら。上手くやってるといいんですが。で、何を書いたんです? 珊瑚」
「今からね、十二人目の赤ん坊を産むよ、って。両手に抱えきれないくらいの宝物で、すごく幸せだって」

 幸せではちきれそうに膨らんだお腹を、優しく撫でる妻の横顔に思わず弥勒は見惚れてしまった。
 例え様もないくらい美しいその姿、この幸福感。

 そして、思う。

 新たな『命』を育む事の出来る『女』達は、男などには判らない『楽しさ』や『幸せ』を共有しているのではないだろうかと。
 それはまた、『あの時』を共にくぐり抜けて来た『仲間』だからこそ。

 ……時折々の出来事や子供達の事、たまには弥勒への愚痴なども書き入れては、この井戸に投げ込んでいたのだろう。
 誰に話すともないささやかな事どもを、話す事の出来る心安い友へ語りかける様に。

 
 珊瑚から、かごめへ ――――

 
 かごめから、珊瑚へ ――――

 

 この女同士の世界には、いくら『夫』とは言え立ち入れぬものがある。

 
 遥か時を隔てても、通い合う思い。
『愛情』と『友情』を天秤にかけたら、どちらが重いのだろうと馬鹿な事を思ったりもする。
 共に連れ添い何人もの子を与えてくれた我が妻を、彼の巫女に取られそうで妬くなどとは、愚の骨頂。

 
「お前のその文、かごめ様に届いているかも知れませんね」
「うん、あたしもそう思う。かごめちゃんも向こうの世界で同じ事してるんじゃないかなぁ、って」
「そうですね。ましてやここは『骨食いの井戸』。どんな不思議がおこっても、それも可、なりですから」

 不思議へと誘う、その井戸の底。
 どんな世界が広がっているのやら。
 
「ふふ、それをやり抜いた馬鹿もいるからね」
「まったく。石の上にも三年、馬鹿の一念岩をも通す、ですね」

 
 ……確かめる術はないけれど、弥勒と珊瑚はそう信じて疑わなかった。

 

 
 * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

 

 
 ……中々、寝つけなくて私はあの古い写真を見つめてた。

 
( ふ〜ん、ママの十五歳の頃って、こんな感じだったんだ )

 
 そこに写し出されているのは、私の近い未来の姿。
 ママに取っては、もう帰りようのない『青春』

 
( ……学園祭か何かの時の写真かな? ママはセーラー服だけど、こっちの女の人は時代劇の格好してるもんね。あれっ? )

 
 ママと『大事』なお友達とのツーショット。
 その背景の木の陰から、小さく覗いているのは ――――

 赤い着物を着て、頭にみょーなものを付けた白い髪のカツラ……。

( ……ヘンな格好してるけど、これパパだよね? )

 対等の立場で派手な夫婦ゲンカもやらかすが、その実子供達でさえ目の当て様のない程、ラブラブなウチのパパとママ。
 ちょっとアナクロで昔気質でけんかっぱやくて、不器用で『謎』っぽいところもあるんだけれど、そっかー、こーゆー格好してた事もあるんだ。今からじゃ、想像も出来ないけど。

( この格好って、きっと学園祭の劇か何かの役を無理やりやらされた時のもんなんだろうなぁ、くすくす。パパ、可愛い )

 

 

 

 

 

 ―――― その昔、使命を終えた『時空の巫女』が戻りし折りに、閉じてしまった妖しの井戸。

 『骨食いの井戸』と呼ばれしその井戸は、妖怪の亡骸をいずこともなく運び去ると言われていた ――――

 

 彼の巫女を慕いし者あり。
 己の身の危険を顧みず、井戸の底に篭りたもう。
 その想い、彼の巫女に届かん事を祈りつつ。

 
 その者の名を、犬夜叉と言う。


 

 
 そうして、御伽噺は終わらない ――――― 
 


【完】
2004.2.3

 

【 あ と が き 】

10000番キリバンを踏まれた『幻想飛行』のぷーにゃんさんから賜
ったリク内容はかごめちゃんと珊瑚ちゃんの女の友情物、との事だった
のですが、どんなものでしょうか^^; 
設定を思いっきり等身大に引き寄せて、30代のかごちゃん達です。


…ふつー、こんな設定じゃ書きませんよね。


すみません、ぷーにゃんさんっっ!!
リクのイメージとかけ離れたものになってしまったのではないでしょうか?
犬君は骨食いの井戸に篭っているうちに、妖力を使い果たしてしまった
と言う事で、その思いの深さに『井戸』が犬君をかごちゃんの所へ連れ
て行ってくれた、と言う事にしています。


(…この辺り、かなりご都合主義が入ってますね。ここ、詳しく書こう
とすると、話のピントがずれるので、敢えてこの形で)
こんな私ですが、これからもよろしくお願いします!!





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