―――― 嗚呼 花が咲く  理由もないけど

            
          肩落とす僕の上  凛と微笑む ――――

 

 

    【  花  唄  】      

 

 

 ひとひら、ふたひら。

 
 風がそよぐたび、その風を薄紅に染めて行く。

 
 ああ、桜の季節も盛りを過ぎた。
 後はもう、散るだけ。

 
 また、新しい季節が始まる。

 

 
「おお、おお。立派じゃのぅ、かごめ。よう、頑張ったな」

 じーちゃんが感涙に咽(むせ)び、ママが全てを見通したように微笑んでいる。まだ浅い春のある日の夕方、私は真新しい高校の制服に身を包んでいた。
 自分でも、思う。
 よくあの状況で、志望校に合格出来たものだと。

 だけど……

 まだ、『あちら』での決着はついていない!
 奈落との事も、桔梗と犬夜叉との事も、まだ何も!!

 だから……

 
「ねーちゃん、入学式は明日だろ? 今から制服着込んでどーすんの?」

 部屋の敷居の柱に背を預け、頭の上で手を組んだ草太が茶々を入れる。

「そう、皆に見てもらおうと思って」

 私はそう言うと、ママの顔を見た。

 
 ママと一緒に高校の制服を受け取りに行き、帰って来た二・三日前の夕暮れ時。
 私の部屋で、中学の制服と高校の制服を並べてかけて、ママがポツリと呟いた。

「色々な事があった、一年だったわね」
「…うん。でも、まだ、終らない」

 あちらとこちらを行き来しながらずっと思っていた事がある。
 あんなどっち付かずな状態でも、『一つ』は決着を付けた。

 次は……。


 そして、その為には……

「…もう、一人前ね。かごめ」
「ママ……」


( ママ…? もしかして、気付いてるの? 私がしようとしている事……。ママなら、許してくれる? )


「これからは自分の『責任』で、自分の『道』を、ね」

 
 柔らかな夕日の中で、もっと柔らかに優しく微笑んでくれたママ。
 私は、貴女の娘である事を誇りに思います。

 

「じゃ、行って来るわ」
「え〜、今から? もうすぐ夕食だよ?」
「いいじゃない、草太。いつもの事でしょ」

 何でもない事のようにママが草太を宥め、私はいつものようにリュックを片手に井戸に向かった。その中に、あるものを入れて。

 


 * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

 


井戸を潜り抜けるのに、大して時間は掛からない。
場所は同じでも、時代が違うと空気の色も違うし、光も闇もより鮮やかな気がする。何よりも、『命』の重みが。

 
「あー、やっぱり。こっちはもう、かなり暗いわね」

 井戸の口を見上げよじ登りながら、新しい制服をなるべく汚さないようにしている自分に苦笑する。
 不意に赤い色が目に飛び込み、見慣れた手が目の前に差し出された。

「ほらっ! 手ぇ、出せ」
「犬夜叉……」

 私の手をしっかり握り締めて、あっと言う間に引き上げる。
 ぶっきらぼうで、優しい。
 出来れば、いつまでもこの関係が続けば良いと思ってる。

 
 でもそれじゃ、いけない。

 
 私が『ここ』に居る、本当の『意味』を考えれば……。

「犬夜叉、迎えに来てくれたんだ」
「ああ? いや…、いつもと『匂い』が違ったからよ、その…、気になって……。それに、お前暫くはこっちには来ねぇってたからよ」
「うん。ちょっと、ね。『匂い』が違うって、これの所為かな?」

 私はそう言って、犬夜叉の前で手を広げて見せた。
 白いカッターシャツに濃赤のネクタイ、金のエンブレムの付いたシングル・二つボタンの紺ブレザー。スカートは紺地に濃いグレーのギンガムチェックの両サイドプリーツ。
 犬夜叉の獣眼なら、この暗さの中でも良く見えるだろう。少し眸が顰められたような気がした。

「……いつもの装束はどうした? どっちも奇天烈なのは変わんねーがよ」
「あれは、中学の制服。こっちは高校の制服。ねぇ、似合ってる?」
「高校…? あの『てすとぉ』とかの奴のか?」
「そう! 私、頑張ったんだよ!!」

 夕闇から夜闇に変わる中、犬夜叉は少し顔を赤らめながら、改めてかごめの制服姿を見詰めなおした。
 この時代に生きてる犬夜叉には、制服のデザインがどうのとか判りはしないが、見慣れた今までのかごめの装束よりも、いま目の前にある装束の方が大人びて見えたのは確かだ。

「まぁ…、いいんじゃねーか。着てる物で中身が変わる訳じゃねぇし」
「ん、もう! 犬夜叉らしいけどね」
「ほら! ぐずぐずすんなっっ!! すぐ、真っ暗になるぞ」

 照れたような、子供っぽい素振りに笑みが零れる。
 ふと見上げると光度を増す月明かりに照らされる、霞のような桜花。
 同じ場所で、そして多分今だけはあちらと同じ速さの時間を刻んでいるこの季節も、花の時期は緩やかなように思えた。

 
( …散り始めたあちらの桜。ここは、今が見頃ね )

 
 何でもない事だけど、クスリと笑う。

 同じ場所なのに。
 同じ季節なのに。
 
 でも、同じ花は二度とは咲かない ――――

 

「あれ〜? どーしたんじゃ、かごめ? 向こうに用があるんじゃなかったんか?」

 夕餉の椀を掻き込みつつ、まず七宝の一声。
 楓の小屋の中には、いつもと変わらぬ面々が打ち揃い、しばしの休息といった風情である。

「かごめちゃん、どうしたの? 明日は大事な用事があるんじゃなかったの?」

 今まで一年近く共に旅をしてきた仲間である。
 それがこの時代の彼らに取っては何の意味をも持たない事を知りつつも、かごめが寝る間も惜しんで勉学に励む姿も見て来たし、必要とあらば犬夜叉と大ゲンカしてでも現代(くに)に帰る姿も見送った。
 それも、全ては『高校入試』と言う難関に立ち向かう為のもの。

 そして明日は、その『入学式』の筈 ――――

「……良くお似合いですよ、かごめ様。私達にも、その晴れ姿を一目見せたいとのお心使いでしょう」

 にこやかに微笑んで、弥勒がそう声をかける。

「ほんに、よう頑張ったな、かごめ。立派なもんじゃ」

 現代のじーちゃんと同じ、楓の言葉。


( ここにも、私の事を思ってくれる家族のような仲間が居る )

 
「ヘン! 一目見せたいっつーても、これからは、その装束で旅をするんだろ? あんまし、意味ねーな」

 相変わらずの憎まれ口は、最初にその姿を見て見惚れた反動か。
 かごめの頬に、微かに浮かぶ笑み。

 
 ……犬夜叉は、その笑みの意味に気付いてはいない。

 

 かごめは、思っていた。

 そう、この時代に戻って来る度に。
 いつも、自分の所為で仲間達を足止めしている事を。
 事態は、急を要している。
 一刻も早く奈落を倒してしまわねば、四魂の珠を取り戻し、どうにかして琥珀の命を繋ぐ方法を見つけて珠を消滅させねばこの悪しき因果の輪は閉じない。
 今までは、あまり考えないようにしてきたのだけど、自分が長く『戦国時代−ここ−』に留まる事で、未来が大きく変わるかもしれないと言う怖さはあったのだ。
 その為にも、もうあまり時間はかけられない。

 かごめに取っても、区切りであった。

 
「どうするんじゃ、かごめ? 今日はここに泊まってゆくんか?」

 かごめの手にしたリュックに目をやり、急いで夕餉を掻き込み終えた七宝が期待に満ちた視線でかごめを見上げた。

「…うん、そうね……」
「七宝、無理を言ってはなりませんよ。かごめ様は、明日大事な用があるのです。今宵はやはり、ご実家にお戻りになった方がいいでしょう」
「ねぇ、かごめちゃん。これからは、もっと大変になるんだよね? その…、『えいご』とか、『すうがく』とか…? 大丈夫?」

 珊瑚には、謎の文字にしかみえない書物を険しい顔で覗きこんでいたかごめの姿が目に焼き付いている。その【受験】とやらに合格したからと、それでお終いな訳ではなかろう。これからが本番な筈だ。
 そして、こちらの闘いもこれからが正念場。
 自分がかごめなら、身体が幾つあっても足りないと思う。

「……うん、ちゃんと考えてる」

「……向こうに戻るんなら、送ってくぞ」

 相変わらずぶっきらぼうな口調で、それも明後日の方向を向いてそう嘯(うそぶ)く犬夜叉。

「あら、そんなに追い返さなくてもいいじゃない」

 かごめのその言葉に、向こうよりこちらの方が良いのかと、少し気が良くなるのは我ながら単純かも知れない。
 かごめはその言葉通り夕餉の終った皆の前に、七宝の期待に背かない食後の茶受けを並べ団欒に興じる。
 この光景が全てが終った後の光景であれば、どれ程心安らかな事だろうと、どこか醒めた眸で見ている自分も犬夜叉は感じていた。

 

      何もかもが不安定で、確かなものは何もなく ――――

 

「かごめ様…、 宜しいのですか? 夜もだいぶ更けて参りましたが……」

 楽しい歓談に水を差すようだがと思いつつ、それでも明日がかごめにとって大事な日である事も判っているだけに、弥勒はそう促した。

「うん…、じゃ……」

 ようやく腰を上げたかごめを送る為、犬夜叉も立ちあがる。かごめの時代であれば、こんな時間でも夜は不自然な明るさで却ってものの貌(かたち)を曖昧にさせる。この時代には、そんな曖昧さはない。

 夜は、漆黒の闇。
 僅かな月明かり・星明り。

 その光に照らし出されたものだけが、今 そこに『存在−ある−』。

 『骨食いの井戸』までは僅かな距離で。
 不思議と犬夜叉の前を歩くかごめの背に、声をかける事を憚るような緊張感を感じ、犬夜叉は黙々とかごめの後を付いて歩いた。
 かごめが井戸の口に手をかけた時にようやく一言、言葉をかけるきっかけを見つけたのだ。

「……あっちまで、送っていってやる」

 しかし、それは……

「ううん、いいわ。今日は……」

  そう言って、かごめはそっと井戸の中に降りて行った。

 明らかに、いつものかごめとはなにかが違う。
 立ち去り難い気持ちのまま、そこに立ち尽くしていた犬夜叉の嗅覚を一際甘いかごめの匂いが刺激する。

「 ―――― ?」

 いつにない事なので、不審に思い井戸の底を覗くと……

 

 月明かりも星明りも届かぬ、濃闇の中に一輪の白い花。

 

 犬夜叉は我が目を疑う。
 『現代−あちら−』に帰った筈のかごめが、そこに居た。
 それも、一糸纏わぬ姿で。

「なっ! 何、バカな事やってんだっっ!! かごめ!!!」

  見てはならぬ、『神聖』なものを見てしまったような罰の悪さと、またそれとは異なる感情の昂ぶりとで顔を赤く染めながら、己の緋衣を脱ぐとそれを片手にかごめの許へと飛び降りた。

「…バカな、事?」

 顔を逸らしながら、衣を着せかける犬夜叉にかごめが小さく問いかける。

「ああ、そーだろうがっっ!! それじゃ、まるでお前が俺を誘っているみたいじゃねーか!!!」
「…そうよ。それが、バカな事?」

 その声は小さく消え入りそうだったが、どこか『確−かくー』とした響きを持っていた。

「……一体 何、考えてるんだ? お前。今、そんな事してる場合じゃね ーだろ!!」

 狭い井戸の底に、二人きり。

 かごめの匂いはますます甘く、濃密になってくる。
 かごめとて、犬夜叉の前に裸身を晒している事に羞恥があるのは当然で、最初上から覗いた時は白く見えた肌が上気し、薄紅に染まっている。

「……私、犬夜叉の事が好きよ。そして、今がそんな場合じゃないって事も、判ってるの。でもね……」

 そう言って犬夜叉を見詰めたかごめの瞳には、何者にも変え難い強い光。
 まっすぐに犬夜叉の胸を射貫く。

「いつなら… いいの? いつ…なら……」

 ピーンと張った弓の弦を思わせる、今にも切れそうな程に張り詰めた真剣なその声音。
 なぜ、今 こんなにもかごめが自分を求めるのか、犬夜叉には判らなかった。犬夜叉にしても、決してかごめを拒む気持ちは無い。むしろ、時が許すのであれば、自分もまた……。

 しかし、犬夜叉の胸には消せ得ない負の想いがある。

 そう、それは父・闘牙王と関係した母・十六夜の都人に冷遇される姿であり、また己と関わったばかりに稀代の巫女でありながら、無残な死を迎え、今尚死人としてさ迷っている桔梗の姿でもあった。

「……お前がしようとしている事の意味を、お前本当に判ってるのか?」
「……犬夜叉」
「俺は…、俺は、お前をお袋や桔梗みたいな目に逢わせたくねぇ。本当なら……」

 その先の言葉を、犬夜叉は続ける事が出来なかった。
 自分でも、判っている。
 自分の居場所が、かごめの許だと。

 だけど、それは許される事なのだろうか?

「…犬夜叉のお母さんは、不幸だったの? あんたのお父さんと出遭って、あんたが生まれて……、その事をお母さん、後悔してた?」

 静かな、心の底に染み入るような響きだった。

「お袋……」

 ……いや、そんな事はなかった。
 力の無い女の身を従容と受け入れ、俺の行く末を遠い瞳で慮ってはいたが、自分の来た道を振り返る時、そこには一点の曇りも無い瞳の、毅然と頭を上げた母の姿があった。

「桔梗も、ね…。今はそうあろうと、自分なりの『答え』を出そうとしてると思うの。だから、私も……」
「ならっっ!! そう思うんなら、俺は全てが終ってなんの不安もない、その時にこそ、お前を抱き締めたい」

 俺の言葉に、かごめの気配が揺れる。

「犬夜叉……」

 俺の掛けた衣を振り払い、俺に縋り付く。
 俺を射貫く程強い瞳のその裏で、今まで見せた事の無い不安気なその表情。

「かごめ……」
「……ねぇ、犬夜叉。その時って、一体いつ? その時、私はここに居られるのかしら?」

 ……俺には、かごめの言葉の意味が判らなかった。

「な…、何なんだ…? かごめ」

 何か思い詰めたように、力を込めて。

「…『未来−さき−』の事なんて、どうなるか判らないもの。なら、今 ここに『存在−ある−』あんたを確かめたい!」
「かごめっっ!!」

「……そうじゃないと、私 先に進めない」

 かごめの身体が震えている。
 何に怯えているのか?

 かごめの身体から俺に伝わる、強い意思と裏腹なこの怯え。
 どちらもかごめの今の思い。

 守ってやりたいと、そう思う。
 抱き締めてやりたいと。

 だけど、今ここでかごめを抱き締めてしまったら、きっとそれだけじゃ済まなくなる。
 それが、かごめの望みなのか?

 ならば、俺…は……


( ああ、桔梗もあの時は、震えてたな…… )

 
 また俺は、過ちを繰り返すのか?
 でも、もう この腕を…、解けない。

 こんなにも震えているお前を、突き放す事など出来はしない!!

 

 

 ―――― 誰も来ない、井戸の底。

 

 

 時の深遠に、二人落ちて行く。

 

 熱い吐息と、掠れた声と、甘い血の香りに満たされて ――――

 

 
  * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
 

 

 一人、寝入っていた。

 こんな事は珍しく。
 井戸の底に射し込む朝の光に、かごめに掛けてやった緋衣を羽織らされて、井戸の底で一人目覚める。

 周りを見回し、かごめの姿がない事にとてつもない不安を感じ ―――

 

 井戸の上部から、ひとひら、ふたひら舞い落ちてくる桜の花びら。
 それとともに、かごめの匂いも。
 犬夜叉は一跳躍で井戸の外に飛び出す。そこで見たものは ――――

 
「……かごめ」

 
 空も大気も薄紅の中、『セーラー服姿』のかごめ。
 よく見慣れた、いつもの姿。

 だけど、その表情は ――――

「犬夜叉、起きたの?」
「かごめ……」

 微かに微笑む、かごめ。どこか大人びて……。

「私ね、決めたの。高校へは行かない。私が今まで頑張って来た分はちゃんと『形』になったから」

 そう言って、かごめは自分の手元に視線を落とした。

「かごめ……」
「……私、後悔したくないの。だって過ぎてしまった時は取り戻せないもの」
「…………… 」
「だから、ありがとう。犬夜叉」

 降り頻る花吹雪。
 潔い、桜花。

 昨日まで、あれほど美しく咲き誇っていたにも関わらず。

 
 その花の中で ――――

 
 凛と微笑む、お前。

 

 ―――― 何処か、お前が遠くに行ってしまったような気がした。

 

 俺の手の中で震えていたお前。
 あんなにも不安気で、か弱くて守ってやりたいお前。
 なのに ――――

 
 まるで俺の身体を通り越して、『別の人間』になったようだ。

 
 今、俺の胸に押し寄せるこの感情は何だろう?

 
 悲しいのか?

 寂しいのか?

 
 間違いなくお前は、この俺の腕の中にいたのに。

 
 俺には、お前が判らない ――――

 
 朝風に、散り急ぐのか桜花。
 桜の散る様は、俺には無くしたくないものを無くした時々を思い起こさせ、辛くなる。あまりの刹那さに。

 
「ねぇ、犬夜叉。私だって判っていたのよ。いつまでも、あっちとこっちを行ったり来たりしてちゃいけない! って」
「かごめ……」

 かごめのその言葉に『離別』を感じ、犬夜叉は身構える。
 かごめが、そんな事を言う筈が無い!

 このまま…、そんな、まさか……

「……早く、決着を付けなきゃ。このままじゃ、四魂の珠の因果で不幸は広がるばかりだもの」
「かごめ……」
「だからね、私 決めたの。高校には行かない、ここで奈落を倒すまではもう、実家(いえ)にも帰らない」
「いいのか!? かごめ!! だって、あっちはお前に取って大切な……」

 

 ―――― なにがここまでかごめに決心させたのか。

 

 犬夜叉はかごめがどれほどあの時代を、現代を愛しているか知っている。家族や沢山の友人、学校の事、街の事、自分が生まれ育ったその世界を!!
 そんな犬夜叉の表情を見、小さく横に首を振るかごめ。

 
「うん…、私にも判ってる。どっちも、大切。だからこそ、よ」

 もう一度、かごめは自分の手元に視線を落とした。
 かごめの手には夕べ着ていた高校の装束がきちんと畳まれて袋にしまわれていた。

「ごめん、犬夜叉。これを井戸の底に置いて来てくれる?」
「あ、ああ……」

 それを手に、一度出てきた井戸の底にまた戻る。

 
( ああ、ここで俺はかごめを…… )

 
 過ぎてしまった時に贐(なはむけ)るように、その場所に俺はそれを置いた。

 

 

   ―――― 間違ってても罪だと知っても

          見失わずにいよう 本当の願い事 ――――

 

 

「……あれ、どうするんだ?」

 
 犬夜叉が、井戸の底から地上に戻ってきた時にはもうかごめは、先を歩き出していた。

 
「うん……、何もかも『全て』が終って、私がちゃんと向こうに帰れるようになったら、あれを着て帰ろうと思って」
「じゃ、本当にそのつもりなんだな?」

 かごめは頷く代りに、真っ直ぐ俺を見詰めた。

「…私が、ここに存在(いる)こと事態、有り得ない事なのよね。 それでも、ここに存在って事はしなきゃいけない事があるからよね?」
「かごめ……」
「全ては、それからよね? どんな結果になっても、自分の信じる事を通す事、犬夜叉のお母さんのように」
「かごめ……」
「私に取って何が幸せかなんて、他の誰が決めるものでもないもの。決めるのは、私」

 きっぱりと言い切ったその姿。
 それは、一つの答え。

 今、 そこに【存在−ある−】と言う事の ――――

 

 

   ―――― 僕らがいる意味は奪えない

        そのままでもこれからもここからでも

        そして歩き出す 迷ってもいいさ

        果てしなき道のド真ん中で明日を信じる ――――

 

 

 ――― 朝の光の中を、振り返りもせずお前は歩いてゆく。

 

 今までと変わらぬ、その姿で。
 今までと同じ様に、俺たちと旅を続ける。

 いつか、『終わり』の来る旅ではあるけれど。

 

 でも、あの夜。

 俺の腕の中にいたかごめは、もう いない ――――

 

 

  ――――  嗚呼 花が咲く 理由もないけど

 

           肩落とす僕の上 凛と微笑む  ――――

 

 

 あれから…

 

 今でも俺は、あの時のかごめの姿を思い出す。
 大きく、眩しく、そして何よりも潔かった。

 

 そう、この桜のように ――――











 

 

        やたら咲き誇る エラクもないけど

 

            泣き出しそうな

 

 

             僕のために

 

 

              舞 う

 

 

 

              花吹雪


 


【完】
2004.12.3

 


【 あとがき 】

…半年以上遅れてしまいました。、リクを頂いた時は『春』だったのです
が、すでに、季節は【冬】でございます。こんなに遅くなってしまい、Ikuさ
ん、ごめんなさい!! 

(…実は、まだそれ以前のリクが、その後の分も〜^_^)

がんばるからねっっ!!!  と、それにしてもウチの犬かご、どーして
も甘くはなりませんね。今回も。かごちゃんに肩入れしているので、ちょっ
と出来過ぎかもしれませんが、書いてる本人が恋愛体質ではないもので
すから。犬君がちょっと情け無いないかも? 私、大人犬君書けませんので。
こーゆーところにショタ趣味が出てますね。

リク作品でありながら、私の犬世界の設定がばんばん入ったものにな
ってしまいました。ちなみに、今回のBGMはTOKIOの「花唄」です。
前向きな歌なのに、どこかあの桜の季節のなんとも言えない切なさのよう
なものを感じさせる、お気に入りの曲ですv




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