【 花の色は… 】
―――― どうも、おかしい。
奈落を追う旅に、何時しか増えたこの道連れ。最初、風穴に吸い込んで退治てやろうと思った半妖に、美しい女子は時と場所を隔てても美しい事には変わりがないのだと思った時の客人(まろうど)
いや……、後の世は男にとっては極楽かもしれぬと夢まで見させたもらった、その装束。惜し気もなく晒されるその足、肩は丸出し、胸元すら半分程に肌蹴させ。
そして ―――
消える事のないその傷跡までも愛しい、退治屋の娘。
白霊山の闇の中で交わした約束は未だ果たせず。
次々と変化を繰り返す奈落の分身である魍魎丸にかき回され、当の奈落の思惑は掴めず、堂々めぐりなこの状態。
弥勒は奈落や魍魎丸の行方を追う旅の途中でありながら、それとはまた別な焦燥を感じていた。その原因は……。
「……じゃ、あたし―― 」
「ああ、あんまし俺じゃ役に立たねぇけどよ」
木の陰で、声を潜めなにやら話している二人。同じ旅の空、隠し立てするような話がある訳でもあるまいに。それにこれはまた別の意味でかなり不味いかも知れぬ。いやいや、それは余りにも私の気の回しすぎか。
そう私と違い、身持ちの堅い珊瑚であれば。
しかし……、こうも度重なるものであれば。
あれは、十日程前の夜の事。
普段は退治屋として鍛えられているせいか、歳若い娘にしては肝の座った落ち着きのある珊瑚が、皆が寝付いた頃を見計らい落ち着かぬ気にこっそりとその場から離れた。旅慣れた仲間とは言え憚りたくなる事もあるだろうと気付いていても、気付かぬ振りをしていたが。
小半時もたっただろうか? 流石に、心配になってくる。怪しい気配や悲鳴がある訳ではないが、我慢強い娘だけに本当に具合が悪かったのを無理して歩いていたのかも知れない。もし、向こうで倒れでもしていたら……。
様子を見に行こうと腰を浮かしかけた時、珊瑚が戻ってきた。薄目を開けて様子を伺うに、さしたる変化はなさそうだ。犬夜叉のように夜目が利く訳ではないので、その表情は読めないが。
夜闇に飛鳥のように赤い色が梢を掠める ――――
( 犬夜叉……? )
気付いてはいなかった。てっきり何時ものように、皆が寝入っている場所の側の木の上で、体を休めながら火の番をしているものだと思っていた。
( 犬夜叉も、珊瑚を心配して…… )
そう思うのが自然の成り行き。それ以上は邪推と言うもの。ここまで培ってきた『仲間』の絆を、そんな薄汚いもので穢したくなかった。
しかし、気付いてしまうとあれもこれもと思い当たる節が出てくる。それより以前も、またこうして今も。
もし、そうなら ―――
( 犬夜叉から、ではないだろう。あれは女の扱いが下手で、端で見ていてもいらつく程に晩生だ。しかし不器用だが、根の優しい所がある ――― )
( 珊瑚、か? 珊瑚が、犬夜叉に……? )
自分に取っては奈落を追う旅の、唯一の安らぎは珊瑚の存在であったはず。珊瑚もそうだと思っていた。いつの間にか、すれ違っていたのだろうか……
( ……かごめ様は気付かれてはおられぬのか? 珊瑚と犬夜叉の事 ―― )
少なくともこの二人よりは、その手の事に関して聡い方だと見受けているが、そのかごめ様がいつもと変わらないとは、私が心配するほどの事ではないと言う事か?
どうにも『珊瑚』の事に関して、少し過敏になっているのかも知れぬ。
「どうしたんじゃ? 弥勒。顔が百面相のようになっておるぞ」
足元から、いきなり声。
余程気が抜けていたのか、無様なほどにうろたえてしまう。
「あっ、いや…。ちょっと考え事をしてましたので……」
「弥勒が考え事? はは〜ん、また女の事じゃろう。そんな事じゃから、珊瑚が、あっ!」
口を滑らせかけたのか、慌てて七宝が口を閉ざす。
「七宝…、お前 何か知っているんですね?」
「お、おらか? おらは、何も知らん! 知らんぞっっ!!」
「七宝……」
たかが子狐妖怪相手に風穴もなかろうものを、今は他に手立てを思いつくだけの余裕をなくしていた。こう見えても七宝は犬夜叉より口が立つ。頭の回転も速い。言い負かし難い相手には、実力行使あるのみ!
封印の数珠を解き風穴で脅そうとした瞬間、足元で大きな目に涙を一杯に溜めてふるふる震えている七宝を見た途端、気が萎えた。
「弥勒のばか〜っっ!!! うっわ〜んっっっ!!!!!」
ぽ〜んと桃色の玉になって空高く跳ねてゆく。
七宝に言われるまでも無い。自分の馬鹿らしさに嫌気がさす。一体どうしたんだ、俺は? この訳の判らない焦りはなんだ?
「ねぇ、弥勒様。今、七宝ちゃんが泣きながらもの凄い勢いで飛んでっちゃったんだけど?」
「ははは、少し脅かしすぎたようです」
力なく笑って、数珠で封印したばかりの右手を見せる。
「脅かしすぎたって、どうして?」
「えっと、それは……」
言葉に詰まるのは、どう切り出したものかとまだ腹が決まってはいないせい。もしかしてかごめ様も何もご存知でないのなら、ここで下手な事を言ってしまうともっと事態が拗れる可能性だとてある。犬夜叉に言霊の鉄槌を食わせた挙句、あちらの実家に帰ってしまい、旅の足止めをされるのは必至。
いや、もっと悪いのはかごめ様と珊瑚の女同士の関係が険悪なものになってしまうと、これはもう私でも手が出せないだろう。
だけど……
( もし何かご存知なら、是非 お聞きしたい!! )
「弥勒様?」
「……かごめ様は最近の珊瑚の様子、おかしいとは思われませんか?」
「それを、私に聞くの?」
返ってきた声は、静かで落ち着いたもの。更に思惑が悪い方へ悪い方へと傾いてゆく。
――― かごめ様はもうとっくにこの二人の仲に気付いていらっしゃった。気付いて、それを一人静かに見守ってらっしゃった。
――― それは……、私が珊瑚には相応しくないと思われたからか? または、いつかはご自分の時代に戻られねばならぬかごめ様の代わりを、かごめ様ご自身が珊瑚に頼んだのか?
背中を伝うものはなんだ? じっとりとした、冷や汗か、脂汗か。
「……ねぇ、弥勒様。弥勒様はきちんと珊瑚ちゃんと話してる?」
「かごめ様……」
「私なんかに探りを入れるより、面と向かって話さないといけない事ってあるんじゃない? お互い分かり合っているつもりでも、それが甘えになってすれ違っている事もあるんじゃないかしらね」
……いつも側にいて、声をかけていたつもりだ。珊瑚の事なら判っているつもりで、でもそうじゃなかったのか? 何を見落としていたんだ、俺は!
頭に浮かんだのは、『誠実さ』。
仕方ないさ、この生臭坊主稼業はもう身に染みてしまった物。カモを口車に乗せる事も、女遊びも。言い訳じゃないが、旅の生計(たつき)を立てる為の口車は今でも健在だが、女遊びの方はと言えば珊瑚との約束を交わしてからは、無縁の生活を送っている。
その事は珊瑚も知っている筈…、いや…その……過去に撒いたタネが芽をふきそうな事があったような、ないような……
「…不器用な奴ほど、誠実って事ですかね」
「そうね、不器用すぎて悲しくなる時もあるけどね」
そう答えて、そっと微笑んだかごめ様の大人びた美しさ。
……きっと、何もかもご存知なのだろう。
「……私のような男では、女を幸せには出来ないのでしょうね。珊瑚がそう決めて犬夜叉がそれに応え、かごめ様がこの二人をお許しになるのなら、もう私の出る幕ではないのでしょうな」
引き攣りそうな顔の筋肉を意地で引き上げ、口元に硬い笑みを貼り付ける。空を振り仰ぐような仕草で、落ちそうな熱いものを誤魔化す。
ぱ〜〜〜んんっっ!!!
そんな私の横っ面に、かごめ様の渾身の平手が炸裂する!
「なぁ〜に、格好つけてんのっっ!!! 珊瑚ちゃんを犬夜叉に取られたくなかったら、ケンカでもなんでもして取り返してくればいいじゃない!」
「かごめ様……」
「怒りたくもなるわ! 物分り良さそうな察しってます、って態度。珊瑚ちゃんなら、後回しでも必ず待っててくれるって買い被っていたんでしょ? そうじゃないこの場面でも、まだ格好つけてるのね!?」」
「私はそんなつもりでは……」
「相手の事が好きで好きでたまらないほど、ワガママが言えない性格なんだからね、珊瑚ちゃんは!」
「あの、それはどう言う事で……」
なんだろう?
あの珊瑚がわがまま?
この私に?
いや、それよりも、珊瑚の事を後回し……?
「…かごめちゃん、もう良いよ。やっぱり、恥ずかしい……」
いつからそこに居たものか、私の後ろの茂みには雲母を抱え赤い顔をした珊瑚と仏頂面の犬夜叉。目の端に怒りの涙を溜めた七宝まで。
「一体、どう言う事ですか、これは? 犬夜叉、お前も……」
「お前に分んねー事が、俺に分かる訳ゃねーだろ。俺だって困ってんだ」
ぽりぽりと頭を掻きながら、犬夜叉がぼそぼそと答える。明快な答えをもたらしたのは、他の誰でもない七宝。
「……弥勒、お前の身持ちの悪さのせいじゃ。行く所、行く所に女の影が付き纏っておる。いくら将来を言い交わしたとしても、珊瑚も心配でたまらんかったんじゃろう」
「そんな! 今は珊瑚一筋ですよ、私は!! 珊瑚もそれは承知の筈。それをどうして今更……」
ぽん、と犬夜叉に肩を叩かれた。
「俺もそう言ったんだ。だけど男として、本当の所はどうなんだと問い詰められてさ、往生したぜ」
「犬夜叉……」
まじまじと犬夜叉の顔を見る。
「……私が仕組んだのよ。少しでも珊瑚ちゃんの気持ちを判ってもらいたくて」
一歩、かごめ様が前に出る。
「どんなに仲の良い二人でも、それぞれは別個の人間だわ。お互い知らない所もあれば、知らない付き合いもある。男の人にすれば取るに足らない事でも、女は知りたいと思うものなの!」
「かごめちゃん…、恥ずかしいよ、もう……」
「珊瑚ちゃんも、格好付けないの! そりゃ、そういう態度って場合によっちゃすっごくウザイわよね? でも人を好きになるってそう言う事なんじゃないかなって、私は思うの」
かごめ様が私の横を通り過ぎ、茂みの影の珊瑚の手を取った。茂みから出てくるよう促しながら、取った手を引いて私の横に珊瑚を連れてくる。
「珊瑚ちゃんに取っては、本当に弥勒様だけよ。弥勒様も、ね」
意味ありげに、片目だけ瞬いて見せるかごめ様。
「良いじゃない、たまには。『本当の自分』をお互い見せ合っても。そう言う事の出来る関係でしょ、二人とも」
「かごめ様……」
「自分の好きな人が、自分に内緒のつもりではなくても、自分の知らない所で何かしている時の理不尽な疎外感。判ってくれるかしら? 弥勒様」
「女ってワガママなのよ、自分勝手なところもあるの。勿論、私にだってあるわ。それを見て見ぬ振りをしちゃ、自分自身に嘘をついちゃう。みっともなくってもそれも自分なんだって認めなくちゃね」
……ああ、そうか。そうですね、かごめ様。
そう…、珊瑚になら私は全てを ―――
「だからね、弥勒様。女の子は花と同じ。側に置いてやるだけじゃダメなのよ。言葉と言う水をかけてあげて、愛情と言う肥料をあげなきゃ。せっかく咲いた花も色褪せちゃうわ。そうその人の為の『言葉』をね」
言いたい事は言い終えたのか、かごめ様は足元の七宝を抱え上げ、犬夜叉の袖を引いて、この場をすたすたと後にしだした。
「かごめちゃん……」
「後は二人でゆっくり話してね。私達はお邪魔虫だから、向こうに行ってるわ」
こんな形で残されて ―――
「あの、ごめん。法師様…、あたし……」
「いいんですよ、珊瑚。お前はしっかりした娘だから、私の事を全て判って受け入れてくれたと、思い込んでいたんですね」
「法師様……」
「お前の優しさに甘えていました。お互い、これから一つずつ、判ってゆきましょう」
恥らって赤く染めていた珊瑚の頬に、また別の彩が浮かんだ。
これが共に歩むと言う事なのでしょう。
珊瑚の腕の中の雲母が、にゃぁと鳴いてぽんと腕の中から飛び出した。
* * * * * * * * * * * * * * *
「ったく、わっかんねーもんだな、女って奴は!」
今回、かごめに当て馬役をやらされた犬夜叉が、ぶつぶつぶつぶつと零している。
「そうじゃよな、端から見ればすっかり珊瑚の尻の下にひかれておるように見えるのに、当の珊瑚からすればそんなにも不安を抱えておるもんなんじゃな」
「ふふ、そう言わないの。女の子って、ちょっとした一言で良いから、じぶんだけの『言葉』が欲しいものなのよ。弥勒様は口が滑らか過ぎるから、ね」
ふと、犬夜叉が何事か考え込んでいる。
「なぁ、かごめ。お前も、そうか…?」
「ん、何が?」
「だから…、お前もそう言う『言葉』、欲しいのか?」
「欲しくないって言ったら、嘘よね。でも私、あんまりあんたには期待してないわ。だって……」
一瞬、犬夜叉の顔がむっとする。
「だって…? だから、なんだ」
声にも、不満気な色が滲む。
「あんたって、正直だもん。嘘付けないからね、犬夜叉の口から出る言葉は全部本物だもの。どんなに乱暴な言葉でも」
「かごめ……」
「私は、それでいいの。女の子が喜ぶようなどきどきするような言葉じゃなくても、あんたを見てれば本当だって判るから」
犬夜叉の金色の眸を見詰めながら、かごめが微笑む。その笑顔にどぎまぎするのは、犬夜叉。見る間に、顔を真っ赤になる。
場の雰囲気を察したのか、かごめの腕の中から七宝がそっと滑り抜けた。
茂みの向こうに姿を消しながら、七宝が訳知り顔で大人ぶって呟く。
「おらはこう見えても粋な男じゃ。邪魔はせぬから、かごめ達もゆっくり語るが良かろう」
小さな足ですたすた歩き出した七宝の足元に、にゃあと鳴いて雲母が追いつく。小さなもの同士、良く判った顔で。
『絆』とは目に見えぬ物だけに、こうして想いを込め、言葉と態度で糾(あざな)って行くものなのでしょう。
何よりも強く、誰にも切る事の出来ぬものに ―――
【完】
2006.2.7
【 あ と が き 】
111111番キリバンを踏んでくださったシロもものおくさん様からのキリ
リク小説です。リク内容は、旅の途中、弥勒様が本気で焦って最後に笑えて和
める話を、と。犬かごも幸せそうだと嬉しいv との事でした。
ご期待に添えたでしょうか^^;
弥勒様を焦らせる為に、シリアスモードをかなり入れました。笑いの部分が殆
ど無いのがなんともですが、落とし噺に出来なかったので流れ的には、こんな
感じでしょう。
リクを頂いてから3ヶ月あまり、すっかり遅くなってしまいましたがどうかお
納めくださいませ♪
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