【 夢伝説 】




─── 遠い昔のことさ 夢で見たんだ
             燃える空に包まれて ───


…あの赤の色は、いつ見た色なんだろう?

幼い頃、おふくろに手を取られ二人で見上げた空の色なのか。
それともあの日、俺と桔梗を染めた憎悪の色なのか。

─── 俺には分からない。

封印された長い時の中で見続けていた夢?
無限に思える時を待ち続けて。


――― 光る大地の中を 駆けめぐる時
           君は舞い降りてきたの ───


なあ、かごめ。

お前に話せば、きっとお前はものすごく変な顔をするだろうな。
お前が桔梗に似てるんじゃなく、桔梗がお前に似てるんだって、言っちまったらさ。
上手くは言えないけど、お前が俺の封印を解いた時からずっと思ってる。


――― どこかで出会ったことのある
        懐かしさ感じて
        Mysterious Love
        疑うことも忘れるほど
            引きよせあった 二人の想い ───


今、この一時 お前の側で夢を見ていたい。
なあ、かごめ。

「あれっ、眠っちゃったんだ、犬夜叉」

かごめの膝を枕に、寝息を立てている犬夜叉を見て、珊瑚はそうかごめに声をかけた。

「うん、寝入った時はこう、眉間に皺を寄せてたんだけどね」
「ふ〜ん、いい夢見てんだろうね。可愛い顔しちゃってさ」

珊瑚は珍しいものを見るように、まじまじと犬夜叉の寝顔を覗き込んでいる。
「で、どう? 七宝ちゃんの具合。もう、大丈夫?」
「ああ、法師様の見立てじゃ、朝飼に食べた蕎麦とタニシが悪かったんだろうって。薬湯も飲ませて、休ませているからもうしばらくもすれば動けるようになると思うよ」

小半時程前の椿事。

暖かくなった春の昼下がり。
吹く風も柔らかく、長閑かな光の中、街道を歩いていた五人と一匹の足を止めた、七宝の腹痛。
生憎、いつもならかごめが持っているそれらの常備薬も底を尽き、直ぐ様、弥勒と珊瑚は薬草を探しに走る。
後に残るは、七宝とかごめと犬夜叉の三人。
残ったからと、何が出来る訳でもないのだけれど、かごめは苦しそうに腹を抱えている七宝のそのお腹にそっと手を当て、優しい呪文を唱える。

「痛いの、痛いの、飛んでゆけ ─── 」

─── 温かい手、暖かい声、優しいかごめの笑顔。

痛みに竦んでいた七宝の身体から、ほんの少し力が抜けて痛みが和らいだような気がした。
七宝がほっ、と息を付こうとしたその時 ───

「けっ、妖怪のくせして腹痛かよ。情けね−な」

そう吐き捨てた犬夜叉の言葉に、ぴきっと七宝の身体が硬直する。
かごめは、その犬夜叉を横目で睨み付け ───

「犬夜叉、おすわりっっ!!」

言霊の力で、大地に叩き伏せられる。
申し訳なさそうにかごめを見上げる七宝に、見ているだけで薬になりそうな笑顔を注ぐ。

「いいのよ、七宝ちゃん。誰だって具合の悪くなる時があるんだもの。どっかの体力オバケは別かも知れないけど。弥勒様達が薬草を持ってきてくれるから、それまで我慢してね」

七宝が小さく頷く。

バツの悪くなった犬夜叉は、二人から離れ近くの木立の下で胡座をかいて座り込む。

程なくして、弥勒達が戻ってきた。
甲斐甲斐しく、薬湯の用意をする珊瑚。
弥勒は詳しく七宝の様子を診ている。

「この薬草、どうするの?」

珊瑚を手伝いながら尋ねるかごめ。

「かごめちゃんは、お湯を沸かして。あたしは、薬草を調合するから。本当は乾かしたものを煎じた方がいいんだけれど、そんな場合じゃないからね」

珊瑚の手は忙しそうに、現の証拠(げんのしょうこ)や千振(せんぶり)の葉を選り出している。その葉を布に包み、手頃な石で叩くと器に入れ、かごめの沸かした熱湯を注ぐ。
湯気と共に、薬草の香りがあたりに漂う。

「わぁ、まるでハーブティーみたい」
「は、はーぶ? それも、薬草の名前かい?」

何はともあれ、薬湯を飲ませ様子を見る。
温かいものを飲ませたのが良かったのか、薬草の効き目なのか差し込むような痛みは収まったようだ。
まだ身体を動かすと、痛みが戻って来るようだけれども。

「やれやれ、どうにか落ちついたようですね」
「ねえ、なんであいつは何の手伝いもしないで、あんな所に座り込んでんだい?」

そう言って、木立の下を指さす。

「ああ、犬夜叉? だって、ひどいのよ。七宝ちゃんが苦しんでるのに、妖怪のくせにお腹をこわすのは情けない、なんて言うの」
「…で、『おすわり』を食らって、スネてるんだね」

二人の会話を聞いていた弥勒が、口を挟む。

「…かごめ様。それは、あやつなりの励ましではありませんか?ああ言う性格の奴です。素直に励ましの言葉をかけるとも思えませんから」

弥勒の言葉に、一人木立の下で座り込んでいる犬夜叉を振り返る。

その姿が小さく見えて…。


「そう…、そうよね。私、謝ってくる!」

そう言って、犬夜叉の許へ駆け寄るかごめ。
その後ろ姿を目で追いながら、弥勒が微笑む。

「…ねえ、法師様。本当に『励まし』だったのかい?」
「そう…ですね。半分は、と言うところでしょうか? 残りの半分は『やきもち』でしょう」
「やきもち〜っっ! 七宝を相手にかい? それじゃ、まるっきり子供の喧嘩みたいなものじゃないか」

あきれた視線を、不貞腐れて座り込んでいる犬夜叉に投げる。
そして、同情にも似た思いをその傍らに佇むかごめにも向ける。

「かごめちゃんの心の広さには頭が下がるよ。あたしなら、あんなに手のかかる奴は御免だね」

きっぱりと、そう言い捨てる。
珊瑚と言う、南の海の暖かさを思わせる名を戴きながら、その性格は水晶の様に無垢で生硬で鋭利で、果敢ない。
その果敢なさに、弥勒は手を出しかねていた。ぎりぎりまで耐えて、一瞬にして砕け散ってしまいそうな、そんな虞(おそれ)を覚えてしまうので。

( …惚れた女子の前では、時として男は子供にもなってしまうものなのですが、今の珊瑚にはまだ分からないのでしょうね )

今はただ、幼いながらも『絆』を紡ぎつつある二人を見守って行こうと、そう思う。

「ねえ、犬夜叉」

声を掛けても、返事はない。
目を閉じ、腕を組み、木立の下に座り込んだままだ。

「さっきのあれ、七宝ちゃんを励ますつもりで、ああ言ったんでしょう?」

かごめの声が風に乗って、流れてゆく。
犬夜叉の表情は変わらないが、かすかに犬耳がぴくりと動く。

「─── そんなんじゃねぇ。思った事を口にしただけだ」

片目を眇(すがめ)て、ちろっとかごめを見、また閉じる。
ふうっ、とため息。
こんな奴でも、ほっとけない。

だって ────

仕方なく、かごめも犬夜叉の隣に座り込む。
意地を張って目を閉じたままの犬夜叉は、却ってその事でかごめの存在を強く意識してしまい、ますます動けなくなっていた。

うらうらと、柔らかな日差しの昼下がり。
遠くで小鳥の声が聞こえ、まろやかな風が頬をくすぐる。
甘やかな、花のようなかごめの香りを含んで。
意識が溶けてゆく────

( もう、本っ当に意地っ張りなんだから! いつまでこうしてるつもりかしら? て、えっっ!? )

かごめがそう思い始めた頃、春の日差しにきらめきながら、白銀の流れがかごめの目の前を横切り、定位置に収まるようにストン、と犬夜叉の頭がかごめの膝に収まる。

( 寝てる−っっ、て。どーして、これで起きないのっっ! )

かごめは一瞬、犬夜叉が寝たふりをしているんじゃないかと疑い、自分の膝の上の寝顔をじっと覗き込む。
眉を顰め、腕を組み、あの仏頂面で座り込んだままの姿勢。

( ま、いいわ。犬夜叉がそうしたいんなら )

額にかかる光のような前髪を、指の先で払いながら心の中で呟く。
ふと、昔聞いた曲のフレーズが耳に蘇る。
   

─── いつか聞いたことのある おとぎ話に
         きっとすい込まれてゆく
         愛のさだめの中に この身まかせ
            時の流れゆくままに ───


( 犬夜叉が、私の王子様なのかな? ガラじゃないけどね )

それでも、この春の日溜まりのように胸を暖かく切なくさせる、この想い。
愛しいと、想いを込めて指先で膝に流れる銀糸をすくう。
かごめの指が触れる度、顰められた眉根は和らぎ、穏やかな寝息が聞こえてくる。
犬夜叉の寝顔に浮かぶ、幼い笑顔。

( そうよね。あんたにだってこんな時があったって、いいのよね。 一番頑張ってるんだもん )

愛しくて、守りたくて、幸せなその笑顔が見たくて。
どうか、この一時を壊さないで ─── 


「 ─── まったく持って、贅沢な奴ですな。かごめ様の膝を枕に昼寝を貪るとは。ここはひとつ、叩き起こしてやりましょう」

珊瑚の後から顔を出した弥勒が、状況を見て取るとシャラン、と錫杖を構えた。

「待って、弥勒様。もう少し、こうしていたいの。せめて、七宝ちゃんが動けるようになるまで」

そう言ったかごめの言葉に犬夜叉の耳がぴくり、と動いたのを弥勒は見逃さなかった。

「…かごめ様も人の良い。こやつ、狸寝入りですぞ。かごめ様の膝の上で、何やら良からぬ事でも考えているのではありませんか?」

叩き起こすまでもなかった。

「え”っっ?」
「な”っっ!!」

真っ赤な顔をして、犬夜叉が飛び起きて来る。

「弥勒、てめぇ〜、何て事を言いやがるっっ!! いい加減な事ぬかしやがると、仲間だって容赦しね−ぞっっ!」

それこそ夜叉のような形相をして、逃げる弥勒を追いかける。

「…やっぱり、寝たふりしてたんだ。そ−じゃないかとは思ってたけど」
「なんだ、かごめちゃんも気が付いてたんだ。それなら、さっさと膝から落としてやりゃ良かったのにさ」
「ん〜ん、いいの。私がそうしたかったんだから」

珊瑚は分からない、と肩をすくめる。

いずれ、珊瑚にも分かる日が来るだろう。
理不尽で、理由(わけ)の分からないその想いが、何よりも大切なものだと言う事に。

弥勒もまた、心のうちに呟く。

( …犬夜叉、お前だけがいい思いをするのはなんだか悔しいですからね )

怒気はあるが殺気の籠もらぬ攻撃を躱しながら、悩ましげな視線を自分の想い人へと向ける。

( 私はいつになったら、お前の膝でくつろぐ事が出来るのでしょうね。ねぇ、珊瑚 )

どんどん遠ざかる二人を見送り、かごめはようやく立ち上がった。スカ−トの埃を叩きながら、珊瑚と顔を見合わせる。

「…行こうか、珊瑚ちゃん」
「そうだね、かごめちゃん」
「どうしたんじゃ? 何かあったのか?」

先程まで横になっていた七宝が、力のない足取りで近づいてくる。

「ううん、何でもないさ。いつもの戯れ言だよ」
「もう歩いても大丈夫? 七宝ちゃん」
「ああ、まだ本調子ではないが、さっきよりはずっとましじゃ。えろう苦い薬じゃったが、よう効いたぞ」

そう言いながら、七宝がかごめの手を取る。

その手を自分の腹に当て ───

「─── かごめの手は不思議な手じゃ。あんなに痛かったのに、かごめの手が触れたとたん、すっと楽になった。暖かくて優しい。疾うに死んでしもうたおっ母を思い出したぞ。ほんに、不思議な手じゃ」

懐かしそうに、かごめの手に自分の小さな手を搦める。
幼子が、無心に母の手を求めるように。

大きな子供達の姿は、もう見えない。

「あ〜あ、どこまで行っちまったんだろうね。あの二人は」
「大丈夫。すぐ追いつくわ。さあ、私たちも行きましょう」

幼子を、そのまま胸に抱きかかえると少女達も歩きだす。
あの曲の続きが、心に流れる。


─── 二人の愛を壊そうしても
         無駄なことさ全て
         Mysterious Love
         不思議な糸が結び付けた
         謎かけ言葉のような恋さ ───


そうして辺りには誰も居なくなった。

二人が佇んでいた木立の下の、春の光の中にかすかな気配だけを止めて。
光の中、風の中に歌がとけこみ、この時代の者がまだ誰も知らない言葉でリフレイン。


─── Somebody’s Watchin’ You.
    Somebody’s Wathin’ Me
    求めあう二人 気づかないうちに
    Somebody Waits For You.
    Somebody Waits For Me
    はるか時を越え あぐりあえる日まで ───


それは春の日の、一時の夢。

時を越えた少女と異形の少年との、伝説の始まり ─── 





【 あとがき 】

春の雰囲気で書いてみた作品です。ほのぼの犬×かご。それとほん
の少し、ミロサンも入ってます。
罫線で括ってあるのは、挿入歌として使ったスターダスト・レビュ
ーの『夢伝説』です。なんと、もう19年も前の古い曲ですが、私
が初めて聞いたスタレビの曲でもあります。
時代ものには、あまり英語の歌詞はそぐわないかなぁ、と思ったの
で本文中に一言加えて引用しました。





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