【 七 夕 −星ふる夜に− 】





 
   ───── 無限大の瞬間の中で
             出会った二人が愛し合う ─────

 
 この時代に来て思うのは、夜に潜む『真の闇』の恐ろしさと、その夜を照らす月や星の美しさ。
 私の時代にはもう、本当の『闇』は『人の心』の中にしかないのかも知れない。もし、そうなら月や星のように『人の心』を照らすものは…?


   ───── 世界中の夜が眠りにつく
            二人に光を照らしながら ――――――

   
「なんでぇ、また星を見てるのかよ」

 体操座りで、頬杖をついて夜空を見上げていた私をちゃかすように犬夜叉が声をかけてくる。

「いいじゃない。だって、綺麗なんだもん」
「へー、そーゆーもんかね。いつ見たって、星に変わりがある訳じゃあるめぇし」
「…変わるわよ。季節々々で夜空の星座も変わるし、同じ夜空だって、空の色も違うわよ」

 ……そう、ここに来るまで気が付かなかった。

 季節ごとに星座の位置が変わる事は知っていても、空の高さや色まで変わるなんて。
 晴れた冬の夜空は硬く透明で、春の空は透明度が下がる分、柔らかい。
 夏の夜空は手を伸ばせば夜闇に染まりそうなくらい濃く、熱い。
 だけど私の住む『現代』は、そんな四季折々の美妙さなんてかき消してしまう。

「ふん。星が動く事ぐらい、俺でも知ってる。『暦』って奴だろ。まあ、俺にはあんまり関係ねぇけどな」
「関係ないって…、どうして?」

 かすかに躊躇する気配を感じた。

「…『人』とは時の流れが違うんだ。人が使う暦は、俺には関係ねぇ」

 普段は忘れがちだけど、あんまり子供っぽいので自分と同じ『十五歳』ぐらいにしか感じないのだけど、本当はもうずっと長い『歳月−とき−』を生きてきてるのだと、思い知る。

 そう、もうずっと長い事、独りぼっちで。

『人』の一年が、犬夜叉にとっては『一日』に過ぎないのなら、季節が巡ろうが、星が動こうが、どれほどの意味があるのだろう?
 そう思うと、不意にかごめは不安になった。

 
 ピトッ ─────

 
「おい、なんの真似だ」

 かごめは急に立ち上がると、いきなり犬夜叉の背中に張り付いた。
 背中越しに感じる、かごめの体温と優しい匂いと、胸のふくらみ。
 ここがかごめの国のように、夜でも明るい場所でなくて良かったと心の底からそう思う。

 もし、明るかったら ──────

「ん、あんたが本当にここにいるのかと思って」
「はあぁ?」

 思いっきり間抜けな声を出してしまう。
 かごめが背中に張り付いたまま、言葉を続ける。

「だってね、考えてみたら、あんたがここにこうして居る事って、殆ど奇跡だよね。そう、思ったら……」
「はん! 俺に言わせりゃ、お前がここに居る事の方が不思議でしょうがねぇ」


  ───── たった一度の奇跡だけを
           ずっと信じて Oh Tender night ─────

   
 背中でくすくす笑うかごめの気配。
 いつもはこいつを背負っても何も感じない(?)のに、今夜は何故かやたら心臓がバクバク言いやがる。
 
「ねえ、私たちって、あの夜空の織り姫と彦星よりも出会い難い二人なのかも知れないわね」
「…織り、姫? 彦星? なんだ、それ」
「あーもー、七夕も知らないの? 一年に一回、天の川を渡ってデートする有名な恋人同志じゃない」
「だ〜か〜ら〜、俺にゃ人間の暦なんて関係ねぇって!」

 さらにかごめが身体をぎゅ〜、っと密着させる。
 
 一体、どういうつもりだ?
 これ以上、こんな状態が続いたら…。

 
 
 ──── かごめも自分で自分の行動に驚いていた。

 
 夏の夜は、人を大胆にさせる魔力でも持っているのかしら?
 まさか、自分がこんな事をするなんて。だけど…。

 

  ──── 心地よい。


 
 いつもは何気なく乗っている犬夜叉の背中なのに、なんだか…。

 

  ───── 過去の時代から星の降る夜は
               あなただけを感じてたい

        おぼれそうなほど星が降る夜は
               あなただけを抱きしめたい ─────

 
 
「おい、かごめ」
「ん、なあに?」


 
 そこで一呼吸、『間』があった。

 

 
「襲うぞ」

 

 

 その一言で、かごめは我に返った。


 ものの見事なスピードで、犬夜叉の背中から飛び離れると、一気に極限までメーターの上がった心臓の動悸を抑えにかかる。

「あ、あ、あんたね〜っっ!!」

 まだ、心臓はドキドキして、言葉が続かない。

 
「嘘、だ」

 
 はあぁ〜、と魂が抜けたような顔をするかごめ。
 本当のところ、嘘でも冗談でもなくあのままの状態が続いたら、俺だってアブナかった。

 とんでもないものが『抜け』てしまいそうで。
 
 二・三人分の距離を空けて、腰を引きながら夜闇越しにかごめが俺の表情を伺っている。

「本当に、嘘?」
「ああ、見せ物になる気はね−からな」

 そう言うと俺は、手近にあった小石を俺たちの後ろの草むらに向かって投げつけた。

「ぎゃっっ!!」

 押し殺し損なった小さな悲鳴と、ガサガサと移動する複数の気配。

「え…、何?」
「ったく、あの三人は」

 どう言う訳か、俺がかごめと二人きりになるとお目付役とばかり、あの三人が見張っている。遣りづらいったらありゃしねぇ。

「…やだ、弥勒様たち?」

 かごめの顔が真っ赤になっている。

 そりゃ、そうだろう。
 かなり大胆だったからな、お前。

 でも、そのお陰で俺は我を失わずにすんだけどな。

 
 ひゅるる〜、となんとも言えない間が空いて…。

 
「…ねえ、本当に本当、嘘だったの?」

 半信半疑、恐る恐ると言った感じで尋ねる。

「なんだ、かごめ。お前、襲って欲しかったのか?」

 
 勿論、ちょっとした冗談のつもりだったのだが ──────

 
「えっ、あっ、犬夜叉のバカッッ−!! おすわりっっっ!!!」
 
 かごめの絶叫と地響きが、夏の夜空に響きわたる。
 それをちょっと離れた場所で聞いていた、例の三人組は…。

「うん、今の様子ならあの二人、ほっておいても大丈夫そうだね」
「そうじゃな、まだまだ二人とも、子供じゃからな」

 言った本人、一行の中では一番子供なのだが、そんなこと完全に棚上げである。弥勒も何か一言いいたかったのだが、口は災いのもとなので敢えては言わない。

( かごめ様が、ああまで大胆に振る舞われると言うのに、まったく、あの朴念仁ときた日には…。仕方がありませんね。この私が、手ほどききせねばならないようですね )
 
 それぞれの想いを抱いて、夜は更ける。

 
 
 そして、あの二人は ─────

 
 
 地面に顔からめり込んだまま、動かない犬夜叉を心配してそっとかごめが声をかける。

「…ねえ、大丈夫? 犬夜叉」

 踏みつぶされた蛙のような姿勢で、まだ地面に顔を付けたまま、くぐもった声で返事が返ってくる。

「…んな訳ゃ、ね─だろっっ!!」

 その声で、もとの姿勢に戻りぶるぶると身震いする。

「でも、これで判ったろう。お前がその気にならなきゃ、俺には指一本触れる事はできねーってよ」

 そう言いながら、首の念珠を弄ぶ。

「うん、そーだね」

 今度は安心したように、犬夜叉の横に腰を下ろした。
 そうして二人揃って、夜空の星を眺める。

 
 淡く光る天の河の両端に、一際明るい二つの星。

 
「なあ、かごめ。さっきの話の二人、辛くねぇのかな? 一年に一回しか逢えねぇなんてよ」
「やだ犬夜叉、後ろ向き。この二人ね、ラブラブすぎて自分たちの仕事も放り出してデートばっかりしてたから、天の神様からお前たちは離れて暮らしなさい、って天の川の右と左に分けられたのよ」
「なんでぇ、いけずな神様だな」

 取り留めのない話をしている、何気ない時間だけどかごめには何に増しても『大切な時間』に思えた。

 
 そう、二度と巡っては来ない、この『時』──────

 
「でもね、そう言う事ってあると思うの。あまりにも夢中になりすぎて、自分の『しなきゃいけない事』を忘れちゃって、結果二人ともダメになっちゃう、って事。お互いの為にも『距離』って必要なんだと思う」
「ふ〜ん、そういうもんかね」
「そりゃ、離れれば切ないし悲しいけど、そこで泣いて暮らしてボロボロの姿を一年後相手に見せるか、頑張って自分を磨いて、一緒に居ても自分を見失わない『いい女』になるか、違いはそこだと思うの」

 かごめは、自分が何をこんなに一生懸命に喋っているんだろうと、不思議と可笑しくなってきた。

 
 でも、そう ─────
 
 犬夜叉、あんたがそこに居るから。

 
「…かごめ、お前ならなれるさ。『いい女』に」
「もう…、バカ」

 ドキドキする気持ちも、嬉しい気持ちも、そうそうして犬夜叉、あんたとずっと一緒に居たい気持ちも。

 
 全部、私の宝物 ──────

 
「ねえ、またこうやって二人で星を見たいね」
「ふん、俺にゃぁ面白くもなんともねーが、お前がそう言うなら付き合ってやるぜ」

 俺にはそう言うだけで、精一杯。
 それはかごめが言うところの、『七夕』の夜の事 ─────

 

 


  ───── 過去の時代から星の降る夜は
            あなただけを感じてたい


        遠い未来へと続く夜だから
            あなただけを抱きしめたい ─────
 

  ───── たった一人の恋人だけを
            ずっと信じて Oh Tender night ─────

 

 

 

 

 


 あれから時は巡り、星も巡り ──────



 時の流れが、『人』も『もの』も全てを変えてゆくのなら、お前の望むように『俺』もまた、『変化(か)』われただろうか?



 だけど、お前は ─────

 

 俺の中に声と姿だけを残して、いっちまいやがって ─────

 


「…かごめの、馬鹿野郎」

 

 あの日と同じ二つの星が、俺を照らしていた ──────






【了】

 

 


【 あとがき 】
 
二人で夜空を見上げながら、語らう一時。ラストはちょっと切ない系で
まとめてみました。文中に引用した歌詞は、私の好きなショーヤの元ボ
ーカル、寺田恵子が某アニメの音楽を担当した時のエンディングからで
す。ものすごくイメージだったので…。

『星』の時間から比べたら、私たちの持っている時間などほんの『一刹
那』なんだろうな、と夜空を見ながら思う事があります。
そしてこの『想う』事がとても大切なんだろうな、とも思うのです。

この話には、こっそり続きがあったりしますv




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