【 繰り糸 −くりいと− 2 】





そろそろ、『転』へ。 - 杜 (女性) -2003-10-22 15:55:08


弥勒と雲母を『岩屋』へ封じ、念の為眠り香を側で焚く。
楓は外した注連縄を、また元の様に掛けた。

「さて、これからどうするつもりじゃ。犬夜叉」


封印の為の仕儀を終え、振りかえった楓がそう問いかける。

「ああ、まずはあの場所に戻る事だ。なにか手懸りが有るかも知れねぇ」
「…そうだね。まずはそこから、だね」

素早く妖怪退治屋の戦闘服に着替えた珊瑚が、そこに立っている。

「えっ、でも珊瑚ちゃんにはここで弥勒様達を守って欲しいんだけど」

そう言ったかごめの言葉を遮るように、強い口調で返す。

「ごめん、かごめちゃん。あたしは妖怪退治屋だ。『守り』じゃないんだ。自分の身に降り掛かった火の粉なら、自分で払う! まして――― 」

後の言葉は、そのまま飲み込む。

そう、珊瑚の気持ちはよく判る。
珊瑚の、なによりも大事なものの為に―――

「ふむ。ならば七宝、お前が残れ。この『岩屋』の中ならば、まずは大丈夫じゃろう。が、もし何かあれば七宝が知らせに走る。それでどうじゃ」

楓の提案に皆、否はなかった。

「ねぇ、でもどうやってあそこまで戻るの?」

かごめの問いかけに、何を今更と口を開こうとした犬夜叉の言葉が止まる。目の前には珊瑚。
そう、雲母はいないのだ。

ぐっと、息を飲み込み強気で言い放つ。

「どうもこうも、ねぇだろう! 女の一人や二人、俺が背負えばなんでもねぇ!!!」

言うなり背を向け、二人に掴ませる。

「しっかり掴まっておけよ! 急ぐからな!!」

二人の掴まり具合を確認すると、大きく跳躍し疾風のように夕暮れの空に消えて行った。


ほんの半日前まで、ここを長閑に歩いていたのだと思うと、なんだかやり切れない。
犬夜叉は、弥勒や雲母の倒れていた辺りを頻りに索臭している。
かごめはあの妖しげな雷雲が去って行った方角に、瞳を据えていた。

「…ねぇ、犬夜叉。これ、『奈落』じゃないみたいな気がするんだけど」
「ああ、おめぇもか。多分、俺達に近づくまで結界を張ってたんだろうが、攻撃を仕掛けた一瞬、結界を解いた。ここに微かに残っている臭いも、その時の臭いも奈落のもんじゃねぇ」

そう言って二人は、珊瑚を見る。

「…つまり、あたしに、妖怪退治屋に恨みを持つ輩の仕業、って事だね」
「ああ、お前を操って俺達を殺そうとしたのか、それとも襲ってきたお前を俺達に殺させそうとしたのか、そりゃ判らねぇがな」
「ふん。それだけ恨みが深い、って事さ。まったく奈落みたいな真似してくれて!!」

まだ、瞳をすっかり暮れなずんでしまった空に向けていたかごめが、呟くように言った。

「…この気配、まだ追えそうな気がするわ」

犬夜叉と珊瑚が互いを見合わせる。

「行くか!」
「当たり前だろ!! かごめちゃん、水先案内しっかり頼むよっ!」
「ええ、任せといて!!」

夜闇を、流れ星のような光が切り裂いて行った。



えっと、ここからは通常の作文形式になります。
半年以上も放り出してしまい、申し訳ありません!!


―――― 途切れそうになる妖しい気配を、かごめは必死で手繰る。

行く手の不明さを暗示するかのように、日の落ちた夜空はいつしか厚い雲に覆われ、月の光も微かな星の瞬きもない、真闇。
犬夜叉は、かごめの指し示す方向へ駈け続ける。
そして、ふと 珊瑚は気付いた。

「あれ…? この方向は……」
「……? どうしたの、珊瑚ちゃん。この方向に心当たりがあるの?」
「ああ、もしかしたら……」

背中の二人の会話を聞きつつ、犬夜叉が口を挟む。

「……退治屋の里、だろ? ニ・三度しか行った事はねぇが、多分 間違いねぇ」
「ふっ、そう言う訳か。なら、あたしが狙われる筈だよね」
「珊瑚ちゃん…」

「犬夜叉っっ!!」
「おうっっ!!」

珊瑚のその声はまるで騎馬に鞭を当てたかのようで、駈ける速度がぐんと早くなる。

そして ―――――

夜闇に沈む、屍のような廃墟の影。
珊瑚に取っての全ての始まりであり、そして帰るべき場所でもあった退治屋の里。すでに『生』ある者の痕跡すら、風化しつつあった。




―――― 何処かで、音が響く。

まろみを帯びた、それでいて荘厳な響きを持つその音。
泥沼のような意識の片隅を、微かな香が過ぎって行く。研ぎ澄まされた感覚の一部が、岩肌の感触を伝え、『ここ』が常ならぬ場所であると弥勒に知らしめた。

『岩屋』の中で焚かれている香の霊験か、弥勒は未だ深い眠りの中にいる。しかし、僅かに『目覚めさせられた』弥勒の霊性が、通常では伺い知る事の出来ない世界と繋がっていた。


( ……真理を求める者よ。探求者たる者よ )


何処かで、そう語りかける【声】がする。
男のものとも、女のものとも判らず、老若も定かではない。
直接、【魂】に語りかけてくるようだ。

……私、の事か…?

自分の物とは思えぬ、朧な意識が漠然とそう呟いたようだった。


( 見よ。そして、記せ。お前の求めるものを。【時空−とき−】を行く者の為に )


その言葉は、弥勒の内理(うち)深くに沈み込み、弥勒はそれを、忘れた。

岩屋の中に香華は燻り、僅かな隙間を通して流れくる空気は何処で浄化されるのか鮮烈なほどに清く、灯りとてないはずのそこには神厳な光に包まれていた。
深い眠りに落ちていた弥勒と雲母は、知る由もなかったが。



犬夜叉達がたどり着いた退治屋の里は、濃闇の中でさらに黒々しく横たわっていた。静かすぎる程、静かに。


「……静かすぎて、恐いくらいね」

背中でかごめが呟いた。

「ああ、この静かさは異常だよ。何かが潜んでいるのは間違いないね」
「……お前ら、あんまり俺の側から離れるなよ」

二人を背から下ろしながら、犬夜叉はその金の瞳を闇に向けた。
空気さえも凍りつき、『闇』そのものの質量が増したような、そんな息苦しさを感じる。緊張で産毛の一本一本がそそけ立ち、チリチリ音を立てているような気さえする。


――― !!!!! ―――


「珊瑚っっ!!」

一声叫ぶと犬夜叉は、思いっきり珊瑚の体を突き飛ばした。
ほんの一刹那前まで珊瑚が立っていた位置には、しゅうしゅうと邪気と瘴気の入り混じった煙を上げながら、鋭い穴が抉られていた。

「次っ! 来るぞっっ!!」

その言葉が皮切か、四方八方から鋭利な槍のような殺気が、犬夜叉達を目掛けて突きかかる。犬夜叉は鉄砕牙を振り払い、襲い掛かる見えざる敵を打ち払い続けていた。

「犬夜叉っっ!!」
「このままじゃ、こっから動けねぇ! 珊瑚っっ!! こいつがどんな奴か、見当つかねぇのかっっ!?」

問われた珊瑚は厳しい表情のままで里の外れ、そう 翠子の洞窟の方へと視線を向けた。

「多分……」

珊瑚のその表情を読み、かごめが口篭もる。

「えっ!? まさか…、あの洞窟の中の妖怪達が甦ったの?」

かごめの言葉に小さく頭(かぶり)を振り、珊瑚は続けた。

「……多分、【これ】はあたしら退治屋が始末してきた妖怪どもの、怨霊だと思う」
「怨霊?」
「ああ、怨霊と言うかなんと言うか…」

更に言い募ろうとした珊瑚の言葉を、犬夜叉の怒声が遮る。

「何をぐだぐだ言ってやがるっっ!! 兎に角、どこか隠れる場所を探せ!! 態勢を立て直さねぇと、ヤバイ!!」

その時、かごめの瞳が微かな光を捉えた。
その光の方向は ――――

「……あそこしか、ないわね」
「かごめちゃん…」
「かごめ…」
「ごめん、犬夜叉。もう少し、頑張ってくれる?」
「おお! 俺がやらなくて、どうすんでぃっっ!!」

犬夜叉の返事にかごめは少し微笑むと、弓に矢を番え、キリキリと弦を引き絞った。

「いい? 私が翠子の洞窟まで破魔の矢で、周りのモノを祓うから一気に駈け抜けるわよ!!」

ひた、と一点を見据えたかごめの手から矢が離れた瞬間に、犬夜叉は鉄砕牙を鞘に収めた。そして、二人を胴抱きにするとかごめの矢を追うように駆け出した。
かごめの矢は、まるで導かれる様に信じられない程の距離を飛び、翠子の洞窟までかごめ達に道を開いた。洞窟内に蟠(わだかま)っていたそれらのものは、かごめの矢に追われるように洞窟の外へと逃れ、入れ替わる様にかごめ達が中に入る。

「取り敢えず、足場は確保だな」

洞窟内にかごめ達を下ろし、犬夜叉が大きく息を付く。
かごめは矢筒から矢を一本抜くと、破魔の気を込め、洞窟の入り口に突き立てた。

「かごめちゃん…」
「うん、弥勒様の真似事。少しは結界の替わりになってくれるかな、って」
「なぁ、珊瑚。アレがなんなのか、お前大体判ったんだろ?」

尋ねる犬夜叉に、顔を俯け、ぽつりと口にする。

「……あたし達退治屋の、『負の遺産』みたいなもんだね」
「負の遺産…?」

かごめが口の中で繰り返す。

「ああ、そうさ。あたし達退治屋は、妖怪どもを殺すのを代々生業(なりわい)にしてきてる。巫女や法師じゃないからね、『目に見えないもの』に対しては、どうしようも無い所があるんだ」
「…つまり、それだけ『恨み』が深い、と」

珊瑚は無言で頷き、言葉を続けた。

「そう、『退治屋』だからね。浄化や鎮めは出来ないんだ。だから…、この翠子の洞窟内に障りを避けるための『場』を設けてたんだ」


―――― 妖怪と人とが相容れる事は、まずない。


そのどちらもが同じ『場』に立つ事があるとすれば、そこで繰り広げられるのは、人間にとって圧倒的に不利な死闘だ。

妖怪が、妖怪として生きる。
その為に、他の物を殺し喰らうは妖怪の理(ことわり)に適った事。
言わば『仕方のない事』、である。
それが人間の目にどれほど残虐非道に映ろうとも、それは人間側の都合に過ぎない。
そう言う『生き物』なのだ、妖怪は。

また【妖−あやかし−】と呼ばれるモノも、また然り。

しかし、それでは人の暮らしは立ち行かぬ。
狩りの技術や、体術の優れた者の中から自然発生的に、それらのモノに対する者が現れてきた。
それが、退治屋の発祥だ。

そしてお互い、問答無用の殺し合いを幾世紀と繰り返してきた。
そうやって屠られたモノが、この世に残すのが『恨み』。


――― 当然だ。


妖怪として当たり前に生きてきて、そして殺される。生きる事そのものが目的であるような下等なモノほど、その恨みも強い。恨みの念は、時として大きな禍を呼ぶ事もあった。それに対して退治屋は、術を持たない。その為の、『場』であった。

「…この翠子の洞窟にはね、【産霊−むすび−】の力があるんだ」
「むす…び…?」

聞き慣れない言葉に、かごめが首を傾げる。

「ああ、あたしも父上から聞いただけなんだけど、なんでも持っている者の力を、大きくする事の出来る場所の事らしいんだ。だから、翠子も最後の闘いにこの場を選んだって」

珊瑚の言葉に、かつて一度だけ見た事のある、古代(いにしえ)の巫女の、朽ちる事の叶わぬ遺骸を思い出す。
壮絶なまでの、【破魔の巫女】のその姿を。

「でも…、それじゃ、妖怪達の力も強くなるんじゃ……」
「ああ、そうなんだ。諸刃の力なんだよ、ここは」
「へんっ!! なんで、そんな厄介な所に、あいつらを封じ込めたんだよっ! 見ろよ、姿はねえぇくせに、やたらと暴れやがってっっ!!」
「ん、そう…なんだけど…、他に奉る所がないんだ。ここは神聖な場でもあって…、恨みの念をこの場の力を借りて、里の者が奉り続ける事で、どうにか釣り合いが取れてたんだ」
「そうか…、里の人がいなくなっちゃったから……」
「うん…」

犬夜叉が胡散臭そうな目付きで、洞窟の奥を睨み、中の空気の臭いを嗅いでいる。

「ふん。取り敢えず、ヤバそうな臭いはねぇな」
「ああ、かごめちゃんの破魔の力に、ここから追い出された形になってるんだ。だから、今はこの中が一番安全なんだよ」
「で? いつまでもこんな所に篭ってる訳にゃ、いかねーだろ!」
「犬夜叉!!」

犬夜叉がイライラするのは判る。
形のないモノに対しての、決め手を持たないから。
せいぜい相手の攻撃を、妖気で払うのが関の山だ。
こんな相手こそ、弥勒や桔梗などの強い霊力を持った者が必要なのだから。

( ……私で、出来るかな? 弥勒様が襲われたのは、そう言う訳なのかもね )

そう、ここに弥勒がいれば、戦況はまた随分と変わるだろう。

「…ねぇ。あたしがあいつらに殺られれば、あいつらの気は晴れるのかな? そうしたら、法師様と雲母も元に戻る?」
「なっ!! 何、馬鹿な事言ってんのっっ!!! 珊瑚ちゃん!!」
「ったく! 珊瑚、お前を死なせてすむ話なら、なんで俺達がここに居るっっ!?」
「犬夜叉…、かごめちゃん……」
「ああまで狂暴化した念だ。お前一人、殺した所で鎮まるもんじゃねぇ。…どっちにしろ恨みの念なんざ、この世に残しちゃならないんだよっっっ!!」

( えっ? 犬夜叉…。それを、あんたが言うの? いいの…? 本当に…… )

ふとかごめの脳裏を過ぎる、彼の巫女の面影。

そう、出来る事ならば。
恨みを晴らせば、それで済むの?
恨みは恨みを呼んで、さらに膨れ上がり、その果てに生まれ来るものは。
でも、きっと。
そんな事、望んではないのよね?

そんな風にしか生きられないとしても。
お互い、相容れないものだとしても。

逝くものに寄せる想いは、ただただ心安らかに、と。
恨む事しか出来ないものに、それでも安らかにと祈る事しか出来なくて。
出来る事なら、再び生まれ来るその時には、より良く生きて欲しいと願うしかなく。

それぞれの領分で。
それぞれの律で。

交わる事で生まれる悲劇なら、世界を二分にしようとも。

人は人に、妖怪は妖怪に。

妖もまた。
それぞれの領分、それぞれの律。


それが【理 −ことわり− 】


―――― 私達を操る、目に見えない糸。

それでも、私は!

……私は、思う。
いつか、全部とは言わない。
それでも、少しづつでも触れ合えたら、と。


【光】の方へと ―――


「…か、かごめちゃん……」
「かごめ、お前…」

この場の産霊(むすび)の力か、それともまた『別の力』なのか ――――

かごめの体が真っ白に光輝き、ふわりと立ち上がったその姿には、人ならぬものの『気』を纏い ――――

すっ、と歩を進める。

「あっ、だめだよっっ!! かごめちゃん!!! 外に出ちゃっっ!!」
「殺られるぞ、かごめっっ!! 止まれっっ!!!」

犬夜叉も珊瑚も、何故か動けず。
その声も、今の『かごめ』には届いておらず。

自分が結界代わりに突き刺した矢を通り過ぎ、洞窟の外へと歩み出る。凝り固まった恨みの念が、一斉にかごめに向かって来た。
質量を持った殺気の無数の槍の穂先が、かごめの体を貫こうとした、その瞬間!!

幾千、幾万もの光の箭(や)がかごめの体から迸り、辺りを埋め尽くしていたそれらのモノを、切り裂くでなく、貫くではなく、包み込み浄化し、導いた。


それは、一瞬の出来事。


辺りには、静けさの中。微かに聞こえる葉擦れの音、風の音。
星月の光も戻り、暗鬱な里の亡骸も今は安らかに永眠(ね)むっているように見えた。

犬夜叉と珊瑚が目を見張っているうちに、ぷつり、と糸が切れた人形の様にかごめの体が崩折れる。

「かごめっっ!!」

駈け寄り、抱き止める。
完全に気を失っていた。

「犬夜叉、かごめちゃんは?」
「う、ああ。気ぃ失ってるだけだ。大丈夫」
「…なんだか、凄かったね」
「ああ…」
「かごめちゃん、凄いね」
「…………」



そして、それとほぼ同時期。

弥勒と雲母の封じられている『岩屋』の中を満たした、眩いばかり白光。
その光に弾かれる様に、弥勒も雲母も意識を取り戻した。
身の内理を満たしていた禍禍しいものが光の奔流に洗い流され、清清しい気が満ちる。

岩屋内の異変は、桔梗程ではないにしろ人並み以上の力を持つ楓の感知するところでもあり、ふっ、と上げた緊張したその表情を、七宝は息を詰めて見詰めていた。

「か、楓おばばぁ〜、どうしたんじゃ? なんぞ悪い事でも起こったんか?」

心配そうに顔を覗き込む七宝に、楓は慈愛に満ちた隻眼を向けた。

「…安心せい、七宝。どうやら上手くやったようじゃ」



「う、う〜ん。あれっ? 私、どうしちゃったのかしら?」

心配そうに覗き込む、犬夜叉と珊瑚の顔を代わる代わる見て、かごめはそう言った。

「……もしかしてかごめちゃん、何も覚えていない?」
「えっ、何を?」

ほぅー、と言ったのかはぁぁ〜、と言ったのかどちらとも付かない息をついて、犬夜叉が言った。

「…あれ、おめぇがやったんだぜ」

言われて指を差された方向を見ると、そこにはまだ光の煌きが残っているような、清浄な気が揺らめいていた。

「わ、私、が?」
「ああ、凄かったぜ、お前。一体、何があったんだ?」
「何が…って、私もよく判らないわ。途中から、頭の中が真っ白になっちゃって……」

そう、あの時。


『人』も『妖怪』も全て、『救われて』欲しいと願った、あの時 ―――

「行くぜ。もう、ここには用はねぇ」

そう言って犬夜叉は、背中を二人に向けた。

「うんっっ!!」
「そうだねっっ!!」

犬夜叉の背に飛び乗った二人の胸の内にも、なぜだか知らないけどもう弥勒も雲母も大丈夫だと言う、訳のない確信があった。



犬夜叉達が岩屋の前に戻ってくるのと、楓と七宝が現れるのとはほぼ同じだった。

「首尾良く行ったようじゃな」

戻って来た三人の顔を見回し、楓はさらに顔を綻ばせた。
封印を施した岩屋は不思議なほど神々しさに満ち、清浄な気を放っていた。

「楓様…」
「…やはり、珊瑚。お前に縁(ゆかり)のある事じゃったのじゃな?」
「はい。かごめちゃんのお陰で、全て清められました」
「そうか、それは上々じゃな」

……誰も、敢えては言いはしなかったが、あの恨みの念の集団の中には、退治屋の里の里人の、謀(はかりごと)で無残にも散らされた無念の想いも数多含まれていたのだ。

「ねぇ、楓ばあちゃん。もう、弥勒様達出してあげてもいいんでしょう?」

岩屋の一枚岩の前に立ち、注連縄に手を掛けながらかごめが声をかける。

「ああ、もう大丈夫じゃ。早く出してやれ」
「おい、待てよ。女のお前の力じゃ無理だろうが! 俺がやる!!」
「えっ、そうお? 何だか私でも出来そうな気がするんだけど」

そう言いつつ、かごめの手は注連縄を外し、岩の縁に手を掛けていた。

「馬鹿か、お前。ここを開けて閉じる時、どれだけ重たかったか…、???」

すでに岩に手を掛けて、動かそうとしているかごめの手に自分の手を添えながら、そう憎まれ口を叩こうとして、その言葉は途中で疑問符に変わる。
決して『軽い』訳ではないが、何故か苦もなく動く一枚岩。

「ほらねv 私の言った通りでしょう?」

にこやかに微笑むかごめの笑顔。


( ……やっぱり、のう。かごめは『かごめ』じゃ )


そっと、胸の内で楓はそう呟いた。

開かれた岩屋の中の清浄の空気。
子猫のような雲母を抱え、清清しい顔をして立つ弥勒。
犬夜叉とかごめの横を擦りぬけるようにして、珊瑚が弥勒に抱き付いた。

「法師様、法師様、法師様〜っっ!! 雲母もっっ!!」

珊瑚の、命に替えても守りたい『大事な』もの。

「ありがとう、珊瑚。お前のお陰ですよ」

雲母を片手に移し、もう片手で珊瑚の肩を抱き寄せる。
珊瑚は弥勒の胸で、小さく泣いていた。

珊瑚を守る為、自分の命を絶とうとした弥勒。
弥勒と雲母の為に、殺されようとした珊瑚。
互いが互いを想う、その深さは届くべき所へちゃんと届いていたのだろう。


――― 良くも悪しくも、物事を動かすのは、この『想い』なのかもしれない。



それはまるで、見えない操り糸の如く。


【完】
2004.7.2





【 あとがき 】

はぁ〜、よーやく終わりました。後半は全部管理人こと、杜の筆なので
すが、前半執筆下さった豪華なゲスト様のお陰で、私自身どういう展開
になるか、ワクワクしながら楽しんでいました。
後半は、前半のイメージを壊さないようにと気を付けていたのですが、
かごちゃんスッキーの悪い癖が出て、やたらかごちゃんが目立ってしま
いました。前半は珊瑚ちゃんが頑張ってるし…、男性陣の影が薄いです
ね^_^; 頑張る女の子、もしくは女の人が好きなもので、ついつい肩入
れしちゃいますね、私。

仕上げが半年以上も遅くなりましたが、この企画にご参加頂きました、
ぷーにゃんさん・ヨモギさん・れっかぽんさん、本当にありがとうござ
いましたvvv




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