【 こぼれ話1 】


 〜07.サンデー13号「その先の考え」より〜




 すでにその者は立ち去り、残した傷跡だけが荒涼とした風景にいっそう凄みを加えていた。

「ふぇ〜、あ〜驚いた〜〜っっ!! そりゃ、あいつの事だ。あれだけけしかけられりゃ、親父殿の考えにも気付くだろうし、冥道残月破も完全に使いこなせるようになるだろうさ。そして、ワシの所に押し掛けてくるのもなぁ…

 そっと互いに岩陰から様子を伺い、まだもうしばらく潜んでいようかと元の場所にしゃがみ込む。

「だけどもよぉ、なぁ 猛猛。ワシ達ゃあいつらみたいに冥界を自由に行き来出来る訳じゃね〜んだからよ、冥道に飲み込まれたらそれこそお陀仏じゃん! 親父殿の頼みだからって、こっちも命がけだっちゅーの!!」

 刀々斉のお気に入りの鍛冶場は、怒鳴り込んできた殺生丸の発した冥道残月破に岩が抉られ、真円や弧が描かれている。
 そんなまだ動悸のおさまらぬ刀々斉の肩を叩く、気配無き男の手。


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「うぎゃぁっっ!! だ、誰だ!?」
「ふん、命がけなのはお互い様だ」

 刀々斉の目の前に現れたのは誰あろう、つい先刻まで殺生丸と死闘を演じていた死神鬼そのもの。

「とっととこの世に戻ってきたのか。さすが冥幽界を守護する妖犬族の長だけのことはあるな」
「まったく、このわしがこんな茶番に付き合わされなくてはならんとはな。とんだ貧乏くじだ」
「……貧乏くじか。そうだなぁ、殺生丸も貧乏くじを引かされたと言えば引かされた訳だけど、それは最終的にはあいつの為だ。それに引き換え俺たちのは本当に骨折り損のくたびれ儲け…、にもならんよな」

 立ち話もなんだと思ったのか、死神鬼はまるで旧知の仲のように刀々斉の向かいに腰を下ろし、手の平に出現させた冥道の中から冥界名産の酒を取り出した。

「呑むか? 直に冥加も来るだろうからな」
「ああ、そうだな。それよりお前も、その顔をどうにかしろ。なんか気色悪い」
「言うな、こうでもしないと身バレするだろうが!」

 そう苦笑しつつ死神鬼は、殺生丸に砕かれたひびの入った自分の顔を復元していった。
 仮面で覆っていた空白の部分も、実は先の闘いで闘牙に奪われたと言うのは偽りで、闘いの最中に仮面を剥がされその素顔を曝け出されるのを防ぐ為。
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 復元された死神鬼の額には、くっきりと殺生丸と同じ月の紋章。その完成された面差しは、むしろその母により似ているよう。

「どんな面倒な事でも、お前は昔からあの方の言葉には逆らえんからなぁ……」
「……どんな目に合ってもいい覚悟があるなら刀々斉、お前が逆らってみろ。きっとよく判るぞ」

 面白そうな口調ではあるが、その裏にそれが口だけでは無い事を匂わせる死神鬼。

「鉄砕牙が吸収した冥道残月破はお前のものではなく、あのお方の冥道石と共の持参金みたいなもんだからな」
「そう姉上の、な。だが、あの技は我が一族の血統の者でなくては使いこなす事が出来ない。今の殺生丸になら、さすが我が甥と声をかけてやっても良いが」
「だが、犬の大将が息子に持たせたいのはそんな物騒な技じゃねぇーんだよな」
「冥道残月破にしろ癒しの天生牙にしろ、要はどちらも『命』の理に抗う力だからな。使い手の心一つで大きく変わる」

 黒く透き通った酒の器から、いつの間に出したのか同じような器の杯に薄青く光る冥界の酒を注ぎ刀々斉に勧める。ひんやりとした喉越しの、胃の腑に落ちてもそのまま熱くなる事も無く、そのくせふわっとした軽い酔いが湧いてくる不思議な酒である。

「ほっ、良い酒だな」
「冥界一の銘酒と誉れも高い『冥府の月』だ。悪酔いせずに飲めるからいくらでも飲める」

 ふと呑む手を止めて、苦笑と共に言葉を零す死神鬼。

「せっかく冥道残月破を会得したにも関わらず、まだまだ雑念の多い事だな殺生丸は」
「まぁな。何だかんだ言っても殺生丸の胸には親父殿の事と犬夜叉の事が大きく圧し掛かっているんだよな。その執着の現れが天生牙でもあるからなぁ」
「そうか? 姉上の言葉だと、冥界の中でその天生牙さえも要らぬと言ったとか。そう言わしめる者が側に居るようだが……」

 ぽん、と刀々斉が膝を打つ。

「ああ、なるほど。うんそれなら案外早く、さらにその先の親父殿の考えに気付くかも知れんな」


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 そこへ ―――

「はぁ〜、ようやく次の舞台へ筋書きが進みましたな」
「冥加、お前なぁ〜 オレっちが死にそうな目にあってる時に、どこに雲隠れしてやがったんだぁ〜、ああん?」
「なんと! 刀々斉!! ワシとて十分危ない目には合うておる!」
「へっ、いっつもいっつも危なくなると、安全な所に逃げ込むお前がかぁ〜? 信じられんな」
「わわわっっ! 言って下され、死神鬼様。あの時、わしが危険極まりないお三方の側近くに居りましたのを!!」

 まくしたてようとした冥加の前に自分の杯を傾けてやる死神鬼。

「確かに居たな。ただし、逃げ込んだ人間の側にいた法師の札に乗せられて、飛ばされてきたのだがな」
「ほれ見ろ、やっぱお前ぇはそーゆー奴だよな」
「それくらいにしておけ、刀々斉。さぁ、冥加。お前も飲め」
「やっ、これは恐縮にございます。お館様の義弟君にあらせられまして、冥界の妖犬族の御当主様」
「無礼講だ。あの姉君に無理やり担ぎ出されたまで。とりあえず、わしらの出番は終わったと言う事で、あの者らの次の幕がどう演じられるか酒でも片手に観るとしよう」
「はっ、ではありがたくお受けいたします」

 人でないものたちの、ささやかな酒宴。

 これより演じられるのはいかなる物語であろうか?
 それはまた、次回のお楽しみ。


【終】


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