再会

 〜3〜

「ほんっとにお前って、度胸あるのな。」
セルヴリアンがヴェスタリアンをバカにした様に言った。
「す、すみません…。」
ヴェスタリアンはサミュエルと『特別な場所』に行っていたのだが、帰って来てみるとすでに3日間が経過していた。その間、無断欠席してしまったのだ。

別れ際にサミュエルが困ったような顔で『思ったより時間がかかってしまったわ』と申し訳なさそうに言ったのを思い出した。その時は何の事か良く分かっていなかったのだが…。

「いったいどうしていたのかな?部屋にいる様子もなかったし、天宮に来て早々行方不明とは…。」
アザリアンも心配そうに聞く。
「あの、その…。」
ヴェスタリアンはサミュエルの名前を出さずに何とか言い訳をしようと試みたが、どうしてもうまい言い訳は思い浮かばなかった。
「…申し訳ありません。」
消え入るような声で謝るしかない。

「アザリアン、ヴェスタリアンは私が借りていた。」
その時アザリアンとセルヴリアンの後ろから、堂々とした、しかし透き通って心の奥底をくすぐるような声が聞こえた。
「貴女でしたか、スラ・マリサナ。」
アザリアンはくるりと振り向くと、恭しく跪いて礼をした。セルヴリアンも慌ててそれにならう。もちろんヴェスタリアンも。
「それならそう言えばいいのに…。」
くすくす笑いながら、アザリアンはヴェスタリアンを見た。ヴェスタリアンはかあっと真っ赤になった。
「す…すみません…。」

「ヴェスタリアンを『生まれいずるところ』に連れていった。」
「ご降臨でしたか。」
「1人でね。」
ヴェスタリアンは不思議そうに2人の会話を聞いて首を傾げた。
「いくつかのところが、ちょっときな臭い事になって来たかも知れない。」
「きな臭い事…。」
「近いうち、私は人の子の土地に降りて状況を確かめに行こうと思う。」
「お供いたします。」
サミュエルはそれには首を横に振って、同意しない意志を伝える。
「そなたはこの天宮になくてはならぬもの。そなたがここを守ってくれるから、私は自由に降臨できる。そんな魔道士はそなた以外にはいないのですよ。」

アザリアンはしっかりとサミュエルの顔を見つめた。誰も入り込む余地の無いほどの信頼感。ヴェスタルトはそんなアザリアンを心の底から羨ましいと思った。
「だからこそ、一日も早くヴェスタリアンを育てなくては…。今までは貴方にばかり負担を掛けてしまっていたけれど、少しは貴方の仕事を減らす事ができるのではないかと思って…。」
「サミュエル様…。」
「ラゼルアも寂しい思いをさせてしまっているのではないかしら…。」
「はい…。」

ラゼルア、と言う名前を聞いたとたん、アザリアンの顔が少しだけ優しくなった。そう言えば一度この水晶の館に迷い混んだ時、水色のかわいい女の子を見たような気がする。恐らくアザリアンの恋人なのだ。

恋人…。

ヴェスタリアンは盗み見る様にサミュエルを見た。本当に自分はこの方の恋人なんだろうか?破れかぶれにした申し出だったけれど、自分は大真面目なのだ。
「あの、一つ聞いてもいいですか?」
ヴェスタリアンは真直ぐにサミュエルを見つめて言った。
「『生まれいずるところ』ってなんでしょうか?」
サミュエルはにっこりと微笑んだ。
「星や生命が生まれでる場所。」
アザリアンが付け加える。
「そして我々が他の世界に向けて心を飛ばすためにある場所でもある。」
「人の子に祝福を与え、天命を伝え、また彼らからの祈りの声に耳を傾ける場所でもある。」

「心を飛ばし、祈りに耳を傾ける…。」



「何故昨日はあんなに悲しいお顔をなさっていたのですか。」
今日のお務めを終えてヴェスタリアンは再びサミュエルの部屋を訪れていた。そして部屋の真中にいきなり現れたソファに並んで腰を掛けている。今日の部屋は一面の花畑の中にあった。あたりは淡いうす桃色の大輪の薔薇に囲まれ、豊かな香りで満ちあふれている。
「再び闇の復活する日が近い…。ルディリスを手引きするものが動き始めている…。教会で祈る者の言葉に耳を傾けていたのです。」

ヴェスタリアンはかあっと赤面した。孤独そうにぼんやりと星を眺めていたのではないのだ。自分になれる場所、とはサミュエルにとっては神として人々に祝福を与える場所である、と言う意味だったのだ。
「す、すみません…。」
サミュエルはくすくす、と笑った。
「貴方は天宮に来てからずっと謝っているのね。」
「え…。」
穴があったら入りたい!そう思いつつ、ヴェスタリアンはもっと真っ赤になった。
「僕、あ、あの私は変な勘違いをしてしまって…。お気に障ったのではないかと…。」

サミュエルはころころ、と鈴が転がるような可愛い声で笑った。
「あんなことを言われたのは初めて。私にあんなことを言う人は未だかつていなかったから…。」
〜貴女をひとりにはしません、心はいつも貴女と共にある〜
サミュエルは恐縮して大きな身体を縮こませているヴェスタリアンに、ふと真面目な顔をして言った。
「だけど、嬉しかった。」

本気なのかからかっているのかヴェスタリアンにははかりかねた。しかし少なくとも不快には思っていないようだった。
「貴方は自分から私の恋人になるんだと、名乗りをあげたのでしょう?そんなに自信のなさそうな様子では、先が思い遣られるわ。」
くすくすと再び笑いながら、サミュエルが囁く。
「本当に自信がないんです。」
ヴェスタリアンは思わずそう、叫びそうになった。だがそれはあまりに情けなく思われ、言葉を飲み込んだ。

「ねえ、ヴェス。」
サミュエルは懐かしい呼び名でヴェスタリアンを呼んだ。
「貴方は昨日『生まれいずるところ』に行っただけで、かなりの体力を消耗しましたね。」
「体力…ですか?」
サミュエルはヴェスタリアンの目を覗き込む様にして頷いた。
「だから戻ってくるのに3日もかかった。一緒に人間界に降臨したら、何日かかるかわからない。」
「す、すみ…。」
謝りかけて、サミュエルの強い瞳に押され言葉を飲み込んだ。
「謝らなくていい。貴方の歳ではそれが当たり前ではあるのだから。でも、私は貴方に要求します。もし本当に私の恋人になりたいというのなら、自由に人間界に降臨できるだけの体力を身につけなさい。身につかなければ足手纏いになるだけ。」
「それはどうすれば…?」
「猶予は一年。その間にアザリアンについて修行なさい。ちょうど今日から一年後、貴方が私の試験を受けて私の眼鏡に叶うなら、本当に恋人の資格を差し上げましょう。それまでは見習いです。」

「見習い…?」
戸惑うヴェスタリアンの脇でサミュエルは立ち上がった。そしてかがみこんで軽く唇に触れる程度のキスをする。
「これ以上私に触れてはいけません。さ、自分のお部屋にお戻りなさい。ここには毎日来てもいいけれど、長時間いてはいけないわ。何日も寝込まれたら大変だから。」

ヴェスは戸惑ったまま自分の部屋に帰った。ほんの少しだけしか、サミュエルの部屋にはいないと思っていたのだが、すでに夜明けが近かった。


「本当に思いきった事をなさるお方だ。」
アザリアンは目を白黒させて、サミュエルの申し出を聞いた。
「本当にあの少年を恋人になさるおつもりか?」
「もちろん、私は嘘は言わぬ。」
そんなことはたいした事ではない、と言わんばかりにサミュエルは手を振ってみせた。
「それより、あの子の世話を引き受けてもらえるかしら?」
「貴女様の御命令とあらば、従わない道理がございません。」
サミュエルの気紛れにいつもつきあわされているアザリアンは、たいして気にとめるふうもなくそう言った。
「しかし大天使(セラフ)達は驚くでしょうね。特にミカエルがショックの余りどうなるかが心配です。」
冗談めかしてアザリアンが呟いた。
ふ、っとサミュエルは笑ったが、それ以上の言葉はなかった。

サミュエルはそっと天を仰いだ。ミカエル…。あの愛すべき大天使の長。彼はかつてサミュエルに求愛し、拒絶されたのだと噂になっている。サミュエルに聞いても、はぐらかすだけで否定も肯定もしない。それが肯定の証なのだと皆思っている。何があったかを知る者は、当人以外はいない。

〜スラ・マリサナ…〜
大天使の長、剣天使ミカエルは跪いてサミュエルに礼をした。
〜どうか貴女様の褥にこの私をお招き頂けませんでしょうか〜
決して野卑な言い方ではなく、優雅この上なくミカエルはそう言った。硬派な剣天使らしい直球勝負でミカエルはサミュエルを見つめた。
〜命を賭して私は貴女様にお仕えいたす所存です〜

真摯な力強い瞳でみつめるミカエルは、その言葉に偽りが微塵もない事をすぐにでも証明してみせるかのような勢いで続けた。
〜貴女様も御存知のはずだ。私の剣の腕で、どれほどお役に立って来たか〜
語りの得意ではないミカエルは、慣れない口説き文句をほんの少しだけ間違えた。
〜この世界中で、剣の腕で私の右に出る者がいるでしょうか?〜

〜そなたは剣なる神である私より、剣の腕があると言うのか?〜
〜そんなつもりでは…!〜
その瞬間ミカエルは自分がしくじった事を知った。
〜なればその腕とやらを見せてみるがいい〜
サミュエルはぼうっとオーラを光らせた。その手には太い飾り気のない剣が握られていた。

サミュエルは回想する。多少大人気ない事をした。この後、並みの魔道士では手に負えないほどの癒しの魔道が必要になったのだ。

それ以来サミュエルは恋人を作る事をしなくなった。人々は先の恋人シルヴィルムに義理立てしているのだと噂しているが、そんなつもりは全く無かった。ただ、己をきちんと知り、謙虚な相手ではないといけないと言う事が分かっていた。自分はこの世を統べる神、絶大な力を持っているのだから…。

あの子は大丈夫だろうか?一年間距離を置こうとしたのは、恐かったからだ。あのミカエルですら眼鏡に叶わなかった。なのになぜかあの少年に惹き付けられる自分が恐かったのだ。冷静になりたい、そうサミュエルは思った。


ヴェスタリアンは自分の部屋で寝台に横たわりぼんやりと天井を眺めていた。天井には昨日2人で訪れた『生まれいずるところ』の記憶が映像として映し出されている。もうじき夜が明ける、早く寝なくては、と思いつつもなかなか寝つけない。
「体力…か。」
小さく溜め息をついてヴェスタリアンは寝返りを打った。

一年後、自分は果たしてあの方の期待通りに力をつける事ができているのだろうか?たまらなく不安だ。もしついていなかったら?そう思いながらも、反対に力がついている自分を想像する。いつも一緒にいられるのだろうか?恋人として名乗りをあげ、専属の魔道士として常に付き従い、時には静かに見つめあって微笑みをかわすような日々を送るのだ。

悪くない。

そう思うと、アザリアンに鍛えてもらうのが何やら楽しみにさえ思えてくるのだった。

「今日は時間通りだね。」
翌日アザリアンはヴェスタリアンを見かけるとそう声を掛けて来た。どこか遠出でもするような格好をしている。竜の革で出来た長靴を履き、人魚のウロコを繋いだ帷子を着込み、手には不思議な棒が握られている。
「君も急いで仕度をしておいで。真中のテーブルに君の分の服も用意してあるから。」
アザリアンはこう言うと、ヴェスタリアンを促した。
「今日から少し本格的に魔道を勉強してもらうから。セルヴリアンもいっしょだ。」
人懐っこい笑顔を浮かべたアザリアンは優しげにそう言った。

BBS TOP 招待状 NEXT BACK