軌跡~-_科学と旅_-~


ISO/IEC JTC 1/SC 6 日本における活動の歴史


SC 6専門委員会

(1)委員会のタイトル及びスコープ
1) タイトル
Telecommunications and Information Exchange Between Systems
通信とシステム間の情報交換

2) スコープ
 システムの機能,手順,パラメータ,機器及びそれらの使用条件を含む,開放型システム間の情報交換を処理する電気通信の分野における標準化であり,私設統合サービス網を含む,物理,データリンク,ネットワーク及びトランスポートの各プロトコルとサービスをサポートする下位層と,ディレクトリやASN.1のような応用プロトコルとサービスをサポートする上位層の両方を含む.

(2)SC 6専門委員会の組織の設立と変遷
 SC6の国内組織について,その設立と変遷を含めて,表-1に示す.また,歴代委員長の一覧を表-2に示す.

(3)JTC 1におけるSC 6の組織の設立と変遷
 JTC 1においてSC 6が設立されたのは,1963年のニューヨーク会議である.そのときのSC6のタイトルは,“Digital data transmission”であった.
 JTC 1発足前後からのSC 6の組織の変遷を,図-1に示す.
 なお,幹事国は,2000年11月のJTC1総会にて,米国から韓国に交代している.

(4)主な活動の歴史
 SC 6では,汎用計算機,ワークステーション,パソコン等の情報処理装置,マルチメディア情報を含む各種情報転送に必要となるネットワークシステム相互間の下位層及び上位層の通信プロトコル,及びPBX等の私設統合サービス網(PISN; Private Integrated Services Network)の標準化を行っている.
 初期の最大の成果は,1977年から1983年にかけて策定した,開放型システム間相互接続(OSI; Open Systems Interconnection)基本参照モデル[1](図-2参照)である.このOSI基本参照モデルに基づき,通信プロトコルの各層ごとに設置されたWGにおいて行われた作業により,多くの通信プロトコル標準等が制定された.具体的には,データリンク層のハイレベルデータリンク制御手順(HDLC; High-Level Data Link Control)[2],パケット交換のためのデータリンク層及びネットワーク層のX.25通信プロトコル[3][4],アプリケーション層のファイルの転送,アクセス及び管理プロトコル(FTAM; File Transfer Access and Management)[5]やメッセージ処理プロトコル(MHS; Message Handling System)[6]等がある.また,これらの通信プロトコルに対応した,適合性試験(Conformance Testing)やOSI管理(OSI System Management),実装プロファイル(ISP; International Standard Profile)に関する検討も盛んであった.当時は,これらの通信プロトコル等を実装した通信機器やソフトウェアが開発・製品化されていくことを期待していたが,インターネットの拡大に伴い,そこで用いられる通信プロトコルであるTCP/IPが1990年代中頃から急速に普及したため,OSI準拠製品は普及しなかった.このような過程で,OSI基本参照モデルの各層に対応して設置されていたWGも,2000年までには,WG1(物理層〜データリンク層を担当)と,1996年に新設されたWG7(ネットワーク層〜トランスポート層を担当)に集約されていった.また,SC18及びSC21で行われていたセション層〜応用層の通信プロトコル等の標準化作業項目も,SC33を経てSC6のWG7に統合された.
 1980年代には,ローカルエリアネットワーク及びメトロポリタンエリアネットワーク(LAN/MAN; Local and metropolitan area networks)上の通信プロトコル等の標準化も活発に行われた.代表的な標準は,バス型トポロジで衝突検出・再送信方式のCSMA/CD(Carrier Sense Multiple Access with Collision Detection)[7]とトークンパッシング方式のトークンバス[8],リング型トポロジでトークンパッシング方式のトークンリング[9]の3種であり,WG1及びWG3が担当した.CSMA/CDはイーサネット(Ethernet)とほぼ同等の規格である.現在では,ほとんどのLANはイーサネットを使用している.
 これら10Mb/sクラスのLAN標準に加えて,1990年代前半には,100MB/sクラスのMAN標準に関する検討も盛り上がりを見せた.MANに関する標準化作業はWG1及びWG6が担当した.このような状況で,日本からもATMR(Asynchronous Transfer Mode Ring)方式を提案したが,国際標準となるには至らなかった.高速MANとしてはいくつかの標準が制定されたものの,現在では使用されていない.実際に使用されているのは,高速物理インタフェース上のイーサネットであり,10Gb/sに達している.
 無線LANの標準化作業は,米国の提案により1995年から始まった.無線LANは無線周波数の割当てという国の政策に関わることから,我が国では,総務省所管の社団法人電波産業会(ARIB)とも連携をとりつつ,専門の無線LAN-SGを設置して対応した.結果として,各国の周波数規制状況が反映された無線LANプロトコルの標準[10]が制定された.その後検討は下火となり,無線LAN-SGは2003年にWG1に統合された.なお,無線LANセキュリティの標準については,2004年に中国から提案されたWAPI(Wireless Local Area Networks(WLAN) Authentication and Privacy Infrastructure)に関する一連の動きは記憶に新しいところである.
 これらのLAN/MANプロトコルの標準化作業の多くは,IEEE802委員会との協調により行われた.具体的には,IEEEで検討された規格(案)がJTC1に提案され,審議するというものである.当初は,JTC1の審議結果(コメント)がIEEEの規格策定に直接反映されていたが,その後,JTC1のメンバが必要に応じてIEEE802委員会に参加する形となり,最近では,IEEE規格がファーストトラック手続きによりJTC1での投票にかけられる形態となっている.このような変化を経て,JTC1内でのLAN/MAN関連標準化作業は下火となっている.
 PISNに関する標準化作業は,WG6を設置して1989年から開始された.我が国でも,社団法人電信電話技術委員会(現,社団法人情報通信技術委員会)(TTC)と連携しつつ検討し,ナローバンドPISNにおける物理インタフェースを規定したQSIG(Signaling protocol over Q reference point)信号方式を提案する等,積極的に貢献した.その後,Ecmaインターナショナルからの提案を中心に多くの標準が制定されたものの,独自の私設網に対する関心が薄れていく中で,WG6は2003年に解散した.現在でもこの分野の標準化作業は継続しているが,国際・国内ともSC6直属で対応している.
 旧SC33の解散に伴い,旧SC33/WG1(Messaging),WG2(Directory),WG8(Abstract Syntax Notation)及びWG4(ODP)の一部(QoSアーキテクチャ)のOSI基本参照モデルの上位層に関するプロジェクトが,1998年にSC6/WG7に移管された.我が国でのこれらの作業は,それぞれ,メッセージングSG,ASN1-SG,ディレクトリSGを設置して進めていたが,状況に応じて順次解散・統合を行い,現在では,2005年に設置されたWG8に集約している.なお,国際の場では,2004年に,WG8(Directory)とWG9(ASN.1 and Registration)とが設置されている.ディレクトリに関しては,ITU-Tと合同で標準化作業を進め,規格[11]の拡張・改版を重ねている.
 OSI普及の目論見が頓挫した1990年代後半以降,2000年に幹事国が米国から韓国に交代して米国からの貢献が減少する等,SC6における標準化作業は一時退潮となった.我が国においても,この頃から委員会の開催回数が減少している.
 こうした中で,2003年から,鉄道の非接触カード型乗車・定期券等に使われている近距離無線通信プロトコル(NFCIP; Near Field Communication and Protocol)に関する標準化作業がWG1で開始された.NFCIP[12]は,日本企業がEcmaインターナショナルに提案して標準となった規格が,ファーストトラック手続きによるJTC1での投票を経て国際標準となったものである.以降,NFCIPシリーズ規格の標準化作業は継続しており,最近では,ICカード規格(ISO/IEC 14443)とのハーモナイゼーションに関する審議がSC17と共に行われている.

<主な国際規格>
[1] ISO/IEC 7498   Information technology -- Open Systems Interconnection -- Basic Reference Model
[2] ISO/IEC 13239   Information technology -- Telecommunications and information exchange between systems -- High-level data link control (HDLC) procedures
[3] ISO/IEC 7776   Information technology -- Telecommunications and information exchange between systems -- High-level data link control procedures -- Description of the X.25 LAPB-compatible DTE data link procedures
[4] ISO/IEC 8208   Information technology -- Data communications -- X.25 Packet Layer Protocol for Data Terminal Equipment
[5] ISO/IEC 8571   Information processing systems -- Open Systems Interconnection -- File Transfer, Access and Management
[6] ISO/IEC 10021   Information technology -- Message Handling Systems (MHS)
[7] ISO/IEC 8802-3   Information technology -- Telecommunications and information exchange between systems -- Local and metropolitan area networks -- Specific requirements -- Part 3: Carrier sense multiple access with collision detection (CSMA/CD) access method and physical layer specifications
[8] ISO/IEC 8802-4   Information technology -- Information processing systems -- Local area networks -- Part 4: Token-passing bus access method and physical layer specifications
[9] ISO/IEC 8802-5   Information technology -- Telecommunications and information exchange between systems -- Local and metropolitan area networks -- Specific requirements -- Part 5: Token ring access method and physical layer specifications
[10] ISO/IEC 8802-11   Information technology -- Telecommunications and information exchange between systems -- Local and metropolitan area networks -- Specific requirements -- Part 11: Wireless LAN Medium Access Control (MAC) and Physical Layer (PHY) specifications
[11] ISO/IEC 9594   Information technology -- Open Systems Interconnection -- The Directory
[12] ISO/IEC 18092   Information technology -- Telecommunications and information exchange between systems -- Near Field Communication -- Interface and Protocol (NFCIP-1)

<対応するJIS規格>
[1] JIS X 5003   開放型システム間相互接続の基本参照モデル
[2] JIS X 5002   基本形データ伝送制御手順
[3] JIS X 5203   システム間の通信及び情報交換 ― ハイレベルデータリンク制御(HDLC)手順
[4] 該当なし
[5] JIS X 5724   開放型システム間相互接続 ― ファイルの転送,アクセス及び管理(FTAM) ― 第4部 ファイルプロトコル仕様
[6] JIS X 5809   メッセージ通信処理システム(MHS) ― 第9部 電子データ交換メッセージ通信システム
[7] JIS X 5252   ローカルエリアネットワーク及びメトロポリタンエリアネットワーク−CSMA/CDアクセス方式及び物理層仕様
[8] JIS X 5253   ローカルエリアネットワーク ― トークンパッシングバスアクセス方式及び物理層仕様
[9] JIS X 5254   ローカルエリアネットワーク及びメトロポリタンエリアネットワーク ― トークンリングアクセス方式及び物理層仕様
[10] 該当なし
[11] JIS X 5731   開放型システム間相互接続 ― ディレクトリ
[12] JIS X 5211   近距離通信用インタフェース及びプロトコル (NFCIP-1) ...制定手続き中

<主なデータ>
・日本メンバの国際エディタ,役職の変遷
   国際エディタの引受けは,20件
   役職としては,1995年頃から2000年までWG1のセクレタリを引き受けた.
・これまでに出版されたIS,TR数(1986年以降)
   IS 426件(改版を除く制定数は約350件)
   TR 30件
・関連して制定されたJIS数
   設置したJIS委員会数は13であるが,1委員会で複数のJIS原案を作成しているため,制定されたJIS数は,数十と推定される.
・開催された国際会議(SC6総会)数,日本での開催数と日本からの参加者数
   50回程度と推定(設立後45年経過し,1回開催/9か月〜1年のため.)
   うち,日本での開催は4回であり,開催時期と場所,日本からの参加者数は次の通り:
     1986年10月 東京,不明
     1995年 3月 大分,46名
     2001年 4月 奈良,13名
     2009年 6月  東京,7名

(5)課題と展望
 SC6の歴史は長いが,OSI関連の標準化作業がほぼ終了した頃以降,低調であると言わざるを得ない.日本の活動状況もこの流れと概ね一致している.一方,同じ頃から,韓国や中国が,それぞれの国家戦略のもと,積極的に参加している.
 日本では,SC6の標準化項目と事業との関係が希薄となった各企業から参加する標準会員の世代交代は,なかなか進んでいない.ただし,一部の作業項目に見られるように,国内で既に普及しさらに発展の見込めるサービスや事業にフォーカスした項目に対しては活発に進めている.
 伝送媒体の進化や高度化する各種応用サービスに対応した通信プロトコル等のニーズは今後も続くと思われる.しかし,それらニーズに基づく標準化作業の多くは,各ニーズ元の組織で行われるであろう.このような状況において,今後のSC6には,かつてのOSI基本参照モデルの考え方に立ち返ると共にそれを新たな環境に対応して見直した,通信プロトコル等の体系化・共通化といったような,より高度な役割も求められるのではないだろうか.

[2009-09-09]

表-1
SC6国内組織の設立と変遷

表-2
歴代SC6国内委員長一覧

図-1
JTC 1におけるSC 6の組織の変遷

図-2
OSI基本参照モデル