第六章 名物妖魔との戦い

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 巴山虎と倚海龍が速やかに洞へ戻ってきたので金角は満足していた。しかしこの2匹は元はといえば悟空の毛である。そのあとからよたよたとやってきた老婆は悟空が化けているが、気づいている様子はない。
「おかあさま、お久しぶりでございます」
 金角と銀角が頭を下げるので悟空は気分が良くなった。
「うんうん、親孝行な息子を持って幸せなことだ」
 もっともらしいことを言って宴の席へ着こうとする。それを見て思わず笑い声を上げたのは八戒だった。悟浄と共に縛られて天井につり下げられている。
「どうしたんだ。あまりの絶望感に気でも触れちまったのか」
 悟浄が心配して尋ねると八戒は「絶望なんてあるもんか」といった。
「あのババアのケツを見てみろよ。しっぽが生えてる。ありゃ兄貴に違いない。わしらを助けに来たんだ。兄貴ならやってくれると思ったよ」
 なおもニヤニヤとしているので、それに気づいた銀角が金角に耳打ちをした。
「八戒の奴、なんかたくらんでいるんじゃないか? 笑ってるぜ?」
「俺はなんどもそういう奴らを見てきたよ。あまりの恐怖に失禁したかと思えば、あまりの緊張に糸が切れて頭がおかしくなるんだ」
「ならば早く楽をさせてあげたらどうかね」
 悟空は調子に乗っていった。
「前菜には八戒とやらの耳が食べたい。目の前で耳をちょん切って取り分けておくれよ」
「それではすぐにそうさせましょう」
 銀角は宴の準備に取りかかった。一瞬にして笑いが引いたのは八戒だ。
「なんて奴だ。わしの耳が食べたいだと?」
「大丈夫、兄貴にはちゃんと策略があるさ」
「あるわけないだろ。日頃の恨みをここで晴らそうっていうんだ。間違いない!」
 その時、あわただしく洞の外から走り込んできた妖怪が、金角の前ですっころんだ。
「何事だ。これから唐僧の肉を賞味しようって時に埃をたてるな」
「だだだだ大王様、山の見回りに出かけたところ、おばあさまが亡くなっておりました。きっと悟空がおばあさまを! そこにいるのは偽物です!」
「おっと、もうバレちまったか」
 悟空は金角が斬りかかってくるよりも前に、体をブルッと震わせ、赤い光を放って消えた。
「どこへ行った! くそぅ、こんなのでは埒があかない。奴は幌金縄も手に入れたに違いない。俺たちの宝を3つも持ってる。それに自在に術を操り、神々とも疎通している。おい、銀角、銀角! 宴はもうやめだ。奴と張り合ってもきりがないから唐僧も馬も弟子たちもみんな返してやれ。終わりにするんだ」
 銀角がいつになくすさまじい形相で飛んできた。
「兄貴、ふざけたこといってんじゃないよ。おふくろが殺されたんだぞ。黙っていられるか。それに、今までどんだけ苦労して唐僧を捕まえてきたと思ってるんだ。俺はやる。孫行者とは一度対面しているがたいしたことはないよ。まぁ見てなって。俺が捕まえてくる。俺が負けたときは唐僧を離してやるといいさ」
 息巻いて銀角は洞の外へ飛び出した。手には七星剣が握られている。蓮花洞では弟という立場上、金角の下についているが、戦いの場は金角よりも多く踏んでいるので、武将としての威圧感は生半可なものではなかった。 「出てこい、孫行者! 悪ふざけもそこまでだ。隠れていても師匠は戻らぬぞ。俺の宝剣を受けてみろ。斉天大聖の名はもう捨てたのか」
 悟空は洞の中から煙のように沸いて出た。気が大きいのはいつものことだが、宝を奪ったことで余裕さえ生じた。
「よくその名を知っていたな。おれだって逃げていたわけじゃないさ。急がば回れってやつだな。おかげでおれの手には貴様らの宝が3つある。あわてふためいているのはそっちだろう? 捨て身でおれに戦いを挑んでも勝負は見えてるってもんさ!」
 如意棒を振り回すと、銀角はそれを七星剣で払った。互いに雲を呼び、空中を自在に飛び交う。如意棒と七星剣が勢いよく交わると火花が散り、地上に火の粉を降らせた。
 宝がなくとも銀角は負けてなかった。剣さばきは見事でなかなか勝負がつかぬ。宝物を頼りに大王へと成り上がったのだろうとたかをくくっていた悟空は、予定外の接戦に音を上げた。というのもやはり3つの宝を手にしていたからだ。楽に戦いを終えることが出来るのならそれにこしたことはない。
「いっそのこと、名前を呼んでひょうたんの中へ閉じこめてやろうか。いや、待てよ。返事をしたら吸い込まれることは百も承知のはず。返事なんかするものか。ならば、婆さんから奪った縄で縛り上げてやろう」
 悟空は隙を見て幌金縄を銀角に放った。縄は銀角にからみつき、蜘蛛の巣にかかったように動きを封じられた。しかし、元はといえば自分たちの宝物であった縄だ。縄をほどくのもお手の物。鬆縄呪<しょうじょうじゅ>を唱えると縄はゆるんでいつの間にやら幌金縄は銀角の手に落ちていた。
 逆に銀角は悟空に縄を放った。この縄は術を唱えなければ役割を果たさないのだ。緊縄呪を唱えて悟空を締め付ける。悟空も負けじと痩身法で免れようとするが、銀角が緊縄呪を唱え続けるのでますます悟空を締め付けてしまった。縄はすっかり金の輪となって悟空の体にはまった。
「さぁ、俺たちの宝物を返してもらおうか」
 そう言うと銀角は悟空から紅葫蘆と羊脂玉浄瓶を取り戻したのであった。銀角は七星剣の柄<つか>の部分で悟空のみぞおちを何度も突き上げた。きつく縛られた悟空は喉の奥でうめき声を上げ、脂汗を垂らした。

 銀角が縄を引っ張って悟空を連れ帰ると、金角はなにか含みのある言葉で「よくやった」といった。本当に捕らえてくるとも思ってなかったし、期待もしていなかったのだ。借りが出来たというわけではないが、自分の足場が崩れかかってきたようにも思った。
 悟空を捕まえ、興奮冷めやらぬ様子で銀角はいった。
「これでゆっくり唐僧の肉が食える。そうだろ、兄貴?」
「ああ、そうだな」
「こいつらの見ている前で師匠を食ってやろうじゃないか。そんなもんじゃおふくろが死んだ痛みにはかえられないけどよ。あとで仇を取ってやる」
 とうとう三蔵はふたりの大王の前に差し出された。銀角が手下に命令する。
「紐をほどいて袈裟を脱がせろ。噴き出す血が袈裟に染みこんではもったいないからな」
 三蔵は妖怪に囲まれて身包みをはがされようとしている。観念したのか、三蔵に抵抗はない。卑しい妖怪の一匹はひと舐めでもいいから三蔵の肉を味わいたいと、わざと爪で三蔵の肉をひっかき、自分の指をしゃぶった。親分よりも先に三蔵の肉を賞味してしまったわけだ。思わず声をあげたくなるほどうまかったが、他の妖怪に紛れて脇へとはけた。
 全裸にされた三蔵の背中に一筋の切り傷が見える。ふたりの大王はそのことに気づいていないようだった。
「……お師匠さんが」
 八戒の隣に吊し上げられた悟空はもぞもぞと体を動かした。
「勝ちを急いだばかりにこのざまか。まぁいい。もう一度やり直すか」
 悟空は小さくなった如意棒を手のひらに落とし、「変われ!」と術を唱えた。如意棒は名の通り、自分の意のままに変えることができる。大きくしたり小さくしたり、それだけではなく鍵やヤスリに変えることもできるのだ。
 ヤスリを使って後ろ手で幌金縄を切断した。毛を一本抜いて分身を作るとそれを身代わりにして自分は抜け出した。悟空がそのままどこかへ行こうとするものだから、八戒は小声で呼び止めた。
「兄貴。わしらのことを忘れてるぞ」
「黙ってろ。今はお師匠さんのほうが先だ」
 そういうと悟空は洞の外へと出て行った。術も唱えずそのままの格好で「おい、お山の大将!」と叫んだ。 「孫行者の弟だ。兄の危機を感じ取って助けに来た」
 洞の奥で聞いていた銀角は「あれに弟がいたなんて初耳だ。まったく面倒な奴がきたな」と紅葫蘆を持って洞の外へと出た。
「なるほど、孫行者にそっくりだな。名前はなんという?」
「者行孫だ」
 銀角は手にした紅葫蘆の栓を抜いた。この宝の秘密を知るはずもないと思ったのだ。
「おい、者行孫」
 むろん、者行孫というのは偽名である。自分の名前を呼ばれたわけではないから返事をしても何ともないだろうと、悟空は大声で返事をした。
 ところがである。悟空は頭のほうからひゅーと、ひさごに吸い込まれていったのであった。
「畜生! どうなってるんだ!」
 ひさごのそこに溜まっている液体の中で悟空は壁を叩くが、頑丈そのものだった。銀角は紅葫蘆にお札を貼り付けて封印する。ひさごを揺らし、ちゃぽんと音を立てるのに、ほくそ笑んだ。
「一時三刻もあればどろどろに溶ける。うまい酒が飲めそうだな」
 この紅葫蘆は自分の名前であろうと人の名前であろうと、返事をしただけで吸い込まれてしまう代物だったのだ。返事をさせるには名前を呼ぶのが一番、ただそういうことである。
 しかし、悟空はそんなことでへたばったりはしない。何しろ太上老君の金丹を全部食べてしまい、八卦炉に49日間も閉じこめられていたのだから、悟空の体は強固なものに煉り上げられていた。一時三刻で溶けてしまうことなんてあり得なかった。
 悟空はまた銀角を担ごうと大きな声で「うわっ! 足が溶けてる。なんだこりゃ!」と叫んだ。
「よしよし。このぶんだともっと早くに溶けてしまいそうだな」
 銀角はひさごをぶら下げて玉座へと戻った。
「兄貴。捕まえてきたぜ」
「捕まえたってどこだ」
「お宝の中に決まってるだろ」
 と、銀角は紅葫蘆を揺らした。
「おーい、孫行者。おまえの弟はこの中だ。もう少しで跡形もなく酒になるだろうよ」
 それを聞いた八戒は青ざめた。
「なんてことだ。兄貴に弟なんているもんか。閉じこめられたのは兄貴本人だぞ。だからいったんだ。わしらを先に解放しろって。そうしたらわしらだけでも逃げられたのに」
「なにいってるんだよ。お師匠様も食われて、悟空の兄貴も酒にされて、私たちだけが生き延びてどうするんだ」
 悟浄はあきらめたようにおとなしく吊り下がっている。
「どうしろもこうしろもあるか。自力で抜け出すんだ。それしかねぇ」
 八戒はバタバタともがいたが、自分の重みでいっそう縄が締め付けられるだけだった。悟空はというと脱出の時を静かに待っていた。
 しばらくすると金角が「もうほどよいころじゃないか?」といった。「お札をはがして様子を見てみろ」というので悟空は毛を抜いて、手や足や胴体などバラバラに溶けてしまったように身代わりを作って水面に浮かべた。銀角がお札をはがしてのぞき込んでいる隙に自分は羽虫に成り変わって外へ出た。
「静かだと思ったらバラバラ死体になって浮いてるぜ。酒になるのはもう少しのようだな」
 そういって銀角はまたお札を貼った。
「おとうとよ、祝杯だ。よく孫行者とその弟を捕らえてくれた」
 銀角は兄貴に酒を勧められ、杯で受けようとした。しかし片手で杯を持つわけにもいかないのでそばにいた弟子に紅葫蘆を預け、両方の手で杯を持った。しらっとした顔で紅葫蘆を受け取ったのが妖怪に変じた悟空であることはいうまでもない。また毛を抜いて偽物の紅葫蘆を作ると銀角に返したので、疑いをもたれなかった。悟空はこっそりと抜け出し、また洞の前で叫んだ。
「兄貴たちがここにいるのはわかってるんだ! 出てこい、化け物め!」
「しつこいな。何人兄弟がいるんだ」
 金角がいうと銀角は紅葫蘆を持って立ち上がった。
「このお宝は千人は封じ込められるんだ。面倒だがまた行ってくるよ」
 銀角が洞の外へ出てみると悟空が待ちかまえていた。
「孫行者に何人も弟がいたなんて聞いてないぞ。名前をなんというんだ?」
「行者孫だ」
「そうか、兄貴たちを助けに来たのか。なぁ、行者孫よ」
 と、銀角は札をはがし、紅葫蘆をつきだした。
「おう、なんだ」
 悟空は返事をしたが、当然ながら銀角が持っているのは偽物の紅葫蘆なのでなにも起こらない。
「行者孫」
「なんだよ! 人の名前を連呼して。目の前にいるじゃないか。それより、やい、銀角!」
「なんだ。気安く呼ぶな」
 悟空はすかさず持っていた本物の紅葫蘆を取り出し、お札をはがした。銀角がそれを見てぎょっとしたときには遅かった。銀角は紅葫蘆の中へと吸い込まれていった。
「こいつは便利だな」
 悟空はペタッとお札を貼り付けた。

 周りにいた妖怪はあわてふためき、銀角が吸い込まれてしまったことを金角に報告した。
「なんてことだ。おふくろも殺され、おとうとまでも……」
 悲しみに明け暮れる暇はなかった。浄瓶はもう役には立たぬと、残ったお宝のうち七星剣と芭蕉扇を手に持ち、洞の外へ飛び出した。龍の鱗をはがして貼り合わせたという鎧が、日の光に反射してきらめいている。待ち受けていた悟空の手には銀角が封じ込められた紅葫蘆がある。
「おぬし、どこでその紅葫蘆を手に入れた? 俺たちの宝物とうりふたつ。これは太上老君が崑崙<こんろん>山のふもとにある仙藤に、この紫金の紅葫蘆が実っていたのを見つけたのだ。どうしておぬしが閉じこめられず、おとうとが吸い込まれてしまったのだ」
「おれさまが持っているのも紅葫蘆だ。貴様らの紅葫蘆と同じ蔓<つる>になっていたが、こちらは雄。貴様らの紅葫蘆は雌だったから男を立てたんだろうよ」
「ふざけたことをぬかしやがって! 孫行者の弟かなにか知らんが、一族を根絶やしにしてやる!」
 怒り狂った金角は流星のごとく七星剣で斬りかかってきた。寸前のところでそれを交わし、悟空も如意棒を構える。七星剣の刃先が金角と疎通しているかのように自在に襲いかかってくる。しかし、どれだけ渡り合っても悟空が振り回す如意棒に阻まれ、つけ込む隙がない。
 根負けした金角は口笛を吹いて山中の手下を呼び集め、「かかれ!」のかけ声と共に一斉に悟空を取り囲んだ。悟空は慌てずうなじの毛をむしり、息を吹きかけて身外身の法を唱えた。すると悟空の分身が無数に飛び出し妖怪どもをなぎ倒していく。
「大王! どこもかしこもサルだらけでこれではとてもかないません!」
「おのれっ!」
 金角は最後の手となった芭蕉扇を広げ、南の丙丁<ひのえひのと>に向かって大きくあおいだ。その風圧が地表を撫でていったかと思うとどこからともなく煙が上がり、2,3度あおげば火種となって6,7回あおぐと地上は炎の海となっていた。火の手は蓮花洞まで迫っている。
「あの野郎! お師匠さんが丸焦げになっちまう!」
 悟空は避火の術で炎をかいくぐり蓮花洞に戻った。金角は深追いせずに圧龍山へ助けを求めに行った。

「おーい、お師匠さん、みんな、無事かー!」
 蓮花洞の奥ではきつく縛り上げられた八戒が苦しそうにもがいていた。
「ゲホゲホ。兄貴! 早く! 燻されてスモーク豚になったらどうしてくれるんだ」
「心配するな。おれは普段は肉なんか口にしないが、その時は供養だと思って食ってやる」
「冗談はよしてくれよ〜」
 悟空はようやく仲間の拘束を解いてやり、全裸で目をつむってお経を唱えている三蔵の背中にに袈裟をかけてやった。
「お師匠さん、指一本さわらせないどころか、ケガをさせちまったな」
「こんなことぐらいは……。悟空、待ってましたよ」
 悟空は照れくさくなって「まったく、お師匠さんもたまには自力で逃走して下さいよ」といった。
「かわいい弟子を置いて一人で逃げられるものか」
 と、三蔵もうそぶく。
「そんな言い競ってないで逃げましょう」
 悟浄にうながされ、一行は火の手から逃れた。
「妖怪の兄弟はどうなりました?」
 悟浄に聞かれ、悟空は「銀角はここだ」とひょうたんを見せた。
「あとのやつは、おそらくは応援を呼びに圧龍山へでも行ったんだろう。あそこには母親が住んでいたから親族が他にもいるかもしれない。逃げたまま帰ってこないというわけじゃあないだろう」
「もちろん――」悟浄が言いかけたのを遮って、
「放っておいたらやっかいだ。こっちから仕掛けてやる!」
 ふたりが意気込んで出かけていくのを見て八戒は、「あのふたりはいつも熱くなりすぎるんですよね」と三蔵にぼやいてついていった。

 一方、金角はひとまず圧龍洞へことの顛末を告げるために訪れた。留守番をしていた者たちが話を聞いて悲しみに暮れている。金角は弔いの白装束に着替え、裏山に住む叔父の狐阿七<こあしち>大王ところへと出向いた。姉が殺されたことを聞いた狐阿七はもちろん怒り狂って金角に加勢することになった。
 金角率いる平頂山の軍兵と、狐阿七率いる圧龍山の軍兵が一丸となって悟空たちがいる蓮花洞へと向かった。
 悟空も黒い群れがこちらへ向かってくるのを見つけ、スピードをあげた。先陣切ってくるのは狐阿七だった。
「何人かかってこようが同じこと! 八戒、悟浄! 先鋒の妖怪を任せるぞ。おれは金角を討つ!」
 まずは3人いっぺんに狐阿七を攻め、隙を見て悟空は後続の群れに飛び込んでいった。狐阿七は方天戟を振りかざしふたりを相手にする。
 悟空は如意棒をプロペラのように回して雑魚どもを吹き飛ばしていく。如意棒の回転を剣で受け止めたのはやはり金角だった。
「応援を呼んだみたいだが、役に立ってるか?」
 悟空が皮肉をいうと金角は「そういう問題じゃない」と表情を崩さない。
「おれの兄弟もなかなかやるんだぜ」
 悟空がいうやいなや八戒のまぐわが狐阿七の脳天を叩き割った。その正体は狐だった。叔父を殺されてしまった金角は我を忘れ、八戒と悟浄にかかっていった。悟空も追いかけ、金角は3人に囲まれた。さずがに勝機がないと思ったのか己の軍兵に紛れ込むように退散していく。八戒と悟浄が追いかけようとするのを止め、「おれに考えがある」と悟空はひとり密やかに金角を追った。
 悟空は金角の後ろから声色を変えて「金角大王! ご報告申し上げます! 金角大王!」と叫んだ。
「おう! どうした!」
 家来だと思って金角は返事をして振り返った。ところが後ろから声をかけたのは紅葫蘆を持って待ちかまえていた悟空だった。
「おまえ……!」
 金角は絶句し、そのまま紅葫蘆に吸い込まれていった。
「金角と銀角は紅葫蘆の中だ。無駄な抵抗はやめて解散しろ!」
 すでに軍兵は半数以上が息絶えていたので、自分たちではかなわないと悟り、悟空たちの元から散るようにして消えていった。
 金角が持っていた七星剣が弾みで落ちて地面に突き刺さっている。悟空は剣を抜いた。
「大きくて扱いにくいがいい武器になりそうだ」
「戦利品なんて初めてじゃないか? どうせならうまいもんがよかったけど」
「そのひょうたんは危ないなぁ。間違って返事をしてしまったらどうする?」
 口々に言って悟空らは勝利をかみしめた。宝を手に入れて、満足げに三蔵のところへ帰ろうとする3人の前に老人が現れた。
「太上老君! こんなところにおいでとは驚いた。なにしてるんですか」
 悟空がいうと太上老君は渋い表情で答えた。
「そなたが持ってるお宝を返してもらおうと思ってな。紅葫蘆は金丹を入れるための器で、羊脂玉浄瓶は水を入れるためのもの、七星剣は妖魔を従えるもの、芭蕉扇は八卦炉の火を扇ぐもの、幌金縄は上着の帯じゃ」
「どうして老子の大事なものを下界の妖怪が持ってるんだ」
 太上老君は紅葫蘆のふたを開けた。すると中から一筋の煙が昇り金と銀の童子になった。
「これは!?」
 悟空が驚いていると太上老君は声を立てて笑った。
「観音菩薩に3度も頼み込まれてな。そなたたちが本当に難儀なことにも立ち向かって経典を取りに行く心構えがあるか、確かめさせてもらったのだよ」
「ひどいなぁ。おれは酒になっちまうところだったんだぞ」
「よくいうわい。わたしの仙丹を水のように飲み干しておきながら」
 そういって太上老君はふたりの童子を連れて天へと帰って行った。それを悟浄が三蔵に報告すると、おわかりの通り、ありがたきことだと香を焚いて叩頭し、いっそう天竺へ気持ちが堅いものとなった。


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(C) Sachiyo Kawana