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4.人参果の再生
どうにかしてやると息巻いて飛び出したはいいが、悟空にあてがあるわけではなかった。地仙の祖といわれる鎮元大仙も、人参果の木を元に戻すことができずに悟空にしつこく仕打ちをするのだから、本当に木が生き返るのか、それ
すらもわからないが、とにかく、悟空は地上に住まう仙人を訪れてみることにした。
斛斗雲で瞬く間に蓬莱<ほうらい>へやってきた。三神山のひとつというだけあって、雲を突き抜けるほどに高く、山にかかった霞が光に反射して5色に光っている。
山頂付近に降り立つと白雲洞の外で3人の老人が碁を打っていた。寿星、福星、禄星の三星だった。
「みなさん、どうもお久しぶりです」
悟空が話しかけると三星はゆっくりと振り向き、懐かしそうに声をかけた。
「おやおや、斉天大聖どのではないですか」
「どうしてここへ」
「なんでも釈尊に捕らえられたあと仏門に入り、今では唐僧のお供をしてると聞いておるが、どうされたのですかな」
天でも地でもすっかり有名になったものだと頭を掻きながら、悟空は正直に事情を説明した。
「道中で万寿山の五観荘に立ち寄ったのだけど、そこでちょっと問題が起こりましてね」
「まさか、あの人参果を盗み食いしたわけではあるまい?」
と、寿星がいうので悟空は「あははは……」と笑うしかなかった。
福星がおかしそうにいう。
「まったく、西王母の桃を食ったかと思えば、太上老君の金丹を喰らい、まだ足りずに人参果まで食ったのか。しょうのないやつじゃのう」
「それが、食っただけじゃなく、木を根こそぎ倒してしまいまして」
「まったくなんてことだ」と禄星は神妙に言った。「あれはまたの名を万寿草還丹といって、1つ食べれば寿命が四万七千年延びる貴重なものであるぞ。大仙はあの果物を自由に食べられるから天と齢を等しくしておられるのだ。われ
われは行く年も修行を重ね仙道に勤しんでいるのだが、それでも大仙には及ばないというのに、あの霊根を絶やしてしまうとは」
「まさか、大聖、逃げてきたのですか」
と、寿星が聞く。
「そんなことはしませんよ」
「そうなのか? 大仙と一戦交えて降参させられたのではないかね」
と、福星は笑った。
「そうじゃないってば。ただ、ここへ来れば木を甦らせる薬があるんじゃないかと」
「さっきもいったではないか」と、禄星。「大仙は地仙の祖であるのだよ。大仙でも無理なことをわれわれに出来ると思うか。獣や昆虫を生き返らせてくれというなら黍の丹薬があるが、人参果は無理ですぞ」
「でも、三日以内になんとかしないと、師匠まで殺されてしまいます」
「ふむ、それは問題じゃ」
「大仙にあって二日伸ばしてもらうよう口添えしてあげましょう」
「唐僧に罪はないですからね」
そういうわけで、三星は悟空の味方についてくれることになり、一緒に五壮観へ戻った。三星は大仙にあって、「私たちがお話し相手になりますので、もう少しぐらい待ってあげましょうよ」と申し出て話がついたので、悟空は再び斛斗雲で飛び立った。
次にやってきたのは方丈仙山だった。ここも三神山のひとつで、気高くそびえ立っている。緑が濃く、仙人たちが好んで食べる桃の実もたくさんなっていた。
その最高峰に住まうのが帝君だった。悟空が尋ねると、いきなり弟子の童子がいった。
「天界を荒らしたあとどこへ消えたかと思えばここに現れたか。おまえにやる桃などひとつもないぞ」
「これこれ」
と、帝君は弟子をたしなめた。
「この者は心を改め、出家したのじゃ。そうであったな?」
「はい」
悟空は素直に答えた。
「それがどうしてここにおる。三蔵と申す僧侶と旅に出たと聞いておるぞ」
悟空はまた事情を説明して、木を元通りにする薬があれば頂きたいとお願いした。
「力になれそうにもないな。ここには九転太乙還丹があるが、これは人間を生き返らせる薬じゃ。そのへんに生えている草木ならなんとかなるが、西牛貨州にある霊根を生き返らせることは不可能なのだよ」
悟空はガックリと肩を落とし、
「そうですか。それならおいとまします」
「まぁ、そんなに慌てずに玉液(人が飲むと仙人になれるという甘露水)を飲んでおゆきなさい」
「せっかくですが急いでいるので」
「そんなに急いでも成果は得られぬぞ」
「しかし、期限が迫っておりますゆえ」
と、また期日までに蘇生させないと師匠の命がないことを説明した。
「ならば、わたしが少し頭を冷やすようにいっておきましょう。そなたは探してきなさい」
悟空は頭を下げてまた飛び立った。
今度は「えい州」(*6漢字表記)へ行くことにした。最後の三神山だ。ここもまた美しくあでやかな山で、猿や鹿が集まって仙人に果物を献上したりしていた。
木陰で数人の老人たちが碁をうっていたので、悟空は早速話しかけた。
「どうも失礼」
「ほう、珍しいおひとが尋ねてきたぞい」
九老はのんびりといった。
「大聖どの、あなたは確か仏門に入り、仏の元へ経典を取りに行くと聞いておったが、もうその修行は果たしたのですかね」
「いえいえとんでもない。まだ半分も歩いてませんよ。わたしがこうしてやってきたのは、力を貸してもらいたいと思いまして」
これまでのことを話すと、
「そのような薬は聞いたこともない。だってそうじゃないか、あの木は世界にひとつしかないのじゃ。それを蘇生させる薬だって、たいそう珍しいもののはずじゃからな。それより、神仙たちが五観荘に集まっておるのじゃろう?わしらも伺ってみようかのう。大聖どのが人参果を蘇生させることができたら、人参果をふるまってくださるかもしれぬ。それじゃ大聖どの、頼みましたよ」
それを聞いた悟空はやはり頼めるのはあの方しかいないと、落伽山<らっかせん>と向かった。そこではちょうど観音菩薩が説法をしているところで、山守をしている黒熊に呼び止められた。そう、以前菩薩が悟空と同様に金の輪をはめた妖魔だ。
「おい、孫悟空どこへ行く」
「菩薩にお願いがあってきたんだ。お前とやり合っている暇はない」
「せっかちなやつだ。菩薩さまは説法の最中だからおれが案内してやるというのに」
「それを早く言わないか」
悟空はそれを待ってようやく菩薩に会えた。
「悟空、三蔵法師は無事なのですか」
「それが少々命の危機にさらされてまして」
と、また初めから事情を話した。
「次から次へと問題を起こすサルですね。あのお方はわたしでも一目置くというのに。大事な宝果を根絶やしにしてしまうとは、あきれます」
「それはもう、わかってますよ。だからすぐにはここへ来られなかったんじゃないですか」
「わたしの持つ甘露水でなんとかなるでしょう。この浄瓶の底にある甘露水は炭になってしまった樹木を生き返らせたことがあるのです」
「そりゃすごい。ただ引っこ抜いただけの木なんてすぐに元通りだ。菩薩さま、すぐ来てください。師匠が待ってますので」
「弟子らしい一面も持っていてわたしも安心しましたよ」
菩薩は悟空と共に雲に乗って五観荘へやってきた。三星を初めとする神仙たちが集まって話しに夢中になっていた。そばで三蔵もうやうやしく話を聞いていた。菩薩の姿に気づくと皆はそろって出迎えた。
「これは菩薩さま、どうしてこのようなところへ」
と、鎮元大仙がいえば、
「悟空に事情を聞いてやってまいりました。この者は天界で悪さをし、釈尊に捕らえられ、その後、わたしが悟空の身を預かりましたので、弟子も同然です。悟空の不手際を何度尻拭いさせられたことでしょう」
というと、一同は笑った。
「わたしの甘露水なら霊根も元へ戻ると思います」
「それは恐れ入ります」
鎮元大仙は菩薩を庭へ案内した。菩薩は悟空に倒れている木を立てるように言うと、甘露水を振りかけた。すると枯れた葉は青々と茂り、土に落ちたはずの人参果が元に戻っていた。
「あれ! いくら数えても22個しかなかったのに、1個増えてる」
と、清風が騒ぎ立てると悟空は、
「1つは地面に落としてしまったんだ。そのとたんに消えてしまったから、食べたのは3こだ。わかったか、八戒」
「論より証拠とはよくいったもんだね兄貴。今の今まで疑ってたよ」
八戒はどっしりと実を付けた木を見上げて、物欲しそうにしている。
「それではみなさまにはご足労かけましたので、人参果の会食を開きたいと思います。どうぞゆっくりしていってください」
鎮元大仙はたいそう喜んで言った。人参果は悟空たちにまで振る舞われた。一度はひどく腹を立てた鎮元大仙だが、誠意のある悟空に惚れたようだ。兄弟の契りまで結ばせて快く旅立たせた。