三蔵の生い立ち

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3.悟空の不始末

  時を前後して、腹をすかせた八戒は寺の中をうろうろとして童子を探していた。すると、ふたりが慌ただしく金の棒とお盆を持って外へ出ていくのを見かけた。何かあるに違いないと、こっそりとついていけば人参果をもぎ取るところだった。きっと自分たちにもてなしをしてくれるのだろうと思えば、2つしか実をとらないではないか。
 どうするのかとさらに後を付ければ、2つともを三蔵に差し出していた。きりきりとしながらその様子を見守っていたが、三蔵は辞退したようだった。
 ようやく自分の口に入るであろうと思ったら、あの童子めは客人の弟子をそっちのけで食べてしまった。八戒は腹を立てて、みなのいる部屋に戻ってきた。
「あの小僧め。わしらを馬鹿にしおって!」
「どうした、食いもんを断られたのか」
 悟空は横に寝ころんだままいった。
「どうもこうもあるか。師匠が食わぬなら弟子にもってくるのが道理ってもんだろう? それをこっそり食っちまった。わしらが知らないとでも思ってるのか」
「そんなにうまそうなものを食ってたのか」
「兄貴は知ってるか? 赤ん坊のような形をした人参果を」
「ああ、知ってるさ。話しには聞いたことがある。一口食えば寿命が延びるという宝果だろ? 瑤池にある西王母の桃よりも珍しいっていう噂だ。天神のやつらだって滅多なことじゃ口にできない。なぁ、そうだろ、悟浄?」
 悟浄はコクリとうなずいた。下界へ落とされる前、西王母の主催する蟠桃大会で、悟空のたくらみで玻璃の器を割った責任をとらされた悟浄は、またそのことを思い返したが、あぐらをかいたままじっとこらえていた。
 八戒はよだれが垂れそうなほどつばを飛ばしていう。
「兄貴、わしらの分をこっそり取ってきてくれよ。大きな木になっていて、金の棒で叩き落とすみたいなんだ。そういうの、兄貴は得意だろ?」
「まかせておけ。そういう宝果なら食わずにはいられない。3つぐらいどうってことはないさ」

 早速悟空は童子の部屋にこっそりと忍び込んで金の棒を盗み出してきた。純金に光り輝く指ほどに細い棒で、先端に丸く小さな玉がついていた。
「こんなのでもぎとるのか。変わってるな」
 悟空は棒を持って庭へ出た。そこはさまざまな野菜が植わっており、ちょっとした菜園になっていた。
「自給自足か。意外にケチくさいんだな」
 その奥に1本の大きな木があった。高さは千尺ほどあって、上の方に芭蕉のような葉が上に向かって生えている。よくよく見れば、その葉の間に赤ん坊がつるされているように果実が実っていた。
 悟空は木によじ登った。尻にヘタがついている。そこを金の棒で叩くと実は地面に落ちていった。そうかと思うと人参果は地面の中に飲み込まれてしまったのである。
「どうなってんだ。いくら手があるからといって自分で掘って潜るなんてことはあるまいし」
 悟空はもう一度叩き落とすと、今度は自分の服の裾を引っ張って受け止めた。
「よしよし。どこへも逃がさないぞ」
 人参果が五行を忌むことを知らない悟空は、なぜ土の中に消えてしまったか知る由もないが、ともかく、人参果を3つ収穫した。まるで生まれたての三つ子を取り上げた産婆の気分だったが、こんなところでもたもたしているわけにもいかない。悟空は兄弟たちのいる部屋へと戻っていった。

 一方、金の棒がないことに気がついた清風はあわてふためいた。
「明月、あの棒はどうした」
「まさか、あの人相の悪い弟子たちが変な気を起こしたのでは?」
 妙な胸騒ぎがしたふたりは庭へ出て人参果の数を数えた。人参果は30個なった。まず師匠の鎮元大仙が2つ食べ、そしてさきほど唐僧のために2つもいだ。ということは26個なくては数が合わない。
「兄貴、22個しかないよ」
「ああ、間違えない。おれも数えたが22しかないぞ。やはり、あの者たちが」
「いい人ぶっておきながら、卑しい弟子を連れているとは。兄貴、どなりこんでやりましょう」
「もちろんだ」
 ふたりは三蔵のところへ乗り込んで口々に罵った。
「まちなさい、なにをいっているのかさっぱり……」
 三蔵が困り果てていると清風はいった。
「盗んだんですよ。あなたの弟子が師匠の人参果を。留守を預かったわたくしどもはどう責任をとればいいのでしょう」
「なにかの間違えです。そんなはずはありません。弟子を呼びましょう」
 三蔵は悟空らを呼びつけて問いただした。あらかじめ口裏を合わせていた悟空たちは知らぬ存ぜぬで通した。
「そんなこと知りませんよ。だいたい、そんな大層な物があるってどうしてわかるというんです?」
 と、悟空がいえば負けじと清風がいう。
「なにをいってるんだ。4つも盗んでおいて。さっきあなたは断ったが、急に食べたくなって弟子に頼んだのだろう?」
「おいおい、どういうことだ」口をはさんだのは八戒だ。
「兄貴がもってきたのは3つ。わしらに黙って1個食ったな!」
「黙れ、八戒」
 悟空がいうが遅かった。
「悟空、本当のことをいいなさい。盗んだのならわびねばなりません」
「ふんっ。ああ、食ったよ。コソコソとそこの童子が食ってるからいけないんだ。お前らの師匠にいいつけるぞ。お前らがあの宝果を食べられる身分じゃないだろう」
「悟空、よしなさい。わたしが断ったのだからこの者たちが食べるのは当然のこと。盗み食いは罪ですよ。手をついてわびなさい」
 渋々弟子たちは頭を下げた。そしてその後の話し合いによって、ここにいる6人が1つずつ食べたということで決着が付いた。

 しかし、腹の虫が収まらなかった悟空は、あとで庭に飛び出ると如意棒を持ち、人参果の木をめちゃめちゃになぎ倒してしまった。あの実を全部食ってやろうと思ったが、どこを探しても見つからない。如意棒の先端についた金の箍<たが>で人参果が落ちてしまい、土の上に落ちたので地面の中へ入ってしまったのであった。
 清風と明月も納得したわけではない。自分たちは言われたことをしたまでのことだ。師匠にはいいつけるつもりでいた。逃げてしまわないように、三蔵らに飯を差し出すと、戸を閉めて鍵をかけてしまった。
 飯を食べ終わり、悟空は三蔵にいわれて膳を下げようとしたが、戸に鍵がかけられていることに気がついた。
「お師匠さん、あの童子ら、なにかたくらんでますぜ。ここは一刻も早く逃げた方がいい」
 木を倒してしまったので、悟空はここにはいられないと思っていたのだ。
 八戒が言う。
「でも兄貴、どうやって鍵をあけるんだ?」
「こいつは意のままなんだ」
 悟空は耳から小さくなった如意棒を取り出すと手の中でひねった。錠前あけの術をかけて戸の方へむけると鍵のあく音がした。
「すごいじゃないか」
 八戒が戸を開ける。
「静かに。さっさとずらかろう」
 悟空は門の鍵もすべて開け、表へ出てきた。
「よし。それじゃあ先に行っててくれ。おれは童子にちょっと細工を」
「決して傷つけてはいけませんよ」
「わかってますって」
 悟空は一人寺の中に舞い戻ると、寝ている童子たちの部屋の前で立ち止まった。そして窓の隙間から抜いた毛をふうと吹き入れた。
「変われ」
 眠り虫となった虫がブーンと飛び回り、童子は深い眠りについた。
「これで1ヶ月は起きない。真相は藪の中だ」
 悟空はすぐに三蔵たちを追い、一晩歩き通した。

 翌朝、朝早くに鎮元大仙は弟子を引き連れて帰ってきた。門が開いているので、さぼらずにきちんと起きて掃除をしたのだろうと関心をしていたが、声をかけても出てこない。鎮元大仙は弟子の一人に様子を見てくるようにいうと、慌ただしく戻ってきた。
「師匠、大変です。清風と明月が眠ったまま起きません」
 鎮元大仙がふたりの部屋までやってくると高いびきをかいて眠っていた。
「さては誰かが術をかけたな。水を持ってこい」
 弟子が水を持ってくると鎮元大仙は術を唱えて水を含み、ブッと水を吹きかけて睡魔の術を解いた。
「あわわわ、お師匠さま、わたくしどもではございません」
 仁王立ちの鎮元大仙に恐れをなしてふたりは身をただして頭を畳にこすりつけた。
「何を言っておるのじゃ。客人はもう帰ったのか」
「それが……」
 ことの顛末を清風は師匠に話した。
「うむ。人参果を盗み食いしたと。困った者たちじゃ」
「大変です!」
「騒々しい。どうしたというのだ」
 庭を見回りしてきた弟子は外を指さして言った。
「人参果の木がめちゃめちゃになっています。実がひとつもありません」
「わたくしではありません」清風と明月は言った。「三蔵と申す者の弟子がやったに違いありません。3人とも妖怪のように恐ろしい顔つきをしておりました。特にサルのような格好をしたチビは荒くれ者です。その者がやったんです」
「わかっておる。そなたにはあの木をなぎ倒すほどの器量もなければ度胸もあるまい。あのサルめ。話しには聞いておったが。性懲りもせずに」
 鎮元大仙は少々楽しげにいった。弟子たちは空恐ろしくなって震え上がる。師匠は天界人も一目置くような存在だ。怒りを通り越して笑みさえ浮かべる師匠がどんな制裁を下そうとしているのか、想像するだけで生きた心地がしなかったのだった。

 うまく逃げおおせたと思っている悟空は「お師匠さん、一休みしましょう」と声をかけた。眠りもせず一晩中歩いたとあって、三蔵にも疲労が見える。
「悟空よ。やはり戻った方がよいのではないだろうか」
「なにいってるんです。これまでの罪に加えて、逃げたことに対しての罪も重ねてしまったんだから、今さら戻るわけにはいかないでしょう」
「しかし……」
「お師匠さん、もうこんなことはしません。だから元気出してくださいよ。なんか変ですよ。だいたいお師匠さんが人参果を食べていればこんなことには……」
「おい」と、悟浄が悟空を制した。「師匠はあのように生々しいものを口にすることができなかったんだ」
「うーん」
 悟空は唸って口を閉じた。
 苦い過去を思い起こした三蔵は、不出来な弟子を抱え、心が晴れない思いでいっぱいだった。

 そのろこ鎮元大仙は雲に乗って西方へと飛んでいた。瞬く間に千里を越えたが唐僧の姿が見えぬ。来た道を振り返ってみれば一行はまだ百二十里しか進んでいなかった。大仙は戻って老人に姿を変えると一服している三蔵たちの前に現れた。
 手を合わせて三蔵を拝むと大仙は言った。
「どこからお越しで?」
「東方の唐より参りました。皇帝に遣わされて西天へ経を取りに行くのです」
「ほう。それではてまえどもの五荘観へはお立ち寄りになりましたかね」
 顔色を変えた三蔵に対し、悟空はひょうひょうと言った。
「いいえ。おれたちは違うところを通ってきた。おかげで腹ぺこだ」
 それを聞いた大仙は怒って、持っていた杖で悟空の胸を突いた。思いがけぬ行動に悟空はよろめいた。
「なにしやがる!」
「不届き者の性悪ザルめ。この期に及んでまだ嘘を申すか。貴様の不始末、弟子の清風と明月より、しかと聞いておる。全世界にたったひとつしかない宝果の木をめちゃめちゃにしおって。ただで許されると思うな!」
「なんだと!じじい!」
 悟空は如意棒を手に取り振り回した。大仙は雲を呼んで飛びのる。その姿に一同はハッとなった。空中で大仙は元の姿へと変えた。
 頭には紫金の冠をかぶり、袖のたっぷりとした羽織を着ている。鼻下と顎には細く長い髭があるが、お顔は如来のように美しく若い。人参果のそばに住まいをおく大仙はその恩恵をあやかっていた。その大切な宝を根絶やしにされたとなれば黙ってはいられないだろう。
 打ちかかってくる悟空をかわし、「袖の中の乾坤」という術を使って袖を膨らませ、悟空を吸い込むと、地面をすくって三蔵から馬からすべてを袖の中に封じ込めてしまった。
「兄貴、とじこめられちまったじゃないか」
 八戒がまぐわをふりまわすが、破れる様子はない。
「くそっ。どうなってるんだ」
 意のままの如意棒を剣に変えても袖は切れなかった。
「まずいよ。あそこの師匠は道教の祖とも親しいっていうじゃないか。どれほどの術でわしらに仕返しをしてくるのか」
 八戒はぶるぶると震えた。
「黙れ。いつまでもこの中に閉じこめている気はあるまい。外へ出されたときに隙を見て逃げるんだ」

 五観荘へ戻った大仙はひとりひとりを袖から乱暴につまみ出し、縄で柱に縛り付けた。それでも罪のない白馬は丁重に扱い、干し草を与えた。
「さて、誰から鞭打ちにするか」
 大仙は弟子を集め、さらし者にして罰を与えるつもりでいた。
「まずは弟子の監督不行届で、唐僧からたたくのじゃ」
 鞭を持たせた清風に命令を下した。それを聞いた悟空は慌てた。師匠は生身のか弱い人間だ。もしも生き絶えてしまったら自分にはその何倍の罪が降りかかってくることになる。今まで何人も自らの手で殺めてきたが、これまで共に旅をし、三蔵の性格を知り抜いた悟空には、なんの罪もない三蔵を見殺しには出来なかったのである。
「ちょっと待って下さい。人参果を盗んだのも、木をなぎ倒したのも、みんなわたしのやったことです。まずは張本人から鞭打ちにしなければあなたの気が済まぬのでは?」
「こましゃくれたことを言うサルだ。まずはその口を黙らせてやれ」
「はっ!」
 清風は待ってましたとばかりに鞭を振り上げた。やはり出家した僧侶を叩くのは気が引けるのだった。
 悟空はこんなにチビの童子に打たれるとあって高をくくっていたが、太ももを鞭で打たれるなり骨の髄までしびれてしまった。それもそのはずで、この鞭は龍の皮でできた七星鞭で、その剛鉄さが失われぬよう水に浸したものだったのだ。
 これは耐えられぬと思った悟空は術で全身を鉄に変えて鞭に打たれた。昼頃まで続くと大仙はいった。
「よし。今度は唐僧をたたけ。弟子の責任をとる義務がある」
「いえいえそれは違います」悟空はまたも訴えた。「わたしは一度破門された身です。それを頼み込んでお供させてもらっているのに、師匠は何も悪くありません。師匠の何も知らないところでわたしが悪い癖を出してしまったのです。師匠は充分屈辱を味わっています。叩くならわたしを」
「ふん。それほど師匠思いだったとは聞いてなかったぞ。三蔵とやら、この無法者をどのように手なずけたのか、是非お聞かせ願いたいものだが、生憎とわしにはこのように手の掛かる弟子がおらぬゆえ、参考にはなりますまいな」
 嫌みな笑いをして大仙はいった。
「清風、明月、望み通りこのサルに唐僧の分まで罰を与えてやるのじゃ」
「はっ」
 今度はふたりで悟空に打ちかかる。だが、悟空は痛くもかゆくもなかった。日が暮れると大仙は「ではまた明日にしよう」といって引っ込んだ。
 縛られた三蔵たちだけが残され、辺りは静かになった。
「大丈夫なのか、悟空」
「おれには術がある。叩かれている間、体は鉄になってなにものも受け付けなかったさ」
「だと思った。兄貴があんなに素直に叩かれるとはおかしいと思ったぜ」
 と、八戒はいう。
「なんとでも言いな」
 悟空は縄抜けの術で身をほどくと3人の縄をほどいてやった。
「これからどうする?」
 八戒は縛られた腕を撫でながら言った。
「4つ木を拾ってこい」
 言われたとおり4本木を拾ってくると、悟空は舌を噛み血を吹きかけて術をかけ、4人そっくりの身代わりを作って柱に縛り付けた。
「逃げるぞ。あの馬鹿どもは何も知らずに木を叩き続けるんだ。いい気味だ」
 一行はまた逃げ出した。

 翌朝になるとまた大仙が出てきて続きを始めた。
「今日は三蔵の番だな」
 三蔵の身代わりは「おっしゃるとおりで」といった。七星鞭で叩き、「身に堪えるだろう」と問えば「おっしゃるとおりで」と答える。それから八戒や悟浄も叩くが、なにを問いかけても「おっしゃるとおりで」としかものを言わない。不審に思った大仙は水を持ってこさせて彼らにぶっと水を吹きかけた。すると術が解け、元の姿になった木の幹がごろんと転がった。
「あのサルめ。噂通りに手強いのう。玉帝が手を焼いて、釈尊に手助けを求めたと聞くが、それだけのことはあるな。だがまだあいつはわかっておらん。おぬしなぞ、わしの手のひらの中だということに」
 大仙はまた雲に乗り三蔵らを追いかけて捕まえてきた。今度は逃げぬように布でグルグル巻きにしたあと漆<うるし>を塗って固めた。
「よし、一番大きな釜を持ってきて油を沸かせ」
 弟子たちは総出で用意をした。
「まずは術使いのサルからじゃ。人参果のカタキをうってくれ」
 弟子たちは悟空を担ぎ上げ釜へと運ぶ。まずいと思った悟空は身代わりになるようなものを探した。すると、近くに大きな石で出来た獅子があった。悟空は舌を噛み血を吹きかけて分身を作ると放り込まれる直前にすり替わった。弟子たちは気づかなかったが、急に重くなった悟空の体を支えることが出来なくて、勢いづいて釜の中に落としてしまった。油は跳ね返り、釜の底は抜け、大騒動になる。
 大仙は悟空が術を使って逃げたことを知っているが、素知らぬ顔でもうひとつの釜を用意させる。
「次は唐僧だ。煮えたぎった油の中へ放り込め!」
 それを聞いた悟空は逃げていられず、大仙の前に飛び降りた。
「どうしても師匠に制裁を加えるというのですか」
 読み通りに悟空が姿を見せたので大仙はフッと笑った。
「わからんな。おぬしはそれだけの無謀者でありながら、なぜ師匠を気遣うのか」
「あなたは弟子のことをどう思ってる? それほど信用できないのか。逆にいえば、弟子たちが何かをしでかしたとき、あなたは弟子たちをかばってやろうとは思わないからだろう? だから不思議に思うんだ。自分の身を削ってまで人助けをする心理がわからない。あんたにとって大事なのは人参果なんだろう?」
 悟空の言葉にチクリと胸を刺すものがあったが、大仙は開き直っていった。
「そうじゃ。ここへ来る者はみんな長寿を欲してわしの門下へ入る。わしが天地と齢を等しくするのも人参果のおかげだ。時は金なり。おぬしとて、生まれた頃から術が使えるわけではあるまい。寿命が短ければなにも得ることなく死んでゆくのじゃ。長寿こそが人間の価値を決める。わしが天界へ出入りできるのも地仙の祖といわけれいるからだ。大地が出来ると共に人参果の木が生えた。わしはそのころからずっとここにおるのじゃ。大地で起こったことはすべて見聞きしてきた。おぬしよりも遥かに長生きをしておる。おぬしがどんな術を使おうと、何度逃げようともおぬしはわしから逃げられぬのじゃ。大切な人参果を根絶やしにした罪は重いぞ」
「わかってるんだか、わかってないんだか。要するに人参果がなければ弟子も去ってゆくと、そういうことでしょう。あなたが望むのは人参果を元に戻して欲しいってことだ。うちの師匠を殺すとこは本望じゃないだろうし。それなら話しは早い。おれに任せてくれ。人参果をどうにか再生する手だてを見つけてくる。だから師匠を離して欲しい」
「……いいだろう。ただし三日だ。三日以内に再生できなければ命はないものと思え。おぬしが戻って来ぬときも同様だ。清風、あとの3人を解放してやれ」
「しかし……」
「もう逃げられないことはわかっているだろう」
「はい……」
 清風らは三蔵たちの身を自由にした。なぜだか三蔵はばつが悪そうに悟空へ近づいてくる。
「悟空や……」
「それじゃお師匠さん、行ってきます」
 空元気に言うと悟空は宙返りをして斛斗雲に飛びのった。
「必ず人参果を元に戻して見せますよ!」
 三蔵は悟空を見送りながら、これまでの旅路を振り返った。傍若無人なやつではあるが、三蔵に対しては誠意があったのではないかと、今さらながらに悟空の功績を噛みしめるのだった。

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