天下無敵の石ザル誕生

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3.龍王四兄弟と閻魔大王

 一段落ついたころ、悟空はサイショウと酒をくべかわし、祖師から術を授かったとこや、混世魔王が責めてきたときのことなど、お互いに知らないことを語り合っていた。
「今度のことはおれの責任だ。またいつどこぞの妖王に攻められるかわからない。皆に武器や防具を持たせたいと思うのだが、どこで手に入れたらよいだろう」
「それなら──」
 と、サイショウは酒をつぐ。
「傲来国の領土に行かれてはどうですか。立派な町が栄えていまして、軍民や武器職人も多いことでしょう。たくさん手に入りますよ」
「うん、それはいい。そうしよう」
「何人かお供させましょうか」
「いやいい。おれにはこれがある」
 と、悟空は毛を抜いて吹くふりをした。その話を聞いていたサイショウは身外身の法だと気づき、
「小猿に成り変わるところを一度見てみたいものです」
 と、同じようにまねをした。
 早速悟空は雲にのって海を渡り、城下町へとやってきた。ちまちますることが嫌いな悟空は城の武器庫に入り、小猿たちに武器や防具を持てるだけ持たせた。帰りは一陣の風を巻き起こして、小猿共々いっぺんに帰ってきた。
 悟空の帰りを待っていたサルが群がり、剣や斧、槍、弓などひとつひとつ手にとって自分の気に入った武器を探した。
 しかし、悟空にとっては全部が軽くて物足りなかった。
「もっと頑丈で強い武器はないだろうか」
「そういうことでしたら、龍宮へ行って来られてはいかがです?」
 弓を弾きながらサイショウはいった。
「大王さまのように神通寛大であれば、海に潜ることも造作はないでしょう。東海龍王敖広<ごうこう>の龍宮にはたいそう立派な武具があると聞きますよ」
「ほう。それじゃ、早いほうがいい。行って来るか」
 悟空は滝のところまでやってくると閉水の法をつかい、印を結んで飛び込んだ。悟空の行く手の水は分かれ、どんどん川底を歩き、いつの間にやら海に出ていた。東洋の海底を歩いていると、巡邏の夜叉がめざとく現れて遮った。
「あなたはどこの仙人さまで、どこへ行かれます。案内して差し上げますよ」
 穏やかではあるが、いぶかしげにしているのは見え見えだった。
「おれは花果山水簾洞の孫悟空だ。龍王殿の隣人であるのに知らないというのか」
 そんな話しは聞いたことがなかったが、龍王の大切な客人であるかもしれぬと、夜叉は悟空を引き連れて水晶宮へ案内した。宮殿の外で待たせておき、孫悟空という仙人が尋ねてきたことを龍王に知らせる。
「わたしもそのようなお方は知らぬが、閉水の法を使う仙人ゆえ、もてなさないわけにはいかないだろう」
 龍王は蟹将軍と蝦兵士を連れ、自ら宮殿の外に赴き悟空を迎え入れた。上座にすわらせ、お茶まで出す。
「仙人さまはいつ術を会得され、花果山に移り住んできたのです?」
「花果山には生まれたころからいる。不生不滅の身体を得たのも最近のことだ。ところがその修行中、洞をあけていると、混世なんとかっていう畜生が攻め入って、危うく乗っ取られるところだった。それで家来には武器を持たせたんだが、どうもおれにしっくりくるものがない。だからこうして龍王殿にお願いして、なにかいいものを頂きに参ったというわけですよ」
 龍王は不届きなサルだと思いながらも、騒ぎになると面倒なので得物のひとつくらいくれてやってもいいと、家来の魚に命じて大太刀を持ってこさせた。
 悟空は立ち上がって刀を手にする。柄の部分が細長く、先に太い刃がついているという、槍と刀を合わせたようなものだった。一振りしてくるくると刀を回す。
「うーん、バランスが悪くて扱いにくいなぁ。他のものをいただけないですか」
 断られるとは思ってもみなかったので龍王はしばし唖然とした。蟹将軍に「龍王」と声をかけられ、別のものを持ってくるように指示した。二匹でもって抱えてくる。
 悟空は用意された九股叉を振り上げ、突くまねをする。先端が鋭く九つに枝分かれたさすまたは、見る者を圧倒させるほど立派だが、悟空は首を傾げて魚に返し、
「軽すぎますねぇ。もっと重いのがいいです」
「軽すぎると! これは三千六百斤(二千百六十キロ)もあるのですぞ」
「いえいえ、軽すぎて、水に浮かぶのではないかと思ったくらいです」
 悟空が冗談めいて笑うので龍王もさすがに青ざめてしまった。
「龍王」
 蟹将軍にまたも呼ばれ、ハッとなる。
「それでは、あれをこのお方に」
 龍王が家来に命じて持ってこさせたのは、重さ七千二百斤もある方天戟であった。三匹の魚では持てず、蟹将軍が手伝う。
「今度のはよさそうだ」
 と、悟空は駆け寄って手に持つが、思ったよりも重くなく、落胆した。
「やっぱり軽いなぁ。もっと重いのはないですか」
「この水晶宮ではこの戟が一番の得物です。それも観賞用のものですよ。これ以上重い物があったとしても誰にも使いこなせませんからね」
「しかし、みなのものは龍王殿は宝持ちだと噂してますよ」
 あまりにしつこいので龍王の細君は耳打ちした。
「宝物庫にある神珍鉄<しんちんてつ>をやったらいいじゃないですか」
「あれは海の底をならす鉄の棒だぞ。武器として使えるわけがない」
「なんだっていいじゃありませんか。とにかく重いもであることには変わりないんですから」
 龍王は妻のいうことも一理あると悟空を案内した。
「どうぞこちらへ。とても重いものですから、担いでくることができないんですよ」
「へぇ、やっぱり出し惜しみしていたんじゃないか」
 それは武器ではないといおうとして慌てて口をつぐんだ。この愚か者なら、ただの棒だってなんだって重ければよいのだ。
 龍王が宝物庫の扉を開けると金色の光が四方に輝いた。
「これは……」
 このような物を宝物庫に置いただろうかと、呆然となった。よくよく見ると、発光しているのはあの神珍鉄ではないか。
「すごいすごい」
 一目見ただけで悟空は神珍鉄に飛びつき、両手でつかみあげた。
「重さはちょうどいいが、振り回すにはちょっと太くて長いかな。おれの手にしっくりくるといいのだけど」
 悟空がいったとたん、棒は細くなり、短くなった。ぐるぐると振り回し一生ものの武器が見つかったと喜んだ。ところが龍王は青ざめて止めに入る。
「仙人さま、どうかやめてください。水が掻き乱れて宝物が吹き飛んでしまいます」
 棒を収めて周りを見やれば、海水が渦を巻き、整然としていた宝物庫が、強盗に荒らされたようにめちゃめちゃになっていた。
「ああ、こりゃすまん。うっかりしてた」
 家来の魚たちが片づけるのをよそに、倉庫を出てもう一度よく棒を眺めた。両端には金の箍がはまっており、端の方に「如意金箍棒」<にょいきんこぼう>と彫ってある。
「如意か──。それでおれさまの思いのままになったというわけか。これはいい物をもらった。ところで、龍王殿」
 悪い予感がしてぎくりとなる。
「これだけ立派な武器を頂いたのですから、それ相応の防具を頂戴したいのですが」
「ここにはそのような物はございません」
「またまたぁ。隠さないでくださいよ。もしそれがいただけたのなら、龍王殿の窮地には必ずやお助けしますよ。観賞用の武器や防具なんてもったいない。わたしに下さったほうがよっぽど役に立つってもんです」
 歯ぎしりしながらも、龍王は心を落ち着けた。育ちの悪いサルのこと、いつ箍が外れて暴れ出すとも限らない。
「それでは弟たちを呼びだして尋ねてみましょう」
 龍王は喜んで、というふうに、鉄鼓と金鐘をならして三人の弟を呼んだ。南海龍王敖欽が「兄上、どうされたのですか」と一番にやってきた。すぐに西海龍王敖閏と北海龍王敖順も兄を心配して現れた。
「ちょっとこちらへ」
 悟空から少し離れたところに弟を集め、初めから話しをした。カァーとなった敖欽は大いに怒って、
「兵士を集めて奴を捕らえましょう。我々四人の軍隊を総動員すれば奴だってひとたまりもないですよ」
「いやいやとんでもない。奴は術を使えるし、あの棒で殴られたらどんな石頭だって死んでしまう。華奢な棒に見えるがもとは神珍鉄。重さは一万三千五百斤もあるのだぞ」
「ならば」と敖閏。「奴が満足する防具を渡し、とっとと引き取ってもらいましょう。あとは天界の玉帝に上奏し、制裁を下してもらうのです」
「妙案だ。弟たちよ、どんな得物を持っているかね」
「わたしは蓮糸で編んだ歩雲履<ほうんり>をはいています」
 と、敖順。
「わたしは戦の備えて金の鎖帷子<くさりかたびら>を着けてきました」
 と、敖閏。
「わたしはこれ、鳳凰の羽がついた紫金冠<しきんかん>だ」
 と、敖欽は頭から冠を外した。
 それぞれの品をもって悟空に近づき、
「わたくしどもが身につけていたものです。それぞれの海を守る王の防具。手下の者が、それ以上の得物をつけているはずがないことは、おわかりいただけますでしょう」
「もちろんですとも。このように素晴らしい物をいただけるとは。ここへきて正解だったよ。あっちこっちに彷徨っていたのでは、もらえる物ももらえなくなる。『一軒で粘れ』とはよくいったものですな」
 そんなことわざがあるのかどうか、悟空はすっかり気をよくして着ていたものを脱ぎ捨てて、得物を身につけた。如意棒を振り回してつけ心地を確かめる。
「おやめください、おやめください」
 水晶宮をめちゃめちゃにされては困ると、龍王は叫んだ。
「悪い悪い。つい、陸の上にいる気分で」
 悟空は閉水の法を使っているのでまったく水を感じないのだ。
「それじゃ、どうもありがとう。ご恩は忘れないよ!」
 取れるだけふんだくって出ていく悟空を見ながら、四龍王は心中穏やかではなかった。
「腹が立ってならぬ」
「早く玉帝に上奏文を!」
 東海龍王敖広は、隣人のよしみでは済まされぬと一筆書き、天界へ出かけていったことはさておこう。

 悟空が水簾洞に戻ってくると、サルたちは王の姿に見惚れてしまった。海の底に住む龍王の得物とあって大変珍しいものであるし、それを我らが王に差し上げるとは、美猴王も大した器量だと、キャッキャと喜んでもてはやした。
 その夜は飲めや歌えの大宴会で、悟空は酔いつぶれてしまった。だが、その寝姿がいつもとは違った。異常なほど大きないびきをたて、時々呼吸困難に陥ったようにしゃっくりし、しまいには息が止まった。
「大王さま?」
 サイショウが話しかけるが、悟空の意識は戻らない。
「大王! しっかりしてください」
「どうしたんです」
 大声で怒鳴るので酒の飲めない子供らが目を覚ました。
「大変だ!」
 珍しくあわてふためくサイショウを、子供たちは心配そうに見つめていた。

 悟空は真っ暗闇で寝ていた。すると何者かがぐるぐるに縛り上げて、無理矢理に引っ立てられた。
「何をする! お前らはどこのどいつだ」
 両脇を抱える二匹の鬼は無言で悟空を乱暴に扱い、『幽冥界』と門に書かれた城につれてきた。
 門番の牛頭<ごず>と馬頭<めず>に引き渡される。中へ連れ込もうとするので悟空は冗談じゃないと暴れ出した。
「なんだお前たち、幽冥界といったら、閻魔のいるところじゃねぇか。なんだっておれがこんなところにいるんだ。不老不死の身体を手に入れたおれには用のない場所。とっとと放しやがれ」
「いいや、あなたは現世での寿命が尽きたので、迎えの者がつれてきたのだ」
 と、牛の頭をした鬼が答えた。
「おれさまは孫悟空だぞ。間違ってるんじゃないか?」
「いやいや、令状には確かに『孫悟空』の三文字があるぞ」
 と、馬の面した鬼が令状を見せる。
「そりゃなんかの陰謀だ! こんなところで終わってたまるか!」
 悟空は身を揺すり、耳の穴にしまっていた如意棒を落として手に取ると「変われ」と叫んだ。太くなった如意棒を持ったままぐるっと身を回転させ、牛頭と馬頭のみぞおちに棒を喰らわせた。
 二匹がのびている間に腕に力を入れて縄を粉砕する。如意棒をしっかり握って、森羅殿<しんらでん>に乗り込んでいった。
「閻魔大王はどいつだ。お前の手下がへまをして、同姓同名のおれをつれてきた。きっとそうに違いない。おれさまが死ぬはずないだろうが」
「たわけたことをぬかすでない」
 森羅殿の中央でどっかり腰を落ち着けている大きな図体が、すくっと立ち上がった。
「わたしが閻魔だ。令状に印を押したのもこのわたし。猿族の類に孫悟空という名はひとつしかない。間違えるわけがなかろうが」
「それなら、生死簿を見せてもらおうか」
 閻魔大王(*14)の大きな机には帳簿がいくつも積み重ねられていた。閻魔はそれには答えず机を叩いて苛立った。
「牛頭と馬頭はなにしてる。早くこのサルの魂を連れて行かないか」
 森羅殿に飛び込んできた手下の鬼がひざまずいて報告した。
「大王、ふたりとも門前で気を失っております」
「阿呆ザルめ。ここまで来て暴れる奴があるか」
「おれさまはどこでだって暴れてやるさ」
 如意棒を振り回し、下っ端の鬼をなぎ倒す。これはかなわぬと森羅殿を所狭しと逃げ回った。悟空は追っているうち、太い柱に正面からぶつかってしまい、腹を立てて柱に打ちかかった。轟音がしてひびが入る。もう一度叩こうとするので閻魔大王は「わかった!」と叫んだ。
「その柱をへし折ったら宮殿がつぶれてしまう。見せてやるから、その棒をしまってくれ」
「はじめっから見せればいいものを」
 悟空は如意棒を針のように小さくして耳に収めた。
 龍王より気性が荒く、交渉の下手な閻魔だが、悟空の力量にはかなわず、渋々生死簿をとって手下に渡した。鬼は恐る恐る悟空に近づく。悟空はひったくると自分の名を探した。
 千三百五十号のところに孫悟空の名が確かにあった。
「天産の石ザル 孫悟空」
 とあれば、自分のこと以外にあり得ないと思った。
「わかったぞ。おれが天地と齢を等しくしたことを書き忘れたんだな」
 悟空は毛を一本抜いて息を吹きかけると、「変われ」と叫んだ。毛は墨をたっぷり含んだ筆に変わり、悟空は寿命のところを塗りつぶしてしまった。
「ほら、受け取れ」帳簿を閻魔に投げ返した。「もうここには用はない。二度とおまえの前にあらわれるものか」
 そういって幽冥界を飛び出すと、悟空は急に眠気が差して深い眠りに落ちていった。

 ふと、目を開けると、目の前にサイショウの顔があった。何を思ったのか、サイショウは悟空に口づけをする。
「うわぁ! バカ。やめろ!」
 いっぺんに眠気が覚めてサイショウを突き飛ばした。
「大王! 気づかれましたか」
「なにいってるんだ。おれの寝ている間に気持ち悪いことをするな」
「大王……」
 サイショウは声を詰まらせて涙を流した。
「息がなくなったので心配しましたよ。わたしはどうにか生き返らせようと人工呼吸をしていたのです。でも、よかった。生き返ってなによりです」
「そうか、実はおれも悪い夢を見ていた。寿命が尽きたからと幽冥界につれていかれたんだ。頭にきたから生死簿を塗りつぶしてやった」
「それは夢ではないですよ。大王さまは生死を彷徨っていたのです。けれど、もう大丈夫。塗りつぶしたのであれば閻魔も干渉しなくなることでしょう。さ、今夜はゆっくりお休みを」
 悟空は疲れた体を休めることにした。
 翌朝、悟空を訪ねる者が多数あった。どこで噂を聞きつけたのか、花果山のサルが武装していること、その王が仙術を身につけ、龍王から得物を頂戴したこと、それらのことが瞬く間に広がって、七十二ある洞の妖魔王自ら出向き、悟空に忠誠を誓ったのである。
 もちろん悟空はそれを受け入れ、順番にそれぞれの王にもてなしをさせ、毎日を遊んで暮らしていた。
 今までの悪行がどんな形で返ってくるのか、悟空はまだ知らない。

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