■6
 梅治さまのお墓参りをいたしませんか。宿に戻ると、柚がそう言い出して、春枇は正直猫又の真意を探りあぐねた。
「いえ、そこの女狐がぜひに、と申すものですから」
「なんの。そこの猫もどきが是非もなしと言ったのじゃ」
 人の表情であれば満面の笑みに近かっただろう柚の顔は、やはり猫のものではわかりにくかったが。
 柚が嫌な顔をしないのは、きっと自分が刀を探している間に、なにかしら思いついたのだろう。猫又はいたずら好きだが基本的に頭のよい物の怪だ。力を貸してくれるとなれば、これほど心強い物の怪もいない。刀探しを中断して、柚に従い宿を出る。
「ふたりとも、ずいぶん仲がいいな」
 それに、今朝方のあの悩むような考え込むような鬱々とした柚が覇気を取り戻したのを見ると、春枇の心も軽くなった。
「みじんもそんなつもりはないのですが」
「おぬしの目は節穴か」
 ふたり同時にそんなことを言われる。
 どちらにしろ仇討ちが済んだら報告はしなければならないと思っていたのだ。玄武を他の物の怪に喰われ、形見の刀をなくして、なにを報告すればよいのかという気もするが、それでもけじめはけじめだ。
 柚が右手を見ながら足下を歩く。緩く下ってまばらな雑木林が広がっている。少し離れて後ろを歩く沓杷は左手に視線をやっていた。やや登りがきつくなって、やはり雑木林。紅葉にはまだ早く、気の早い木々だけが黄色の葉をつけていた。西日を受けながら歩く春枇は目を細めた。梅治の墓はこの林の奥だ。
「花を買ってくるのを忘れた」
「村にも花くらい売っているでしょう」
「その辺で摘めばいいじゃろ」
 そっぽを向いていたもの同士が、今度はぎらりと目を光らせてにらみ合う。
 なんだかな。
 声には出せず、春枇は頭を掻く。こうして沓杷と歩くことに抵抗が薄れている。決して和解したわけでもないのに、昨日の夜おまえも仇だと言ったあの時の感情が薄れている。
 自らの疑問に、ちり、とうなじのあたりに痛みが走る。顔を顰めて首をなでつけるよう手を動かす。うなじの細かい毛が立つ感触はいつも危険を連れてくる。
 ふたりの物の怪を見比べる。柚はいつものとおりに見えた。自分の動きを妨げない程度に距離を置いて、周囲の気配を探りながら行く。沓杷は手に持った竜胆を弄びながら、気楽な様子で歩いている。この二人ではない。吸い寄せられるように視線を林の奥に向ける。
「春枇さま!」
 柚の声より先に前へ飛ぶ。どう、と先ほどまで春枇がいた場所に白い固まりが落ちてくる。
「白虎!」
 沓杷が叫んだ。三方に散った春枇達の真ん中で、人の背丈ほどもある大きな白い虎が咆吼を上げた。
「ヨウヤクミツケタゾ クツハ ウメジハドウシタ」
「貴様」
 にたりと笑う白虎に沓杷が飛びかかる。白虎はあっさりと引いた。追う沓杷ともあっという間に林の奥へと消えていく。
 追おうとした春枇の前に白い霧が立ちふさがる。白虎の空蝉。いち早く柚が春枇の前へ躍り出た。
「ここはわたくしに。春枇さまは沓杷を追ってください」
「なんでそんなこと」
 拳を構えた春枇が驚いて柚を見る。柚は振り返りもしなかった。空蝉が脅威というわけではない。春枇の顔を見れば、自分の考えを口にしてしまいそうだったから。
「あの女が喰われたら、真実は一生知れなくなります」
 真実の色を帯びた静かな声に、春枇はこれ以上聞くことができなくなる。黒猫と空蝉を見比べると、固めていた拳を開いた。
「早く来いよ」
「わかりました」
 決めたとなれば春枇の行動は素早い。林に入っていくのを見送ってわずかな笑みをこぼすと、さて、と柚は少し首をかしげた。空蝉は昨晩のこともあってか、春枇のことなどかまいもせず、じっと柚を見つめている。
「早く、との仰せでしたので。少々本気で参りますよ」
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