現在の今治-伯方−岩城-弓削-因島航路

 1999年5月1日、本州四国連絡橋尾道今治ルート全通。翌日5月2日からの体制が現在の当航路の姿である。
 思えば、本州尾道と四国今治を橋で結ぶという話を初めて聞いた幼い日、そんな夢みたいなことができるわけないじゃないかと子供ながらに鼻で笑った。それくらいの、まさに夢のかけ橋。しかし、その夢のような橋が現実となったのが21世紀を目前にしたこの、1999年5月1日だったのだ。
 この架橋工事の進捗に伴い縮小を続けてきた今治-伯方-岩城-弓削-因島航路の行き着いた果てが現在の姿。そして、橋が全通すればフェリー航路は全廃。それがセオリーと思われたが、ところがどっこい、蓋をあけてみると思わぬ形で生き延びていた。
 

夕闇の中、寄港地弓削に二代目第五愛媛が到着した。これより最終便として夜明かし港である自らの母港今治に向けてひっそりと出発する。

 1999年5月2日午前6時20分、因島に向けて二代目第五愛媛は出港した。しかし、本船が終点因島土生港に到着するまでに本船を追って就航する僚船も、すれ違う僚船もいなかった。
 そう、しまなみ開通後航路に残ったフェリーは二代目第五愛媛たった1隻だったのだ。
 新たな運航パターンはこうだ。早朝に今治を出港し因島に到着すると無論折り返すのだが、今治には戻らず途中の伯方島木浦港が終点となる。この仕業を3往復行ってから、夕刻に因島土生を出港するのが終便となり、この便でようやく伯方島を越えて今治港まで戻り、一日の業務を終了する。まさに、今治には寝に帰って来るだけという感じである。
 それもそのはずで、新たなこのフェリー航路の主たる目的は岩城島、弓削島、生名島で構成される上島三島、いわゆる架橋ルートから外れたこれらの島々の車両搭載可能な足を確保することであり、かつてのような本州と四国を連絡するような大それたものではない。
 つまり、上島三島から四国方面に出る車両に対し、橋がかかっている伯方島まで連れて行ってやるから、後は橋を走って自力で今治に行けという考えである。
 そんな思想で運航されている本船ではあるが、利用状況は燦々たる状況であり、空で走ってる方が多いのではないかという気がしてくるほどだ。
 最大の原因は便の少なさであり、因島土生−伯方木浦間で4往復、因島土生-今治間になると1往復しかない。こんな状況であるから乗りたい時間にいつも船がないと言った感じで、ますます利用者は離れて行ってしまった。それでも会社は、お上から押し付けられた離島民の足の確保という大義名分の基、いくら赤字でもやめたくてもやめられないのである。
 かつては車両を満載し今治から走って来て、途中の伯方港では搭載車両の入れ換えをしないとさばき切らなかったことが頻繁にあったかつてのドル箱航路の面影は完全に消え失せた。

 先にも述べた通り就航船は1990年建造の二代目第五愛媛のみの単船運用であるが、こんな状況の航路に芸予観光フェリーも予備船を置くことなど無論不可能であり、本船がドック入りなどの場合は、今治大島フェリーボートから、第三おおしまをチャーターしてきて代船としている。
 ちなみに大三島ブルーラインが運航するフェリー航路もフェリーみしまのみの就航にして辛うじて航路を存続しているが、こちらも予備船を持つ余裕などないので、同様にドック入りなどの際は第三おおしまが代船を務める。

第三おおしま。1979年に今治大島フェリーボートが建造したフェリー。本船はチャーター船として使い勝手が良く、定期航路を外れて15年以上にもなる現在までも売船されることなく今治大島フェリーボートに保有され続けている。本船は近隣定期航路の代走以外にも建設車両の運搬、各種イベントなど様々な用途に使用されている。写真は2003年11月16日、建設車両航送のため弓削島旧明神桟橋にやって来た際の姿である。

まさに、ひっそりと走っているという感じの現在の二代目第五愛媛。かつての仲間はここより遥か彼方に消え去り、たった一人残って黙々と任務を全うしている。彼に輝く栄光の時代はもう来ない。

孤高の残党

しまなみ海道の陰で

生き延びてはいるが航路はまさに夢のあと

利用者の減少により搭載に時間を食うこともなくなり、よってダイヤの遅延など殆どないので、早々と次の寄港地に到着しては、数少ない乗客を出港時間まで待つ姿が多く見られるようになった。この写真は真冬の夕刻に撮影されたものだが、こんな時期は特にこうしてガランと待っている姿は寒々しい。

そして、21世紀の主役が駆けぬける!

 軽快に昔ながらの航路を走り抜ける快速船ツインズ。左はその双子の弟、第二ちどり。
 現在はフェリーの赤字をこの快速船で埋めている状態の今治−伯方-岩城-弓削-因島航路。
 姿形は変わっても数々の歴史を積み重ね船は進む。
 芸予のフェリーたちよ永遠なれ!

(芸予観光フェリー)