ベランダに突然現れたkagaとtutuiを見て、ヒカルは目がてんになった。
なんせ二人とも背中に羽が生えている。しかも色違いのおそろいだ。
訳がわからないヒカルをしり目に佐為がわめいた。
「だっだれが行くもんですかっ!どうせまたろくでもない事になるに決まってるんですから!」
半狂乱で叫ぶ佐為の声で我に返ったヒカルは、ようやく話がみえた。
(そうか、コレが佐為をこの身体に押しこんだっていう例の二人組みか)
なるほど加賀と筒井にそっくりだ。
「あの時は本当に申し訳ないことをしました。佐為さん、本当にごめんなさい」
いきなりtutuiが頭を下げて詫びた。
「僕らもあの後、ヒドイ目にあいました。魂を間違えたことがバレて、地獄まで”フジワラサイ”の魂を迎えに行かされたんです」
「え!? フジワラ…クラッシャー・エリザベスの魂って地獄に行ったの!?」
ヒカルが戸惑ったように口をはさんだ。佐為にそっくりなこの美しい人が、地獄だなんて信じられない。
しかしkagaは
「当然だぜ。相手が足を傷めたら、その足に四の字固めをかけるような女だぞ」
「僕はピンヒールで背中に穴をあけられました…」こっちはtutuiだ。
「………」ヒカルはちら、と佐為を見た。
「わっ、私じゃありませんよっ!クラッシャー・エリザベスがやったことでしょ!?」
「そ、そーだよな。佐為はそんな事しねーし、第一、性格的に出来ねーよなっ!」
「あたりまえですよ!!」
佐為は憤慨して断言した。
その時突然、「…それは困るのう」
ジジむさい声が割り込んだ。
「ヨーダ長官!!」tutuiとkagaが慌てて膝をつく。「長官自らお越しとは…!」
いつの間にかベランダには、頭の薄い小柄な老人が立っていた。心なし顔色が緑っぽい。
何故か全身、包帯だらけである。
それを見てtutuiが呆然と呟いた。「まさか、ヨーダ長官まで…」
ヨーダ長官といえばあの世では有名な最強剣士なのだ。地獄の猛者でさえ恐れて彼の前では平伏する。
「うむ、油断した。あのミニスカートがくせ者じゃったわ」
ヨーダの視線の先にはすんなり伸びた佐為の美しい脚があった。
視線に気付いて佐為があわててヒカルの背に隠れる。
ヨーダはコホン、と咳払いして話し始めた。
「クラッシャー・エリザベスこと藤原砕は、この世で女子プロレス界の頂点を極める予定のおなごだったのじゃ。それがこのような事態になってしまい、管理局
は非常に困っておる。」
(困っているのはこっちですよっ!)佐為は心の中で雄たけんだ。
「ワシは管理局長官としてこの事態を収拾すべく、藤原砕の魂をそこの二人に地獄に迎えに行かせたのだが…なんと彼女は現世に戻りたくないと、そう言うのじ
ゃ」
「え!?」(やった!じゃ佐為はこのままずっとこっちにいられるじゃん!しかも女!)
「え!?」(ずっとエリザベスなんてぜったいヤダっ!!)
見事にハモった二人の「え!?」をどう解釈したのか、ヨーダは頷きながら、
「どうやら彼女は地獄の暮らしがすっかり気に入ってしまったらしいわい」と言った。
「という訳なので女子プロレス界の頂点は、そこにおる藤原佐為殿に極めて…」
「ぜってー無理!!」
「ぜったい無理です!!」
今度は二人の心も見事にハモった。ヨーダにみなまで言わせず、すごい迫力でつめよる。
ここで負けたら目前に仏鳥シノブとの試合が待っているのだ。これをなんとか出来そうな人物はこの老人だけのようなのだから二人は必死だった。
「コイツが極めたいのは女子プロレスの頂点じゃなくて、神の一手なんだよ!」
ヒカルが叫んだ。佐為が嬉しそうにヒカルを振り返る。
やっぱりヒカルは私のこと一番わかってくれてるのですねっ!!
「神の一手…?ああ、そういえば佐為殿は碁が打ちたくて、千年も成仏できんかったのじゃったのう」
(ふむ…)ヨーダはなにやら考え込むよう。(藤原砕は頂点を極めるおなごでなければならん。が…)
「よし、ではこうしようではないか。佐為殿はプロはプロでも囲碁のプロになって、そこで頂点を極めるのじゃ!1年以内に国内のタイトルを総なめにして、国
際試合もすべて勝つ!これなら頂点といえよう」
「ち、ちょっと待って!タイトルは1年じゃ取れない仕組みなんだぜ!?」
「じゃ、3年」
「………」
あまりのアバウトさに一瞬、沈黙が流れた。それを破ったのは佐為の声だった。
「やります!私、もう一度碁が打てるなら、なんだってやってみせます!」
「よく言った!佐為殿!」
ヨーダは満足そうに頷くと、「ではこれにて一件落着じゃ」と言った。
そこへ佐為が言いにくそうに
「ところで…私のこの姿、どうにかならないのでしょうか?」
「どうにか、とは?」ヨーダはキョトンとした。
「男性には戻れないかと、お聞きしているのです」
「え!? なんで!? いいじゃん、そのままで!」ヒカルは慌てた。いっしょにいるなら、はっきり言って女の方がいいに決まっている!
…もう佐為は実体があるのだから、いっしょじゃなくてもいいのだが、ヒカルは勝手にそう決めていた。
「イヤですよっ!!」
佐為は涙目になって訴えた。しかし天はヒカルに味方した。
「残念じゃが頂点を極めるのは藤原砕、つまりその身体でなくてはならんのじゃ。スマンのう」
佐為はがっくりした。
「…仕方ありませんよね。ぷろれすをしなくてよくなったし、また碁が打てる。それも生身で…。その事だけでよしとしなくてはいけませんよね―」
「それにしても、なんでこの人、こんな布面積の小さい服しか持ってないのでしょうか…」
呟くような佐為の言葉を耳にとめたのは、kagaだった。
「オレ、知ってるぜ」皆の視線が集まる。
「獄卒の一人から聞いたんだ。フジワラサイはその格好に目が眩んだ男どもを暗がりに引っ張りこんで…」
「引っ張り込んで!?」(=一同)
「ボコボコの血まみれにしてたんだと。…極悪だよな」
「あ!僕も聞いた!フジワラサイって男ギライだったんだって。そのうちK1に出て男どもを血まつりにあげてやるつもりだったけど、オマエたち相手の方がど
つき甲斐があるって、その獄卒に言ったらしいよ」
「………」(=一同、無言)
あの世の連中が去ったあと、佐為とヒカルはしばらく呆然としていた。
しかし、とにかく嵐は去ったのだ。
「一局、打とうか?佐為」ヒカルは言った。
「ハイっ!」
佐為は本当にうれしそうに答えた。その笑顔はヒカルの宝物だ。
遠くでトラックのバックする音が聞こえている。
平凡なそんな音や景色が佐為がそばにいるだけで、ヒカルにとってどれほど輝いて見えることだろう。
例え、トラックの積荷が塔矢アキラの家財でも。
その頃アキラは、引越しのご挨拶に洗濯石鹸をもって、進藤ヒカルの部屋に向かっていた。
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