3.たけのこごはん





ケホン、ケホン。
響く咳に、「体調には気を付けろよ?」と言い渡したのが昨日。
残念ながら今日、彼女の咳はそんな可愛らしいものではなくなっていて。

ゲホッ、ゴホンゴホン!ゲホッ……

「……大丈夫か?」
「は、はい……すみません、ジョーンズさんのところでお薬はいただいたので」
気を付けろと言われたのに結局体調を崩したことに対する罪悪感もあいまって、かすれにかすれた声のフレイはベッドに潜りこんだ。毛布の下からまだ、ゲホゲホと痛々しい咳が聞こえてくる。
「そうか。まあ、今日はゆっくりしてろ」
「はい……あ、でも畑に少しだけ……」
目だけを少し出してフレイがそう言うと、氷のように冷たい視線が容赦なく上から刺され、彼女は再び毛布をかぶって黙り込んだ。
「まあ、雨だからそう心配することはないだろう。何か気になるなら、俺が見てくる」
レオンの申し出に、フレイは黙ったままふるふると首を振った。毛布の上からではよくわからなかったものの、レオンは「そうか」と答えて再び机に向かう。
残っている仕事はほんの少しで、それが終われば時間も取れそうなのだけれど、フレイは畑仕事を他の人間に任せたことがない。彼女が指示を出したモンスターたちが畑の世話を一通りしているが、いつも最終チェックは彼女自身が行っていた。
(15時に収穫だったか)
時計は12時を過ぎている。
レオンは原稿用紙に一通り目を通し、ミスがないことを確認して立ち上がった。
「少しヴィヴィアージュ邸に行ってくる。……畑は禁止だからな?」
「はい……」
まあ、約束をすれば、彼女が破るとは思っていないが一応。
ニヤリと笑って、扇をパタパタと振ると、おそるおそる毛布からこちらを覗くフレイと目が合った。
「約束を守れなかったら、アンタの体調は万全だってことで……今夜は容赦しないからな?」
「いっ・・・行きませんっ!寝ますっ!」
「よし。いい子だ」
真っ赤になって、慌てておとなしく目を閉じたフレイにキスでもしようかと思ったが、せっかく眠るつもりの気分を高揚させても悪いと思い直す。
「……おやすみ」
寝なくちゃ、寝なくちゃと一生懸命な表情に笑みが零れるが、彼女の体調からしてすぐにでも本当に眠りに落ちるだろう。
そっと扉を開けて、レオンは部屋を出ていった。



14時頃に、城の裏の畑に着いてみると、まだ収穫は始まっていなかった。
フレイがどういった基準で選んでいるのかは知らないが、今日はホーホーとGゴーレムがどっしりと鎮座して畑を見守っている。よく見るとアントが隙間をちまちまと動いていて、踏みつぶされるんじゃないかと少し心配になった。
この間見に来た時にはモコモコが3匹働いていて、一緒に寄ったアーサーが目を輝かせて喜んでいたのだが、この光景はイマイチ喜びそうにない。
まあそんなことはどうでもいいが、あの2匹が収穫を始めると自分も踏みつぶされそうだ。彼らが動き出さないうちに、とレオンは畑に近付いた。
見たところ問題はない。フレイが毎日せっせと育てているオトメロンが、畑中に美しく実っている。特に何の心配もなさそうだ。
一通り見て回って、レオンはふと茶色い何かが土から顔を出しているのに気がついた。彼女が土質にまで細かく気を配った柔らかな黒に近い土の色とは違う、明るい茶色。
「なんだ?」
そっと近寄って確かめてみる。
「これは……タケノコか」
ふむ、と一本掘り出して、眺める。確かタケノコの調理はスピードが肝要。普段は出荷されてしまうタケノコだが、せっかくフレイの代わりに畑を見に来たのだ。フレイがしないことをした方が楽しいだろう。たまにはこの雑草扱いのタケノコを、丁寧に料理してみても良いかもしれない。
勝手にポコポコ生えてくるから困っちゃいますよね、とフレイが以前話していたのを思い出す。あの時は、横からポコリーヌさんが「呼びましたかフレイさーーーんっ!」と飛び出してきて、大惨事になった。
「食堂に行くか」
頼めばタケノコの調理法ぐらいは教えてもらえるだろう。そういえばタケノコごはんはなかなか美味い。明日の弁当にも良さそうだ。
ホーホーたちが急に騒がしくなって、15時が近いことを知る。
明日には風邪が治って、また元気に畑で働いて、昼になったら弁当を食べてくれるといい。
フレイは可愛いし、着飾っても似合うと思うけれど、やっぱり鍬でも持って元気に泥だらけになってくれているのが一番落ち着く。
タケノコを持って食堂へ向かいながらレオンは、今度アーサーに思いっきり豪奢なドレスでも用意してもらおうかなどと、ついさっきとはまったく逆なことを考えて、一人小さく吹き出した。


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