2.てんぷらうどん





今朝は気分がいい。
ここ数日かかりっきりだった少々面倒な仕事を、昨日ようやく終えたからだ。
いくら自分の生きた時代の文字とはいえ、その頃ですら古文であったような書物もある。それに、現代の言葉と昔の言葉の両方を読み書きするにはそれなりに労力を使う。
何より、ずっと机に使って原稿用紙や書物と向き合っているから、身体はかたまるし、目は疲れるし。
今回は特に古めかしい文章だったため、思ったよりも手がかかった。
その仕事も今日、アーサーに出来あがった原稿を渡せば完了だ。
「さて……今日は何にするかな」
そういえば昨日ディラスから海老をもらったんだったと思い出し、レオンは冷蔵庫を開けた。
釣りすぎた、と無愛想に渡してくれた海老は、結構な量がある。
「……天丼にでもするか」
弁当のメニューについて悩むことはあまりない。
妻に渡すための弁当のメニューをさくっと決めると、さっさとガウンを脱いで、服を着替える。
油や小麦粉など、天ぷらに必要な材料を手早く用意すると、レオンは一度キッチンを離れた。
もう一度クローゼットへ戻り、今度は長い髪を無造作に高めの場所でまとめる。
一応、揚げものとなるとそれなりに気を遣う。邪魔にならないように結ったポニーテールは、気休め程度だけれど下ろしっぱなしよりはマシだろう。
「よし」
弁当作りはスピードが命とばかり、手際良く天ぷらが揚げられていく。
キッチンに良い匂いが充満して、「今日はヴィヴィアージュ邸へ行くついでにディラスに何か礼を持っていこう」などと考えながら、レオンはあっという間に調理を終えた。
あとはご飯を――そこまで考えて、ふと手を止める。

そういえば、しばらく忙しくしていたから。
……フレイ不足だ。
普段ほどフレイを弄ったりからかったり、いじめたり構わせたり、出来ていない。
はっきり言って、欲求不満だ。
あの可愛らしい妻を思う存分困らせるのが、自分の生き甲斐と言っても良いぐらいなのに。
「……今日は休み、ってわけにはいかないんだろうが……」
畑は生き物。それぐらいはアースマイトでないレオンにも分かっている。
まる一日、完全に休むことは出来ないだろう。城の畑はモンスターたちも見てくれるからともかく、遠方にもいくつか、畑があるのだ。
雨ならばまだ希望もあるが、今日はなかなかに良すぎる天気のようで。


「おはようございますっ」
「ああ、おはよう」
ちょうどその時、フレイが起きてきた。
いつも通り、起きたばかりだというのにスッキリと元気な表情をしている。健康そのものだ。
普段なら、とりあえず挨拶をして先に身支度にかかるフレイが、しかし今日はその前にさらに声をかけてきた。
「なんだか、すごくいい匂いですね!」
おいしそう、と笑うその顔は、もういくらでも何でも食べさせてやりたいほど可愛い。
「ディラスから海老をもらってな」
「あっ、天ぷらなんですね。だからレオン、ポニーテールなんですか?ふふ、ちょっとかわいいです」
「……」
かわいい、はそっちだろう。
フレイはパジャマのまま近寄ってきて、レオンの髪の束に触れるとふわふわと左右に揺らしてみせた。
さてこの可愛い妻を、今日はどうやって弄って遊ぼうか。
――どうやって、自分のそばに留め置こうか。

「……フレイ。今日の弁当だが」
「はいっ。……??」
小さな箱を差し出すと、一応受け取ったフレイが、それを正しく認識して首を傾げた。
「お箸……?」
そう、箸箱。いつもフレイの持って行く、白い箸が入っている。
「今日の弁当は、天ぷらうどんになった」
「えっ?おうどんですか?!」
どうやって持って行くんです?と顔にハッキリ書かれているのがまた可愛らしい。
「そうだ。食べてくれるか?」
「え、っと……それはもちろん……」
「じゃあ待ってるから、昼になったら一度帰って来い。ここで一緒に食べよう」
「あ……はいっ!!」
元気良く返事して、フレイは箸箱を握りしめた。
「俺は仕事がひと段落したから、今日は一日休みにする。……なんならアンタも休むか?一緒に」
「ええと……」
頷いてはもらえないと分かっていながらも、一応そう尋ねてみれば、彼女は困ったように眉を寄せ。それから、うん、と大きく頷いた。

「分かりました!じゃあ大急ぎで午前中に畑を見て来ます。午後は一緒にご飯を食べて、一緒にゆっくりしたいです」
「……!!」
彼女からの思いがけない返事に、返す言葉に詰まって。
ちょっと困らせるだけの言葉のつもりが、逆にこちらがドキッとさせられるとは。
「……レオン?」
「……よし。待ってるからな」
「はいっ!」
「じゃあ、まあ……無理はしないようにな。いってらっしゃい。頑張ってこい」
「ありがとうございます。行ってきますね」

心なしか彼女がウキウキして見えるのは、自分が浮かれているせいかもしれない。
フレイは今日も元気良く、たくさんの荷物を持って駆け出して行った。
きっとお昼には、たくさんの大地の恵みを持って、笑顔で戻ってきてくれる。
今日もまた、マリアへ宛てたしあわせな手紙がまた一通、書けそうだった。


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