おべんとうの話 1.やきとうもろこし





それなりにしっかりと目は覚めた。
フレイほど寝起きが良いわけではないが、別段悪くもない。
パジャマパーティーでは数人寝起きの恐ろしい人物も見たので、多分自分は目覚めは良い方なのだろう。
枕元の時計を見れば、いつも通りの時間。隣で眠る妻が目を覚ますまで、あと30分以上はある。
いつものように、彼女を起こさないようにベッドを抜け出そうとそっと身体を動かしたその時、フレイが小さく身じろいだ。
「……」
思わず、動きを止める。

毎日元気に駆け回り、畑を耕し皆の依頼をこなし、しっかり疲れて帰宅するフレイは、基本的に座り仕事で身体がかたまっていくばかりのレオンと違い、ぐっすり眠って元気よく目覚める。
毎日規則正しく睡眠をとっている彼女を、予定より早く起こしてしまうのは忍びなかった。

フレイはぐっすりと眠っていながらも、離れたぬくもりを捕まえるようにこちらへと少し寄って来る。
「仕方ないな……」
少しなら大丈夫。まだ時間はある。
別に義務ではないけれど、初めの日にこれくらいはと思い作って渡した弁当に、彼女の零した笑顔があまりにも可愛らしかったから、それ以来レオンは毎日何かしら弁当を作ってはフレイに持たせていた。
料理は割と得意だし、釣りだったりアーサーのところでおすそわけをもらったりと、食材にも不自由していない。
いつも余裕を持って起きているし、少しぐらいベッドを出るのが遅れたところで作るのに支障が出るわけでもない。
「……ん」
起きてしまうかと心配したが、レオンが元の場所に戻ってくると、フレイはかすかに笑んで再び規則正しく寝息を立て始めた。

……可愛い。
少しでも姫らしく、といつも付けているティアラも、元気に跳ねまわる彼女について一緒に跳ねまわるツインテールも今はない。
何の飾り気もないフレイは、それでも十二分に可愛い。
(惚れた弱み?いいや、客観的に見ても可愛いだろう)
ぼんやりとそんなことを考えてから、レオンは自分の考えに苦笑した。
まだ自分も寝ぼけていることにしよう。でないと自分で照れてしまいそうだ。
「……フレイ」
すぅすぅと気持ちの良い寝息は、レオンのことも眠りへと誘うようで。
しかし二度寝するわけにもいかない。
自分まで眠ってしまわないように身体を横向きに起こして、フレイの髪をそっと撫でた。
柔らかい。
いい撫で心地に、口元が綻ぶ。
起こさないようにゆっくりと撫で続けると、彼女は気持ち良さからかすり寄るようにさらにこちらへと転がって来た。
妻が可愛くて、見ているだけでしあわせだなんて。
「……れ……」
ふと、フレイが急に呟いた。
起こしてしまったかと危ぶみながら、ゆっくりと落ち着けるように髪を撫で、一応彼女の声にも耳を傾ける。
「……ん?」
「……れいぞうこ……に……」
「……」
なんだ、冷蔵庫か。
何の夢を見ているのやら。
自分の名を呼ぶのかと、少しだけ、ほんの少しだけ緊張したのを、なんだか悔しく思う。
それでも、続きは聞きとれないほどふにゃふにゃとした何かを呟きながら再び微笑んだ、熟睡のフレイが可愛くて可愛くて。
「……アンタが悪い」
眠る彼女の唇に、そっとキスを落として。

「っと、もうこんな時間か」
時計を見れば、いつの間にかもうフレイの起床時間まであと5分しかない。
彼女を見ているだけで、何時間でも平気で過ごせそうだ。
レオンは急いで、しかしフレイを起こさないように静かに、今度こそベッドから抜け出した。
あまりにも時間がなくて、本格的に料理をするのは少々キツイ。
「しょうがないな……悪いが今日は焼くだけだ」
昨日ヴィヴィアージュ邸でもらったとうもろこしを取り出す。
スープかなにかにしてやりたかったが、コーンスープにしろフレークにしろ、作るには結構な手間がかかるのだ。
焼いただけでも彼女はきっと、太陽のようなキラッキラの笑顔を見せてくれる。

朝のうちには無理だけれど、彼女が疲れて帰ってくるまでにはスープも作っておこうと考えながら、レオンはオーブンに火をいれ始めた。


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