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 吹く風に、甘みと暖かみが増してきた。
 「熱くはありませんか?」
 まだ、声の高い、子供の声がする。
 「あぁ。・・・なぁ、もう、ここは、いいぜ。俺で最後だから。」
 半ばぼんやりと、立ち上る湯気を眺めながら、カインは風呂たきの少年に告げた。
 風呂は、ダム爺さんが確かに沸かしてはくれるが、火の番をするのは、少年達が交代でする。
 「ありがとうございます。じゃ、火を落としていいですか?」
 「あぁ、頼む。」
 立ち上る湯気の勢いが減った。
 腕や、胸を滑り落ちる水滴を手で拭い、カインは湯をかぶる。
 「あいつ、今日は頑張りすぎたな。」
 いつもより熱く感じる湯を頭からかぶると、勢いよく横に振る。
 その癖を、レジンは、「まるで、犬か猫のようだ」と、よく笑っていた。
 確かに、長いから、乾きにくいけれど・・・と、髪を拭く。
 わさわさと拭うと、その手が止まった。
 レジン・・・。
 
 衣服を身につけ、部屋へ向かうと、幾人もの仲間が、声をかける。
 その度に、カインは、同じ言葉を繰り返していた。
 そう、あの日から、ずっと。
 部屋へ戻ると、隣にある空っぽのベッドがいやでも目に付く。
 物心ついた頃から、一緒だったレジンは、あの日、娘達の園に預けて以来、姿を見せない。
 夕刻、女官長の許から帰ってきた、騎士の長は、消灯後に、カインを呼びだした。
 難しい顔の騎士長が告げたのは、レジンのことを尋ねられたら、僧の館に行ったと答えよ、ということだった。
 それ以外、一切口にしてはならぬと。
 そして、カイン自身にもそれ以上の説明はなかった。
 食い下がる彼に、長からの言葉は、ひとつ。
 「レジンのことは、忘れろ。」
 手ぬぐいをベッド脇のフックに掛けると、やはりいつものように、軽いため息をついて、横たわる。
 僧の館。
 そこは、学問の館と呼ぶべき場所であるはずなのだが、あからさまには語られることはないものの、ある意味、追いやられた人々の住む場所である。
 僧の館に行く、と言えば、人はそれ以上のことを問わない。
 館の住人の大半は、騎士となって、王に仕えたり、町人や、農の民となり、生産的生活を送ることより、大量の本に囲まれながら、学問を追究する生活を送っている。
 実際のところ、彼らなしでは、王とて、立ちゆかぬこともある。
 知識の集約を一手に担っていると言っていい。
 そして、また、1周期を迎えた全ての子供達は、この、僧の館に預けられ、2周期までの3年間、分け隔てなく育てられる。
 その、僧の館が、人々の口にのぼらなくなったのは、いつしか、この館に、普通とは少し異なった人々が、住まわされるようになってからのことである。
 例えば、成人を迎えて、いくら経っても、伴侶を見いだす意志のない者。
 同性にしか、心動かされぬ者。 
 気のふれた者・・・。
 隠匿された場所ではあったが、それはまた、暗黙の見せしめでもあった。
 生きながらにして、世の中から抹消される・・・「僧の館」はそのために、存在しているといって、過言ではなかったのだ。

 そこにレジンがいるという。 
 確かに、あの日、レジンの様子は尋常ではなかった。
 しかし、それは、あくまであの異様な発熱のことであり、その他のことは、同期の連中と、何ら変わったことはない。
 ・・・熱のせいで、心身のどこかに支障が起きたのだろうか?
 ふと、そこまで考えかけて、カインは、軽いため息をついた。
 又、いつもの堂々巡りに陥りかけたことに気付く。
 長の言葉は、それ以上の詮索は無用であることをきっぱり告げていたのだ。
 自分が、いくら、彼のことをあれこれ思いあぐねてみても、何の意味も持たない。
 薄皮の室内履きを蹴り上げて脱ぎ捨てると、カインは、頭の後ろで腕を組みながら、やけくそのように、ベッドに横たわり、盛大なため息をついた。
 「ったく・・・今から、剣の相手なんて、どっから捻り出すんだ・・・。」


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