- 4 - 吹く風に、甘みと暖かみが増してきた。 「熱くはありませんか?」 まだ、声の高い、子供の声がする。 「あぁ。・・・なぁ、もう、ここは、いいぜ。俺で最後だから。」 半ばぼんやりと、立ち上る湯気を眺めながら、カインは風呂たきの少年に告げた。 風呂は、ダム爺さんが確かに沸かしてはくれるが、火の番をするのは、少年達が交代でする。 「ありがとうございます。じゃ、火を落としていいですか?」 「あぁ、頼む。」 立ち上る湯気の勢いが減った。 腕や、胸を滑り落ちる水滴を手で拭い、カインは湯をかぶる。 「あいつ、今日は頑張りすぎたな。」 いつもより熱く感じる湯を頭からかぶると、勢いよく横に振る。 その癖を、レジンは、「まるで、犬か猫のようだ」と、よく笑っていた。 確かに、長いから、乾きにくいけれど・・・と、髪を拭く。 わさわさと拭うと、その手が止まった。 レジン・・・。 衣服を身につけ、部屋へ向かうと、幾人もの仲間が、声をかける。 その度に、カインは、同じ言葉を繰り返していた。 そう、あの日から、ずっと。 部屋へ戻ると、隣にある空っぽのベッドがいやでも目に付く。 物心ついた頃から、一緒だったレジンは、あの日、娘達の園に預けて以来、姿を見せない。 夕刻、女官長の許から帰ってきた、騎士の長は、消灯後に、カインを呼びだした。 難しい顔の騎士長が告げたのは、レジンのことを尋ねられたら、僧の館に行ったと答えよ、ということだった。 それ以外、一切口にしてはならぬと。 そして、カイン自身にもそれ以上の説明はなかった。 食い下がる彼に、長からの言葉は、ひとつ。 「レジンのことは、忘れろ。」 手ぬぐいをベッド脇のフックに掛けると、やはりいつものように、軽いため息をついて、横たわる。 僧の館。 そこは、学問の館と呼ぶべき場所であるはずなのだが、あからさまには語られることはないものの、ある意味、追いやられた人々の住む場所である。 僧の館に行く、と言えば、人はそれ以上のことを問わない。 館の住人の大半は、騎士となって、王に仕えたり、町人や、農の民となり、生産的生活を送ることより、大量の本に囲まれながら、学問を追究する生活を送っている。 実際のところ、彼らなしでは、王とて、立ちゆかぬこともある。 知識の集約を一手に担っていると言っていい。 そして、また、1周期を迎えた全ての子供達は、この、僧の館に預けられ、2周期までの3年間、分け隔てなく育てられる。 その、僧の館が、人々の口にのぼらなくなったのは、いつしか、この館に、普通とは少し異なった人々が、住まわされるようになってからのことである。 例えば、成人を迎えて、いくら経っても、伴侶を見いだす意志のない者。 同性にしか、心動かされぬ者。 気のふれた者・・・。 隠匿された場所ではあったが、それはまた、暗黙の見せしめでもあった。 生きながらにして、世の中から抹消される・・・「僧の館」はそのために、存在しているといって、過言ではなかったのだ。 そこにレジンがいるという。 確かに、あの日、レジンの様子は尋常ではなかった。 しかし、それは、あくまであの異様な発熱のことであり、その他のことは、同期の連中と、何ら変わったことはない。 ・・・熱のせいで、心身のどこかに支障が起きたのだろうか? ふと、そこまで考えかけて、カインは、軽いため息をついた。 又、いつもの堂々巡りに陥りかけたことに気付く。 長の言葉は、それ以上の詮索は無用であることをきっぱり告げていたのだ。 自分が、いくら、彼のことをあれこれ思いあぐねてみても、何の意味も持たない。 薄皮の室内履きを蹴り上げて脱ぎ捨てると、カインは、頭の後ろで腕を組みながら、やけくそのように、ベッドに横たわり、盛大なため息をついた。 「ったく・・・今から、剣の相手なんて、どっから捻り出すんだ・・・。」 |
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