−3− カインの真っ青な顔とは裏腹な、娘達の長の暢気な伝言。 その不自然さに、騎士の長は首を傾げながらも、急いで館を後にした。 「とにかく、何も聞かないで、早く行って下さいっ!」 小さな声で耳元で告げられて、小さな胸騒ぎがわき起こる。 「何か、あったのだろうか・・・?」 この数十年、大人しくしてきたはずだが・・・。 女官の園の厩舎に馬をつなぐと、すぐに娘達の長の部屋へと通される。 テーブルの上には、確かに、お茶の用意がなされていたが、部屋の主は、これからお茶の時間を楽しもうという雰囲気ではなかった。 「今日は、お招きに預かりまして・・・?」 一応、型どおりの挨拶をすると、娘達の長は、ちょっと額に手を当て、微かに首を振ると、手招きをして、ある扉の前へと騎士の長を招き寄せた。 「こちらへ。」 その小さな扉が開くと、薄暗い螺旋階段があり、騎士の長は慌てて、彼女に続き、階段を下りていった。 螺旋階段の一番底で、扉が開かれる。 その瞬間、香ってくる薬草の匂い。 そして、微かなうめき声。 薄暗い、地下のその部屋で、目が慣れると、部屋の中央の寝台に、人が横たわっているのが見える。 娘達の長にいざなわれ、その傍らに立った騎士の長は、驚きと疑問の声が漏れるのを止めることができなかった。 そこには、銀色の髪をべっとりとまとわりつかせた、人間が縛りつけられていた。 「 レ・・・ジン?」 騎士の長は、なんとか声を絞り出してみたが、浮かび上がる疑問は消しようがない。 寝台の上のその姿は、確かに、今日カインと打ち合いをしていたレジンそっくりなのだが、印象が違う。 そう、髪は肩まで伸びてなどいない。 絶え間なく漏れるうめき声も、いつものテノールより、高く儚い。 線の太い方ではなかったが、更に、全体的に線が細い。 「こ、これは・・・」 「ええ・・・」 重苦しく答える娘達の長の声に、騎士の長ははっとした。 「まさかっ・・・」 娘達の長は、静かにうなずくと、寝台の上で苦しんでいる者の額の汗をそっと拭った。 「騎士、レジン。王の血を引く者と思われます。」 それは一体どれほどの時間だったのだろうか。 突然の叫び声に、騎士の長は我に返った。 娘達の長が、痛々しげに眉をひそめながら、レジンを抑えている。 あまりの激痛に意識が遠のいたのか、レジンは呼吸こそ荒いものの、静かになった。 「し、しかし・・・王はメーニンではないのか。」 騎士の長が、新たな疑問を口にしたとき、娘達の長はレジンの服をまさぐり始めた。 「こればかりは・・・、老師に問わねばわかりませんが、確かに・・・」 そして、胸をはだけると、騎士の長に指し示す。 「変化しています。」 それは、フェラーニンと言うには足りないものの、メーニンのものではないふくらみが確かにできていた。 娘達の長は、すぐに元に戻し、身体全体に布を掛ける。 「老師には、すぐ、使いを出しました。早足を使っていますので、うまくいけば、数日で返事が参りましょう。」 「ありがたい。・・・しかし、このようなことは今まで・・・?」 「ええ。王とはフェラーニンがメーニンへと変化して王の血筋とわかるもの。しかも、このように、仮成人直前に変化するなどということは、記録を調べる限 り、今までの王の系譜にはありませんでした。それが、このような殆ど体ができてしまった頃に、しかも、この様子だと、恐らく・・・。」 「恐らく?」 途切れた後を、騎士の長は不安げに問う。 「・・・成人の儀の頃には、体は変化してしまうでしょう。」 その言葉に、彼は表情を険しくした。 「その身は、もつのでしょうか。」 「わかりません。なにぶんにも、初めてのことで。」 1周期目に導師達に預けられた子供達は、そののちの1周期の間に、徐々に身体が変化していく。メーニンでもフェラーニンでもなかった子供達が、どちらかになってゆくのだ。 だが、王はその2周期の時にフェラーニンとなった後、緩やかに3周期の時をかけて、メーニンへと変化してゆく。王の血筋を引くもの全てがそうなるわけではない。王になるものだけが、そうやって、二つの性の間を揺らめいて、変化するのだ。 その理由は、良くはわかっていないが、導師達は「多くの人を統べるため」と、意味づけている。 2周期目にフェラーニンとなった少女達は、女官の園で、育て上げられる。そして、5周期目(つまり、生まれて15年を経て)、女官となる娘達以外は、育ての親の元へ託される。 女官となる娘達は、「娘達の園」において、残りの1周期を過ごすこととなる。 これは、騎士とて、変わらない。 同じ時をかけて、彼らは、より騎士として成長してゆくこととなる。 では、王となる者は? その者は、当然、2周期目にフェラーニンとなっているため、娘達の園に預けられる。そして、その後変化しながらも、5周期の時までは娘達の園で育てられ、それより後、仮成人までの間は、騎士の館と園の間を往来する存在となる。 全ては、国を統べるために。 その、各々を見つめ、体に刻むために。 「ただ、今は、待つしかないのです。」 娘達の長の言葉に、騎士の長も頷くことしかできなかった。 本来ならば、成長期の波に乗って、緩やかに変化するものを・・・。 6周期を終えれば、早ければ、子をなす者さえ、いる。 「むごい、な・・・。」 2人の長は、そっと、その場を離れた。 |
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