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 カインの真っ青な顔とは裏腹な、娘達の長の暢気な伝言。
 その不自然さに、騎士の長は首を傾げながらも、急いで館を後にした。
 「とにかく、何も聞かないで、早く行って下さいっ!」
 小さな声で耳元で告げられて、小さな胸騒ぎがわき起こる。
 「何か、あったのだろうか・・・?」
 この数十年、大人しくしてきたはずだが・・・。
 女官の園の厩舎に馬をつなぐと、すぐに娘達の長の部屋へと通される。
 テーブルの上には、確かに、お茶の用意がなされていたが、部屋の主は、これからお茶の時間を楽しもうという雰囲気ではなかった。
 「今日は、お招きに預かりまして・・・?」
 一応、型どおりの挨拶をすると、娘達の長は、ちょっと額に手を当て、微かに首を振ると、手招きをして、ある扉の前へと騎士の長を招き寄せた。
 「こちらへ。」
 その小さな扉が開くと、薄暗い螺旋階段があり、騎士の長は慌てて、彼女に続き、階段を下りていった。
 螺旋階段の一番底で、扉が開かれる。
 その瞬間、香ってくる薬草の匂い。
 そして、微かなうめき声。
 薄暗い、地下のその部屋で、目が慣れると、部屋の中央の寝台に、人が横たわっているのが見える。
 娘達の長にいざなわれ、その傍らに立った騎士の長は、驚きと疑問の声が漏れるのを止めることができなかった。
 そこには、銀色の髪をべっとりとまとわりつかせた、人間が縛りつけられていた。
「 レ・・・ジン?」
 騎士の長は、なんとか声を絞り出してみたが、浮かび上がる疑問は消しようがない。
 寝台の上のその姿は、確かに、今日カインと打ち合いをしていたレジンそっくりなのだが、印象が違う。
 そう、髪は肩まで伸びてなどいない。
 絶え間なく漏れるうめき声も、いつものテノールより、高く儚い。
 線の太い方ではなかったが、更に、全体的に線が細い。
 「こ、これは・・・」
 「ええ・・・」 
 重苦しく答える娘達の長の声に、騎士の長ははっとした。
 「まさかっ・・・」
 娘達の長は、静かにうなずくと、寝台の上で苦しんでいる者の額の汗をそっと拭った。
 「騎士、レジン。王の血を引く者と思われます。」

 それは一体どれほどの時間だったのだろうか。 
 突然の叫び声に、騎士の長は我に返った。
 娘達の長が、痛々しげに眉をひそめながら、レジンを抑えている。
 あまりの激痛に意識が遠のいたのか、レジンは呼吸こそ荒いものの、静かになった。
 「し、しかし・・・王はメーニンではないのか。」
 騎士の長が、新たな疑問を口にしたとき、娘達の長はレジンの服をまさぐり始めた。
 「こればかりは・・・、老師に問わねばわかりませんが、確かに・・・」
 そして、胸をはだけると、騎士の長に指し示す。
「変化しています。」
 それは、フェラーニンと言うには足りないものの、メーニンのものではないふくらみが確かにできていた。
 娘達の長は、すぐに元に戻し、身体全体に布を掛ける。
 「老師には、すぐ、使いを出しました。早足を使っていますので、うまくいけば、数日で返事が参りましょう。」
 「ありがたい。・・・しかし、このようなことは今まで・・・?」
 「ええ。王とはフェラーニンがメーニンへと変化して王の血筋とわかるもの。しかも、このように、仮成人直前に変化するなどということは、記録を調べる限 り、今までの王の系譜にはありませんでした。それが、このような殆ど体ができてしまった頃に、しかも、この様子だと、恐らく・・・。」
 「恐らく?」
 途切れた後を、騎士の長は不安げに問う。
 「・・・成人の儀の頃には、体は変化してしまうでしょう。」
 その言葉に、彼は表情を険しくした。 
 「その身は、もつのでしょうか。」 
 「わかりません。なにぶんにも、初めてのことで。」

 1周期目に導師達に預けられた子供達は、そののちの1周期の間に、徐々に身体が変化していく。メーニンでもフェラーニンでもなかった子供達が、どちらかになってゆくのだ。
 だが、王はその2周期の時にフェラーニンとなった後、緩やかに3周期の時をかけて、メーニンへと変化してゆく。王の血筋を引くもの全てがそうなるわけではない。王になるものだけが、そうやって、二つの性の間を揺らめいて、変化するのだ。
 その理由は、良くはわかっていないが、導師達は「多くの人を統べるため」と、意味づけている。
 2周期目にフェラーニンとなった少女達は、女官の園で、育て上げられる。そして、5周期目(つまり、生まれて15年を経て)、女官となる娘達以外は、育ての親の元へ託される。
 女官となる娘達は、「娘達の園」において、残りの1周期を過ごすこととなる。
 これは、騎士とて、変わらない。
 同じ時をかけて、彼らは、より騎士として成長してゆくこととなる。
 では、王となる者は?
 その者は、当然、2周期目にフェラーニンとなっているため、娘達の園に預けられる。そして、その後変化しながらも、5周期の時までは娘達の園で育てられ、それより後、仮成人までの間は、騎士の館と園の間を往来する存在となる。
 全ては、国を統べるために。
 その、各々を見つめ、体に刻むために。

 「ただ、今は、待つしかないのです。」
 娘達の長の言葉に、騎士の長も頷くことしかできなかった。
 本来ならば、成長期の波に乗って、緩やかに変化するものを・・・。
 6周期を終えれば、早ければ、子をなす者さえ、いる。
 「むごい、な・・・。」
 2人の長は、そっと、その場を離れた。



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