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 珍しく、寺井ちゃんの歯切れが悪い。 
 言いよどむ様子が、気にならないわけはないが、今、問題なのは、そういうことじゃないだろう。
 俺は、そっと、中森警部が座っていたという、席に座った。
 そこは、初めて出会った青子を座らせた場所でもある。
 暫く考えてから、カウンターテーブルの裏に、手を当てる。
 その瞬間、俺は、肩の力ががっくり抜けた。
 ・・・警部・・・。
 そこには、何かが貼り付けられてあった。
 そっとはがして、取り出すと、それは、なんと、ラップで包んだ、CD-ROMだった。
 「何、考えてんだよ、あの、おっさん!」
 「口がお悪いですよ。」
 寺井ちゃんが、じろりと睨むが、お構いなし。
 ほんっと、何考えてんだよ。
 ・・・てか、正体ばれてたのか?俺。
 でも、どうやって?
 黒羽快斗での面識は、ねぇぞ? 
 幾つも疑問符がわき出してくるが、死んだ人間との出会いなんて、今更どうこう言ったところで、どうにもならない。
 俺は、寺井ちゃんに目配せすると、そのまま黙って、奥の部屋へとすっこんだ。
 急いで、パソコンを立ち上げ、CDを読み込む。
 いくつものファイルを次々開き、ざっと目を通すと、俺は、大きくため息をついた。
 親父を追っていたときからの、詳細なデータの洗い直しを経て、独自に辿り着いた、シンジケートの核。
 ・・・ビンゴ・・・だぜ?警部。
 目を付けたところは一緒だった。
 それに加えて、さすが警視庁。
 末端に至るまで、おおよその組織図が描かれており、一斉検挙のための配置図まで載っている。
 一見、脈絡なさそうに見える、親父と俺の軌跡を、根気よくトレースし、良く見つけたものだ。 
 あと一歩だったのに・・・。
 こんな大捕物は、そうそうあるわけじゃないはず。
 いくら俺でも、これでは手に余る。
 それに、一度に、押さえてしまわなければ、トカゲのしっぽと一緒で、後々不都合だ。
 警察の手が要るなぁ・・・。
 俺は、ちらりと時計に目をやった。
 予告日は、明日の夜。あと24時間足らず。
 きっと、奴らは、今頃必死になって、キッド対策を練っていることだろう。
 こちらとしても、準備万端だけれど・・・。
 思いを巡らせていた俺は、はたと、思考を止めた。
 万端・・・じゃぁ、ねぇな。
 キーを押すと、シュルリという音がして、ディスクが飛び出てきた。
 それを、適当なケースに放り込んで(さすがに、ラップにはもう包めない)、胸のポケットにしまうと、俺は、PCの電源を落とし、部屋を出た。

 一月前とは対照的に、街中は、妙に白っぽいディスプレーで一杯だ。
 俺は、それらを横目で見ながら、とあるファンシーショップに足を踏み入れた。
 こんな時間でも、きれいどころのお姉さん御用達の店は、煌々と明るい。
 「あら、快斗さんじゃない。なぁに?お返しの品でも見つくろいに来た?」
 さりげなく招き入れられた店内は、「お返しの品」とやらで、埋め尽くされていて。
 が、俺は、それを眺めながら、う〜〜んと、唸ってしまった。
 ちょ〜っと、小さいんだな。
 ディスクと一緒に渡して、違和感のないもの・・・。
 そんなものを、求めて、うろついていた俺の視線は、ちょっと奥まった棚の上にあったものに止まった。
 「それ。」
 俺の指さしたものを見て、店のねぇちゃんは、一瞬、押し黙る。
 「あれ?」
 「そ、あれさ、大きなリボンつけてくんない?」
 涼しい顔の俺に、何かとなじみの彼女は、眉を寄せた。
 「快斗さん、あれ、商品って言うより、ディスプレーなんだけど・・・」
 念を押す彼女に、俺は俺で、念を押す。
 「でも、あれが欲しい。」
 「引っかけてあるものじゃなくて?」
 「本体が欲しいね。」
 あくまで、「それ」が欲しいのだと要求すると、彼女は、観念して、店の奥から、台を持ってきて、下ろしてくれた。
 金や銀の、ネックレスやら、腕輪がはずされる。
 「こういうの、要らない?」
 指輪なんかも、はずしてみせるが、俺は、一瞥したものの、横に首を振った。
 身にまとった、光り物をはずしてしまうと、彼女は、爪の伸びた指で、軽く毛をすき、全体的に整える。
 「いくら?」
 俺の問いに、彼女は、ちらりと視線を寄こすと、注文どおり、大きなリボンをかけて、「退職金で、ちゃらにしておくわ。」と、手渡してくれた。
 俺は、まじまじとそいつを眺める。
 多少すすけた感じは否めないが、実に、愛嬌のある奴で。
 とりあえず、その赤ん坊大のテディに、持っても不自然でない、最大サイズのカードを買い与え、俺は、店を出た。
 それを持って、まっすぐ家に帰る。
 部屋に入ると、ぬいぐるみをベッドに放り投げ、もう一度、パソコンを起動し、CD-ROMを放り込んで。
 計画の微調整に、夜を費やした。
 
 通勤ラッシュが終わった頃、俺は、青子の家の近くの公園のベンチに座っていた。
 『もしもし・・・』
 携帯の向こうに、青子の声が聞こえる。
 良かった、家にいて。
 「あ、俺、快斗。黒羽快斗です。」
 どこか、声が緊張してしまう。
 それは、青子も同じことだったらしく、ほんの少し息を呑む音がしたあと、ゆっくりと返事が返ってきた。
 「なんでしょうか。」
 一瞬、無機質に聞こえるが、その奥で、揺らめくものを感じている。
 「今から、そっち行っていい?」
 さりげなさを装いながら、青子の呼吸を計る。
 「今から・・・ですか?」
 ためらいがちな声が、とまどっている彼女を浮かび上がらせる。
 「て、言うか、今、そっちに向かってるんだけど・・・。」
 のんきそうに話しながらも、俺の目は、警戒を怠らない。
 こんなところで、ばれちまったら、元も子もねぇ。
 幸い、人はいなかった。
 受話器の向こうに、躊躇っている気配を感じながら、俺は、ひたすら陽気を装う。
 「天気いいし、ちょっとだけ、つき合ってくんないかな。頼むよ。」
 今日がなんの日か、知らないわけはないだろう。
 先月、チョコを(しかも手作りで)くれたぐらいだから。
 「頼む、頼むよ。もう、これきりで構わないから、今日だけ。」
 軽くいなしてきた女達が見たら、目を丸くするだろう。
 今の俺は、三行半を突きつけられても、未練たらしい男そのもので。
 仕事をこなすことで、忘れたふりをしてきたけれど、胸の奥が、きゅうっと締め付けられる気がする。
 もう一押しかな・・・そんなことを思った瞬間のことだった。
 「・・・わかりました。どれくらいで、来られますか?」
 女神は、岩戸を明けてくれた。
 「あ、もうすぐ、もう、ほんと5分くらいだから。じゃ。」
 さて、今のは、傍受されたかどうか。
 心の中の心配を、満面の笑顔で包み隠し、俺は、足を速めた。


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