「・・・犯罪を見逃せ・・・と?」 やっと開いた口からこぼれたのは、聞き慣れた言葉の筈だったのに、ひどく心が痛んだ。 ・・・犯罪。 確かに、それがいくら、盗品であろうと盗み出せば、犯罪には違いない。 警察への示唆と、奴らの動揺を煽るため、派手なパフォーマンスを繰り広げていると、言ったところで、何になる? 「・・・父は、何故、死んだのですか?」 まっすぐに見つめる瞳。 真実を知りたいという以上に、何らの意図も持たない瞳。 とまどいがちな、それでも、暖かな、ささくれを癒すような眼差しの他に、こんな表情も持ってたとは・・・。 「さっきの連中にやられたんだと思う。」 もう、戻らない・・・ 「・・・彼らは、あなたがやったと言ってましたが。」 ずっと包まれていたい柔らかな声も・・・ 「俺が駆けつけたときには、・・・手遅れだった。」 優しい微笑みも・・・ 「本当なのですか?」 遠くを見つめる、その澄んだ瞳も・・・ 「あのとき、救急車を呼んだのは、・・・俺だ。」 案の定、青子は、眉をひそめた。 そう、きっと、中森警部は、自力で、救急車を呼んだと、誰もが思っているはずだ。 しかし、実際のところは、意識が混濁していて、一刻を争う容態だった。 「嘘・・・。」 そう、信じやしないだろう? 俺は、青子から視線を逸らし、軽く咳払いをしたあと、彼女を見つめた。 「嘘じゃないんだ・・・青子。」 その顔が、さっと強ばる。 と、同時に、彼女の瞳は、俺を逃れ、両の手で耳を塞いだ。 「やめて・・・。」 長い髪が、俯いた首の両側に落ちる。 「わかりました・・・だから、もうやめてください。」 微かに震える姿に、俺は、ふらりと近寄った。 手を伸ばせば届く、この距離で、ひどく青子が遠い。 「ごめん・・・そんなに、悲しませるつもりじゃ・・・。」 最愛の家族を亡くしたばかりの彼女に、することじゃなかったよな・・・。 その声で、彼女を呼ぶ人間は、どこにもいないのだから。 もう、そんな真似はしないと言うつもりで、そっと腕に手をかけたが、それは静かに避けられた。 「触らないで・・・」 消え入りそうな、でも、確かな声。 俺の中で、何かが凍りつく。 「どうして・・・どうしてあのとき・・・声をかけたの・・・?」 あのとき?・・・あぁ・・・クリスマスイブの・・・ 「父のことも、みんな、知ってて・・・?」 「知らなかった。・・・あれは、本当に偶然だ。」 顔を上げ、俺を見つめ返す瞳に、身を切られるような思いがする。 責めたくなる・・・よな、普通。 「でも、・・・すぐにわかったんでしょ?かわいそうな子だと、同情でもしてくれたの?」 言われるとは思った。 状況からして、仕方ないだろう? でも、そうじゃないと、どう言えばわかるだろう。 ・・・いや、そもそも、そんな甘ったれたことは言えないはずだった・・・。 「・・・今日は・・・助けてくださって、ありがとうございます。」 不意打ちのような言葉は、押し殺したような冷ややかな声。 「危ないところを助けて下さったから、あなたのおっしゃったとおり、警察には黙っています。でも・・・」 それが、青子にとって、感情をぎりぎりコントロールできる限界だったのだろうか。 「これ以上、青子に関わらないで!お父さんから、何も預かったりしていないから。本当に、何も知らないから!」 堰を切ったように、叫んだ声に、俺は打ちのめされたような気がした。 ・・・奴らと、同じ扱いを、されてるわけ・・・? 同情心がなかったわけじゃない。身内を亡くした痛みは俺だって知っている。 だけど、何よりも、青子自身に惹かれていた。 俺が求めていたのは、中森警部の娘でも何でもない、ただの「青子」。 もちろん、下心無しなんて言わないけれど。 俺にしては、珍しく・・・というより、初めてだったかも知れない。 何の打算もないなんて。 それに、・・・気付くわけなんて、ないよな? 俯いて体を震わせる青子に、俺は、もう一歩近づく。 体中の末端から、何かが失せてゆくような、不思議な感覚。 何だろう・・・。 そう思ったときには、俺の腕は、青子の体を捉えていた。 「え・・・?」 咄嗟に、顔を上げた青子の瞳が、驚いて見開かれる。 華奢な体は、片方の腕の中に収まり、もう片方の腕が、黒く冷たい髪を捉えたとき、その瞳の中に、怯えが走った。 ・・・遅いぜ。 何かに押しつぶされそうな意識の底で、浮かぶ声。 残忍な響きを持ったそれは、確かに、俺の声・・・。 ・・・もう、何も考えたくない。考えられない・・・。 聞きたいのは、そんな言葉じゃなくて、もっと甘い声・・・。 欲しいのは、その柔らかさとぬくもりと。 心の中の声に従い、俺は、青子を強く引き寄せると、温かな唇を貪った。 |
<< |
< |
> |