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 「お嬢さん、こんなこと言うのも何ですが、ここへ来ていただいたのは、なにも、敵討ちのためだけではないのですよ?」
 ・・・そう。青子がここへ連れてこられたわけを、俺も知りたいもんだ。
 「貴女は、お父様から何か、お預かりしてませんか?・・・例えば、ディスクや、コンパクトメモリの類など・・・。」
 どうやら、敵は、青子には直球勝負、という結論に達したらしい。 
 何の飾りっ気もなく、いきなりストレートに来た。
 「な・・・何のことですか?父から何も預かったりは・・・。」
 余程意外だったのだろう、青子の声はとまどいを隠せなかった。
 「そうでしょうか?貴女のお父様は、何か、大切な情報をつかんでいたはずなのです。それは、こちらでも、良く存じ上げているのですが、その在処がわから ない。お宅の方も、捜させていただいたんですけどね?・・・ということで、たまたま、こちらへ出向かれた貴女に、直接お聞きした方がよいのではということ になり、ご足労頂いたのですが?」
 なんだか、持って回った言い方をしているが、どうやら、警部が生前つかんだという情報を、渡せ、ということらしい。
 しかも、家捜しが済んでるときた。青子が気付かないくらいだから、余程、用心深いとみた。
 しかし・・・警部、気付いたのか。
 ちょっと時間かかり過ぎじゃねぇの?と思わないでもないが、あの派手な立ち回りに隠された意図に気が付いたというのなら、奴らにとって、気がかりには違いない。
 宝石の窃盗グループと、その裏流通シンジケートにメスが入れば、警視庁にとってかなりの大捕物になるはずだ。
 少なくとも、俺達親子を目の敵にしてる連中にとって、死活問題となる。
 シルクハットの陰で、俺は、青子と、彼女を取り巻く者達の気配を、注意深く見つめていた。
 やけにせっつかないところを見ると、奴は、多少は紳士なのか、それともすごんで見せているだけか・・・。
 そんなことを考えていると、青子が口許をきゅっと引き締める。 
 ・・・おいおい、どうするつもりだ・・・?
 「父は、家庭に仕事を持ち込む人ではありませんでした。確かに、KIDを捕まえ損なったと言って、憮然とすることはありましたが、それも、ごく稀のこと。ましてや、家族に何か遺すような人ではありません。詳細をお聞きになりたいなら、警視庁捜査2課にてお尋ね下さい。」
 
 背中の月が、輝きを失うかと思った。
 青子の声は、この冬の冷たい空気のように澄んでいて、それが、刃物のような響きを持っていた。
 静かだが、凛とした声に、男の顔に、言いようのない表情が浮かぶ。
 ・・・まじで、やばい・・・。
 残忍とか、冷酷とか、こういう輩に対する形容の全てを含んだような顔で、男は口を開いた。
 「さすが、中森警部のお嬢さんだ。根性も座っているし、よく見ると、お美しい。」
 ・・・そこだけは、同感。
 しかし、次の瞬間、俺の中の血が逆流する。
 男は、おもむろに腕を上げると、青子の顎をとらえ、引き寄せた。
 見かけは、添えているだけのようだが、顔をしかめた青子がふりほどけないところを見ると、しっかりとらえられているようだ。 
 「女性の扱いに不慣れでねぇ・・・。」
 奴は、そのまま、ちらりとこちらを見る。 
 「聞き分けのない人間には、それ相応の対応というものがあって・・・ま、常套手段としては、生命の危険にさらすというのが、一般的なのですが・・・?」
 男の口に、それとわかる下卑た笑みが浮かぶ。
 「薬物は、あれはあれで結構金がかかる。物理的拷問というのも、意外にこちらの体力を消耗するものなのですよ。」
 男に見つめられた青子は、さすがにその意味が分かったようだ。
 さしずめ、蛇に睨まれた蛙。
 それじゃ、あんまりだから、オオカミに睨まれたウサギ?
 どうも、 こういう状況になると、余計なところにまで頭が回るのが、難点だな。

 俺は、鼻で笑ってみせた。
 「で?私に、プライベートレッスンをして欲しいというわけですか?」  
 男は誰しも、心にオオカミの1匹や2匹は飼っている。
 俺の一言で、数人の部下の間に、緊張が走った。
 ・・・つまり、親分の言葉に、しばし緩んでたってわけだ。
 隙はある。
 「血液は掃除が大変だし、まぁ、この方法だと生物にとって最も自然な営みと同じだから、実にエコロジカルな方法でしてね・・・。」
 さすがに怯えた青子に、どうやら、奴はそそられているらしい。
 はらわたが煮えくりかえりそうだが、僅かなチャンスを逃せば生き残ることはできない。
 あとは、タイミングを外さないこと。
 鼓動が激しくなる。
 青子は、どこまで踏ん張れる・・・?
 最終的に必要なのは、生命の安全の確保。
 ・・・個人的には、・・・ええい!触るんじゃねぇ!!
 気付かれぬよう、そっと息を抜く。
 熱くなったとして、事態が好転するわけじゃない。
 「さぁ、お嬢さん、・・・身体にお聞きしましょうか?」
 奴のもう片方の手が、青子の頬から、うなじへと延びたとき、俺の体から、ふっと力が抜けた。
 と、同時に、屋上中に、閃光と煙幕が広がった。
 普通は、持ってる1割も使わないが、このとき俺は、煙玉の類の大半をぶちまけた。
 風がない分、煙幕がかき消されることもない。
 この、一見ありふれた手が、一瞬でも緊張を欠いた連中に功を奏した。
 濃厚な煙幕の中では、むやみやたらと発砲できない。
 「きゃっ」
 青子の悲鳴は、恐らく、例の男が青子をとらえたためだろう。
 2,3カ所でどさっと音がするのは、煙玉に混じっていた睡眠ガスが効いた連中の音。
 幹部にどこまで通用するのかわからなかったけれど、ガスは、多少なりとも奴らの動きを鈍くした。
 怪盗は、強盗じゃないから、相手に睡眠以外のダメージを与えるのは、邪道だと思っている。
 降りかかる危機は、知恵で切り抜けるのが俺のやり方だが、TPOってのも考えなきゃな。
 ということで、滅多に使うことのない、スタンガンを取り出した。
 「う・・・」
 という声と共に、青子を抱き込んでいた男が崩れ落ちる。
 「っ・・・・!?」
 さすがに状況についていけない青子の口許をハンカチで塞ぐと、一気に駆け抜ける。
 煙玉の中で、何人か倒れたようだが、室内じゃないから、睡眠ガスの効果のほどはあまり期待できない。
 とにかくここは、逃げるが勝ちだ。
 腕の中で、青子がもがくが、構わず力ずくで押さえ込み、屋上の縁から飛び降りた。
 途端にバランスが崩れる。
 ・・・この街中で、銃をぶっ放すとはいい根性だ。
 「奴が・・・逃げ・・・・。」
 そいつは、一人煙の外に這いだし、俺のグライダーに穴を開けたが、しかし、そこまでだった。
 仕事熱心な奴だ。 
 それを、堅気でやれば良かったろうに・・・。
 後方確認に、一瞥をくれると、辛うじて体勢を立て直し、安全圏へと緩やかに降下した。


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