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 小一時間ほど前、俺の普通のスピードにも負けずに歩いていた彼女は、今、髪結いのおばさんの言う「いつもの一割」とやらの歩幅で歩いているらしい。
 さりげなく、歩調を弛めている俺に、彼女は、申し訳なさそうに声をかけた。
 「あの、せっかくのお休みに、すいません。こんなことにおつきあい頂いたうえ、荷物まで持ってもらっちゃって。」
 小さなため息を脇へ逸らして、俺は彼女の顔を見る。
 ・・・んな、申し訳なさそうな顔されっとな〜
 写真館を出るときのことを思い出して、苦笑が漏れる。
 自分で荷物を持って出ようとした彼女と、当然、その大きな荷物を持って出ようとした俺と。
 お互い、「何で?」って顔を合わせ、写真館の親父と髪結いのおばさんを大笑いさせた。
 絶対多数で、俺が荷物を持つことになったのだが、その時の親父さんの、「これだから」という苦笑いした顔が忘れられない。
 「じゃ、任したよ。」と軽く手を振って送り出してくれた二人が、少々恨めしい。
 ・・・下心100%に、しっかり釘を刺された感じだ。
 「いいよ。それに、俺、自分の成人式って、出てないんだ。だから・・・」
 そう言って、ぴたりと彼女の出で立ちに向かって指を指し、にっと笑って見せた。
 「そういう格好、見てみたかったから。」
 好きな女の艶姿ってのが、こんなに強烈だとは思わなかったけど。
 俺の中のオオカミを知ってか知らずか(いや、十中八九わかってないんだろうけど)、彼女は、ちょっと思案顔をする。
 「でも、黒羽さんなら、別に二十歳とか言っても紛れ込んだら、わからないんじゃないんですか?そしたら、会場は、きれいな人たちで一杯ですよ。」
 ね?という顔で、同意を求められて、俺は、脱力してしまいそうになった。
 「ここに一人いるから充分だって。」
 「えぇ?だって、みんな、きっと青子よりきれいだと思うけど。」
 俺にとって、とっても根拠レスに聞こえるその意見に、彼女は、自信を持って、後を続けた。
 「みんな青子より、うんと大人っぽいから、すっごくきれいだと思うけどなぁ。」
 ほんの少し寂しげな横顔は、確かにあどけないとは思うけれど、俺の欲目を抜きにしても充分、きれいだ。
 「そんなの、限らないだろ。」
 「でも、男の人って、子供っぽいよりは、雰囲気の素敵な大人っぽい人の方が好きでしょ?」
 どうやら、彼女は、根拠フルらしく、あたかも当然という風に食い下がる。
 「なんかあったの?」
 話題を逸らしてみようかと、投げかけた言葉でもあったのだけど、素直な彼女は、それに、ストレートに答えを返した。
 「ファザコンの、てんでお話にならない子供だから、つき合ってられないって・・・。青子・・・自分ではよくわからなかったんだけど・・・。」
 「そんなこと言う奴、いたの?」
 それが、彼女の思いこみであればと思ったのだが、返ってきたのは寂しそうな笑顔と言葉だった。
 「うん・・・ちょっとだけ、おつきあいした人に・・・。よっぽど、青子は退屈だったんだと思う。だって、1ヶ月くらいで、終わっちゃったし。」
 ・・・断言しよう。そいつは、女を見る目がないな。いや、もしくは、はなから、彼女を彼女として見ていない、もっとはっきり言えば、見た目、確かにおっとりしているから、手っ取り早くモノに出来るとでも思ったのだろう。
 そんな野郎なら、彼女の親父が警部と言うことにびびってしまって、さっさと手を引いただろうことが、容易に想像できる。
 「無理に背伸びなんてすることねぇよ。今のこの時は、今しかねぇんだから、それを中途半端に生きるよりは、ちゃんと身の丈で、足、地につけているほうが、よっぽど大人なんじゃねぇの?」
 いつも、年相応よりは、背伸びをし続けていた身としては、彼女の在り方は充分眩しい。
 その素直さに惹かれたんだと、・・・思い切って、告白するなら今だと思った瞬間、出端を挫かれた。
 「ご、ごめんなさい。こんな話。でも、そういう風に言って頂いて、とっても嬉しいです。ちょっと自信なくしてたから。」
 「あ・・・いや、俺も、偉そうに言えた義理じゃないんだけど。」
 まだ、いけるかと、それでもタイミングを計る俺に、彼女はさらりと言ってのけた。
 「ふふ・・・黒羽さんて、お兄さんみたい。」
 ・・・件の彼氏に、1%だけ、同情してみた一瞬だった。


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