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(2)




 むっとする、化粧の匂い。
 ・・・だけじゃないな、香水も・・・か。
 薄いぐらい中で、俺は、傍らで寝息をたてている女を見る。
 豊かな髪を、軽く栗色に染めた彼女は、ここいらでも、そうはいない、美人の部類。
 ま、ちょっとやばい連中の情婦だから、意外に気がきつくて、プライドが高い。
 体を張ってる男達の情婦(おんな)は、彼女らなりに、気も体も張ってるもんで。
 そいつをつまみ食いするってのは、仕事とはいえ、ちょっとスリリングで悪かない。
 彼女とて、誰かのいろだとしても、ちゃぁんと自立はしているから、男がよそへしけ込んでるからと言って、めそめそなんかせず、こうやって、俺を招き入れてるわけだ。
 ・・・つくづく、強ぇぜ、この界隈の女ってのは・・・
 
 ちょっとおぼこな、客を装い、狙いを定めた彼女は、結構いい線をいってた。
 ・・・別に、ベッドの中での話じゃない。
 彼女の男は、シンジケートの一員だったのだ。
 幹部じゃない・・・ってところが、残念だったけど、贅沢は言えねぇ。
 この大都会で、今度初めての正月を迎えるんだと、ほらを吹いたら、こうして、晦日に招いてくれたってわけ。
 さすが、年越しは一緒にとは言わねぇな。
 けど、12月の30日くんだりに、見知らぬ男を連れ込むわけだから、もしかして、彼女の地位は、低いのかも知れない。
 組織ってぇのは、奥が深いもんだな。
 
 こっそりベッドから降りると、俺はシャワーを借りた。
 熱めの湯が体を叩いてゆく、その感触を楽しみながら、青子のことを考えていた。
 あの日から、姿を変えて、俺は彼女の家を伺った。
 新聞勧誘員やら、セールスやら、およそ、普通の家を突発的に訪れそうな連中を装って。
 どんなときでも、笑みを絶やさなかったな。
 ・・・やっぱり・・・もう一度、会いたい。
 その気持ちは、募る一方で、・・・結局、毎日訪れてしまったんだけど。
 これじゃ、ストーカーと変わんねぇじゃねぇか・・・。
 黒羽快斗として、彼女に、青子に会いたい。
 だが、何と言って、会いに行こう・・・。
 
 「ね、誰のこと、考えてたの?」
 バスルームから出て、シャツを引っかけたままの俺は、はっきり言って、度肝を抜かれた。
 ・・・迂闊だった・・・。
 仕事中の上の空は命取り。
 わかってるはずだったのに、完璧に虚を衝かれた。
 口元に笑みをたたえているけれど、こういうときの女は、要注意だ。
 呆然としながらも、俺の頭はフル回転していたが、軽いため息と共に、ストップ。
 ここは、正直に吐いちまおう。
 「かなわないな。白状していいです?」
 「ええ、是非。」
 「故郷に残してきた彼女のこと。」
 「故郷に残してきたって・・・ほんと?」
 ・・・ちぇ〜っ、カッコぐらいつけさせてくれよ。
 「ばれました?ほんとは、片思い。」
 ちょっと斜から彼女を見ると、彼女は、意外そうな表情をした。
 「あら、ふぅん・・・女の子のこと、考えてたの。」
 ・・・へ?
 そして、彼女はそのまま、くすりと笑うと、サテンのガウンを引っかけたまま、ソファに腰を下ろした。
 「でも、あなた、ここの人でしょ?」
 思ったより、鋭いな、この女。
 「は〜。それも、ばれました?」
 どこまで、ばれたろう?
 「わかるわよ。物腰、身のこなし。どれをとっても、垢抜けてるわ。」
 「そんなもんですかねぇ〜。よく、地方から来た人間と思われるんですけど。」
 女は、軽く首を傾げ、ちらっと俺を見ると、フッと笑いをこぼす。
 「まぁ、ぎすぎすしたところがないから、そう見えても仕方ないかしらね。もし、あなたがその気なら、あの人に、薦めてみようと思ったけれど、ちょっと、鍛えるのに、骨が折れそうだから、やめとくわ。」
 その言葉に、俺のほうが、目を丸くした。
 俺を、シンジケートの一員に推すつもりだったのか。
 まぁ・・・でも、一線は画しておいた方がいいか。 
 「女を抱きに来て、片思いの女の子のこと考えてるような坊やじゃね。」
 ・・・青子に会ってから、俺、完全に調子狂ってねぇ?
 さすがの俺も切り返しようがなくて、頭をかくと、彼女はころころと笑い出した。
 「でも、私は楽しませてもらったわ。年末は、ちょっと寂しいから。」
 「そうなんですか?」
 俺は、内心、ちょっと気を引き締めた。
 もちろん、さっきからのスタンスは崩さない。
 「あの人のいるところはね、昨夜、一年の総じまいをして、年末年始は、大ボスに挨拶に行って。下っ端になるほど、挨拶回りが多くって、三が日が過ぎないと、ここには来れないのよ。」
 「随分、きちんとされてるんですね。」
 俺の言葉に、多少呆れたような表情を見せたものの、彼女はクッションに身を沈めながら、遠い目をした。
 「きちんと・・・ね。あなたは知らない方がいいかもね。世の中、知らない方がいいこともあるし。年末年始は、この辺も、一番寂しいわよ。こういうときだけは、何故か、みんな家族なんてものを思い出すから・・・。」
 こんな風に、ささやかに本音をこぼす女ってのは、初めてだった。
 やっぱ、連中、女も、いいのをつかまえてやがる。
 内心ひやりとしたものの、別に、俺の正体がばれたわけでも何でもなかった。
 手練れの女としては、可愛い坊主をからかってみたかったというところだろうか。
 遅い、冬の朝が明ける。
 俺達は、何気なく、窓を見やった。
 「さ、今年も今日で終わり。あなたも、おうちへ帰りなさい。」
 「あなたにも、良い年が訪れますように・・・。」
 上着を引っかけると、彼女は、大人の女の顔をして、その場で、ひらりと手を振った。

 今回の収穫を、眠たげな朝日の中で反芻する。
 ベッドの中での睦言は、かなりの情報量だった。
 ・・・確実に、奴らに近づいている。
 尾行の気配に注意しながら、俺は、満足げに、帰路をたどる。
 もちろん、ちょっと小心者の間男の顔のまま・・・。
 


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