ネオンも電光看板もない、地味な一角。 これが、俺の根城。 明かりをともした小さなランタンだけが、この店が開店していることを示している。 「ちょっと、ここで待っててくれよ。」 飴色のランプに照らされた小さなカウンターバーの奥座席に、彼女を座らせる。 暖房が近いから、冷え切っているらしい彼女には、ちょうどいいだろう。 カウンターの向こうで、初老のバーテンダーが「おや?」という風に、目を丸くした。 「寺井ちゃん、悪いけど、俺、今日、休みにするわ。」 その言葉に、バーテンダーは、グラスを拭く手を休めずに、軽くため息をつく。 そんなに遅い時間でもないから、客はまだ来てはいない。 「それと、車取ってくるから、その間、彼女に、ホットミルクかなんか入れてやってくれないか。」 そう言いながら、俺はカウンターの中においてあった自分のポーチを取り出し、キーを探す。 「ぼっちゃま・・・。」 寡黙な彼がようやっと口を開き、俺はふと顔を上げた。 こんな風に、寺井ちゃんが俺を呼ぶことは、ごくまれだ。 しかも、見知らぬ人間の前で。 その目が、彼女を指し示す。 ・・・何だって言うんだ? 俺が不審げに見つめ返すと、彼は目を閉じて、ぽそっとこぼす。 「この席は暑いですよ。」 寺井ちゃんは常に、ズバリそのものを口にすることはない。 俺は、はっとして、彼女に向き直った。 「そうだ。コート、後ろに掛けるんだ。ほら。」 カウンタースツールに腰を掛けたままぼんやりする彼女を立たせると、俺はするりとそのコートをはずし、背後に用意されたコート掛けに掛ける。 「あ、ありがとうございます。何から、何まですいません。」 急激に暖められて、彼女は、頬を赤く染めている。 年の頃は、一体どれくらいなのだろう。あどけなさの残るその顔に、俺は見惚れてしまいそうになった。 が、寺井ちゃんの手前、ぼんやりもしていられない。 「ちょっと、雪で、時間かかるかもしれないけど・・・」 そう彼女に断ってから、こっそり寺井ちゃんに耳打ちする。 「ナンパ野郎は蹴散らしてくれよ。」 寺井ちゃんに、あれこれ詮索されるのは趣味じゃないが、この際、そんなことは言ってられなくて。 やはり、寺井ちゃんは意外な表情を浮かべる。 但し、筋金入りのバーテンダー。それも一瞬のこと。 軽く頷いて、青子のためのホットミルクを入れるため、その場を離れた。 |
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