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 「はい?」
 やかましいくらいのクリスマス音楽も、雑踏もいきなり別世界のものとなる。
 確かに、それは、目の前の人物から発せられた声だった。
 澄んだ、けれど、どこかハスキーな趣のある声。
 点になってしまった俺の目の中で、彼女は、小動物のようなつぶらな瞳を向けていた。
 「なんでしょうか?」
 二度目に彼女が声を発したとき、俺はようやっと現実に戻った。
 「お前、耳は聞こえるのか。」
 彼女にかけた最初の言葉がこれだなんて、いつもの俺はどこへ行ったんだろう。
 「はい。」
 明快な答えが返る。
 ・・・じゃ、なんで、さっき・・・?
 当然沸き起こる疑問を口にしようかと思ったが、それよりも先に、俺は彼女の出で立ちに気づいた。
 全身黒ずくめ。
 ・・・喪服?
 「なんで、こんなところ、ふらついてんだ? 女一人じゃ、何かと物騒だぜ?」
 俺の問いに、彼女は、え?という顔で、周囲を見渡した。
 「あ・・あの、ここ、どこです?」
 ・・・おい。
 この無防備さは、もしかして天然ものか? それとも、実はナンパされ慣れてるのか?
 呆れてため息をもらしたとき、彼女の顔に生気が戻った。
 そう、さっきまでは、人間としゃべってるってよりは、黒衣の天使としゃべってるって感じだったもんな。
 「あ、すいません。ちょっと、ぼんやり歩いてたので・・・。」
 かすかに上目遣いで見上げる仕草が、妙に俺を刺激する。
 「元々、どこにいたんだ? その様子じゃ、法事かなんかあったってとこかな?」
 その言葉に、彼女は、羽織っただけのコートの前をそっと会わせた。
 ・・・こういう恥じらいを見せる女って、最近少ないよなぁ。
 「実は、○×町の、△□っていうお店で、精進揚げをしてきたところなんです。」
 精進揚げってことは、葬式か。
 「あぁ、じゃ、ちょっと裏っ手に入って来ちまったってとこだな。このあたりに、まだ他に用か何かあるのか?」
 「いえ。」
 きちんと立って、こちらを見上げる姿が新鮮に映った。
 「じゃ、送ってやるよ。家、どの辺?」
 自然に出た言葉に、正直、下心がなかった。
 ・・・俺・・・、ほんとにどうしちまったんだろう。
 彼女の唇が、「え?」と言うように微かに開かれる。
 うっすら引かれたルージュが、どんなに赤い唇よりも艶やかに見える。
 しかし、コートの前あわせを握りしめた手は、抜けるように白かった。
 しかも微かに震えている。
 当然だ。雪が降るほど寒いのだから。
 「あ、車、取りに行くから、来いよ。そんな薄着で、ここいらに突っ立ってたんじゃ、先に凍死しちまうから。」
 肩に、そっと手を当て、歩きだそうと促すと、彼女は小さく頷いた。
 「すいません。あの・・・江古田の方なんですけど。」
 「あ、そうなんだ。あの辺はよく知ってるから、ちょろいもんだよ。」
 「ありがとうございます。・・あの、私・・・中森青子といいます。」
 どうやら、すれていないらしい彼女に、苦笑しながらも気をよくしていた俺は、一瞬、固まってしまった。
 「中森・・・青子さん?」
 心臓が冷たいもので包まれた気になる。
 「はい。」
 寒さのせいか、小さく震える彼女を見やると、青白いながらも凛とした面差しをこちらに向けた。
 「そう・・。」
 頭の中に去来するものを押し殺し、俺は、再び歩き始める。
 「あ、俺、黒羽快斗ってんだ。よろしくな。」
 「こちらこそ。」
 微笑んでみせると、彼女も、小さな微笑みを見せた。




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