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*** 冬 物 語 ***


(1)




 ふと、足が止まった。
 歓楽街のイルミネーションの中で、そこだけぽっかり静かで。

 2,3時間前から降り出した雪に、道行く人々はご機嫌な上に更にご機嫌だ。
 カップルやら、グループやら、とにかく、雑多な人々が、空から舞い降りる白い使者に歓声を上げている。
 時折、ポケットに手を入れて歩く俺にも声がかかる。
 一人でいると、物欲しげに見えるんだろうか。
 でも、別に、今日はナンパしに来てるわけじゃねぇ。
 そう、半ば、裏の仕事の下見を兼ねてるってとこか。
 情報を引き出すため、めぼしいところにあたりをつけ、誘われるままに、もしくは誘いをかけてみるなんてことはあるが、そうでなきゃ、女なんて、面倒くさいだけ。
 ・・・それに、別に不自由してるわけでもない。
 一応、釣書美人だし、俺。
 それに加えて、本職のマジシャンだった、親父仕込みの物腰と、軽い口説き文句で、今のところ、落ちなかった女はいない。
 昼は医大生、夜は裏の顔を持っているIQ400の頭脳が醸し出す、ちょっとばかしの傲慢さというやつが、どうやら、俺の魅力なのらしい。
 確かに、そういうところがあるのは認めるが、・・・魅力ったってねぇ。

 けばけばしさと嬌声に嫌気がさしてきた、そんな矢先に俺の視線がとらえたもの。
 人間のもつ、表向きでない様々なものが集まるそこに、そいつは溶け込むことなく存在していた。
 一瞬、立ち止まった後、俺は傍らのビルの壁にもたれかかる。
 地味なコートを羽織り、そいつは、ぼーっと空を見上げている。 
 安物も、高級品もごったまぜで光を競いあうこの空間に、あまりにも不似合いだ。
 けれど、俺の目はそいつから片時も離せなくて。
 暫く、そのままで見つめていると、一人の男が、ちょっと遠巻きに彼女に声をかけた。
 ・・・ナンパ野郎か。
 思わず舌打ちしてしまう。
 彼女、どうするだろう。
 ひょこひょこ、ついていくだろうか?
 いや、そんな風にはとてもじゃないけど見えねぇ。
 もめて、困るようだったら、出て行ってやろうか。
 そんなことを考えている自分が、妙に可笑しい。
 だったら、脇で彼女を見つめている俺は、何だって言うのだろう?
 そう、幾度も猫なで声で声をかけてるあいつと同じような下心を、全く持ってないとは言えねぇし。
 しかし、彼女は、何の反応も示さなかった。
 ただ、ひたすら、ぼんやりと空を見上げている。
 ・・・もしかして、耳が悪いのか?
 そうこうするうち、反応のないことに少々苛立ったらしい男が、手をかけようとした。
 俺の中で、不快な感情が沸き起こる。
 ・・・そんな汚ねぇ手で、触んじゃねぇ!
 どうしてそんな風に思ったのかわからない。
 ただ、清冽な印象を放ちながら立ちつくす彼女を見つめていたかっただけかもしれない。
 「ねぇ、彼女ぉ、一人なんだろぅ?俺もさぁ・・・」
 耳障りな粘着質な声の持ち主に、俺は、軽く声をかけた。
 「おい。」
 軽くったって、腹の中の不快感は隠すつもりなどない。
 思ったより、ドスがきいてたらしく、男は、ちょっとびびって俺に目を向けた。
 何か言おうとするところに、一瞥をくれる。
 男は、そのまま口を閉じて、そそくさとその場を去っていった。
 見た目と実年齢は確かに若い口だけど、伊達にこのあたりで裏の顔を持ってるわけじゃないんだぜ?
 内心、「ざまぁ見ろ・・・」と思っていた俺は、しかし、次の瞬間、頭の中が真っ白になっていた。




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