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*** Second Stage *** 外に出ると、途端に息が白く煙る。 ポケットに手を突っ込んで、空を見上げると、街中なのに、星がよく見える。 寒いわけだよ。 軽く首を左右に振って、ため息一つ。 間髪を入れず、背後から、声。 「うち、寄ってくか?」 軽くストレッチをしていた俺は、動きを止めた。 「お、ええなぁ。」 すかさず返事をしたのは、平次。 「何?平次、今日は、工藤君とこ行くん?」 「明日休みやし。」 ・・・おい、それ、理由になってんのか? 「そっか。」 ・・・和葉ちゃん、それで、納得すんのか! 「快斗、おめぇも来るだろう?」 その言葉に、新一の気遣いを知る。 でも・・・と、青子をちらりと見やった。 何気ないそぶりで、それでも、じっと俺の答えを待っている。 どうしよう・・・ 珍しく迷うのは、自分の中の未知数がつかめないせい。 青子は、俺が送って行かなきゃと思う。 当然、こんな時間に1人で帰すわけがないのだけれど、さて。 じゃ、俺が送りオオカミにならない可能性はと言えば・・・甚だ心許なくて。 どうしたものかと、ため息をついたとき、新一が、蘭ちゃんの方を向いた。 「蘭、なんか食うもん作ってくれる?」 俺と平次の目が、新一に注がれる。 一瞬ぽかんとした彼女に、奴は滅多に見せない笑みを見せた。 「おっちゃん、いないんだろ?」 俺たちに、飲みに来るかと(いや、多分、そのつもりだろう)言っておいて、彼女を誘うなんざ、普段のあいつなら、考えられない。 けれど、さすが、長年のつきあいか、彼女はにっこり微笑むと言ってのけた。 「何がいい?」 おいおい、たまに、俺たちにさえ、牽制の眼差しを寄こす新一は、何を考え、彼女は、何を了解したっていうんだ? その、長い髪を揺らし、彼女は、和葉ちゃんと青子を見た。 「ねぇ、二人も、来ない?」 唐突に話題を振られた二人は、きょとんとする 「へ?青子?」 「構わんの?」 和葉ちゃん、素直・・・。 半分同棲してるような二人だから、平次がいなきゃ、1人でいるのは寂しいのだろう。 青子が、新一から俺へと視線を揺らす。 「・・・いいの・・・かな?」 「うちは構わねぇよ。蘭や、和葉ちゃんが来るんだし、一緒にどう?」 こいつのフェミニストの仮面って、どこで、どうやって仕入れてきたんだろう。 「オヤジさんに、メールでも入れといたら?彼女たちと一緒だって。」 「うん・・・お父さん、今日は帰れないって、さっき電話もらったから。」 ・・・だろうなぁ、あれじゃ。 「快斗・・・行くの?」 「行く。」 即答した俺に、探偵二人が目を丸くしたようだけど。 うだうだ言ってられっか。 あんなに甘ったるい瞳で見つめられて、今夜、あいつが一人きりとわかった今、俺は間違いなく、送りオオカミになる。 甘えることを知ってしまった自分が、どんな風になるか。 簡単に想像できるとも言えるし、予想もつかないとも言える。 そんな夜は、迂闊にあいつに近づいて、傷つけたりしたくないから。 それに、送りオオカミになれねぇ、理由ってやつも、一応、あるわけで。 そんなジレンマ抱えてるくらいなら、ここは、誘いに乗った方がいい。 「じゃ、青子も行く。」 何かを吹っ切ったように、青子は、顔を上げた。 ・・・新一、感謝。 口に出して言えねぇけど。 コンビニで、飲み物や食べ物を仕入れる。 ・・・今、平次がかごに放り込んだのって、焼酎じゃねぇ? 蘭ちゃんが、仕切っているのを見ながら、さすがだなぁと思う。 新一がよく知らなくても、彼女は、奴んちの食糧事情を、充分把握してた。 ぼんやり見てると、奴が、さりげなく周囲を牽制するのも、頷けるくらい、彼女は随分きれいになった。 以前だって、かわいかったけれど、いつも、どこかに影を引いていて。 不安な時期を過ごしたからか、強くなったような気がする。 その強さの分、更にきれいになったんだろうな。 「お前、工藤に、蹴飛ばされんで。」 平次が、こっそり耳打ちする。 「・・・は?」 訳わかんなくて、首を回すと、平次の呆れた顔が目に入った。 「随分、熱い視線で、ねぇちゃん、見とったやん。」 気ぃついてへんかったんか?なんて、付け加えられ、俺は慌てて口許に手をやり、表情を隠した。 幸いなことに、新一は、蘭ちゃんと熱心に何かを話し込んでる様子。 ほっと胸をなで下ろしながら、俺は、青子を探した。 さっきから、声が聞こえない。 一瞬、姿が見えなくて、どきっとするけれど、あいつは冷凍庫の前で突っ立っていた。 セミロングの髪が小首を傾げる。 やがて、ガラスの扉を開けると、青子はクッキー&クリームとバニラの大きなパックを取り出し、かご持ちの和葉ちゃんの方へと歩いていった。 何か温かいものが膨らんで、胸の中が、少し苦しくなる。 ・・・情けねぇな。 ふと、そんなこと考えて、俺は、一度俯いてから、顔を上げた。 一瞬でも、ポーカーフェイスが崩れて、苦しさをさらけ出してしまった自分を、かき消すように。 昼間、人気のない新一の家は、外気温と変わらぬ寒さ。 白い息を、まとわりつかせながら、俺たちは部屋が温もるまで上着を着たまま、飲み会の準備。 台所で、火の周りを使い始めた和葉ちゃんの、「うわぁ〜、あったか〜」という声に、みんなが、笑う。 男3人に女が3人。 6人も人がいると、死んだように眠っていた家の中も、血が通ったぬくもりで満たされてゆく。 ほっとした。 警察とやり合ってるうちは、ある意味、ゲーム感覚。 警部が彼の100%で、キッド捕獲にかかってくれるから、こちらとしても、出来る限りの手を打つのが、礼儀ってもんだろ? でも・・・永遠の命を得ようとして、人の命を弄ぶあの連中に、言いようのない怒りが浮かび、胸くそが悪くなる。 ボレー彗星は、遠い空の彼方に行っちまったってのに、俺たちの間に、パンドラは姿を見せず、結局、この赤い心臓を抱いた石を巡る争奪戦は終わっていない。 ・・・そして、この間に、俺は青子のハートを手に入れた。 ボレー彗星が、長い尾を引く、夜空の下で。 あれ以前と、あれ以降、警察の対応は相変わらずだったけれど、奴らの対応は変わった。 まるで、どこか、張りつめていた糸が切れたような、それでいて、八つ当たりのような行動を取るようになったように思う。 トップが切れたのだろうか。 いずれにせよ、それはそれで、崩壊でもしたらよいのに、連中は、性格を凶暴化させただけだった。 お陰で・・・ 視界のなかを、リボンがよぎる。 「えっ?」 という、声と共に、それは、俺の腕の中にすっぽりおさまった。 途端に、脇腹に、鈍い痛みが走る。 「ごめん!」 青子のものとも、蘭ちゃんのものとも違うアクセント。 結構、耳障りいいかも。 「いいよ。」 ほんまにぃ?と、もう一度尋ねるのに、俺は、いいから、いいからと、手を振った。 「お前、そら、持ち過ぎやて。自分の、キャパ考えて、持てよ。」 平次が、すかさず、彼女の腕の中にあった大皿数枚を取り上げる。 「え〜?せやかて、ホールでは、それくらい持ってんで。」 「工藤んとこのもん、なめてかかるんやない。」 それは言えてる。普段使いに、こんな立派な食器使うか?普通。 二人のやりとりが、あまりにいつもの夫婦漫才で、そのほのぼのさに、思わず笑みがこぼれてしまう。 結構、際どい目にも遭ってるはずなのに、どうして、こう、あいつらは、緊張感がねぇっていうか、平和というか・・・(あ、そうか、平和だもんな)。 |
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