なんて言おか、どう言おか・・・。そんなことどうどう巡りしながら考えてるうち、携帯が鳴った。
 和葉か?
 「もしもし・・・」 
 「おう、服部。」
 「工藤・・・。かみさんには別にええて言うといたのに。」
 「あのなぁ、お前。本当にそうなんだったら、そんな声でしゃべんじゃねーよ。何かあったのかって、ばればれだぜ。」
 「・・・。」
 俺はすぐには声が出んかった。
 「蘭がよ、絶対何かあったはずだから、電話しろって。」
 「そうか・・・。」
 「長くなってもいいぞ。」
 「・・・済まんな」
 俺は、とりあえず、事件のあらましから話し始めた。
 「なぁ、工藤。お前、昔言うたやろ、殺人の理由だけはわからんて。俺、今回ほどこのこと実感したこと無かったわ。」
 「うん・・・。で、どうするんだ。」
 「え。」
 「どこまで話すんだよ。」
 「あぁ。それなぁ。・・・正直言うて、わからんのや。新聞に出るようなことくらいは俺の口から教えないかんとは思てる。それ以上は・・・。」
 「できるのか。沈黙し続けるなんて。」
 「・・・。なぁ、工藤、俺な今更ながら、お前はすごいやっちゃて思たんや。あの、黒ずくめの組織の一件で、よう、蘭ちゃんの前で江戸川コナンを通しきったなて。」
 「ホントに、今更ながらだよな。その話持ち出すなんて。」
 「俺自身はな、今のあいつにほんまのこと話しとうないんや。」
 「時が時だけにな。」
 「あぁ。・・・なぁ、工藤、お前やったら、どうする?それこそ、あの、鈴木財閥の姉ちゃんに、こういうことされたら・・・。」
 「・・・かなり、想像力いるな、それ。」
 「あぁ・・」
 そう言うたきり、二人して黙り込んでしもうた。

 昼下がりの日差しが川面に映えて、眩しい。
 「結婚決めるときに・・・さ。」
 ためらいがちに工藤が話し始めた。
 「探偵なんて仕事してるから、いつどこで恨みを買って災難に巻き込まれるかもしれないって、それだけは腹を据えて欲しいって、蘭に言ったんだ。」
 それなら、俺も和葉に言うた記憶がある。
 「ふん・・・」
 と、先を促してみると、ため息が漏れる音がした。
 「俺もお前もさ、自分のことについては、考えてたろうけど、直に相手が狙われるっての、考えに入ってなかったよな。」
 「・・・それは、一応、反省っちゅうやつか?」
 確かに、それは工藤の言うとおりや。
 「だまし通すより、信じてもらうってのが、一番いいんだけど?」
 ・・・経験者は語る・・・いうところか。
 「実感がこもっとんなぁ。」
 そう言いながら、ぼんやりと視線をやった先に、赤い彼岸花が見えた。
 ぽつんと4,5本だけ、かたまって咲いている。
 そこへ、ぶかぶかの幼稚園服を着た子供が、やって来て、そっと手を延ばした。
 「おい、坊主!その花抜いたらあかんで!」
 「おわっ!」
 目の前で、子供がびびる姿と、携帯の中で、工藤がぶっ飛ぶ声が重なった。
 「あ、すまんすまん。」
 「なんだよ、急に。」
 「あ、いや、ちょっと、今、ガキが彼岸花摘もうとしとったから・・・。」
 携帯の中に謝りながら、後からついてきた子供の母親に、目で謝ると、なんや、むっとした顔して、子供を庇うようにして、そそくさと歩いていった。
 「彼岸花・・・。へぇ、珍しい。郊外へでも行かなきゃ、なかなかお目にかかれなくなってしまったけど。・・・ん?どうした?」
 俺は、どうやら、ため息をついていたらしい。
 「え?いや、あぁ・・・。母親が後ろからついて来とってんけどな・・・。あれかなぁ、今時の母親っちゅうんは、よその人間に子供、注意されたら、あんなふうに、うさんくさい顔して、逃げていきよるもんかいな・・・。」
 一応、これでも父親になる予定やから、ガキが危ないことしてたら、つい、口が出てまう。
 「最近、彼岸花自体、あんまり見かけないからな。知らねぇんじゃねぇの?根に毒があるってこと。」
 「それでも、彼岸花は、摘んだらあかんて・・・言わんか?普通。」
 「ま、人それぞれだから、問題は、耳を傾けるか、否かってことだろ?」
 ちょっと後味の悪い思いをした俺は、そのまま、工藤には悪い思たけど、黙ってしもた。
 確かに、最終的には、そういう問題になるんやろけどな・・・。
 
 「和葉ちゃんなら、わかってくれんじゃねぇの?」
 「へ?」
 しばらくの沈黙の後、いきなり工藤が切り出す。
 「彼岸花は、仏様の花だから、抜いちゃいけないってのは、昔の人の知恵だろう?その根に毒があり、その毒というのがどういうものかなんて、細かなことを いちいち並べ立てるんじゃなくて、とにかく、危ないモノに触れるなっていう、心遣いなんだから、それ以上のことは、それ以上知りたくなってから、調べれば いいことだと。
 お前が、真実を全て伝えられなくても、彼女なら、きっと、わかってくれるんじゃねぇ?」
 秋へ、傾きかけてる日差しが、目の奥に、じんとした痛みを感じさせる。
 車通りがないっちゅうことで、この河川敷は、学校帰りのガキ共がよう通ってるようや。
 たまに、大人と手ぇ繋いで、歩いてるんもおる。
 それらが、まるで、影絵みたいに、ただ視界の中で動いてゆく。
 「ん・・・。」
 微かについたため息のような声。
 それが、俺と工藤との最後の対話になったのかもしれん。
 「じゃ、な。和葉ちゃんのこと信じてやれよ・・・。」
 そう言って、工藤は電話を切った。
 もちろん、俺から何かこれ以上言えることはない、いうんがわかっててや・・・。
 
 「信じる・・・か。」
 和葉のことを信じてないわけやない。
 信じなかったことかて、あらへん。
 けど、こんなにも、「信じる」いう言葉が、重みを持ったことがなかったんも事実や。
 和葉は、全てを話さへん俺を「信じる」やろか。
 ・・・
 どれくらい、そこで、考え込んでたやろか。
 俺はようよう腹を決め、河川敷をあとにした。
 「もしもし・・・あ、服部平次です・・・。・・・いえ、こちらこそ、いっつもお世話になってます・・・。」
 車の中から、府警へ電話する。
 「すんません。えぇ、そうですか。はい、・・はい。えぇ。いえ、それだけ聞いたら、ええですわ。ほんなら・・・お手数かけました。」
 黄昏時の仄暗さの中で、俺は緩やかに車を発進させた。


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