一寸法師


 今は昔、それほど古くないことであるが……といっているうちに、今となっては大変昔の出来事となってしまった。現在でいう大阪市に初老の夫婦がいた。
 ふたりにはその年まで子供がいなかった。そこで住吉神社へお参りをし、今年こそは授かりますようにと、高齢出産覚悟でお祈りをした。

 おばあさんは四十一歳で身ごもった。
「こんなことならもっと早くお参りすればよかったね」
 と、いいながらもおじいさんはたいそう喜んでいた。
 しかし五ヶ月、六ヶ月過ぎようとも全くお腹が大きくならなかった。それでも十月十日経つと陣痛が起こり、それはそれは小さくてかわいらしい男の子を出産した。竹の物差しではかると一寸(三センチ)しかなかった。
 超未熟児の赤子は病気こそしなかったが、一向に大きくならなかったので一寸法師と名付けられた。

 老夫婦が我が子を化け物だと思うのも致し方なかった。住吉大明神様はなにを思ってこんな罰を与えるのだろう。一寸法師は十三歳になっても人並みに大きくならなかった。このままでは嫁も来ないし、老後も面倒見てもらえない。いっそうのことどこへでもやって、立派な男の子でも養子にもらいたいと話し合っていた。
 両親が自分をかわいがっていないことはとうの昔に気がついていた。追い出されるのなら自分から出ていった方がまだ格好がいい。一寸法師はおばあさんの裁縫箱から針を一本盗んで腰に差し、おじいさんの使っていたお椀と箸を持って家を出た。
 近くの川にお椀を浮かべ、箸をオール代わりに都へと上っていった。

 こうして一寸法師は京都までやってきた。繁華街はまるで異国の地のよう。人の多さといったら尋常ではない。三センチの一寸法師に誰も目を留めず、踏み殺されないようにするのが精一杯だった。

 宰相殿の屋敷にやってきたのは本当に偶然のことだった。人の足がない方へそれていったら庭に上がり込んでいたのだ。
 誰もいないので「お頼み申す。どうか少し休ませて下さい」と、叫んだところ、奥から宰相殿が出てきた。宰相殿はおもしろい声の持ち主を一目見たくて出てきたのだった。だが、そこには誰もいない。どうしたことだろう。下足をはいて庭へ出ようとした。
「ああ、お待ちになって下さい。私をお踏みにならないで下さい」
 一寸法師が足下で叫ぶと宰相殿はお気づきになって、
「これはおかしい」
 人間の姿をした小さな生き物に大変興味を持たれて、大笑いされた。

 一寸法師は宰相殿に気に入られ、ペットのように扱われこそしたが、かわいがられていたことは確かだった。
 そうこうするうちに一寸法師は十六歳になっていた。
 宰相殿には十三になる美しい姫君がいた。一寸法師は一目見たときから恋に落ちていた。身分も違えば体の大きさも違う。かなうはずのない恋であったが、一寸法師はどうにか妻にしたいと思っていた。
 一寸法師は一計を立てた。まず、姫君の寝ている隙にお粥を口に付けた。そうして自分は茶碗を持って泣いていた。姫君が自分の食べ物を横取りした意地汚いやつだと宰相殿に知らしめるためだった。宰相殿は姫をここには置いておかないだろう。
 宰相殿が駆けつけると、姫の口元をみて仰天した。しばらく絶句したあと、
「こんなに行儀の悪い娘に育てた覚えはない。一寸法師共々始末してやる」と、お怒りになった。
 一寸法師の策略どおり、姫とここを出ていくきっかけをつかんだ。姫は白昼夢でも見ているかのようだったが、父上の剣幕に驚いて一寸法師と出ていかざるを得なかった。

 誰も引き留めてはくれないことを寂しく思いながらも、姫は継母だから冷たいのだとおもうことにして、船に乗って京都を離れた。風にながされて着いたのは風変わりな島だった。人の気配がない陰気くさいところだ。妖怪でも出てきそうだと思っていたところにふたりの鬼が現れた。
 千里先まで見えるという眼を持つ鬼は一寸法師を見つけると言った。
「あんなちびには似合わない女をつれているぞ」
「ちびは喰って、女を俺たちのものにしようじゃないか」
 赤い顔をした鬼は一寸法師をつまみ上げると芋虫を飲み込むように、噛まずに喉へ通そうとした。一寸法師は鬼の喉チンコをうまい具合につかむと、反動をつけて鼻に潜り込んだ。針でちくちく粘膜を突き刺すと、赤鬼は鼓膜が切れんばかりの大声を張り上げた。耳をふさいで逃げ回るとどこをどう入ったのか、一寸法師は鬼の目から出てきた。
 これに恐れおののいた鬼は姫も宝も打ち出の小槌もなにもかも、置き去りにして逃げていった。

「打ち出の小槌は何でも願いが叶うのですよ」
 と、姫が教えてくれたので一寸法師は早速試してみることにした。一番の願いは……。
「大きくなーれ、大きくなーれ」
 一寸法師は小槌を振りながら言った。すると、改名しなくてはならないくらい大きくなった。小さすぎてその顔立ちはよくわからなかったが、大きくなってみると何とも立派な青年だった。出し抜かれたことも知らず、姫はたちまち惚れてしまった。
「どうかわたくしと一緒になって下さいまし」
 一寸法師はもちろん喜んで受けた。その後も小槌で金や銀を振りだしてたいそう金持ちになった。子供も三人授かった。

 結局のところ、巡りに巡って、住吉大明神のお約束どおり、末代まで繁栄していった。老夫婦はというと、寂しく貧しい暮らしを続けていた。一寸法師をぞんざいに扱わなければ、恩恵にあやかることができたであろうに。
 これこそ老夫婦に与えられた罰である。


もくじ   七草草子>>


Copyright (C) 1999 Sachiyo