小児病棟の折り鶴

 原付バイクで転倒し、入院を余儀なくされた徳郎の元に、小学校時代からの友人である和生が見舞いにやってきた。和生も小学校2年生の時に骨折をして入院をしていたことがあり、クラス会長だったおまえが何度も見舞いに来てくれたんだぞというが、すっかり忘れてたなと笑い飛ばした。
「まだ十年しか経ってねぇのに」
 しょぼくれて非難するが、知ったことかよと、徳郎はいってのけた。
 和生は自分で持ってきた手土産のプリンを食べながら、病室内を見渡し、なんだか神妙な面持ちで「あのときは言いそびれていたけど」と、切り出した。

 和生は休み時間に鉄棒をしていて、落下した際に肘を複雑骨折した。運ばれた病院は小児病棟があるところで、短期入院も12歳以下ならだいたいそこに入院させられていたらしい。
 和生が入院した部屋は病床数が6つ。すでに5人が入院していて、その誰もが持病を抱えた長期入院患者であった。和生が入院する直前もやはり満室であったようなのだが、それまでいた患者は病状がよくなって退院したのか、亡くなったのか、和生は同部屋の患者に聞くことができなかったという。

 和生は片腕だけの負傷であったので、とにかく退屈してレクレーションルームなどを行ったり来たりして時間をつぶしていた。もともと、同部屋の子たちと仲良くするつもりはなかったのだ。彼らは自分にはわからない病気を抱えていたし、彼らはもう長く同じ時間を共にしていて、その小さなコミュニティーに入っていけるほど和生は社交的でもなかった。

 探索も飽きて部屋に戻ってくると、ふと自分のベッドの下に赤い折り鶴が落ちていることに気がついた。誰のベッドの頭上にも千羽鶴が飾ってあったので、そのどれかから落ちたのか、自分のベッドを使っていた前の患者のものか、そんなところだろうと思った。

 折り鶴を拾い上げたが、誰のものか聞くのもはばかられた。
 それはがさつな折り方であった。首の部分が斜めの方向を向いているし、羽根の折りあわせの部分がぴったりとしていなくて、白い裏地が見えてしまっていた。
 よく見ると、その白い裏地に鉛筆でなにか文字が書かれているのが見えた。和生は片手でなんとか折り目を解体していき、折り紙を広げた。そこにはひらがなで「しんでかえってきてね」と書かれていた。和生はとっさにくしゃっと手で握りしめ、ゴミ箱に捨ててしまった。

 このメッセージはどういう意味なのか。死んだら帰ってこられないではないか。気味が悪すぎて誰にもいえなかったし、なかったことにしたかったというのである。

 そして、すぐに退院するときはやってきた。和生はクラスメイトがつくった千羽鶴を抱え、ベッドを後にしようとすると、折り鶴がひとつ、落ちていることに気がついた。自分が落とした物なのか、同部屋の子たちの鶴なのか。わからない。怖かったが、拾わずにはいられなかった。

 拾い上げるとやはり羽根の折りあわせがぴったりとしていない。何かが書かれている。広げてみると「ただいま」と書いてあった。
 ふと視線を感じて無人のベッドを振り返ったが、もちろん誰もいなかった。

 いるんだよ、と和生はいった。
「いるんだよ、あの部屋には。だって、子供が書いたとか、しかもクラスメイトが書いたとか、そんなの嫌じゃん」
 そんな繊細なヤツだったのかと意外であったが、幼いころの体験とあれば冷静さを欠くのかもしれない。
「落ち着けよ」
 と徳郎はなだめた。
「案外、あの部屋の住人、入院していた同部屋の患者なんじゃないの? 子供はそういう怖いこともやるよ。たいした悪気なくね。骨折した患者がやってくると聞いて、ちょっとしたイタズラをしただけだろ」
 だから病院はちょっと苦手なんだと、和生はあまり長居せずに帰って行った。

 和生が幼いころの不思議な体験を急に語りはじめたのも、あれが目にとまったからだろう。
 隣の病床には千羽鶴が吊ってある。隣の患者は自分と同じ年格好だ。部活のマネージャーとおぼしき女子が千羽鶴を抱えてやってきたので、徳郎はうらやむような目でそれを見ていた。だが、徳郎もそんなに野暮じゃない。松葉杖をついて部屋を出て行き、彼女が帰るまでロビーで時間をつぶした。

 以来、2人部屋なので、見舞客が来るとどちらも自然と席を外すようになっていた。相部屋の患者も今ごろどこかで時間をつぶしているだろう。
 布団がくしゃくしゃに丸められたベッドを見やった。
 和生は気づいていなかったようだが、徳郎のベッドからは見える。
 隣のベッドの下には折り鶴がひとつ落ちている。窓から入ってくる風に羽があおられてふらふらと揺れていた。

 そのとき、ドアが開いて相部屋の患者が戻ってきた。勢いよく風が通り抜け、彼の足下に折り鶴が転がっていった。
 折り鶴を広げる様子を、徳郎は視界の端でとらえていた。

ランプ

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