『夢と子猫と黒猫と』・中
あるまじろ
☆ ☆ ☆ ☆
「はよ〜ん☆」
「おはよーごさいます」
「ます♪」
寮のみんなが、それぞれ朝の挨拶を済ませると同時に席につく。
珍しく、真雪も同席している。 やはり、昨日の今日では気になるようだった。
「どうしたねこ? 今朝はえらく機嫌がいーじゃんか」
「にゃははナイショなのだ〜♪」
「なにか良い事あったの?」
「うん! ものすごくいーことなのだ〜♪」
まず最初に仁村姉妹が、美緒にちょっかい? を出す。
「ま、機嫌が良い事なのは、素敵な事ですよ…っと、知佳ー? 出来たから、ちょっとこの鍋、そっちに持っていってくれるか〜?」
「はーい」
「あ、知佳ぼー、あちしがやるから、座ってていーのだ」
「………え?」
知佳が、美緒に何を言われたのか理解しないうちに、美緒はキッチン内の耕介の元へ走ってゆく。
「っと…。 こーすけ、これを持ってけばいーのか?」
「ん?美緒じゃないか。 大丈夫か?」
「まかせるのだ! よっ」
「はは、えらいえらい♪」
「あたりまえなのだ〜」
「ねこが、手伝いしてる…」
「お、おねぇちゃん、美緒ちゃんに悪いよ〜」
「で、でもあのねこだぞ! 傍若無人を絵に描いたようなやつがだぞ?!」
「それ、おねぇちゃんの事……(ゴン) イターイ、おねぇちゃんぶった〜」
「いらんちゃちゃを入れるからだ!」
「む〜〜〜」
「…………(にこ)」
・
・
・
レンは昨日、あれから美緒の側で寝たようである。
なにせ昨日は、住民のみんなは驚きの連続だった。
レンの寝床をどうするか、という事を話し合っているうち、レンはうとうととし始め、美緒の匂いをふんふんとかいで、そのまんま美緒の膝の上に寝てしまったのだ。
黒猫の姿で……
最も、ここさざなみ寮では人が猫の姿に変わったからといって、拒絶するような人種はいない。
かえって「可愛い〜♪」と喜ばれたぐらいである。
美緒は、勇んで『みみ』と『しっぽ』を見せびらかし「…!」知佳も恥かしがりながら羽をみせた「…!」
若干のしこりがあったのは、薫ぐらいのものであったが、
「ゴメン」の一言で、全ては丸く収まった。
当の言われた本人は、一体何を謝られたのか分ってないようだったが。
まぁ、そんなこんなで今日の朝に至るわけである。
・
・
・
「それでは、行ってくるのだー!」
迎えに来ていた望ちゃんと、街に遊びに出かけた美緒である。
「さーて、〆切り守らにゃー」
「あ、おねぇちゃんがまた嘘言ってる…(ゴン)…あいたー! またぶったぁ〜」
「お仕事お仕事…こーすけー、あとで挿し入れ期待してっぞー」
「もう、おねぇちゃん! あ、おにぃちゃん、わたしミルクティーお願いね♪ …って、おねぇちゃんたら!」
言いたい事だけ言うと、仁村姉妹は仕事場でもある真雪の部屋に戻っていった。
愛は大学の、みなみや薫は部活の用があるとかで、一斉に寮から出かけていく。
「や〜ん、うちもっとレンちゃんといちゃいちゃしたい〜…」
などとほざく、自称5さいの大学生もいたが。(もちろん、大学に出かけた)
「…………」
「さて、どうするかな?」
「…………?」
「う〜ん……」
「…………」
「…………」
「…………」
「だはーーー!」
「(びくぅ)」
「ま、間がもたん……」
レンと二人っきりになってしまった耕介は、レンの前でいきなり悶え始めてしまった。
「こうすけ。 その娘、喉乾いたからナニか飲みたいってさ」
「…リスティ…そっか、リスティがいたか♪」
「こうすけ…もしかして…今までテーブルにいっしょにいたの、気付かなかった??」
「あ、あはははは…そ、そんな事…」
「じー…」
(じー)
何故か、レンまでリスティといっしょになって、耕介を視線で責めている。
「うぅ…すいません」
「わかればよろしい」
(こくこく)
またもや、何故かリスティの真似をしてうなずくレンがいた。
「……?」
「な、なあリスティ。 もしかしてお前、レンの言う事わかるのか?」
「ん? そんなのあたりきしゃりき」
「しゃりきって…お前またへんな言葉覚えて…」
「かめへんかめへん」
「おーい…」
「…………(ふるふる、ふるふる)」←かめへんかめへんのアクションのつもりらしい
レンのとった仕草に、耕介は呆気にとられるのに対し、リスティはえらい喜び様だった。
「うまいうまい♪」
「…………(ぽ)」
「うわぁ〜耕介、この娘照れてる〜、可愛い♪」
「……あ、頭痛くなってきた」
ほとんど、というか完全に管理人より子守り…又は、ペットの飼い主状態である。
・
・
・
「…………(うんしょうんしょ)」
「レン? 何してるの?」
レンが、先ほどより自分より高い位置にある食器棚を開けようとしている。
「だーかーらー、さっきこうすけに言わなかったっけ? その娘、喉乾いてるんだって」
「そ、そうなの?」
(こくん)
「ごめんごめん、はい」
耕介が、戸棚に入っているコップを渡そうとすると、
(ふるふる)
「え…?」
救いを求めるように、耕介はリスティの方を向く。
僅かに苦笑すると、リスティは耕介にその回答を教えてやった。
「美緒の使ってる、猫印のが欲しいんだよね?」
最後の方は、レンに確認を求めるような語尾になってしまっていく。
(こくこく)
「ね」と、多少自慢そうな視線で、耕介に確認をとる。
「りょーかいです。 お姫さま」
耕介も、ちょっと洒落っ気をだして、美緒のカップに牛乳を入れてレンに渡す。
渡されたレンの方はというと、ちょこん、と小さくお辞儀をしてから、美味しそうに牛乳を飲み干す。
「……? (お姫様は自分じゃない? お姫様はアル……)」
「どうしたリスティ。 ぼーとしちゃって」
「うわ?! あ、こ、耕介か…なんでもなーい。 それじゃボクは、ウエンディと遊んでくるよ。 ……Goodluck」
「お、おい…グッドラックって…なんだよ! ……ったく」
「…………(んくんく)♪」
レンは、耕介がくれた牛乳を、いつまでも美味しそうに飲んでいた。
☆ ☆ ☆ ☆
その頃街では……
「ほんにすまんね〜」
美緒と望に手を引かれているお年寄りが、横断歩道を渡っていた。
「別にいーのだ。 元気なあちし達が、おばぁさんを助けるのは、トーゼンの事なのだ」
「そ、そうですよ〜。 だから、遠慮なんてしないで下さいね」
「ありがとよ。 ほんにありがとよ…」
・
・
・
このような光景が、朝からずっと続いていた。
「美緒ちゃーん…そろそろ休もうよ〜。 わたし、疲れちゃった…」
「ん〜、じゃー…うし! あのおじぃさんで最後にして、ご飯食べに戻るのだ」
「ひゃ〜…」
・
・
・
「ね、ねぇ? 怒らないで聞いてね?」
「なーに、望」
「どうして、いきなり『今日は人助けの日!』なのかなって…」
「あ〜……」
いわば当然の望の疑問に対して、美緒は、珍しく歯切れが悪くなってしまった。
「あ…ご、ゴメンネ? 別に、答えづらかった事なら、答えなくてもいーよ…」
その歯切れの悪さを、質問への答えと受け取った望は、慌てて質問自体を否定する。
「あ、ち、違うのだ…あの…笑わない?」
「う、うん。 絶対笑わない!」
それでも答え様とした美緒に対し、望は真剣な表情で返す。
「実は…」
「(ゴクリ)」
「じつはー…」
「うんうん」
「お父さんに言われたの」
「……え?」
「だから〜……お父さんに言われたの」
「……ゴメン…よく聞こえなかった…」
「おとーさんに言われたの!」
「わ! びっくりした! …?お父さん?」
「そ」
「電話あったの?」
望の疑問も最もだ。 美緒の父親は、今海外でスパイと不動産関係の仕事をしているらしいので、滅多にこちらには帰って来れない状態なのだ。
「ううん。 昨日ね…ゆめ、みたんだ…」
「夢?」
「そ」
美緒は、ぶっきらぼうな受け答えをしているが、その表情を見れば、どれだけの喜びを込めているか、望でなくともわかりそうである。
「そっか…。 良かったね?」
「うん♪」
「それでね〜、」
………
……
次の日
もしかして一悶着あるかな、と思われた、次郎達さざなみにゃんこ団にも、堂々? とレンが居着くのも認められ、平和に……
「こら〜。 美緒ちゃん! 家の中ににゃんこちゃん達上げちゃダメって言ってるでしょう!」
「バカねこー! どーこ行きやがった! あたしの『美少年』全っっっっ部ダメにしやがって!!」
「こんネコ! 今日とゆう今日は、しつけちゅうモンを叩きこんじゃる!」
平和に……
「いーかげんにしなさーい!(びし)」
「いーかげんいしなさーい!(びし)」
「……………………………!(びし)」
「そうそう♪ 突っ込みは、腕の振る早さと角度が大事なんや」
「レンも結構いー線いってるよね、ゆうひ」
「おう! ぐれいとやで♪」
「…………(てれてれ)」
「や〜ん♪ レンちゃんてば、めっちゃ可愛いわ〜♪ (ぎゅ)」
「あーゆうひだけずるい! ボクもギュ♪」
「…………(はう)」
「こ、この人達は……」
ま、まぁ、いかにもさざなみ寮らしい日常に、レンも巻き込まれ、そして慣れていった。
・
・
・
「…………おとーさん…………」
・
・
・
それから1週間が過ぎる頃……
「美緒ー!」
「美緒ちゃ〜ん!」
「ねこー!」
………………
…………
……
美緒の姿が、さざなみ寮から消えた…………
☆ ☆ ☆ ☆
「ほんまにどこいったんやろ…」
茫然自失としているのは、ゆうひだけではない。
レンを除く、住人のみんなが朝からいなくなった美緒を探していた。
「美緒ちゃん……」
「…………」
寮では、愛と望が留守番をしていた。
より正確を記するなら、レンもであるが…
「美緒ーーー!」
「美緒ちゃ〜〜ん!」
リスティと知佳は、空から見える範囲を捜索してもらっている。
「陣内ーー!」
「美緒さまーー!」
薫と十六夜さんは、林の奥を見てもらっている。
「美緒ちゃん〜!」
「美緒ちゃーーーん!」
ゆうひとみなみは、その反対の方を。
「ねこーー!」
真雪は湖を。
「美緒ーーー!」
耕介は、街をバイクで捜索していた。
…………
……
数時間後…
「だー! あいつこんな遅くまでどこいったーー!」
「ま、真雪さん…きっともうすぐもどって来ますよ」
「ですよね。ちょ、ちょう帰りが遅なってごめん〜ってひょこっとあらわれますよ」
「う〜〜…」
日が落ちた為、捜索に出ていたみんなが寮に帰ってくる。
「しょーがない…先にご飯にしちゃいましょう…ね?」
耕介は、みんなの確認も含めて、強く言い切る。
「そう…しましょう……」
「うん…あ、わたし手伝うよ……」
「ああ…あれ? そういえばレンちゃんは?」
「あ〜、あの娘なら……うん。 また美緒の部屋で寝てる」
「また美緒ちゃんの部屋? なんやレンちゃん、ここんとこずーっとあそこにおらへん?」
「呼んできましょう」
みんなが、いろいろと美緒のいない時間と空間を労働によって埋めようとしていたころ、薫は一人で…いや、十六夜さんと共に中庭でたたずんでいた。
「…………(まただ)」
「薫……」
「十六夜…やっぱりおかしい。 あの黒猫が来るまで、陣内がいなくなるちゅうこと、まぁ、たまにはあった。 けれど、ここ一週間だんだん陣内がおらん時間が増えて、今日はとうとう朝からおらんようになってしまった……」
「薫……今でも、あの娘のこと疑ってるのですか?」
「……正直わからん。 害意は感じられん。 それは確かじゃ。 やけん……この妙な霊波はこの間からずっと感じるし……今日は一日中……」
「…………」
・
・
・
耕介がレンを呼びに来た時、レンは美緒のベットに腰掛けた状態で、窓から見えるある一方向をじっと見つめていた。
「レンちゃん、ご飯だよ。 降りておいで?」
「…………(ふるふる)」
「ん、いらないのかな?」
「…………(ふるふる)」
「ん? 後で食べるってこと?」
(こくん)
「そう…じゃ、欲しくなったら、後でおいで」
「………(ぺこり)」
おそらく、レンの主人である『彼』ならば、今のレンの様子がおかしい事に気付いたであろう。
だが、耕介にはまだ分らなかった。 レンの微妙な表情の変化までは……
「あれ? レンちゃんは?」
「後で食べるって」
知佳の質問に、耕介は所在なげに答える。 こればかりは、本人の食欲の問題だから、耕介たちがどうこう出来るものでもない。
それに、今はもっと深刻な問題を抱えているからだ……
「(うと…うと…ゴチン) あいた〜」
どうやら、ゆうひが船を漕いでいるうちに、テーブルに突っ伏してしまったようだ。
「だ、大丈夫? ゆうひちゃん」
「あ、あははは…だ、大丈夫や? こんぐらい、うちにとってはいつもの事やで」
心配した知佳も、疲労の色が濃い。
知佳やゆうひだけでなく、寮の全員が疲れていた。
「……よし! やっぱり、みんな寝て下さい」
耕介は決断するように宣言する。
「でも…」
「そうですよ。 美緒ちゃんが帰ってきた時、誰か起きてないと可愛そうじゃないですか」
耕介の予想通り、愛も含めた全員が反対する。
「だから、俺が起きてますよ」
「おにぃちゃんだけ〜」
「そ、そんな、耕介さんにだけって、そんなわけには…」
「いーから! 大体このまんまじゃ、美緒が帰ってくる前にみんな病気になってしまいます。 美緒はそんな事、望んでいませんよ」
耕介は、更に語気を強める。
「それはそうだよね。 認めがたいことだけど、珍しい事にこうすけの意見が、真っ当だね」
「リスティ…」
「それにほら…」
リスティが指した先には、みなみがソファーで寝息を立てているところであった。
「みんなが起きてたからって、美緒が帰って来る訳じゃなし。 ほら……ったく。 管理人権限です! みんなこれから各部屋に帰って、ゆっくり睡眠を摂る事!」
多少横暴なやり方だったが、みんなを病気にするよりはまし、と、強権をふりかざす。
愛などが「じゃ、オーナー権限で…」とか言っていたが、無理矢理部屋に押し込めてしまった。
「ほらほら! 俺は男だからさ…こーゆー時ぐらい、かっこつけさせてよ」
耕介が、真雪にそう言って説得した時は、笑われもしたが「頼むよ…」と頼まれもした。
「じゃ、ね…おにぃちゃん…美緒ちゃんの事、お願い…」
「ああ、帰ってきたら、今度は逃げられない様に、イスに縛り付けておくからな」
「あ、あはは…そんな事したら可愛そうだよう……」
最後に、知佳を部屋に送り出すと、耕介だけが居間に残る。
一時間が過ぎ、二時間か過ぎる……
「あ…そういえば、レンちゃん…食事…寝ちゃったのかな?」
等と、耕介が心配してレンの所に行こうとすると、当のレンが降りてくる。
「あ、おはよう。 よく眠れたかい?」
「…………(ふるふる)」
「え? 寝てなかったの?」
「…………(ふるふる)」
「う〜ん」
「…………」
まだ、レンとは完全には意志疎通ができない耕介であった。
だから気が付かない。
レンの様子に。
いつものレンを知らないが故、レンのその緊迫した様子に―――
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