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 花売り。その言葉には二通りの意味があると聞く。一つは多くが想像するとおり、植物の花をかごにつめ、あるいは店先で売る、売り子の事を指す言葉。大抵は少女がやる。もう一つは、その可憐なイメージのまさに裏側の事柄を示す。
 クイーンは思う。人間とは回りくどいことをする。自分の欲を満たすのにも、ルールを作らなくてはならないとは。
 もう一つの意味では、花売りの花は女のこと。女が男に体を売る、その隠語だ。街それぞれにルールがあるようだが、この街では、花売りのかごの花をすべて注文することが、女を買うことを希望する意志であり、買われれば、花共々、女の体も男のものになる。
 例え人の道に外れていても、ルールを守っていれば、人間の内と言うわけだろうな。
 ルールを守らないのは獣だ。いや獣にもそれなりのルールがあるのだから、欲に任せてルールを破るのは魔族、と。そう言いたいのだろう。魔族にだってルールはある。人間には理解できないのかもしれないが、確かに存在する。
 回りくどいな。クイーンは手にしたかごの中身を見る。あふれんばかりの花は、今日は数本ずつ売れていく。売れていった花は幸せだと思う。すべて、と注文されれば、その花は飾られることなく枯れるのだろうから。
 唇の端に微笑を乗せて。花に対して、幸せだ、などと。考えている自分がおかしくなる。魔族の自分が植物に同情するなど。同情? そんな感情、本当は知らない。
 花売りを装って街に立つようになって一週間になる。一日目から毎夜、クイーンは買われた。買われたという事実から、自分はうまく化けているのだと自信を持った。少女と女の間ほどの外見。主からもらったヴァンパイアツリーもうまく体を覆っている。自分が純粋魔族だと見破る人間はいないだろう。いるとすればうちの酔狂な魔王様か、勇者しかいない。
 そう。自分は勇者の一味を待っている。その中の一人、人形師がターゲットだ。奴は、主に恥をかかせた。ただですませる訳にはいかない。
 主であるウォーカーは気にしなくていいと言ったが、仕える者はそれでは納得がいかない。ベリテは納得いかなくてもおとなしくしているつもりらしいが、クイーンは、控えていろと言うウォーカーの命令を聞くつもりはなかった。人形師はいずれウォーカー自身で片を付けるというのなら、自分は人形師の人形を、ウォーカーに手傷を負わせたあれを、しとめる。
「きれいな花だね。ボクにもくれる?」
 黒い肌の、男。若い。白茶色の瞳がこちらをとらえる。虹彩のないそれは魔界で生まれたクイーンの目にも異様に映った。生物の仕組みを再現しきれない瞳は、生物ではない証でもある。
 かかった。こいつが人形だ。
「どれにいたしましょう」
 クイーンは目を伏せたまま言う。かごの中にはまだ一抱えほどの花。明日からはこの花たちを、汚い人間どもにやらなくてすむ。
 自分を買った男たちを一通り楽しませた後、クイーンはその男たちの命を奪っていった。魔族の中でも吸血種であるクイーンは、生命をすすらなければ生きてはいけない。花の代価は金貨。快楽の代価は生命。自分の体を楽しんだのだ、相手も自分を楽しませる義務がある。変死体となって発見された男たちは小さな噂となり、魔族の仕業と立ち上れば、勇者たちも確認せざるを得なくなる。
「全部、って言うんだっけ? そしたらキミもくれるんでしょ?」
 しゃ、と。目の前を細い線が通り過ぎる。
 ナイフ。身を引かなければ首を切り裂かれていた。
「キミの命を、さ。よけるなんてひどくない」
「まだ代価をもらっていない」
 人間とは比べものにならない早さ。背後へと回り込まれる。
「生きていないボクから命はとれないでしょ」
 わかってるくせに。声が流れていく。花かごを持っていない手を取られ、首にはナイフ。一瞬のことだ。ひやりとしたその感覚がある場所を切り裂けば絶命するというのは、魔族といえ人間の構造と同じだった。
「教えてくれる? 魔王はどこ」
 ぴたりと後ろにつく男からは、やはり呼吸する気配は感じられない。これはさぞかしやりにくかっただろうと、クイーンはウォーカーを思う。攻撃も防御も、動作には気の流れがつきまとう。呼吸を読むことは相手の動作を読むことにも繋がる。
「魔王は逃げ隠れしているわけではない」
 唇が弧を描く。教えたってかまわない。勇者など、敵ではない。けれど決戦となれば、今の生活はおしまいになる。
 それはちょっと、もったいない。そういうベリテの気持ちが、最近少しだけわかるようになった。
「生きていない貴様からでも奪えるものがあるだろう」
 肘まで硬化させた左手が、関節を無視して折れ曲がり背後の人形の体を貫く。
「まあ私にとっては、生のないおまえなどなんの価値もないが」
 引き抜く。深紅の石、ルビー。背中に触れる感触が一度、痙攣した。だらりと、ナイフを握っていた手が垂れ下がる。
「少し溜飲が下がったな。ありがとう」
 振り返りざま、軽く腕を振るう。表情を無くした人形は直立した姿勢のまま後ろに倒れた。人形の体から引き抜いたルビーを、倒れた人形の上に放る。
 人形を動かすには魔力を秘めた媒体がいる。媒体そのものが人形であるといってもいい。腕がもげても頭がつぶれても、媒体がある限りどんな部分も再生できる。人形師が再生する。だから人形の弱点は人形師とその媒体だ。この人形はそれを理解していなかった。
「心があっても、な」
 クイーンはかごの中身を動かない人形の上へ振りまいた。鮮やかな、可憐な、大輪の、花たちが人形の体を覆う。
 この一週間、自分を抱いた男たちと同じように。
 クイーンの笑い声が、高く高く街に響いた。
 おまえの買った花で飾ってやろう。醜いからだが隠れるように。

――052.花売りの娘 




51.墓標 目次 53.真珠一粒


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