きょとり、と。 そんな表情だった。空色の瞳をいっぱいに広げて、ガラス箱に張り付いている。太古の昔、空に広がっていた青色と同じ色の瞳。ついつい懐かしくなって、ドワーフは目を細めた。 「ねェねェじいちゃん」 ガラス箱に張り付いたまま声を上げる。箱の中に飾られているものが、気になってしょうがないらしい。来店してからどれくらい時間がたっただろうか。少年がそれに目をつけたのは結構早かった。無理もない。それがドワーフの作ったなかで最高傑作だったし、たまたま時間も正午だったから。 「じいちゃんじいちゃん、じいちゃんてばァ」 返事をしないドワーフに、声は少し大きくなる。手だけがこちらに来るように手招きをしている。ようやく、ドワーフも作業していた手を休めて、大儀そうに腰を上げた。 「じいちゃんじいちゃんと繰り返すな」 言いながら、作業に邪魔にならないよう束ねてあったひげを撫でる。色は白い。髪の色もだ。人間からすれば老人に、見えないこともないのだろう、とドワーフは思う。 「わしはまだ141だ」 「……えェと、10倍だね?」 傍らに立ったドワーフに視線を移した少年は、仕草をまねてひげのないあごを撫でていた。身長差はそれほど無い。きちんと並べば少年の方が高いかもしれない。腹回りは比べるべくもなく、ドワーフの圧勝だが。視線を合わせて、笑みを深くする。空色の瞳がわずかに細くなって、その分輝きを増したように、ドワーフには見えた。 「ねェ これちょうだい?」 またガラスケースに張り付いて、言ってくる。 中に入っているのはからくり時計だ。すべてが金属でいできている。針も、文字盤も、箱も、歯車も、正午になると出てくる騎士も、日が変わると現れる怪盗も、何もかもが金属でできている。鋼、黒金、白銀、白金、銅、銅は混ぜものをして青銅、黄銅、赤銅、と、それから金。すべてが鈍色を基として発色しているが、それがかえって幻想の中にたたずむ小さな家のようであった。 「そいつは売り物じゃない」 「じゃあちょうだい?」 「やらん」 はっきり言ってやる。少年はふくれ面になって、ガラス箱を覗き込んだ姿勢のままドワーフを見上げてきた。無言のまま投げかけられてくる視線に明確な意志を感じたが、それはドワーフも無言のまま気が付かないフリをしておく。 「じゃあさァ どうしたらくれるの?」 しばらく黙っていると、ふくれ面のまま、少年が言った。 口を開きかけて、ドワーフはため息をついた。納得させなければ、いつまでもここにいるだろう。おとなしくしていてくれればそれもいいが、この調子ではなんでもかんでもやりにくくて仕方がない。 「雨がやめば、な」 きょとり、と。少年がふくれ面をひっこめた。その様子を横目で見ながら、続ける。 「そいつはもともとそこに飾るもんじゃなかったんだ。ある屋敷にやって、そこの人間どもにかわいがられるはずだった。だが、この雨のせいでどうにもさびついちまう。人間てな不器用なもんなんだな、そいつらは時計の修理もできやしなかったのさ」 たくさんの人に見てもらえるはずだった時計は、今はさびつかないようにドワーフのもとでこうしてガラスの箱に入れられて管理されている。たった一人、ドワーフの住む店に、売り物にもなれず置かれている。 「雨、かァ」 少年は水色の瞳を窓の外へと向けた。毒の雨は静かに降り続いている。 「その時計はかわいそうなやつなんだ。錆びるとわかっていておまえさんにやるわけにはいかない」 これでわかっただろう。ドワーフは静かに言う。 少年は一度ガラス箱に視線を落とすと、ドワーフを見据え、頷いた。 「じゃあ、雨がやんだらもらいに来るね」 満面の笑みで、言う。 「おい、雨というのはな」 「大丈夫だよォ ちゃんとわかってるからさ」 任せてよ、と胸を張って。それから楽しみだなァ、とまたガラス箱を覗き込む。 本当にわかっているのか、一抹の不安がよぎる。顔をしかめたまま、けれどドワーフは確認する気にはならなかった。自分の作品を、あれだけ目を輝かせて見ている少年を眺めていると、錆びるなら、自分がいくらでも修理してやればよい、とそんな気にすらなってくる。 「どら、点検の時間だ。どいてみな」 少年が見ている前でガラス箱のふたを開けてやる。 ドワーフがねじを回すと、からくり時計の時間だけが早回しされ日付が変わる。そして、少年の歓声とともに怪盗が表れた。 |
――50.ドワーフ |
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