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 金属鎧は素肌に直接つけるものではない。下着を着け、その上にショックを和らげるための布を幾重にも巻き付ける。グレンテの支度を手伝いながら、アリエッタは、重装備を涼やかに着こなす魔王に感心していた。鎧は重量もさることながら見ているだけで暑そうだった。けれど、目の前の男は毛ほどもそれらを感じさせない。魔王には装備を着こなす技能が備わっているに違いない。格好良く、様になるよう着こなす技能。50レベルはありそうだ、などと馬鹿な事を考える。同時に、その姿で戦をしようと言うのだから、ばかげているとも思う。それほど命が大切ならば、戦などしなければいいのに。
「あなたも一緒にきますか?」
 そうすれば、自分はみんなの帰りを心配して夜を明かすこともない。などと考えていると、突然の、声。いつのまにかグレンテと視線があっているのに気が付いて、アリエッタは慌てて抱いていた剣を差し出す。
「もちろんご一緒します……って、どこにですか?」
 反射的に答えて、尋ね返す。剣を受け取った魔王の方が、不思議そうな顔をした。
「戦にですけど?」
 自分はいつの間にか不満そうな顔をしていたのだろう。戦などに行かなければいいのに、という思いは、戦に連れて行ってもらえず一人残されることを不満に思っていると、伝わったようだ。いつも留守番でしたからね、とすまなさそうに眉根をよせる魔王に、勢いよくかぶりをふる。
「わ、無理です、無理」
「大丈夫ですよ。私が守りますから」
「それはなにか、逆のような気がしますけど」
 いちおう、先生が魔王のわけだし。
 先生の申し出に顔を赤らめつつ、ぼそぼそと、付け足す。グレンテから剣の指南をうけているアリエッタは、グレンテの強さを知っている。立場が逆だと言ってみたところで、自分が足を引っ張ることがあっても、魔王の力になることなどできないことも分かり切っていた。
 そういうつもりで言ったのだが。
「やってみないとわかりませんよ。二回目はグーです」
 魔王は気楽に笑うと、きょとんとするアリエッタに深々と頷いて見せた。

「というわけで!」
 号令はヴァンゼだった。赤い髪を高く結い上げてリングの飾りがたくさん付いた髪留めをつけている。魔術師という役割にふさわしく魔術文字を縫い込んだ法衣を着込んでいた。
「恒例の! キング決定じゃんけん大会―」
 ぱちぱち、と鎧に音をたてさせながら拍手をしたのは他でもない魔王で。その隣にあきれ顔は毎回の事なのだろう、ディベルスが黒の神官服を着て立っている。服とおそろいの帽子をかぶっている以外は、こちらはいつもと変わりがない。
 向かいで、指を組み合わせた手を裏返したりして、なんのまじないなのか、準備に余念がないのはウォーカー。武器も防具も好まない彼の姿も、いつもとあまり変わりがない。防具で唯一身につけた籠手はなんの金属かわからない黒色だ。
「今回からアリエッタも参加します」
 グレンテがアリエッタの背中を押す。彼女はまったくいつも通りのエプロン姿に、稽古で使っている短剣を抱いているだけだ。魔術師の驚愕の声に、アリエッタが身を小さくする。だが、どんなに不服でも、四天王は魔王の言葉であれば従わざるを得ない。ヴァンゼはすぐに不敵な笑いを浮かべて、むしろディベルスに宣戦布告するような言葉を吐く。
「これで勝負の行方はわからないわよ」
 指を突きつけられても素知らぬ顔の神官。カードゲームの時もそうだが、じゃんけん大会でもディベルスの圧勝のようだ。
「それでは全員、右腕を前に。後出しは即失格、勝者がキング。いつも通りよ」
「先生?」
「大丈夫ですよ」
 グレンテがアリエッタの背中を叩く。不安そうな顔を向けると、魔王は片目をつぶって見せた。大丈夫の意味がわからない。いったい何を決めようというのだ。そう疑問符を浮かべつつ、アリエッタはこれが戦の前にいつも行われていたことを思い出していた。
「最初はグー じゃんけんぽん! あいこで……」
 あ。と。少女があげた小さな声を周りは聴いていたかどうか。
「しょ!」
 ずらりと並んだチョキのなかでただひとり、グーの手はアリエッタ。
「はい、今回はアリエッタがキングですね」
 これは、今回の戦のキングを決めるじゃんけん。キングとは、戦中のリーダーのことだ。司令塔。ウォーカーなどは号令係とかなんとか言っていたか。なんにしてもじゃんけんで勝てば、他の四天王に命令できる立場になるわけだ。
「くやしい。なによアリエッタ。じゃんけん強いなら先にいいなさいよ」
 強いというか。魔王の入れ知恵ということは黙っていた方が良さそうな雰囲気だった。また負けたと叫んでいるウォーカーと、だんまりを決め込んではいるが悔しそうなディベルスと。アリエッタは握ったままの手を後ろに隠しながら曖昧に笑って。ちらりと視線を向けると、魔王は「でしょう?」などと気楽に笑って頷いた。

――49.戦装束 




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