>TOPにもどる  




「それ、本当に種なんですか?」
 魔界の種、とは魔界から召喚した植物の幼生の総称で、見た目は人界と変わらない植物の種も、植物系の魔物の幼生も、どちらも魔界の種と呼ばれる。魔物の幼生は異形のものが多く、だから人間のアリエッタがひたすら怯えた様子で種を持っている先生に近付きもしないのは、まあ、想像できたことではある。
「種はひとつずつ、皆さんに差し上げます。大切に育ててあげてくださいね」
 先生は、手のひらに召喚したばかりの種を4つのせて、アリエッタの様子には気が付きもせず、和やかに言う。この人も元は人間だったくせに、魔王の力を持ったせいか異形に対して全く頓着がない。
「めんどくさいわね」
 赤い髪をいじりながらヴァンゼ。彼女は植物よりも動物の配下を多く持つ。育てるのは動物の方が手はかかるが、リアクションが大きい分飽きっぽい彼女には向いているのだろう。
「めんどくせーとか言うなよ」
 先生の手元を覗きながらウォーカーが一応諭す。ヴァンゼ以上に面倒くさそうな顔をしながら、だ。同時にうるさそうな顔もしている。耳のいいウォーカーには幼生の出す高周波の音が煩わしいのだろう。特に魔物であるマンドレイクのそれは、俺も好きにはなれない。
「だめですよ、ヴァンゼもひとつ、育てなさい」
 先生に言われては、逃げようがない。
「えー じゃあ、これにする」
 渋々といった体で彼女の指がつまみ上げたのは、一番小さな種だった。ゴーストハンドと呼ばれる吸血草のひとつ。
「マンドレイク持ってけよ」
「いやよ、7年も面倒くさいもの。うるさいし、これだったらね、おいしいらしいのよ。おひたしで食べると」
「食うのかよ」
「かんたん魔界料理100選に載ってたわ」
「誰が書いたんだそんなもん」
 ウォーカーが半眼になってあきれて言ってもヴァンゼはどこ吹く風で種を返すことはしなかった。うふふ、となにやら期待に満ちた笑みを浮かべて種を見ている。
 そういえばかんたん魔界料理100選にはマンドレイクの料理も載っていたと思ったが。指摘すると威嚇音を出して睨んできた。反射的に目をそらす。
「じゃああんたが育てなさいよ」
「いや、俺はこれがいい」
 ミニカボチャよりさらに小さいながら、空洞の目と口を有する幼生。人界にもこんな妖精がいたが、それとは全く別の生き物だ。しばらく育てていると赤く変色して、そのまま魔術の触媒として使う。まれに気色の悪い笑い声を上げるが、慣れてしまえばそれほど気になるものでもない。
「あんたも同じじゃない。それも簡単料理に載ってたわよ」
「俺は食べない」
 断言する。食べるなんて、もったいない。
「アリエッタ」
 俺とヴァンゼがにらみ合っていると、ウォーカーがアリエッタに手招きしていた。彼女もようやく輪に加わってきたが、先生の背後から種を覗き込んで、茶色の髪が水平に広がるくらい勢いよくかぶりを振った。
「い、いいです。どっちでも。できればどっちもいらない……」
「そうか? どっちも貴重だぞ?」
 ウォーカーの言うことはもっともだが、アリエッタの感覚もわからないでもない。残った種は途中まで生長しているマンドレイクと、寄生木のヴァンパイアツリー。人型になりかけのそれと、色の黒い心臓のようなそれと。まあ、どちらも気味の悪さは引けを取らない。
「じゃあおれこっちにするか。アリエッタじゃヴァンパイアツリー使い道ないだろうし」
「なに、寄生させるの?」
「んー? ベリテかクイーンにやろうかと思って」
 二人はウォーカーの配下だ。ヴァンパイアツリーは寄生した相手の一部を補完する。結構な確立で宿主が乗っ取られることがあるのだが、うまく飼い慣らせば皮膚を硬化させたり翼をはやしたり体表面を偽装したりできる。あの二人なら恐れずその身に受けるだろう。
「じゃああなたはこれですね」
 ひょい、と。手に持っていたマンドレイクの幼生をアリエッタの手に乗せる先生。がちん、と音がしたかと思うほど。アリエッタはマンドレイクを手に乗せたままの姿勢で固まった。
「大切にしてあげてくださいね」
 まるで娘を送り出す父親のようなセリフだが、先生は穏和に微笑んでアリエッタの頭を撫でた。
「先生はいいんですか?」
 一応聞いてみる。どんな大切なものでも自分は後回しのひとだ。4つしかなければ自分はいらないと言うに決まっているが。
「私はもう、まいていますから」
 先生の返事は意外なものだった。自分が真っ先に、などということはしないひとだと思っていたが。
 意外に思っていたのが顔に出ていたのだろう。先生は俺をまっすぐに見ると、なぜだか俺の頭を撫でながら、笑みを深めて小さく頷いた。

――48.生長する種 




47.踊る妖精 目次 49.戦装束


>TOPにもどる