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「そんなに優雅?」
 オボロの目の前で、妖精は青と白で構成された無駄に装飾の多い衣服の裾を翻して回転して見せた。青のマニキュアの施された指で裾をつまんで、優雅、と言われればそうも見えてくる。
「踊っているようだ、と言っただけだが」
 一応、きちんと訂正しておく。同じような言葉に「舞う」がある。妖精の動作はそれに近い。「踊る」ほど躍動感はなく、日常の生活の動作にしてはどこか作り物めいた、なめらかな動き。二つの言葉にそれだけの差を感じるのは自分だけなのかもしれないが。階段の手すりに寄りかかりながら思うオボロの目の前を、妖精は舞うように、館を上へ下へと移動していた。
「ワルツもタンゴも踊れるわよお」
 妖精は頬をふくらませて抗議してくる。青い衣服を握りしめて。これが男のする動作かと思うと眉がけいれんするのはとめられない。
「やめろ」
「なによう オボロはなにか踊れないの?」
「俺にそういった趣味はない」
 妖精と踊る趣味はない、とそういったつもりだったが。
「ワンステップとか踊れると楽しいわよお?」
 そうじゃない、と否定する気にもなれず階段の踊り場に座り込む。妖精は腰をかがめて教えてあげるのに、などと言ってきたが。
「動かないで」
 鋭い制止の声。はっとして妖精に視線をあわせると、彼は階段を下りていくところだった。スローモーションに見えるほど優雅な動きで、飛び降りたのかと思うほどの早さで、階段を下りていく。海が波で泡だったときのようなふわりとした白銀色の髪が、動きをトレースして揺れている。
「“律する我が命ずる、刻よ止まれ”」
 駆けていく妖精は指輪をしている左手を突き出し、唱える。指輪を中心に青い光がともる。がたがたと振動して開いていく扉。青い光はゆっくりと開いていく扉へと吸い込まれて消えた。揺れていた扉も、ふと力が抜けたように閉まる。
「誰よう。さっきから、しつこいわねえ」
 とん、と扉を左手で叩いて、妖精。振り返ると、オボロがいたことを思い出したかのように、その姿を認めて、苦笑した。
「やあねえ。誰かが世界時計に干渉しようとしてるみたい。もちろん、させないけどね? それがアタシの役目だし」
「大変そうだな」
「そうでもないわあ」
 素直に言うと、ぱっと表情を明るくして妖精が駆け戻ってきた。腕を掴まれる。
「踊る暇があるくらい」

――47.踊る妖精 




46.足跡 目次 48.生長する種


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